コントラクト・ガーディアン─Over the World─   作:tea4

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序章―除籍と絶縁―#2

 

「おまえがSランクの冒険者、だと…?────神託が思うようなものでなかったことを()ね、勉強も修行もしなかったのではなかったのではないのか…?」

 

 何言ってるの、この男。

 あれ───何か、さっきも同じこと思った気がする。

 

「私が、拗ねて勉強も修行もしなかった───と。本気でそれを信じてるのなら、公爵閣下、貴方は本当に馬鹿ですね」

「何だと…っ!」

 

「私が神託を授かったとき───公爵閣下は私のことを役立たずだと言って、聖堂を出て行きましたよね」

「…!あれは…、」

 

「公爵夫人の方は私を出来損ないだと言って、閣下に続いて出て行きました。それから邸に戻ってすぐに、家令のバセドに使用人棟の屋根裏部屋に連れて行かれました。今からそこが私の部屋だと言われて、私は唖然としましたよ。

夜中になっても朝になっても───1日経っても食事の声がかからなくて、私は部屋から出てはいけないと言われていたけれど、どうしてもお腹が空いて、屋根裏部屋から出ました。

メイドの一人を捕まえて、私の食事はどうなっているのか訊ねました。出来損ないの私に出す食事はないと言われました。話しかけるな───とも。

私はこの10年───部屋のことも食事のことも使用人たちの態度も全て、公爵閣下、貴方の指示だと思っていましたが?」

 

「………私は───そんな指示は出していない…。お前が晩餐に来なかったのは…、神託が武に関するものでなかったことに拗ねて、部屋から出てこないのだと───」

 

「本気でそれを信じたんですか。私はあのとき6歳だったんですよ?

公爵閣下が騎士団の団長だということは聞いていましたが、イルノラド公爵家の成り立ちや家柄など詳しく知らなかったから、別に騎士になりたいとも、ならなければならないとも考えてはいませんでした。

それなのに…、神託が武に関係するものでなかったから拗ねる?───っ馬鹿じゃないの」

 

「……」

 

 黙り込んでしまった公爵に代わり、公爵の側近が口を開いた。

 

「貴女のお話が本当なら────今までどうやって生活してこられたんです?食事は一切出されなかったんでしょう?」

 

「……メイドと話した後、仕方がないので厨房に行きましたが、やはり出来損ないに出す食事はないと言われました。

どうしようもなくて、夜中、皆が寝静まった頃に厨房に忍び込んで、残り物を漁りました。

でも、それができたのも数日だけでした。残り物は処分されるようになって、パントリーにも鍵をかけるようになってしまったんです。

それで、今度は裏の畑に忍び込みました。皮を()くことも調理することも出来なくて、キャベツの葉を()いでそのまま食べてました。

だけど────それもやはり数日しかできませんでした。すぐに見張りが立つようになったんです」

 

 あのときは、本当にひもじかった。清潔な水も手に入らなくて、洗濯場に忍び込んで浄化されていない水を飲んで、お腹を壊したり…。

 

 体を洗うこともできず、替えの服も下着も無くて─────

 

「もう…、本当にどうしようもなくなって────私は使用人が出入りする裏口からこっそり街へと下りました。

ボロボロの状態で歩き回っていたら、親切な人が孤児院に連れて行ってくれたんです。そこでしばらくお世話になっていました。

もう邸には戻りたくないと思っていたけれど、孤児院は満員状態で、仕方なく寝るだけのために夕方に邸に戻っていました。

幼いうちは、孤児院で子守りや洗濯、掃除を手伝って食糧を分けてもらっていました。

そして────冒険者ギルドに登録できる年になると、すぐに冒険者になったんです」

 

「……何故、私に訴えなかった」

 

 公爵が、ぽつりと呟くように言う。

 

 10年間この状態がおかしいとも思わなかったくせに、恨みがましく言わないで欲しいのだけど。

 

「先程も言った通り、私は全て貴方の指示だと思っていました。

まあ───訴えようとしたところで、どうせ取り次いではもらえなかったでしょうけれど」

 

 さて、もういいよね。やることもやれたし、さっさと出て行こう。

 

 ああ───でも一つだけ確認しておかなきゃ。

 

「それで、ルガレド殿下の親衛騎士の件ですが────建国記念日に皇城へと向かえば良いのですか?」

 

 公爵は呆然自失していて反応がなかったが、側近の男が驚いたように目を見開いた。

 

「ルガレド殿下の親衛騎士を引き受けるのですか?」

 

 まあ、そう思うよね。正直、引き受ける義理はない。私が引き受けず、イルノラド公爵家が困ろうと知ったことではないもの。

 

「別にイルノラド公爵家のために引き受けるわけではないですよ。

ただ────ルガレド殿下の置かれている状況が他人事のようには思えないので。私なら…、力になれるかもしれないから────」

 

 それに────実は、故ファルリエム辺境伯には恩がある。殺されそうになったところを助けてもらったことがあるのだ。

 

 辺境伯に恩を返すことはできなかったけれど、ルガレド殿下は辺境伯の実の孫だ。少しでも殿下のお力になれるのであれば、辺境伯も喜んでくれるのではないだろうか。

 

 まあ、こんなことにならなければ、きっとそんなこと考えもしなかったとは思うけれど────これも、縁というものなのだろう。

 

 

「リゼラ様はイルノラド公爵家から籍を外れて、平民となりましたので、単独で皇城へ入ることは不可能です。当日、公爵家の馬車でご一緒に入城していただくことになります」

「そうですか…。こちらへは何時に来れば?」

「午前9時までに来ていただけると」

「わかりました」

 

 側近の男と話し終えた私は、まだ呆然としたままの公爵へと向き直る。

 

「公爵夫人と公子様、それに公女様に、私が、籍を外れてこの公爵家とは縁が切れたこと───それからSランカー冒険者であることを、公爵閣下の方からきちんと言い含めておいてくださいね」

 

 公爵夫人とはこの10年一度も会ってないけど、公子と公女の方は何度か遭遇していて、会う度に罵られた。

 

 私が平民になったと知ったら、調子に乗って益々うるさくなるに違いない。

 

 

「それでは、私はこれで。あ、一応言っておきます。6歳までの短い間ではございましたが、お世話になりました。どうぞ、お元気で」

 

 ちょっと嫌味だったかな。でも、いいか。

 

 私は一礼して、返事を待たずに部屋を出た。

 

 

※※※

 

 

 現イルノラド公爵家当主───ダズロ=アン・イルノラドの悄然とした状態を見て、彼の側近であるセロム=アン・ノラディスは溜息を()いた。

 

 セロムの主人であり、再従兄弟(はとこ)であり───親友であるダズロは、少々短気で短絡的なところはあるが、決して悪い人物ではない。

 

 家庭を顧みることができなかったのは、家族をないがしろにしていたのではなく、単純に忙しかったのだ。

 

 

 ジェミナ=アス・ル・レーウェンエルダが皇妃となってから────いや、ジェミナの祖父である先代ベイラリオ侯爵が台頭したことにより、この国は腐り始めた。

 

 ジェミナ皇妃は権力を笠にやりたい放題だ。生家であるベイラリオ侯爵家や侯爵家の取り巻きどもが、彼女の理不尽な要求を何でも叶えてしまう。

 

 皇国の守護たる騎士団も彼女の影響を免れず、ジェミナ皇妃が実力でなく自分の好悪で人事を動かすので、大分前から、国の防衛に支障を来たしているのだ。

 

 リゼラが神託を受けたときのことは、もちろんダズロの失言だとは思うが────ダズロは、あの当時すでに国の行く末を憂いていて、焦りで心に余裕がなかった。

 

 さらに追い打ちをかけるように、国防の要であったファルリエム辺境伯が亡くなった上、辺境伯家が取り潰されたことにより、国防に大きな穴が開き、騎士団を一つ任されているダズロの負担はより大きくなってしまった。

 

 頻繁(ひんぱん)に邸へ帰ることが難しくなり、邸と子供たちのことはイルノラド公爵夫人であるレミラ=アス・ル・イルノラドに一任していたのだが────

 

 

(まさか、実の娘にこのような仕打ちをするとは……)

 

 レミラは伯爵家の出だが、授かった神託が『一女』だったため、冷遇されて育ったという過去を持つ。

 

 『聖母』と神託を下された妹ばかりが可愛がられ、レミラは顧みられることはなかったそうだ。

 

 しかし、彼女は逆境を(かて)にマナーと教養を磨き上げ、社交界で名を()せた。その努力と胆力を先代イルノラド公爵に買われ、ダズロの妻となった───はずだった。

 

(やはり、あれは気のせいではなかったのか……)

 

 実は───以前、セロムは一度だけ、レミラに対して疑惑を持ったことがあった。

 

 レミラが嫡男のファルロと長女のファミラと庭でお茶をしていたのだが、ファルロをないがしろにしてファミラを優先しているように見えたのだ。

 

 その時は通りかかって遠目に見ただけであったし、まさかレミラがそのようなことをするはずがないと、気のせいだと思ってしまった。

 

 だけど────もし、気のせいではなかったとしたら。

 

 ファミラの神託である『剣姫』に比べ、ファルロに下された神託『騎士』は劣って見える。

 

 レミラは、リゼラほどでないにしても、ファルロをも冷遇している───いや、ファミラだけを優遇しているのだろう。

 

 セロムは───おそらく先代もダズロも、レミラは冷遇された過去を克服したとばかり思っていた。

 

 でも、もしかしたら、ずっと心の奥底に(くすぶ)っていたのかもしれない。

 

 レミラは、『剣姫』である娘を生んだことで、『聖母』と神託を受けた妹よりも価値があると思いたいのかもしれない。

 

 

 

 いずれにしても、この件は早急に調べるべきだ。まだ、リゼラの話したことが嘘である可能性もないわけでない。

 

 それに(あわ)せて───こうなると、ファミラについても調べてみなければならない。

 

 ファミラは、ジェミナ皇妃の実子である第四皇子ジェスレム=ケス・オ・レーウェンエルダの親衛騎士となることが決まっている。

 

 ジェスレム皇子はジェミナ皇妃に似て、浅慮で理不尽な振る舞いを平然とする。生半可な身分の者では皇子を(いさ)めることは不可能だ。

 

 だからこそ、ファミラが選ばれたのだ。理不尽な命令も、公女のファミラなら突っぱねることができる。

 

 だが、優遇されていたことにより、もし、ファミラが傲慢に育ってしまっていたら────ジェスレム皇子の理不尽な行動を止めるどころか、助長することになりかねない。

 

 ダズロ達の思惑は逆効果となり、イルノラド公爵家もジェスレム皇子に引き摺られて地に落ちることになるだろう。

 

 

 

(リゼラ様が何度呼ばれても現れない時点で、おかしいと考えるべきだった……)

 

 半月ほど前から、ダズロはリゼラを何度も呼び出していた。だが、家令のバセドはリゼラが「会いたくない」との一点張りだと言うばかりだった。

 

 業を煮やしたダズロがリゼラの許へ向かおうとしたのを、バセドが必死になって止めたことを疑問に思うべきだったのだ。

 

 

 リゼラがルガレド皇子殿下の親衛騎士となることは、急遽決まったことだ。

 

 ジェスレム皇子と同時期にルガレド皇子を成人させることによって貶めようと、ジェミナ皇妃が思い立ったのが始まりだった。

 

 二人の皇子の親衛騎士は、初めジェミナ皇妃が勝手に選んでいたが、これ以上事態を悪化させないために、ダズロとその同志たちが代替え案をジェミナ皇妃に認めさせたのだ。

 

 それが────ファミラをジェスレム皇子の親衛騎士に、リゼラをルガレド皇子の親衛騎士にするという案だった。

 

 皇妃は、自分の息子の親衛騎士に『剣姫』と神託を受けた公爵家の長女がなり、ルガレド皇子の親衛騎士に我儘で傲慢と名高く除籍予定の公爵家の次女がなることに、大いに満足したらしい。

 

 ダズロにしてみれば、それは苦肉の策だった。特にリゼラのことは、我儘で傲慢だからといって実の娘を、除籍した上、将来性のないルガレド皇子の親衛騎士にしていいのか悩んだ。

 

 ダズロと同じく国を憂う騎士仲間に、ルガレド皇子と辺境で苦労すればきっと心を入れ替える────そうしたら手を差し伸べてやればいいと説得されて、苦渋の末に決断したのだ。

 

 そして────その苦悩した分だけ、一向に現れないリゼラに対するダズロの怒りは募った。

 

 

 リゼラがやっと現れた時、頭に血が上っていたダズロは気づけなかったが、セロムはリゼラの様子に違和感を覚えた。

 

 勉強も修行もしようとしないと聞いていたのに、彼女の出で立ちは確実に実戦を経験している戦士の様相だった。

 

 黒く染められた鞣革(なめしがわ)のジャケットにショートパンツ。やはり同じ素材の太腿の半ばまである編み上げのサイハイブーツ。腰には二重に黒いベルトを巻き、簡素な双剣を提げていた。

 

 どの装備も使い込まれ、リゼラに馴染んでいるように見えた。

 

 それに、執務室に入る瞬間の室内を検分するような鋭い視線───そして、踏み入った時の足運びは、武道を修めた者でなければ出来ない。

 

 何より、その表情は凪いでいて────レミラが報告するような浅慮さは見当たらず、逆に思慮深い印象を受けた。

 

 

(もっと早く気づけていたら────)

 

 そもそも、リゼラが神託の内容に拗ねて勉強も修行も社交もしないと嘆きながら、10年間もそれを許していたレミラのおかしさに気づかなければならなかった。

 

 いくら邸を空けていることが多くても、10年間もリゼラと全く会わないことのおかしさに気づかなければならなかったのだ。

 

 セロムは、もう何度目かになるかわからない───深い後悔を(にじ)ませた溜息を()いた。

 

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