コントラクト・ガーディアン─Over the World─   作:tea4

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第十九章―誓いと祝福―#2

 

「それでは────リゼは…、老いることなく、これから千年以上は生きる、と…?」

 

 シェリアが眼を見開き、呆然とした態で呟く。

 

「そうだ。だから────俺たちは役割を終えたら、いずれ姿を隠すことになる」

 

 それが、どういう形になるかは今は判らないけれど、そうせざるを得ないはずだ。

 

 何となく、シェリアとラナ姉さんの方を見られなくて────私は俯いた。

 

「ずるい…」

 

 シェリアの怒りに震えているような声音に、私は思わず顔を上げる。

 

「ずるいですわ、殿下。リゼを、連れて行ってしまうなど────独り占めするつもりですのね?」

 

 ええと…、何を仰っているのでしょう、シェリアさん。

 

「悪いが…、リゼは俺のだ。諦めてくれ」

 

 いや、レド様も真顔で何を仰っているのですか?

 

「わたくし、役目を終えたリゼと老後を過ごそうと思っていたのに────酷いですわ」

「いや、役目を終えたとしても、リゼは俺と共に過ごすに決まっているだろう?」

 

 ………これは、ジグのように私に気を使って、こんな雰囲気になってるのだろうか。それにしては、二人とも真顔なんですけども…。

 

 

 思わず、ラナ姉さんに助けを求めて目を向けると────ラナ姉さんはラナ姉さんで、真剣な表情で口を開いた。

 

「…ねえ、リゼ。よく解らないんだけど────何が問題なの?」

「え?」

「リゼと殿下の配下になって、魔術を使ったら、不老になって寿命が延びるのは解ったけど。それの何が問題なの?」

 

 ラナ姉さんも、レド様とシェリアと同じように真顔で言う。

 

「何がって────だって…、結婚しても、旦那さんと同じ時を生きられないんだよ?きっと────子供や孫だって、見送ることになる。

それに…、同じ場所にはずっと住んでいられないだろうし────いずれ独りになっちゃうんだよ?」

 

「まあ、わたしが老いずに永く生きることに理解ある男を見つけなきゃいけないから、ちょっとそこがネックだけど────それだけじゃない?

逆だったら、気にしたかもしれないけど。だって、旦那だけ若いままで、わたしは老いていくんだったら、浮気の心配とかしなきゃいけないでしょ?」

 

「ええ?」

 

 ラナ姉さんが真顔のままそんなことを話すから、私は面食らって、すっとんきょうな声を上げてしまった。

 

「男って、妻が年を取り始めたら若い娘に目が行くらしいよ。その時分が一番危険なんだって」

「……それ、誰情報?」

「ケイナさん」

 

 ケイナさんとは、ミナが修行をさせてもらっているアトリエのおかみさんの名だ。ラナ姉さんも修行させてもらったことがあり────今でも仕事を回してもらったりして、お世話になっている。

 

「ねえ、リゼ。旦那も子供も孫も見送ることになったとしても────わたしは独りにはならないわよ。子供や孫がいるなら、曾孫も玄孫(やしゃご)もいるかもしれないでしょ。それに────リゼも、アーシャだっているんだから、独りになるわけないじゃない」

 

「!」

 

 それは、レナスにも言われた言葉だ。

 

「それとも、何?リゼは、殿下以外とは逢わないつもりなの?」

 

 ラナ姉さんに言われて、気づく。

 

 私は────馬鹿だ。本当に、何を考えていたのだろう。

 

 こうやって傍にいて支えてくれる大事な人たちが、身近な人を亡くして悲しんでいるときに、放っておくことなどできるはずないのに。

 

 大事な人を、独りにさせておくことなどあり得ないのに─────

 

 

 私は、自分の馬鹿さ加減に苦笑しながら────ラナ姉さんの問いに、首を横に振る。

 

「リゼは、たまに考え過ぎてバカになるのよね。本当…、放っておけないんだから」

 

 ラナ姉さんが、慈しみを籠めた優しい眼で私を見て、柔らかく微笑む。

 

 ああ、私の好きな────ラナ姉さんの笑顔だ。

 

「ふふ、そうだね。だから…、ラナ姉さん────これからも、私の傍にいてくれる…?」

「当たり前でしょ。わたしたちは家族なんだから」

 

 ラナ姉さんは、事も無げに応えてくれた。

 

 ラナ姉さんが、ずっと傍にいてくれる────そう思うと嬉しくて、笑みが零れる。

 

「ありがとう…、ラナ姉さん」

 

 危険を顧みず私を支えようとしてくれる、この大事な姉を────絶対に傷つけさせたりはしない。

 

 私の持てる力で護らなければ────そう心に決めたとき、不意にノルンの声が響いた。

 

 

【亜神の恩寵】の発動を認識───魂魄の【位階】が昇格します…

────────完了

契約魔術(コントラクト)】を開始します…

【境界の神子】リゼラ=アン・ファルリエム───【聖女】ラナ───契約完了

【亜神の恩寵】───【寵愛クラス】と断定

【聖女】ラナに固有能力【聖域】───授けました

【聖女】ラナの固有魔力量───【Aクラス】と認定

【聖女】ラナに【一級(ファーストグレ)支援(ードサポート)】が可能と断定───

管理亜精霊(アドミニストレーター)】に【聖女】ラナの接続許可を申請───許可を確認───【接続(リンク)】───成功

【聖女】ラナの使用可能神聖術を選出───完了

【聖女】ラナ、中級神聖術【治癒】───会得しました

【聖女】ラナ、中級神聖術【解毒】───会得しました

 

 

 ノルンの声が途絶え、私とラナ姉さんを包んでいた光が消えて────ラナ姉さんの唖然とした表情が目に入る。

 

 少し視線をずらすと、やはり唖然とした表情のレド様とシェリアが目に映った。

 

 シェリアにはノルンの声が聞こえていないはずなので、何が起こったのか、私たちよりも解らないに違いない。

 

「ええと、リゼ────今の何…?」

「………ラナ姉さん、“聖女”になっちゃったみたい」

 

 しかも、私に何だか厨二っぽい称号がついていたような────

 

「……リゼ?今のは?」

「おそらくですが────私がラナ姉さんに、“加護”を与えてしまったのではないかと…」

 

 神と深く繋がった私は神に近い存在だと、白炎様は仰っていたし────アルデルファルムは神に次ぐ【魂魄の位階】を持つために、アルデルファルムに加護を与えられた者は【魂魄の位階】が上がるのだと言っていた。

 

 私がラナ姉さんに無意識に“加護”を与えたことにより、ラナ姉さんの【魂魄の位階】が上がって、“聖女”となってしまったのだろう。

 

「………気が進まないけど、仕方がない」

 

 レド様が眉を寄せて、物凄く嫌そうな表情で呟く。

 

「レド様?」

「鳥に────あの神の許へ行く」

 

 

◇◇◇

 

 

 不満そうなシェリアにまた後で説明することを約束して、ロウェルダ公爵邸を辞した私たちは、ラナ姉さんを伴って孤児院へと跳んだ。

 

 北棟の扉を開いた瞬間、いつものように弾丸のごとく白炎様が胸に飛び込んできた。

 

<我が神子よ、来てくれて嬉しいぞ。今日はどうしたのだ?来る予定ではなかっただろう?>

「おはようございます、白炎様。今日はお訊ねしたいことがあって来たのです」

<何でも訊くが良いぞ。我に解ることなら、何でも教えよう。────それにしても、我が神子よ、今日は白いのだな。我と同じ色だ>

 

「え?」

 

 白炎様に言われて、私もレド様も礼服を試着したままだったと気づく。

 

「鳥───リゼはお前と同じ色なのではなく、俺と揃いの礼服を着ているだけだ」

 

 白炎様は私とレド様を見比べ、鼻で笑った───ように感じた。

 

<ふふん、我が神子は、我と同じで白を纏うと神聖な印象だが────おまえは、ただ白いだけだな>

 

 あ、まずい。レド様のこめかみに血管が────

 

 私は、急いで白炎様を【結界】で覆う。

 

「リゼ、この変な鳥が神様なの?」

<へ、変な鳥だと…?!何だ、この無礼な小娘は…!>

 

 ああ、ラナ姉さんの言葉に白炎様がいきり立ってしまわれた…。

 

「ラナ、よく言った。そうだよな────変な鳥にしか見えないよな」

 

 レド様…。

 

 

 

 

「へえ───塔の中って、こんな風だったんだ」

 

 ずっとロウェルダ公爵邸に泊まり込み、一度も孤児院に戻っていなかったラナ姉さんが、感心したように漏らした。

 

<違うぞ。我が神子が、我のために整えてくれたのだ!>

 

 白炎様は、ラナ姉さんの先程の言葉が許せないようで、今だにぷりぷりと怒っている。

 

 ラナ姉さんは、白炎様の怒りなど、どこ吹く風だ。

 まあ、今の白炎様は、怒ったとしても可愛らしいだけだから仕方がない。

 

「申し訳ありません、白炎様。ラナ姉さんも悪気があるわけではないのです。私は、白炎様のことを、荘厳だと思っていますから」

<……我が神子がそう思ってくれているというのならば、あの小娘の発言は忘れよう>

「ありがとうございます、白炎様」

 

 私の左肩に乗っている白炎様は、機嫌が直ったのか────私の頬にその柔らかな羽毛を擦りつけた。

 

「リゼは優し過ぎる。そんな鳥になど、そこまで気を遣ってやる必要などないのに」

 

 あれ、おかしいな────ちゃんと白炎様に【結界】を張っているはずなのにな。

 

 

「そ、それでですね、白炎様───お訊ねしたいことがございまして…」

<ああ、そうだったな。して、訊ねたいこととは何なのだ?>

「実は────」

 

 私は、ラナ姉さんに“加護”を与えてしまったらしいことを打ち明ける。

 

<ふむ。確かに、我が神子の加護がその小娘にかけられているな…。

それに────“祝福”も与えられている>

 

「…“祝福”?」

 

<そう、祝福だ。加護とは違い、心の奥底からその者の幸せと幸運を願わねば、かけられない。あの小童に与えたときも思ったが────其方の祝福は、澄んでいて本当に綺麗だ>

 

 あの小童に与えたとき…?

 

 白炎様の言う“小童”って────ジグかレナスのことだよね?

 

「白炎様?それは…、私が以前にも誰かに祝福を与えた────ということですか?」

<与えたではないか。ほら、そこの小童に>

 

 白炎様が示した先は────レナス?

 

 ジグとレナスは今、ラナ姉さんの手前、【認識妨害(ジャミング)】で姿をくらませた状態だが、白炎様には通じていないようだ。レナスを認識できないラナ姉さんは、不思議そうにしている。

 

「レナスに…?」

 

 白炎様は私の肩から円いテーブルの真ん中に下り立つと、器用に右足を前面に出し、左側の翼を差し出すように広げた。

 

 そう───まるで、片膝をついて、左手を差し出すように。

 

<そこの小童がこうやって其方の手を取って、命尽きるまで傍にいてお護りします───とか何とか誓いを立てたときに与えていただろう?>

 

 ああ…、そうか────あのとき、私は確かに、レナスの幸せと幸運を願っていたかもしれない。

 

「ほう…、レナスがリゼに────リゼの手を取って…、そんな誓いを立てた、と」

 

 レド様が地を這うような凍てついた声音で呟くのが耳に入り、私は慌てた。

 

「え、ちょっ───レド様、誤解です!レナスは、レド様と私の両方を護ることを誓ってくれたんです!」

 

 白炎様が、誤解を招くような物言いをするから…!

 

<誤解ではなかろう?其方の手を取って、誓いを立てていたではないか>

 

 ちょ、白炎様…!レド様に、油を注ぐようなことを言わないでください…!

 

「と、とにかく!私は、ラナ姉さんに加護と祝福を与えたんですね?」

<うむ、その通りだ。祝福を与えられる存在は、神ですら少ない>

「祝福を与えられると、どういう効果があるのですか?」

<運を引き寄せる>

 

「運を引き寄せる…?」

 

<そうだ。その者にとって、進むために───道を切り拓くために必要となるものを、引き寄せるのだ。まあ、引き寄せるだけで、それを手にできるかどうかは本人の努力次第となるがな。

だが───これは言い換えれば、努力すれば必ず報われるということだ>

 

「努力すれば────必ず報われる…」

 

 私は、白炎様と前世で関わったという神様から、祝福をいただいている。

 

 それならば────私も努力を怠らなければ…、必ず道は拓けるということだ。

 

「ありがとうございます…、白炎様」

<うん?何に対する礼かは解らぬが────其方が嬉しそうで何よりだ>

 

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