コントラクト・ガーディアン─Over the World─ 作:tea4
「加護や祝福というのは、自分の意志では与えられないのですか?」
<いや。あの小童のときも、その小娘のときも、おそらく感情が昂って、無意識に授けてしまったのだろう。其方なら、意識して────自分の意志で授けることができるはずだ>
良かった────相手の意志を訊く前に、勝手に加護や祝福を与えてしまっては、困る。
「加護や祝福を授けると、【魂魄の位階】が必ず上がってしまうのですか?」
<それはない。そもそも、祝福を与えただけでは【魂魄の位階】は上がることはないし───加護も程度による>
「では、ラナ姉さんには強い加護を授けてしまったということですか?」
<そうだな。かなり強い───それも、瞬時に【魂魄の位階】が昇格してしまうような加護を授けたようだな。しかも、能力まで授けている。まさか、神ならぬ身で、能力を授けることができようとは────>
白炎様は、感心したような───呆れたような声音で続ける。
<我が神子よ────其方のその誰かを思いやれる心根は、とても美しいと我は思う。だが、むやみに加護を与えて───【魂魄の位階】を上げてしまうのは、すべきではない。それだけは心得ておいてくれ>
「はい、白炎様。肝に銘じます」
それは白炎様の言う通りだと、私も思う。
「祝福を与えるのは、構いませんか?」
<ああ。祝福を与えるのは良いことだ。祝福は魂魄を浄める行為でもあるからな>
「魂魄を浄める…」
<其方の祝福は特にそうだ。我を救ってくれたときもそうだったが────それが其方の特性なのだろうな>
「あと、もう一つだけ確認させていただいてもよろしいですか?」
<ふむ、何だ?>
「たとえば、【魂魄の位階】が上がったラナ姉さんと【契約】を交わして、私とレド様の魔力で魔術を使い続けた場合、また【魂魄の位階】が上がってしまうのですか?」
<いや、もう上がることはないだろう。どの魂魄にも上限というものがある。其方やガルファルリエムの小僧のような───神に次ぐ位階まで昇り詰めることができる魂魄は稀だ>
「そうですか。では、ジグやレナスに私の加護を授けたとしても、もう位階が上がってしまうことはないのですね?」
<その心配はいらぬ>
それなら────ジグとレナス、ラムルとカデアにも加護を授けた方がいいかもしれない。それに勿論、祝福も。
アーシャにも、祝福だけなら授けても大丈夫だろう。
「解りました。教えてくださってありがとうございます───白炎様」
<うむ。お安いご用だ。また、いつでも訊きに来るが良い>
肩に乗った白炎様が、いつものように頬に頭を擦りつけてきたので身を委ねていると、不意に横から伸びた大きな手が白炎様を掴んで持ち上げた。
誰の手かは言うまでもない…。
「ご苦労だったな、鳥」
<おま───もっと優しく持て!強すぎるぞ、力が…!>
「大丈夫だ、もし潰れてしまっても特別に神聖術で治してやろう」
「レ、レド様…!」
レド様を慌てて止めていると、ラナ姉さんが言った。
「ねえ、リゼ。あのブランコ乗ってみてもいい?」
マイペース過ぎるよ、ラナ姉さん…。
◇◇◇
「ここで、【契約】も済ませるか。────場所を借りるぞ、鳥」
レド様は、私の後頭部に張り付いている白炎様の返事を聴くことなく、イスから立ち上がる。
「ラナ」
レド様に呼ばれて、ラナ姉さんが慌ててブランコから立ち上がった。
天蓋に施された窓から降り注ぐ陽光に照らされた白い軍服姿のレド様は、一幅の絵のようで────これで主従の契約を交わすなんて、まるで物語の一場面みたいだ。
何となくラムルとカデアにも見せてあげたくなって、口を挟んだ。
「お待ちください、レド様。ラムルとカデア、それにアーシャも呼びませんか?」
「ラムルたちを?」
「ええ。ラナ姉さんのことを紹介したいですし────皆にも加護と祝福を授けたいので」
「…そうだな」
「では───まず、ラムルとカデアを呼びますね」
「ああ、頼む」
ラムルとカデアは、今日もこの孤児院で子供たちの指導をしてくれている。私は、【
≪ラムル、カデア、取り込み中にごめんなさい。今、レド様とこちらに来ているんですが、切りのいいところで、塔の方へ来てもらえますか?≫
≪かしこまりました。すぐに、カデアと共に向かいます≫
≪待っています≫
「ラムルとカデアは、すぐに来てくれるそうです」
「そうか。アーシャはどうするんだ?」
「ちょっと試してみたいことがあるんです」
私はレド様にそう断って、とりあえず、アーシャに【
≪アーシャ、今、話しかけても大丈夫?≫
≪リゼ姉さん?…うん、大丈夫。カエラさんしかいないから≫
≪ちょっとこっちに来て欲しいんだけど────カエラさんに訊いてみてくれる?≫
≪解った。────────大丈夫だって≫
≪そう。それじゃ、そのままそこでじっとしてて≫
≪うん≫
【
光が収まると、そこには目を白黒させるアーシャが立っていた。
「すごいな。一体どう───」
<すごいではないか、我が神子よ。一体どうやったのだ?>
後頭部に張り付く白炎様が、子供のように興奮した声を上げる。
ああ、レド様のお顔が、また────
「お待たせいたしました」
そのとき───塔の孤児院側の扉が開いて、ラムルとカデアが入ってきた。
「ラムル!カデア!」
私は二人に満面の笑みを向ける。
ラムルもカデアも、私の表情とレド様の表情、それに私たちの立ち位置から状況を察したみたいで────剣呑な眼でレド様を見た。
「………坊ちゃま?一体、何をしておいでで?」
「旦那様───大事な女性を困らせるなど、言語道断ですよ。まったく情けない」
「う…、いや、その…」
レド様には悪いけど、私は安堵の溜息を吐いたのだった。
ラムルとカデア、それに姿を現したジグとレナスをラナ姉さんに紹介し、皆にラナ姉さんを紹介する。
「ラナと言います。よろしくお願いします」
「こちらこそ、どうぞよろしく。貴女のお針子としての腕については聞き及んでいます。随従してくれるとはありがたい。それに───リゼラ様も、姉のような存在である貴女が来てくれれば、お心強いことでしょう」
ラムルが、代表して応える。ラムルの最後に加えられた言葉は、私を思いやってくれているのが判って、嬉しくなった。
「ラナ、お前にはリゼの専属侍女を任せたい。そして────お針子として、俺たちの服装についても一任したい。やってくれるか?」
紹介が済むと、レド様が進み出てラナ姉さんに問いかけた。
「謹んで────お受けいたします」
ラナ姉さんは、決意を浮かべた強い眼差しをレド様に向けた後、恭しく頭を下げて────凛とした声音で、そう答えた。
次の瞬間、ノルンの声が響き渡る。
【
いつもの【契約】が始まり────こうして、ラナ姉さんは私たちの仲間となった。
◇◇◇
「加護と祝福───ですか?」
「ええ。ここにいる皆には授けておきたいと思いまして」
加護を授ければ、少しは安心だ。それに、祝福は確実に
「それは…、いただけるなら────とても、ありがたいことです」
ラムルが言い、皆も頷いてくれる。
「鳥───リゼが加護を与えられるのは、神に次ぐ位階の魂魄を持っているからだよな?それなら、俺でも授けられるのか?」
<まあ、お前でも加護を与えることはできよう。だが───おそらく、お前では能力を授けることはできないだろう。我が神子が、先程そちらの娘を呼び寄せたのを見て解った。能力を使い熟すことができる我が神子だからこそ、能力を授けることができるのだ───と>
「そうか…。それなら、リゼが加護を与える方がいいな」
<ふふん。そうしろ。皆もお前なんぞより、我が神子に加護をもらった方が良いに決まっている。そもそも、お前では祝福を与えられないからな。我が神子のように、澄んだ心根でないと>
「リゼの心根が澄んでいるというのは当然だが────それでは、お前が祝福を与えられるというのはおかしなことだな?どう見ても、お前の心根が澄んでいるとは思えん」
あれ───また何か始まってしまった?
「……坊ちゃま?」
カデアのその一言と凍てついた眼差しで、レド様は口を噤んだ。
………私の後頭部にしがみつく白炎様が震え上がったのは、気のせい?
「白炎様───加護と祝福の与え方について、ご助言いただけますか?」
私がそう言うと、白炎様は、私の後頭部から肩へと移る。
<うむ、よかろう。────うん?そこの小童以外、他の者にはすでに祝福を授けているようだな>
え、ジグ以外?
あ、そうか。きっと、あの厨房で皆に白炎様から聴いたことを話して聞かせたときだ。
あのとき────私はラムルとカデアが言ってくれた言葉に感銘を受け、アーシャの気持ちをとても嬉しく思った。
ジグとの会話はうやむやになってしまったから、ジグには祝福を与えることができなかったのだろう。
「……自分以外ですか」
ジグが、ぽつりと呟く。心なしか声音が低い。
そうだよね───自分だけ授けられていないなんて、いい気はしないよね。
私は、慌てて口を開いた。
「ジグ?違いますよ?ジグには授けるタイミングがなかっただけで、決してジグを大事に思っていないとか、信頼していないわけじゃないですからね?」
「……本当に?」
「ええ、本当です。そうでなかったら────信頼していなかったら…、アルデルファルムのときだって、頼ったりしないです」
魔術を斬り裂けるのは、私とレド様の霊剣も、レナスとアーシャ、ラムルとカデアの魔剣も同じだ。
だけど────あのときは、私は刻印を抑えるので手一杯だったし、レド様、レナス、アーシャでは距離があった。
ジグの投剣の腕を信頼していたからこそ、無意識に頼ったのだ。
「私は、ジグ────貴方に、レド様と私の傍に最期までいて欲しいと思っています」
私が心からの思いを言葉にすると、ジグは黙って私に歩み寄り、片膝をついて私の右手をとった。そして────誓いを立ててくれたときのレナスと同じように、私の手の甲に自分の額を押し付ける。
「この命尽きるまで────ルガレド様に…、リゼラ様───貴女のお傍に侍り、そのお命をお護り致します」
「ありがとうございます…、ジグ」
ジグも、レド様だけでなく、私にもその生涯を捧げてくれているのだと、本気で私まで護ろうと心に決めてくれているのだと判って────私は、ジグのその想いに胸が熱くなった。
彼の想いに報いたい────そう思ったとき、私の奥底から熱くなった感情が流れ出すような────何かが溢れ出すのが判った。
【亜神の恩寵】の発動を認識───【
【境界の神子】リゼラ=アン・ファルリエム───【聖騎士】ジグ───契約完了
【亜神の恩寵】───【寵愛クラス】と断定
【聖騎士】ジグに固有能力【天恵】───授けました
【聖騎士】ジグの固有魔力量───【Aクラス】と認定
【聖騎士】ジグに【
【
【聖騎士】ジグの使用可能神聖術を選出───完了
【聖騎士】ジグ、下級神聖術【施療】───会得しました
【聖騎士】ジグ、中級神聖術【解毒】───会得しました
【聖騎士】ジグ、中級神聖術【向上】───会得しました
ラナ姉さんのときと同様、魔術式が放つ光に包まれて、ノルンのアナウンスが響く。
だけど────“聖騎士”?【
<ふむ。加護と祝福、両方とも与えられたようだな。それに───やはり能力も授けている>
白炎様の声で、私は思考を中断する。皆の時間をとらせているのだから、考えるのも検証するのも後にしよう。
「ありがとうございます、リゼラ様」
「いいえ、ジグ。それはこちらのセリフです。これからも、よろしくお願いします」
ジグが顔を上げそう言ってくれたので、笑みで返すと、ジグは片膝をついて私の右手を握ったまま、嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべた。
ジグがそうした顔を見せてくれたのは初めてだったので、私は一瞬驚いてしまったが────ジグに気を許してもらえたようで、嬉しさで胸が温かくなった。