まずい、非常にまずいことになっている。
裏口からなら逃げられると思ったのに、いや、それより、一瞬でも諦めそうになった自分を叱咤する。
これで諦めたら桜さんとおばあさんに申し訳が立たない。彼女たちは文字通り現在も体を張ってくれているんだ。
それならば私に諦めるなんて許されるはずがないじゃないか。
だが、実際問題目の前の彼女は私の逃走を許しはしないだろう。
「ふふ、そんなに怯えなくてもよろしくてよ。私はあの子たちと違ってちゃんとわかっているもの。」
いや、どうだろう。確かに彼女の瞳にはいまだかすかな理性があるように感じる。
だがそんなわずかな可能性に縋ってもいいものか・・・。
このまま全力で逃げる、、、のは絶対に無理だ。相手はウマ娘、それも"中央"の選りすぐりだ。すぐに捕まるに決まっている。
であれば、今の私にできることは対話による交渉、だろうか・・・。うん、それが一番可能性が高い気がする。
もとより店にいたときと違い相手しなければならないのは彼女1人。状況は最悪ではないはずだ。
今考えうる最悪は、お店にいる子たちまで集まってしまうこと。そうなれば私は終わる。
最高は黒服さんたちが救援に駆けつけてくれることだが、、、現時点でここにいないということは彼女たちの身に確実に"何か"が起きている。
彼女たちを足止めできる存在なんて想像もできないが、いや、そういえばお店の前にたむろしているウマ娘たちがいたような、、、。
いや、考えても仕方がない。
安易に希望になんて縋っちゃだめだ。
私は弱気な思考を頭から追い出す。
そうだ、私には帰るべき場所があるのだ。絶対に諦めない。
「どうしたの?ずっと黙っているけれど、、、まあ、今はいいわ。そんなことより近くに車を待たせているの。早くいきましょう。」
私の態度に心底不思議そうにしている彼女。
断られるなんて微塵も考えていないみたいだ。
彼女が私の話を真面目に聞いてくれるかなんて分からない、だが、彼女には恐らくまだ理性が残っていることに懸ける。
これで通じなければ私の負け。いい加減覚悟を決めなくては。
心臓がバクバク鳴っている。
一度深く深呼吸する。
よし。
私は意を決して口を開いた。
「私はー」
______________
場面変わってお寿司屋正面玄関前。
黒服達は予想外の闖入者に一瞬動揺したものの、相手の総力を素早く修正したのち、すぐに行動を始める。
学生が1人増えたところで私達の優位は揺るがない。
それよりも、お店にいる少年の救援へ急がなければ。
目の前の厄介ごとを最短で片づけるために駆ける。
まずは、敵の中でも一番厄介そうな相手、すなわち、、、
「まあ当然、狙うなら私から来るだろうね・・・。」
黒服達が猛然と迫ってくるのにも関わらず、皇帝、シンボリルドルフはそれでも悠然と佇む。
まったく動揺する気配のない彼女に少し動揺するが構わず突き進む。
相手との距離はすでに5mを切った。
このままっ・・・。
バンっっっ!!!
と、いうところでありえないはずの場所から拳が炸裂した。
先頭にいた黒服を奇襲したその拳をみて他の2人も足を止める。
「ちッ、完全に奇襲できていたと思ったんだがな。防ぐだけならまだしも後ろに飛んで勢いを殺しやがった。あれじゃダメージなんて期待できないな。」
「ふむ、あれではダメか・・・。」
「「「っっっ?!」」」
やられた、、、。
正面に1人立っていたと思われた相手の背後にもう1人潜んでいた。
「あいにくと、私も無策でこの場に姿を現したわけではないよ。遠目からでもあなたたちが相当の手練れである事は分かっていたしね。・・・それに、私も最近とあるウマ娘達にしてやられていてね、、、油断していたとはいえ、負けるなんてこと、もう二度とごめんだよ。」
「ああ、ルドルフが言っていたあれって冗談じゃなかったのか。」
「ふふ、私もそうであったらと思うがね。紛れもない事実だよ。まあ、もう1度雌雄を決する機会に恵まれた際には・・・絶対に勝ってみせるとも。」
「ふん、"皇帝"にそこまで言われるほどの奴がまだいるとはな、私も会ってみたいもんだ。」
「まあ、君ならそういうだろうね、ブライアン。」
そうして、黒服達の前に現れた、もう1人のイレギュラー。
《影をも恐れぬ怪物》 ナリタブライアン
「っと、無駄話もここまでみたいだね。」
「・・・正直、アレに勝てるとは思えないんだが。まあやれるだけやるさ。」
・・・・・・・油断した。
軽く叩いて服に着いた汚れを落とす。
手加減なしとは言ったが、それでも学生ごときに遅れはとらないとどこかで慢心が出てしまった。
依然として自分たちが負けるとは思っていない。
それでも、学生相手に一発くらった衝撃は大きい。
「ふぅー。」
軽く息を吐く。
先ほどの失態の反省は後ですればいい。それよりも今は・・・。
「2人とも、ここは私1人で相手をするので、後ろの学生への対処は任せます。」
「っ、・・・了解です。」
「・・・了解。」
何か言いたげな2人の視線を振り切り、目の前の相手へと相対する。
彼女たちの言い分は分かる。だが、目の前の相手には余計に時間を取られるわけにはいかない。3人の中でも1番対人戦に優れている私が相手をする。
なにより・・・
「私の失態のせいで嘗められるのは、、、我慢、なりませんので。」
"ウマ娘"には総じて、くそ負けず嫌いしかいない。
もちろんそれは彼女たちも同様に・・・。
「私も言ったはずだ、負けるのは二度とごめんだと。」
「はぁー。・・・一応、右に同じ。」
瞬間、辺りは異様なほどの過集中領域へと変貌し、、
「始めから全力でいかせてもらう」
「・・・ふぅ。」
『汝、皇帝の神威を見よ』&『Shadow Break』
「・・・上等です」
そして戦闘の火蓋は切られた。
「やっちゃえカイチョー!!!」
ささやかな声援と共に。
______________
3人の戦闘が始まるのと時を同じくして、残り2人の黒服達も任務を遂行するために動き出す。
「ふふ、やっとですか?私たちのことなんて眼中にないみたいですね。」
「めちゃくちゃ心外なのデース!!!」
「2人共、油断は禁物です!相手はかなりの手練れ、隙をみせたらやられm・・・。」
「・・・隙ありです」
ドガンッッ!
まずは1人、、、と思ったところでまたしても・・・。
「ああっっ!!!またやっちまいましたわっ?!!地面が粉々に・・・。」
「・・・ッ」
「いーや今回はナイスだぜカワカミ!」
彼女、カワカミプリンセスはその生来の野生の感というべき反応速度で相手の先手を潰す。
「っ?!、、すみません、私としたことが。」
「気にしなくてもいいですわ!姫たるものっ!同じ学園の生徒がピンチの時には、助けるのが当たり前ですもの!」
「それに、俺たちで協力し合わねえと、万に一つも勝ち目なんてみえねぇからな。」
「いやー、実に美しい友情だねぇ~。ところでそんな君たちに朗報なんだが、、、なんと偶然!こんな時のために私の発明したこの『すごく強くナール』(裏声)があるのだが、、、飲むかい?」
「「「「「いらない。」」」」」
「当たり前です、そんなもの好き好んで飲む人なんていないですよ。」
「えぇ~、これは本当にすごい発明なんだよ?!・・・まぁ、副作用でちょっと体がカラフルに光り輝いたりするけども、、、。」
「はぁ、、、。」
「・・・・茶番は、そこまででよろしいでしょうか。」
、、予想外に相手が手強いせいで時間がかかりすぎている。
これでは前回の反省をまったく生かせていないではないか。
こちらの方が上手なのだ。
冷静に対処すればいいはずなのに、、どうにもリズムを崩される。まさかこれも意図して?(全然違います、個性の塊が集まっているだけです。)
「なんだ?随分余裕がねぇみたいだな、だがどうあっても寿司は俺たちが先にいただくぜ!」
「お腹ペコペコで死にそうなのデース!」
「同じくペッコペコですわ!」
「ふふん、ちなみに私は2日前から何も食べていない。」
「それは自業自得です。」
「・・・・違います。、、、、いえ、お寿司は食べたいですが違います。」
「・・・落ち着きましょう。相手の言うことに耳を貸してはダメ。」
改めて戦闘態勢を取る2人の表情にもう焦りはない。
焦りが消えた2人からは強烈な"気"が発せられる。
正真正銘、、、全力だ。
「っ、これはっ?!なんて圧力、、、チヨノオーさん、他の皆さんも!危ないのでもう少し離れていてください!」
「これはやべぇわ、肌がヒリヒリしてやがる!」
「こんなもの!・・・やってやりますわ!!!」
「最強はエルなのデース!!!!!」
そう、それでも彼女たちは引かない。
なぜなら彼女たちもまた、"くそ負けず嫌い"だから。
そして、、、。
「私たちは会長さん達のように任意で"領域"に入ることはできませんが、、、それでも、勝利を譲るつもりは微塵もありませんので。・・・・・参ります。」
「「受けて立ちます」」
そして、、、戦闘は始まる。
_____________
場面戻ってお寿司屋裏口、私とラモーヌさん。
交渉の際には、相手の冷静さを乱すことが重要。
だからまずは、、、
「私は、私はラモーヌさんのことが好きではありません。」
これは賭けだ、かなり危険な。せめて、動揺してくれればいいが・・・。
「っ?!!へぇ、急に何を言い出すかと思えば・・・。そのような嘘をつくのはやめなさい。アナタは私に"愛"をくれたじゃない。」
ん?なんのことだ、、、。
「アナタは料理を通して私に語り掛けてくれたじゃない。大丈夫、私にはちゃんと届いているわ。」
料理で愛?
「アナタの作る料理は普通ではないわ。材料に変わったものはないはずなのに、、、私が今まで食べてきたどの美食よりも美味しくて、、そして、なぜだか身体が熱くなるの。こんなことは始めてだった。これが愛でないというのなら、この熱は、この思いは何だというの。」
ああ、料理がおいしすぎて変な思考になったのかな。
でも、だいぶ動揺してくれている。畳み掛けるなら今だな。
彼女の勘違いを正す。
・・・私が料理にかける思いは皆のもの。特定の1人に、あなただけに向けたものではない。
「う、嘘よ・・・。そんな、だって。」
よし、完全にこっちのペースだ。
もう彼女からは脅威を感じない。
いやー、一時はどうなるかと思ったけど。何とかなるものだな。(フラグです×2)
私は動揺している彼女を尻目に、冷静にその場を後にしようとするが、、、。
「はっ、そうだわ。これが"愛"であることは紛れもない事実のはず。でなければあれほどの美食には至らない。・・・ということは、まさかっ?!」
・・・ん?
「まさか、、、私からの"愛"が足りていなかったということ?」
あれ?
「そういうことだったのね、、、。アナタの"愛"が強すぎるあまり、私の"愛"が霞んでいた。"愛"は等しく与え合うべきものなのに。・・・・情けない、メジロが聞いて呆れるわ。」
まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。
「確かに、そんなことにも気づかない私を、アナタが受け入れてくれるはずもないわね。」
あと、ちょっとだったのに、、、。
「ごめんなさい。謝るわ、私が間違っていた。・・・・・そして改めて、私と共に逝きましょう。大丈夫、今度はもう絶対に間違えたりしないから。そうね、まずはメジロの屋敷で存分に語り合いましょう。私達はもっとお互いの理解を深めるべきだわ。」
彼女の、ラモーヌさんの目からハイライトが消えた。
ああ、これは無理だ。
もう何も思い浮かばない。
彼女はそのまま私の手をとって車の方へと向かっていく。
その手はもう逃がさないとばかりにかたく握られていて、なんだかミシミシといっている。
黒服さん達もいよいよ間に合わなかったか。
なんだかお寿司屋の玄関口のほうでドゴーンッとかゴキャッとか明らかに街中で鳴らないような音が響いているが、恐らく彼女達が関わっているのだろう。
このままメジロ家の屋敷に連れていかれるのはもうしょうがない。
本当はスマホがあればまだ希望が持てたのだが、、、逃げることに精いっぱいでお店に置いてきてしまった。
・・・今は機会を待つしかないか。
諦めるのはまだ早いよな。
脱出のチャンスは必ずやってくる。
頑張れ自分。
心を強く持つんだ。
「ふふ、ほんとに楽しみだわ。アナタのことをもっと知りたい。私のことをたくさん教えてあげたい。」
拝啓、父と母、驚愕くん。あとその他へ
ごめんなさい、約束の帰郷は少し延期するかもしれません。
ですが安心してください。
私は小暮町が大好きです。あのゆったりとした雰囲気は読書に最適ですから。
だから、必ず帰るから心配しないで。
のんびりと待っていてください。
敬具
P.S. ところで皆さんに聞きたいのですが、この世界では女性に肌をみせるのは、どのくらいからアウトなのでしょうか?私、気になります。
油断大敵