『皇帝』
そう呼ばれるようになったのは、いつの頃からだっただろうか。
国内での通算成績 15戦13勝
「皐月賞」
「日本ダービー」
「菊花賞」
「有馬記念」
「天皇賞(春)」
「ジャパンカップ」
「有馬記念(連覇)」
数々の栄誉あるG1を制覇してきた。
史上初、前人未到の"無敗クラシック3冠"も達成した。
私より以前の3冠は"セントライト"、"シンザン"、"ミスターシービー"。その錚々たる来歴の中に私の名を刻むことができたのは、素直に誇らしく思う。
私を生んでくれた母親にも"シンボリ"の名に恥じぬ栄誉をプレゼントすることができた。
後輩にも恵まれた。
"トウカイテイオー"や"ツルマルツヨシ"。いずれも素晴らしい才能を持ったウマ娘たち。どこか自分の娘のようにも感じる彼女たちは、いつか、私を超えることもあるのだろうか・・・。
"全てのウマ娘の幸福を"
レースの世界から一線退いた後の私は、かねてより掲げていたその理想を実現するために、トレセン学園生徒会長として、より一層学園の運営に尽力した。
"エアグルーヴ"に"ナリタブライアン"。私の掲げるこの大言壮語な理想にも、笑わずに付いてきてくれる頼もしい学友達。
学園にいる個性的なウマ娘達の問題に対処するのは少し疲れるが、それでも、日々充実した生活を送れていたはずだ。
だが・・・。
それでも時々、何か自分の中で消化不良の気持ちが渦巻いているのを自覚する時がある。
それは、朝起きたときだろうか。いや、グラウンドで真剣な顔をしながら走る下級生の子達を見ているときかもしれない。生徒会室で書類仕事をしているときも、、時々。
それがどんな気持ちなのかは分からない。
全く身に覚えのない感情に、それでも勘違いだと自分を律する日々の中で、私はどこか非日常を体験することを夢想していたのかもしれない。
だから、だろうか・・・。
『あのっ!シンボリルドルフさんですよねっ?!』
あの時、帰り道に私の目の前に現れた、身に覚えのない学校の運動着を着ている彼女達に、、、
『突然ですみません、ですけど、1レースだけでいいんです!1レースだけ、私達と勝負してくれませんかっ!』
彼女たちの、誘いに、、乗ってしまったのは・・・。
私に並走を頼んできた学園の生徒は、これまでにも幾人かいた。
だが、彼女たちは総じて私を通して自身の欠点を認識したいというもので、私に本気で勝とうなんて気持ちはまったく考えていないようだった。
私が期待していた、テイオーでさえも。
けれど、目の前の彼女達は違う。
その姿は自信に満ち溢れているようで、すでにかなりの距離を走ってきたのか、額にはうっすらと汗がにじんでいて。
そして、私を・・・シンボリルドルフを前にして、臆せずに、しっかりと瞳を見つめ、本気で私に勝つつもりで・・・・・。
普段ならば絶対にありえない。
どこの学校とも知れない、彼女達とレースをするなんて。
だが、全身から闘志溢れる彼女たちを前に・・・・私に負けるなんて微塵も考えてなさそうな彼女たちを前に、背を向けることなど・・・どうしても、出来なかった。
「―」
「――」
「―――」
「っ!!・・・ハアッ、ハアッ」
おかしいおかしいおかしい、、。明らかに異常だろう?!
私の了承を経て始まったレースは、開始当初からおかしいことだらけだった。
スタートダッシュ、我先にと前へ飛び出した彼女たちはすでに全力を出しているようだった。体力を温存するなんてことは端から全く考えていない。私の動揺を誘うだとか、、あれは絶対にそんなこと考えていない。
全員が初めから全身全霊。体力の尽きる限りゴールまで走り抜ける気だ。
だが、それは絶対に出来ない!
始めから最後まで全力で走るなんて、そんなの戦略として破綻しすぎている。そんなことができるなら、逃げや差し、追い込みや先行なんて戦略は発展していない。
私が仕掛けるのは最後の100m、最終直線で体力の尽きている彼女たちを差せばいい。
それで、いいはずだ・・・。
いいはず、なのに、、。
なぜか直感が告げている。なぜか背筋が凍る。
『ああああああぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!』
『ハアアアアアアッッ!!!!!』
目の前の彼女たちは、誰一人として失速していない・・・・どころか。
「加速、、、しているのか・・・・・。ここにきて・・・・。」
そんな無茶な・・・そんな走り方をしてしまえば、どれだけ頑丈だろうと私達ウマ娘の足なんて簡単に壊れてしまう。
「よさないかっ!!!私に勝つためとはいえ、そんなっ!!!!」
私が止めなければ、彼女たちが壊れてしまう。・・・だから、、、
「使うつもりはなかったが。」
致し方ない、、
『汝、皇帝の神威を――――
『ここからです!ここからが私たちの全力!!!』
『―――――――――』
「なっ?!!!」
まだ全力ではなかったというのか・・・それに、それは"領域"・・。日本屈指と呼び声も高い"中央"においても、任意でそこに至れるものなど本当に一握りで・・・。
差せると思った最終直線、ついには、追いつくことができなかった・・・。
あれから、気づけば私はレース場の中央に1人呆然と立ち尽くしていて。
彼女達からはレースの後、何か声をかけられた気がしたが、全く覚えていない。
「完敗だ・・。」
そう、完敗だった。
こんなに酷い負けは、海外遠征以来、いや、それ以上か・・・。彼女たちを嘗めていた、油断、していた。もう少し考えてレースができていれば、、、動揺せず、冷静に対処できていれば、、、。"領域"は、本当にあのタイミングで使うべきだったのか。
後から後から、先ほどのレースへの後悔が押し寄せてくる。
「悔しいな。」
全力を出せずに負けたことが悔しい。
そう、言い訳がましくこの場に残る自分が許せない。
だが、それ以上に。
それ以上に、自分を許せないことが1つ。
あの時、私は―――
_________________
「―」
「――っ!」
「おいっ、ルドルフ!何を呆けている!」
「っ?!」
思考が現実へと引き戻される。
ああ、そうだ。今私は目の前の相手と、学園の生徒を守るために――
「・・・まず1人。」
隙というにはあまりにも短いその一瞬を、相手が見逃してくれるはずもなく。
ゴキャッ!!
私へと呼び掛けていたブライアンの顎下を的確に打ち据え、意識を刈り取る。
「ブライアンっ!」
「やっと、1人終わりました。これでもう連携もできないですね。」
領域へと至った私達相手に、それでも圧倒的な経験値の差でことごとくを凌駕してくる相手は、そのまま私の方へと向かってくる。
こんなの、反則じゃないか・・。
強すぎるだろう・・・明らかにっ、、。
「いえ、学生の身でありながら全力の私を相手にここまで立っているのです。十分に称賛に値します。」
そう言って目前まで迫る相手を前に、私は、もう―――
『ボクは、シンボリルドルフさんみたいな強くてかっこいいウマ娘になります!』
・・・いや、違う。そうじゃないだろうっ!
何を勝手に諦めているんだ、私は!
もう負けないと誓ったじゃないか。ここでまた諦めてしまったら、私はもう二度と成長できないと確信できる。
・・・ああ、そうだ。私はあの時。彼女達にレースで負けたとき、少しだけ、安堵してしまったのだ。
"全てのウマ娘の幸福を"
そんな理想を掲げておきながら、それでもレースに立ち続けた私の背後には、当然敗者が存在していた。
当たり前のことだ。
勝負の世界である以上、全員が勝者というわけにはいかない。
私の代で、隔絶した才能の差を感じて学園を去った者の顔を今でも覚えている。
私の理想に対する思いに嘘はない。
本当に、ウマ娘たちが幸福であるようにと、、そう、思っているんだ。
だから、忘れない。
私の代だけではない。
希望をもって"中央"へと入学し、夢破れて学園を去っていった者たちの顔を、彼女たちのことを、私は絶対に忘れない。そこから目を逸らすくらいなら、とうの昔に私は理想を諦めている。
だから、罪悪感を感じるなんて、彼女達への1番の侮辱だ。
レースに負けたことで少しでも彼女たちの痛みが理解できたと安堵するなんて、ひどく傲慢な考えだ。
一瞬でもそんな考えを抱いてしまった私を、私は決して許せない。
気持ちは固まった。
ああ、鬱屈とした気持ちが消えていく。
思考が明瞭になっていく。
そうだ、思いだした。
私を慕ってくれる後輩たちのためにも、私の栄光の陰に沈んでしまった者たちのためにも、私はいつだって、胸を張って生きてきた。
そうなのだ。そんな私を見て、周囲の人々は私をこう評したのだ。
なぜならば、私は・・・・・私は。
「私は"皇帝"シンボリルドルフだ!どれほどアナタが強くても、私はもう絶対に負けないっ!!」
『翳り退く、さざめきの矢 Lv.5』
辺りに紅葉が舞う。
いくつもの苦悩を乗り越えて、天才の才能は再び花開く。
「・・・。」
数舜の後に覚醒を遂げた相手へ、黒服のウマ娘はどこか絶望した、、どこか羨望の眼差しを向ける。
"中央"に所属している以上、すでにその卓越した才能は認められている。
まして相手はあのシンボリルドルフ。
凡人が超えるのに長い時間のかかる壁など、いとも容易く乗り越える。
あの眩しさに憧れる。・・・・嫉妬する。
「・・・・・・だから"中央"は嫌いです。」
そうして再び2人の死闘が始まり・・・。
「中断ッ!双方、戦いを止めるのだ!」
「はい、そこまでです。」
_______________
「・・・と、いうことがあったみたいなんですの。まあ、わたくしも詳しい現場を見てはいませんが。」
「・・・・。」
あの後、明け方から熟睡した私が再び目を覚ましたのは若干日も落ちかけた夕方のことだった。変な時間に眠ってしまったせいで、ひどく体がだるい。
使用人の人たちも、私が明け方まで起きていたのは知っていたみたいで、途中で起こされることもなくそっとしておいてくれた。
で、そこからいろいろ身だしなみを整えて、遅めの昼食をとってまた客間に戻ってきたところに、学校帰りのマックイーンさんが昨日の事情を説明するために屋敷へと来てくれたのだ。
ちなみに、他のウマ娘の皆さんは、何やら学園からお叱りがあったらしくて、今は授業の時間以外それぞれの寮で謹慎しているらしい(マックイーンさんも事情を説明し終えたら、すぐに戻らなければいけないらしい)。
話しを戻して、詳しい事情を説明すると、私がラモーヌさんと対面していたあの時、やはり黒服さんたちは正面玄関の方でその場にいたウマ娘の皆さんと衝突していたらしい。
双方熱くなっていて、互いの誤解を解かないまま戦闘していたらしいが、店内にいた桜さんが呼んだトレセン学園の理事長と秘書のたづなさんという方が現場に到着。
その場をうまく抑えてくれて、その後店内にいた暴走気味のウマ娘の皆さんも無事鎮圧したらしい。
黒服さんと戦っていたウマ娘の皆さんには特に目立った外傷もなく、倒れている子も気絶していただけみたいなので良かった。
ちなみに店内のウマ娘を沈めたのはたづなさんで、黒服さん達も驚くほどの腕前だったみたいだ。
ああ、その黒服さんは今部屋の片隅で正座しながら電話越しに驚愕くんのお母さんからお叱りを受けている。
私が起きた時にはすでにメジロ家の屋敷に集まっていて、私が少しの間ここに残ることを伝えるとあっさりと了承してくれた。
ああ、ちゃんと両親にも連絡してある。
父はしきりに私のことを心配してくれたけど、母はなぜか余裕の態度だった。小さい頃は果てしなく過保護だったのに、人は変わるものだな。
鷹の目さんには電話越しにしきりにため息をつかれてしまったけど、彼女も私が梃子でも動かないことは理解してくれているので、最後はしぶしぶ了承してくれた。
学園の子たちには申し訳ない。鷹の目さんがいる理事長室には連日抗議に来ているらしいが、もうしばらく待っていてほしい。
・・・で、最後は驚愕くんなんだが。
彼が一番大変だった。電話越しではずっと不貞腐れていて話にならなかった。最後の方には両親と同じく1日1回の電話が義務付けられたが。まあ、急な延期の理由は私にあるのだ。甘んじて受け入れる。
メジロ家の当主様にはまだ会えていないが、屋敷の書斎への出入りは自由にしていいと言われている。すべて読むのにどれほどの時間がかかるか分からないが、まあ気長にいこう。
ウマ娘の皆さんの謹慎は今日あわせて1週間みたいだし、とりあえずはその間に沢山読もうと考えている。
なんなら今すぐにでも、、と思っているのだが・・・。
「なんですのその目はっ?!・・・、いえ、わたくしもすぐに戻らなければならないのは理解していますが・・・。」
それなら戻るべきだと思うのだが。
「いえ、こんなチャンスはもうないかもしれないんです!お願いしますわ!わたくし、アナタの作るスイーツを是非食べてみたいんですの!!!」
「・・・。」
どうやら彼女は昨日食べたお寿司の味に感銘を受け、それほどの料理の腕なら、どれほどのスイーツが作れるのかと考えたらしい。で、是非それを食べてみたいと。
そういわれて悪い気はしない(こいつは何も学んでないです)。
そういうことなら作ろうじゃないか!
どうせまだ頭がぼやけているんだ。スイーツをつくりながら目を覚ましていこう。
「流石、話が分かりますわね!!!さあっ、キッチンはこちらですわ!!!さあさあ!!!」
そういって、連れていかれた先にはまあ当然のように広々としたキッチンが広がっていた。
そこにある材料は好きに使っていいそうだ。
キッチンに着いたマックイーンさんはすでに席に着いて鼻歌を歌っている。帰ってからのことはまったく考えていないみたいだ。
まあ、いいか。
しかし、スイーツか、、、。
材料を一瞥すればどのようなものが作れるか分かるのだが、、、ホットケーキにしようかな。
個人的に食べたくなってきた。
レベル3でふわふわなホットケーキを作ろう。うん、そうしよう。
材料は小麦粉、ベーキングパウダー、砂糖、塩、卵、牛乳、バター。
流石に名家ということもあって質のいい食材が揃っている。
速攻で材料を混ぜ合わせ、一旦底をさましたフライパンの上へと投入する。
某有名なねずみの絵本に登場する大きなホットケーキを再現しよう。
普通ならオーブンとか焼き方に工夫が必要になるのだが、問題ない。
目の前のホットケーキはありえない速度で火が通り、ふっくらと膨らんでいく。
表面を軽くヘラで押してみると、すごいプルプルしている(歓喜)!!!
「こ、これはっ?!絶対にうまいやつですわ!!!」
「「「「「わぁ~!!!」」」」」
ん?
なんかいつの間にかホットケーキを間近で見ているマックイーンさんとちびっこウマ娘の子達。
いつの間に・・・。
「ああ、この子たちは全員メジロ家の子達ですわ。今日は近くで練習があったみたいで、いつの間にか匂いにつられて来てしまったみたいなんですの。」
どうやらメジロのウマ娘達は幼い時からレースに関する英才教育を受けているらしい。
まあ名門と言われるほどに歴史のある家みたいだし、そういうものなのだろう。
ホットケーキを輝いた目で見つめている彼女たちを流石に無視はできないので、材料を増やしてホットケーキを量産した。
「美味しいですわっ!!!手が、手が止まりません!!!!」
「「「「「おいし―――!!!!」」」」」
その後全員で30枚のホットケーキを平らげ、ちびっ子たちは笑顔で帰り、マックイーンさんは使用人さん達に引きずられて帰っていった。
「い゛や゛ですわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!!!!!!」
さて、本を読もうか。