コントラクト・ガーディアン─Over the World─ 作:tea4
“大掃討”の活動拠点は、戦場となる“神の階”の麓に広がる荒野から最寄りの小さな村に間借りする形で築かれている。
勿論、拠点を運営しているのは、冒険者ギルドだ。
その小さな村───メルグの村に私たちの一行が到着したのは、昼下がりの時間帯だった。
前日の早朝にガイラムの街を出発して街道をひたすら進み、途中いくつかの集落を通過して────夕方には野営のために枝道に逸れたものの、今朝また街道に戻って、滞りなくここまで辿り着くことができた。
ダルの村に寄るために遠回りしたにも関わらず、当初の予定よりも早く到着したことになる。主に、レニとバジのおかげだ。
レニはここのところ荷馬車を曳くばかりで人を乗せていなかったらしく、バジ同様、しばらく慣らしてからレド様の専任をしてもらうことになった。
そのため、レド様は引き続きシュヴァルツに乗せてもらい、レニとバジには、ブランとグレナと共に馬車を曳いてもらったのだ。当然、その分、速度も速くなる。
ノワールたち精霊獣は、どうも、ブランとグレナに速度を合わせてくれていたようで────この道行きでは、その身体能力を遺憾なく発揮できたというわけだ。
道中、商隊や旅団には出くわさなかったけれど、もし遠目にでも目撃されていたら、黒い集団が爆走しているように映ったに違いない。
“街道を爆走する謎の黒い集団”────“都市伝説”になっちゃってもおかしくないな…。
「ようやく来たか。待ってたぞ、リゼ」
見張りとの問答を終えて村に踏み入ると、革鎧を身に着けた大柄な中年男性が寄ってきて、馬上の私を見上げた。
私はノワールの背から降りて、軽く頭を下げる。
「お久しぶりです、ドムルさん」
「おう、一年ぶりだな。────で?そちらの旦那が、史上最短記録を出したっていう、新たなSランカーか?」
「はい。アレドと名乗っています。────アレド、こちらはこのメルグ支部を統括するギルドマスターのドムルさんです」
ドムルさんはまるで現役冒険者のような風体をしているが、歴とした、このメルグの村に置かれた支部のギルドマスターだ。
メルグ支部は“大掃討”のために置かれていると言っても過言ではなく、膨張期以外の時期には滞在する冒険者はほとんどいなくなるので、稀に魔獣や変異種が出現した際には、ドムルさん自ら出張ることもあるのだそうだ。
その実力はAランクに相当すると聞いている。
「アレドだ。よろしく頼む」
レド様もシュヴァルツから降りて、名乗る。
ドムルさんは、ニッと笑って応えた。
「こちらこそ、よろしくな。スタンピードの一件だけでなく、冒険者となる以前の魔獣討伐の話も聴いている。期待してるぞ────と言いたいところだが…、もしかしたら、今回は活躍の場はないかもしれん」
ドムルさんは笑みを消して、眉を寄せる。
「………それは、どういう意味ですか?」
「お前も感じているんじゃないか?今期は魔物の数が少ないって」
「では────ここでも、出現する魔物が少ないのですね?」
「ああ。ピークの兆候どころか、下りてきた魔物も数えるほどしかいない。それも、エイプ系や四足歩行、鳥型の魔物だけで、二足歩行の魔物は皆無だ」
「………オーガやオーク、コボルトは下りてきていない、と?」
「そうだ。今期はまったく姿を見ていない」
大陸を横断する山脈“神の階”の山腹で大繁殖した魔物が下山して大陸中に広がるのを防ぐというのが、“大掃討”の目的だ。
アノラさんは、今期一度も、オーガやオーク、コボルトの繁殖を確認していないと言っていた。
その三種については、何らかの異変で繁殖していないために、下山の兆候がないのだと考えられるけど────
だとしたら、それ以外の魔物────エイプ系や四足歩行、鳥型の魔物は?どうして、下りてこないのだろう。
「ま、今期は遅れているだけで、これからがピークなんだとしても────討伐参加者があまりにも多くてなぁ。リゼたちの出番はないかもしれん」
ドムルさんはそう言って、苦笑いを浮かべた。
そういえば、ガイラムの街のBランカーの大半が仕事を求めて“大掃討”に向かったと、ネイロさんが言っていたっけ。
他の地域でも魔物が減少しているのなら、同じように、仕事にありつけない冒険者がこぞって参加していてもおかしくはない。
あれ、でも────
「村に滞在する冒険者が例年より多いようには見えませんが……」
それどころか、少ないような気がする。周囲を見回しても、冒険者らしい風情の人物はちらほら見かける程度だ。
「いや…、それが、多過ぎて村に入りきらなくてな。ソロ以外は、村の外に急遽設けた野営地に行ってもらってんだよ。悪いが、リゼたちもそっちに滞在してくれ」
「解りました。それでは、その野営地の場所を」
教えてください───と言い終える前に、
「ああっ、やっと来たぁああ!リゼェエエ!」
私の言葉は、村中に響き渡っていそうな大声によって掻き消された。
聞き覚えのある声にちょっと嫌な予感を覚えつつ、私は振り向いた。
そこには、予想通りの人物がいた。槍を持った右手をブンブンと烈しく振りながら、こちらに駆け寄ってくる。
それは、レド様の“一度目の人生”での側近“アルス”さんだったかもしれないという、ネイロさんの年の離れた異母弟────ノイル兄さんだ。
「ノイル兄さん、久しぶ」
「リゼ…ッ、ラナ────ラナを知らないか…っ?!」
あー、第一声はそれなのね……。
◇◇◇
ノイル兄さんは、孤児院に預けられたその日から、ラナ姉さんにベタ惚れだ。
大柄なノイル兄さんにとって、小柄なラナ姉さんは可愛くてたまらない存在らしく────曰く、鳥の雛よろしく巣に囲い込んで餌を捧げ、すべての外敵から護ってあげたいのだそうだ。
まあ、ラナ姉さんにはまったくといっていいほど相手にされていないけど……。
それにしても、ラナ姉さんの居場所を訊くということは────ノイル兄さん、皇都に一度帰って来ていたのか。
そんなことを考えながら、とりあえず質問に答える。
「知ってるよ」
「いや、そうじゃない────ラナという存在を知っているかっていう意味じゃないんだ!リゼがラナを知っているのは聞くまでもない!そうじゃなくて────オレが知りたいのはラナの居場所なんだ…!!」
「いや、だから、知ってるってば」
何で、そう無駄に曲解しちゃうかな。
そして、やっぱり私の言葉を聞かずにノイル兄さんは続ける。
「新しい装備の依頼を口実にラナを訪ねたら、すでに部屋を引き払った後だったんだ…!ラドア先生に訊いても、新しい雇い主の許にいるって言うばかりで、絶対に居場所を教えてくれなくて────新しい雇い主のことも、大丈夫だと言うばかりで、全然、詳しいことを教えてくれないんだ…!」
それは、ラドア先生としては言い触らすような真似をするわけにはいかないからね……。
「もし────もしも、また、マドラのような酷い雇い主だったら、どうするんだ…!いや、そんな酷い人間性ではなかったとしても────ラナはあんなに可愛いんだ!そいつが男なら、ラナに惚れてしまうかもしれないだろう?!もし、手籠めにでもされたりしたら…!!」
「あ、それは大丈夫。そんな方じゃないから」
「っリゼ、何か知ってるのかっ?!」
「うん。だから、知ってるって、さっきから言ってるんだけど」
ノイル兄さんが聞く耳を持ってくれなかっただけで。
「それっ、どこっ、どんなっ」
「落ち着いて、ノイル兄さん。ラナ姉さんは、今、私の主に専属のお針子として雇われていて────私の仲間と共に、ちゃんと安全な場所で無事に過ごしているから、安心して」
「……リゼの主?」
「うん。私がこの国の第二皇子殿下の親衛騎士となって、婚約したことは聞いてない?」
「ああ、そういえば────そんな話、どっかで聞いた気がするな…。ラナのことで頭一杯で────って…、え、もしかして、あれ、ホントの話なのか?ただのウワサ話じゃなく?」
「本当だよ」
「え、結婚?リゼが?皇子と?」
「今すぐじゃないけどね」
「え、でも、第二皇子って、あれだろ。あの───皇妃に睨まれてて、皇宮で捨て置かれてるっていう…。そんな人の専属って、大丈夫なのか?───というか、そんな人と結婚するって大丈夫なのか、リゼ」
そこで、ノイル兄さんは何かに気づいたような表情になった。
「…って、あれ?リゼは第二皇子の親衛騎士になったんだよな?何でここにいるんだ?お傍についていなきゃいけないんじゃないのか?────いや、その第二皇子も冒険者になったんだっけか。しかも、Sランカー……」
ノイル兄さんは、ようやく冷静になったようで、恐る恐る辺りを見回した。
ディンド卿たちは精霊獣から降りて私とレド様の後ろに立ち、他の仲間たちもノルンとネロ以外は馬車から出て来ていて────皆、何とも言えない表情で、私とノイル兄さんの遣り取りを見守っている。
ちなみに、ドムルさんは何が何だか解らないといった表情だ。
レド様の姿に眼を止めたノイル兄さんは、私とレド様の耳につけられたお揃いのイヤーカフを見て、その正体が判ったらしく、顔色が一気に青くなった。
「あ、あの、リゼ?リゼの隣にいるのは、もしや────」
「あー…、うん、私の主で───ラナ姉さんの雇い主だよ」
「ひぇ…っ」
ノイル兄さんのその反応に、魔物の集落を発見した褒賞として金貨10枚をもらえると知ったとき、ラギも似たような奇声を上げていたことを思い出して、血が繋がっていなくとも兄弟だな────と、頬が緩んだ。
ノイル兄さんを紹介しようと、レド様の方を振り向く。
レド様は、眼を細めてノイル兄さんを見ていた。口元には小さな笑みが浮かんでいる。
ノイル兄さんの言動にちょっと呆れているようではあったけれど、それだけではなく、どこか懐かしむような眼差しもしていて────何だか親しさが滲んだ笑みだった。
────ああ、やっぱり、ノイル兄さんが“アルス”さんなんだ。
レド様のその笑みから、そう覚る。
「レド様───こちらが、ネイロさんの弟の…、ノイル兄さんです」
もう判りきったことであるものの、ノイル兄さんを紹介すると、レド様はこちらに視線を向け────私を安堵させるかのように、僅かに微笑んだ。
そして、また未だ動転したままのノイル兄さんに視線を戻して、口を開いた。
「俺は…、リゼの主で婚約者の────ルガレド=セス・オ・レーウェンエルダだ。アレドと呼んでくれ────ノイル」