『アルタイル』
「はぁ、、、困ったわ。」
ここはトレセン学園のカフェテリア。周囲では思い思いに食事を楽しんでいる学園の生徒たちで賑わっている。そう言えば、いつも誰より早くここに来ているはずの生徒の姿が見えないが、体調でも崩したのだろうか。
私はいつも通り1人、窓際の席で食事をしている。
・・・過去に生まれることのできなかった妹の事について悩み、周りを避けるような態度だった私は今でも基本的に1人でいることが多い。
まあ、元々1人が好きだったからそれは別に気にしていない。ただ、あの子との約束もある。いきなり積極的に私の方から話しかけるなんてことは恥ずかしくてできないが、徐々にでも改善していけたらと思う。
そのことで、非常に気乗りはしないがカレンさんにも力を借りている。私にあんな服は似合わないし、化粧だって手間なだけだと思うのだが・・・慣れるしかないのだろうか。
「はあ、、。」
また、ため息・・・。あのお寿司屋でのことを思い出す。本当に、あの時の私はどうかしていた。まあ、それもこれもいきなりあんな場所で脱ぎだした彼が悪いと思うのだが、、それにしてもいきなりホテルはないでしょうが!。今思い出しても本当に恥ずかしい・・・。幸いだったのは私以外の子も同じような状態だったことだろう。そのせいで1週間の謹慎が言い渡されたわけだが、元々走ることを諦めていた私にとっては、さほど苦痛ではない。
そうだ、そのことはもう割り切れたのだ。それよりも、目下私が頭を悩ませている問題。・・・それが、、
「あっ、いた!アヤベさん!!!」
ああ、見つかってしまった・・・。
私のことを見つけて嬉しそうに駆け寄ってくる彼女、トップロードさん。
こんな私のどこをそんなに気に入ってくれているのか分からないが、彼女は今も私に会えて尻尾をブンブンと振っている。
その顔は走ってきたせいなのか上気していて、若干吐息も漏れている。普段は真面目な学級委員長としての彼女を見慣れているせいで、なぜか目が離せなくなる。・・・いけない、また胸が、、苦しくなっていく・・・。
「あの、アヤベさん?どうしたんですか、私の事をじっと見つめて・・・。それに、ちょっと顔が赤くなっているような・・・。」
「気にしないで、何でもないから。」
「う~ん、でももしかしたら風邪かもしれないですし、、、ちょっと失礼しますねっ。」
何を思ったのか、そう言って間近に迫ってくる彼女の顔に若干体を引いてしまう。
それでも気にせず彼女は密着してきて、ついには私の額と彼女の額が重なった。
「わっ、熱いですよやっぱり!ホントに風邪じゃないですか!!早く保健室に行きましょう!歩くのが辛いなら私が背負って行きますから!」
いけない、心臓の音がうるさい。私にも自分の顔が真っ赤になっているのが自覚できる。このままではまずい。
「本当に、何でもないから!・・・心配してくれてありがとう、じゃあね。」
「えっ、ちょっと、アヤベさん?!」
そう言って私を引き止めようとする彼女を振り切って、私はカフェテリアを後にする。
だめだ、あのままあそこに残っていたらきっと私は・・・。
身体の熱はなかなか引いてくれない。私自身こんな感情を彼女に抱いては失礼だと思っている。彼女は恩人だ。昔から素っ気ない私の事を気にかけてくれて、破滅的な私を救い出してくれた。
こんな邪な感情を向けていい相手じゃない。
今日はあと2限ほど授業が残っているが早退することに決める。
「とにかく、、薬の効果が切れるまでは大人しくしておくべきね・・・。」
そう呟いて足早に移動する。
そうだ、この気持ちは私の本意ではない。私がこんな状態になっているのはタキオンさんの作った薬のせいだ。
あの時はまさかこんなことになるなんて思いもしなかった。
「はぁ・・・」
今日何度目になるのかも分からないため息を吐く。
そうだ、きっかけは今朝の事だった・・・
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ピピピ・・・ピピピ・・・ピピピ・・・
「・・・・・っん」
AM 7:00
聞き慣れた目覚まし時計の音で目を覚ます。
私の寝起きはいい方だ。洗面台で軽く顔を洗えばすぐに意識は覚醒する。
いつもならこの後ジャージに着替えて軽く汗を流すのだが、今の私は謹慎中。つい、いつもの習慣で早く起きてしまったが早々に手持ち無沙汰になってしまった。
ベッドに腰かけて今も気持ちよさそうに寝ているカレンさんを見つめる。
「・・・・ㇲ―・・・・ㇲ―・・・・・・」
比較的顔が整っているウマ娘だが、中でも彼女はさらに整っているなと思う。
思えば、ずっと周囲との関りを避けていたせいで自分のルームメイトの顔をこうしてじっと見つめたのもはじめてかもしれない。
・・・ちょっと彼女のほっぺをつついてみたい悪戯心が湧いてきたが、さすがに自制する。
「んー・・・・。」
脚をパタパタさせて気を紛らわせてみるも時間は一向に進まない。
せっかく足の怪我が治ったというのに、こうもじっとしていては落ち着かない。
「散歩くらいなら、、問題ないわよね。」
誰に聞かれるでもなくそう呟く。
そうだ、これは練習ではない。ただの散歩。軽く外の新鮮な空気を吸いたいだけ。
自分の中で言い訳を繰り返し、寮を出る。
少し寒いが、心地のいいそよ風が肌にあたる。こんな天気の中で走れたら気持ちがいいだろうな・・・。
敷地の中を軽く歩いていると朝練をしている学園の生徒達とすれ違う。朝はみんな軽く慣らす程度の走り込みしかしていないので友人と楽し気に話し合いながら走っている子もちらほらと見かける。
彼女たちはまだ中等部だろうか・・・。レースで活躍する彼女たちを見ることができるのはいつになるのだろう。
・・・今なら分かる、自分の事を心配してくれる友人というのは得難い存在だ。もし彼女たちが落ち込んだり、困った顔をしていた時は言ってあげたい。そういうときほど友人を頼るべきだと。・・・まあ、それをあの時の自分が言われたとしても、きっと素っ気ない態度で離れていってしまうのだろうが・・・。
少し感傷的な気分になりながら散歩を続ける。
「おや、そこにいるのはアヤベさんじゃないか!!!」
「あっ、アヤベさん、おはようございますぅ~、、。」
「・・・・はぁ。」
背後から聞こえる声に、思わずため息で返してしまう。悪い人ではないし、過去にはトップロードさんと同じように私の事を心配してくれた大切な友人なのだが、、どうにも私の性格とは対称的で、ちょっと疲れる。
「こんな気持ちのいい朝に僕に会えるなんてアヤベさんはとんでもないラッキーガールだね!そんな君には特別にこの朝日に照らされ光り輝くボクを撮影することを許可しようじゃないか!!」
「・・・。」
「は、はわわわわあ・・・す、すみませえぇぇぇぇん。私スマホを家に置いてきちゃいましたぁ~。」
相も変わらずうるさい彼女をジト目で見つめるが、全く効果はない。いや、はじめから分かってはいたが・・・。
「・・・おはよう。貴方達も散歩かしら?」
「ああ、そうだとも!正直昨日の事は途中で気を失っていたせいで記憶が曖昧なんだが、、まあ気にしてもしょうがない!ただこうも動いていないとどうにも落ち着かなくてね!」
「す、す、すみませぇぇん!!!私のせいでぇぇぇ・・・」
「気にすることはないさドトウ!あれしきの困難で気を失ってしまったボクが未熟だっただけの事さ!まあ、次があれば当然勝つのはこの覇王と決まっているのだけれどね!!!あぁ、わさびには申し訳ないが相手がボクであったことが君の最大の不幸だったと言っておこう!!」
「す、すごいですぅぅ!!!」
「・・・ほんと、常に元気よね。」
この子が落ち込んでいる所なんて見たことがない。というか彼女は落ち込むことなんてあるのだろうか・・・。
「当然さ、なんせボクだからね!それに、アヤベさんが再びボクの舞台に戻ってきてくれたんだ!これが喜ばずにいられるかい?!最高の舞台は最高の役者によって彩られる。主役は当然ボクだが、アヤベさんも必要不可欠な存在さ!」
「・・・・。」
・・・こういうことを、オペラオーはいつも言っている。
一見ふざけていると思えるようなその態度だが、その実本人はいたって本気だ。
いつだって自分がレースにおける主人公だと疑っていない。そして、私が自分のライバル足りうる存在だと確信している。私が怪我から戻ってきたときにも、彼女は1人だけしたり顔だった。
オペラオーは、彼女の事はやっぱり苦手だ。こんなにストレートに気持ちをぶつけることなんて私にはとっても真似できない。
こういう時、以前までの私ならなんて言ってたんだっけ・・・。
・・・思い出せない、無視して立ち去っていた気もする。
けれど、たまには・・・
私だって、言われっぱなしは癪だから・・・
「私は・・・脇役のまま終わるつもりはないから。いつだって、レースに勝つのは私。覚えておきなさい、"覇王"。」
告げられたオペラオーは少し呆気に取られていたが、やがてとびっきりの笑顔になって去っていった。
・・・もう少し困惑することを期待したのだけれど、、まあいいか。
いつの間にか結構時間も経っていた。あと少しだけ歩いたら戻ろう。
そうして、気づけばトレセン学園でも有名な大樹のウロがある場所まで来てしまった。
そろそろ戻ろうかと考えていたのだが、ここにはすでに先客がいた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああ!!!!!!!!!!」
「・・・・・何をしているのよ、タキオンさん。」
大樹のウロの中に顔を突っ込んで叫び声をあげている不審者。
彼女、アグネスタキオンはこのトレセン学園においてある意味有名人だ。授業を何度も欠席し、トレーニングだって稀にしかしている所を見たことがない。日頃から学園の旧理科準備室で怪しげな実験を繰り返している問題児。
「ん?おやおやおや、そこにいるのはアヤベ君じゃないか!奇遇だねぇ!」
「私はただの散歩よ。そういう貴方はその不審な行動をすぐに止めるべきだと思うわ。」
「あぁそうだ!聞いてくれよぉアヤベ君!!学園の連中、昨日私が隠し持っていた薬をことごとく没収していってね、その製造に必要なデータもすべて破棄しろと脅してきたのさ!!ひどいと思わないかい?!」
「・・・ちなみにどんな薬なのかしら。」
「お!興味があるのかなっ?!まぁいくつかあるが目玉はやはり惚れ薬さっ!!!」
「そうね、学園の人はちゃんと仕事をしていると思うわ。」
「なんでさあぁぁぁぁ!!!私がこの薬を作るのにどれだけの時間をかけたと思っているんだい?!」
「すごいとは思うけれど、貴方はもっと倫理感を持つべきね。・・・それに、不純だわ。」
「仕方がないだろう?!ただでさえ男の数は年々減少しているというのに、しかもウマ娘というだけでなぜか避けられるし・・・この惚れ薬はいわば革命なんだよアヤベ君!!(パンパカパーン!!!)」
「って、それ、、、没収されたんじゃなかったの。」
「ふふん、私が今までどれほど薬を没収されてきたと思ってるんだい?こういったこともあろうかとあらかじめ1本は隠し持っていたのさ!」
そう言って試験管の中に入っているピンク色のいかにもな液体を掲げる彼女。
・・・ないとは思うが、これが彼に使われる可能性があるのは見過ごせない。
私は無言で彼女に迫ると、その手に掲げている薬に手をのばす。
「ってぇ?!何をっっ・・・・・・・あ、、、、、。」
「っ?!??!」
隙をついて薬を奪おうとした手は若干かすってしまい、空中に放られた薬はそのまま弧を描いて私の口元へ・・・・・・
「・・・・・・・・ゴクン・・・・・・」
空中に飛び出た液体の半分ほどが私の口の中に入ってしまい、思わず飲んでしまった。液体だと思っていたが、若干ドロドロしていて、口の中が甘い。・・・・やってしまった、、。
「あ、あぁぁ~、、、。あ!そうだ!用事を思い出した!すまないが私は失礼するよっ!さらばだアヤベ君!」
「っは?!ちょっと!!」
いつの間にか彼女は私の目の前から消えていた。
「・・・・・・いや、これ、、どうなるのよ、私・・・・。」
惚れ薬なんて得体の知れないものを飲んでしまって、本当に効果のある薬だったらまずいことに・・・と、スマホにタキオンさんから連絡がはいっていた。
『やぁやぁアヤベ君!先ほどは急に帰ってしまって申し訳ない。何分その薬は飲んだ直後に初めに視認した相手に惚れてしまうという代物でね。まさか私に惚れるわけにはいくまい?というわけで後はなんとか頑張ってくれたまえ!!! P.S. その薬の効果は大体24時間だけど、全部は飲んでないみたいだから今日の24時までには元に戻ると思うよ。』
「なんとかって・・・」
書いてあることが本当なら目を開けることすら難しいじゃないか・・・
・・・とりあえず寮へと戻るべきか、学校はどうしよう・・・ただでさえ謹慎中なのにあまり問題は起こしたくない。
他の人の顔を視認したら惚れる、、のだとしたら下を向いていれば大丈夫だろうか、授業中は目を閉じて過ごせばなんとか・・・「あれ、アヤベさん?どうしたんですかこんなところで?」
「・・・・・・。」
「あのー、アヤベさん?どうして目を閉じているんですか?」
「・・・・気にしないで頂戴。」
「いえ、でも・・・。」
「気にしないで頂戴。」
「・・・・・・むうぅぅ。なんだか気になりますね・・・。私の事、嫌いだからってことではないですよね?」
「それは考えすぎよトップロードさん。これは・・・そう、今とっても目が痒くて、でもかいたら雑菌が目の中に入るから我慢をしているのよ。」
「ああー!そういう時ってありますよね!私はついついかいちゃいますけど・・。」
「ええ、そういうことだから気にしなくても大丈夫よ。・・・じゃあ、私はもう行くから。」
「目を閉じたままですか?」
「・・・・そうよ。実は私、目を閉じたまま移動することが得意なの。そういえば今まで言ってなかったわね。」
「初耳です!そんな特技があったんですね、すごいですアヤベさん!」
「貴方も練習すればきっとできるようになるわ。・・それじゃあ今度こs」
ドシャっ・・
「て、えええぇぇぇぇぇ!!!大丈夫ですかアヤベさん!思いっきりコケましたけど?!というか顔からズシャーっていきましたよ?!!!」
「・・・・不覚ね、私としたことが・・・。長い間練習を怠っていたせいで感覚を忘れてしまっていたみたい。でももう大丈夫。もうだいぶ掴んだから。」
「・・・・・・あの、、嘘、ですよね。」
「・・・・・・・・。」
「アヤベさんがなんでそんな嘘をついてるのか分からないですけど・・・でも、困っているなら私に言ってください!私じゃ頼りないかもしれませんが、アヤベさんが困っているなら力になりたいです!!!」
『お姉ちゃんを待っている子たちはたくさんいるんだからっ!私のことを思い出してくれるのはうれしいけどっ、お姉ちゃんのことを大切に思っている子たちには、ちゃんと向き合ってあげて!!』
「・・・・・・・・。はぁ、分かったわよ。実際、すごく困っていたのだし。」
「っ?!!!!はいっ!任せて下さい!!!・・・・・あ、そういえばアヤベさんに会えたら渡そうって思ってたものがあったんです。これ、、この前デパートですごいふわふわのぬいぐるみを見つけて・・・」
「ふわふわっ?!!!!・・・・あっ・・・・」
「あ、やっと目を開けてくれましたね!って、どうしたんですか?」
「・・・・終わったわ。」
「え、終わったって何が・・・。」
「トップロードさん、貴方のことが好きよ。・・・間違えたわ、ちょっと緊急の用事を思い出したからやっぱり一旦帰るわね。それじゃあ。」
「・・・・・・・・・え、え、えっ、、て、ちょっと待ってくださいアヤベさん!!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
と、いうことがあって今日の一日は大変だった。
あの後寮まで全力で走って何とか気持ちを落ち着かせたのだが、それでも学校では本当に苦労した。
教室に入ってからなぜかトップロードさんの事を目で探しているし、授業中も彼女の事を考えてしまって内容なんて全く頭に入ってこなかった。休み時間には彼女が私に話しかけようとしていたみたいだけど、逃げるように教室を出てしまった。
あと、なぜか彼女に抱き着いているクラスメイトを見ていると胸がすごくもやもやした。いつもだったら全然気にならないはずなのに・・・これはだいぶ重症だ。
「・・・・・はぁ。」
あの後、私の早退は認められてすぐに寮へ戻った。
だいぶ気疲れしていたみたいで、今は軽くシャワーを浴びてからベッドに横になっている。
・・・・軽く額に触れる。
あれから顔の熱はなかなか引いてくれなくて、触れた手の先からじわじわと熱が伝わってくる。
胸もまだどきどきと鳴っている・・・。
今日一日だけとはいえ、トップロードさんの前では随分と不審なことをしてしまった。
明日はどんな顔で彼女に会えばいいのだろう。・・・・今日の事で嫌われたりしていないだろうか。
1人でいるからか、後ろ向きなことばかり考えてしまう。
つい最近までは全然こんなことなかったのに。・・・1人には慣れているはずなのに・・・・。
そのまま、鬱屈とした気持ちを抱えて、私はいつの間にか眠ってしまっていて――――
「―――」
「――――!」
「――――さん!」
「・・・・・・・・んぅ・・・。」
「アヤベさん、起きて下さーい!このまま起きないならカレンのくすぐり地獄の刑が待っていますよー!!」
「・・・・・・・・起きたわ。」
「あ、やっと起きました!アヤベさん、随分ぐっすり眠ってましたね・・・。」
・・・気付いたらあれからだいぶ経っていたみたいだ。窓から見える外の景色はすっかり暗くなっていて、時計には22:00と表示されている。
「ううぅぅ・・・」
寝過ぎたせいで、少し頭が痛い。それに寝る直前の憂鬱な気持ちまでぶり返してきた。
「急に起こしちゃってごめんなさい・・・でも、アヤベさんにどうしても会いたいってトップロードさんが・・・」
「・・・え、いまなんて・・。」
「トップロードさんです!・・・なんだかすごく落ち込んでる様子で、2人ともなにかあったんですか?カレンでよければ相談に乗りますよ!」
・・・・トップロードさんが、、
「・・・・行くわ、カレンさんもごめんなさい。けれど心配しなくても大丈夫よ。」
本当は明日改めて会いたいが、せっかく彼女が来てくれたのだ。大切な友人の配慮を無下にはしたくない。
その場で少し寝癖を整えて、すぐに扉の方へと向かう。
「・・・っあ、アヤベさん!・・その、すみません。こんな遅くに訪ねてきてしまって・・・・。」
扉を開けてすぐ、廊下の前で心細げに佇んでいたトプロ―ドさんは、耳が下に垂れていて、尻尾も足の間に挟んでひどく不安げな様子だった。
今日の私の態度が彼女をひどく勘違いさせてしまったらしい・・・。
「・・・別に、全然迷惑だなんて思ってないわよ。・・・・・それに、私の方こそ貴方とちゃんと話したいと思っていたのだし・・・。」
「あの、今日の私がっつきすぎっていうか・・・アヤベさんの力になれると思ったら変に力が入ってしまって・・・だから、ごめんなさいっ!」
「謝らないで。悪いのは私よ、貴方が頭を下げる必要なんてないわ。・・・・・その、私の方こそごめんなさい。・・・今日のこと、トップロードさんが助けてくれるって言ってくれたこと、すごくうれしかったわ・・・・。」
「当たり前じゃないですかっ!アヤベさんは私の憧れなんです!いつだって綺麗で、頭もいいし、レースだってすごく強いし、あとあとっ・・・とにかくアヤベさんはすごいんですっ!!!」
「・・・分かったから落ち着きなさい。今の状態でそういうこと言われるとすごくマズいから・・・。」
「・・でもっ!・・・あの、明日からはちゃんと手伝いますので!だからこれからもアヤベさんが困ったりしたら私に言ってください!・・・必ず、アヤベさんの力になります!!!」
「それは多分もう大丈夫よ。明日・・・・明日になったらちゃんと説明するから。だから貴方も早く部屋に戻りなさい。」
「・・むうぅぅ、約束ですよ!絶対に話してくださいね!」
「えぇ、約束よ。・・・・・・ありがとう、トップロードさん。」
「っ!!!!・・・っはい!どういたしまして!」
それじゃあっ・・・と言って部屋へと戻っていくトップロードさんの背中を見つめる。
・・・もう、大丈夫だろうか。
さっきはだいぶ危なかった。
・・・私はへんなことを言っていなかっただろうか。顔は赤くなっていなかっただろうか。
心臓の音がうるさい。
この気持ちも、明日になったらきっと・・・。
ほんの少しだけ身体に残る未練を感じる。もうトップロードさんの姿は見えない。
「私も・・・」
しんとした廊下の中で1人、誰にも聞かれないくらいの声で呟く・・・
「私にとっても、貴方は私の憧れだから・・・・あの時からずっと・・・。」
恥ずかしくて・・・・誰にも言えない。けれど、ガラス窓に映る私そっくりの少女は、なぜか笑って祝福してくれているような気がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「「「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」」
「ハーハッハッハッハッハッハッハ!」
翌日。お昼に学校のカフェテリアに集まって昨日のことを説明することになった。
トップロードさんだけかと思っていたら、当たり前のようにオペラオーとドトウ、さらにはカレンさんまで席に着いていて、私はやむなく全員に事情を説明した。
私が飲んだ惚れ薬の事、トップロードさんとドトウ、カレンさんは口を大きく開けて驚いていた。というか、オペラオーはずっと笑っていて失礼だと思う。
「え、じゃあ昨日アヤベさんが素っ気なかったのって・・・その、、私に・・・?」
「そういうことだったのか~、どおりで・・・。」
「・・・・そうよ。今思い出しても恥ずかしい。・・・ごめんなさい、気持ち悪かったわよね。」
「そんなっ・・・気持ち悪いなんてことないです!」
「いえ、きっぱりと言ってくれて結構よ。私自身、昨日はおかしなところだらけだったから。貴方は善意で助けてくれると言ってくれたのに・・・」
「・・・嘘じゃないです!それに私、アヤベさんに好きって言われたときすっごくうれしくて・・・」
「「「「・・・ん?」」」」
この時ばかりはトップロードさん以外の反応が揃う。
というか、なぜか彼女がとんでもないことを言いそうな雰囲気が・・・
「だ、だって、・・・私もアヤベさんのことがっ・・・」
いつの間にかカフェテリアが静まっている。私たちの周りで食事をしていた子たちは皆明らかにこちらに注意を向けている・・。
「・・・とりあえず落ち着いてトップロードさん。私なんだかとっても・・・」
「ん~、この後の展開カレン想像できたかも♪」
真っ赤な顔で私を見つめるトップロードさんは明らかに冷静じゃない。
何とか彼女を落ち着けるため声をかけようと・・・・
「私も、アヤベさんのことが大好きなんですからっ!!!!!!」
「「「「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええ!!!!!!!!!」」」
瞬間、辺りが絶叫に包まれる。誰もかれもが悲鳴に近い声をあげている。
そんな中、こんな時でも1人冷静なオペラオーはさらに余計なことを尋ねる・・・
「トップロードさん、ちなみにその好きは"like"の方かい?それとも・・・」
「もちろん"love"です!!!!!!!!!!!!!」
「「「「「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」」
トップロードさんがそう答えた瞬間、先ほどの喧騒を超える絶叫がカフェテリアに響き渡る。
「・・・ですってー!良かったですね、アヤベさん!」
カレンさん、、この子、他人事だと思って・・・。
「・・・・・・・・はぁ。」
今までの人生で1番長い溜息を吐く。
トップロードさんの突然の告白には困惑しっぱなしだ。
・・・・・けれど、、なぜだろう、それでも不思議と嫌な感じはしない。
昨日の薬の効果、まだ残っていたのだろうか・・・。
なんだか心がポカポカしている。
それに、なぜだかすごく安心する。これはトップロードさんがくれた温もり、なのだろうか・・・。
・・・・返事、どうするべきかしら。
喧騒は止まない。
混沌とした状況の中で、なぜか視界の端で妹の幻影がお腹を抱えて爆笑している姿が見えた気がした。