「私はここ、北海道小暮町にある中高一貫校の小暮トレーニングセンター学園の理事長を務めている、鷲条楓というものだよ。恵君にはちゃんとした自己紹介をしたことがなかったね。」
玄関口で呆然としている私を前に、鷹の目、もとい鷲条さんはそう告げた。
そうか、鷹じゃなくて鷲なのか。いや、これからも鷹の目さんと呼ぼう。などとどうでもいいことを無表情で考えている私をよそに、鷹の目さんは話を続ける。
「恵君もテレビを見てるなら分かると思うんだけどね、レースで華々しく活躍するウマ娘の大半は東京都にあるトレセン学園に所属している子たちさ。
世間では"中央"と呼ばれているがね、対して私が運営しているような学園は主に実力的に中央へ入学することのできない、もしくは願っていても経済的な問題から通うことの叶わない、すでに夢破れた子たちが大半を占めているのさ。」
鷹の目さんが運営している学園ではレースに強い憧れがあるものの、トレーニング施設の老朽化やレースの規模の小ささを目の当たりにしどこか諦念を感じている子が多いという。
それは日々の練習にも表れ、熱意の持てないまま惰性で練習を続けている子や、反骨精神から無茶な練習を繰り返し、結果怪我をしてレースの世界から去る子たちを鷹の目さんは何人も見てきたらしい。
正直、テレビなんて母親に強制的に見せられる以外には進んでみようとしないため中央と言われてもよくわからなかった。
だが、これはあれだろう。
私も前世では地方都市に住んでいたからよくわかる。同級生の子たちはインフラの整備が進み、娯楽に溢れる都会というものに輝かしい憧れを抱き、高校、大学、就職と、きっかけを見つけては旅立っていくのだ。
そうして地方都市へ残される者たちは、常々自身の生活と都会での生活を比較し、人口減少も相まって町全体がどこか活気を失っていく。
私自身、子供のころから地方公務員への内定に至るまで、地元で立ち行かなくなったお店が撤去されていったのを何度も見てきたし、そのたびに発展のとぼしくなる町を悲しく感じていた(近所の本屋が撤去されると知った時は本気で号泣して、当時10歳の弟が3日3晩に渡り慰めてくれた)。
「私はね、常々あの子たちが少しでも活気を取り戻してくれないかと考えてはいるんだが、資金に乏しい現状ではやれることなんて限られているからね。」
きっかけを探して、空いた時間があれば他の学園の取り組みを調べたり、実際に足を運んでみたりと、彼女なりに頑張っていたらしい。
「そんな時にあんたに出会った。ふと立ち寄った近所の小料理屋で、まだ小さいあんたがきれいな顔してるくせに不愛想な面して料理を運んでくれるのを見て、どこか目が離せなくなったのさ。」
まあ、そうだろう。
この世界では男性が少ない。
小さい頃から周りの女性の好奇心の目にさらされ、自宅学習も可能なこの世界の男性は、幼い頃から家にいることを好み、趣味がゲームや家事、読書になることが多い。
そして彼らは本能的に周りの女性に対し警戒心を抱き、積極的に外出することは少ない。もちろん例外もいるが。
基本的にインドア:アウトドア=7:3くらいだとなんかの記事に書かれていた。
アウトドアな男性もそれは精神的に成長した、高校を卒業してからくらいで、私のように小学生時代からお店を手伝っている男の子は珍しいのだろう。
「決め手はあんたの料理だった。驚いたよ、この年になってあれほど料理に感動するなんて。食べ終わった後は体に活力がわいてきて、その日の業務を午前中までに終わらせた。持病の腰痛もその日はなかったし、悪くなっていた視界も、その日は風景が鮮明に映ったんだ。」
だから確信したのだという。
「あんたの力が必要だ。一日中働いてくれなんて無茶を言うつもりもない。月に1回でも、とにかくあんたの料理を学園の子たちに食べさせてやりたい。老い先短い婆の頼みだ。あの子たちにもう一度希望を抱いてほしい。」
力強い目だった。
周囲の人からは恐怖すら思わせるその眼光が、真摯に私に訴えかけてくる。
生前、私が県職員として地元の発展を志した時には、こんな人はいなかった。年老いた職員も、年若い私の同期も、衰退の進む地元に対して、どこか他人事だった。
誰かが何とかしてくれるだろうと、きっといつかは良くなると、ただ漫然と業務にいそしむ職員を何人も見てきた。
小暮トレセン学園の子たちは恵まれている。
この衰退するしかない現状の中で、鷹の目さんはずっと真剣だった。本気で現状をどうにかしたいと行動していた。
ここまで言われて、断るなんて私にはできない。
神様からもらった私の力で、彼女の期待に応えたい。
私は無表情のまま鷹の目さんをじっと見つめ、しっかりと頷いた。
まあ、料理作るだけだから、大丈夫だよね(←想像力の欠如)。
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さあ、今日はいよいよ私が小暮トレセン学園で調理を行う日だ。
あの後、私と鷹の目さんは両親も交えて私が小暮トレセン学園で働くことを説得した。
働くといっても私はまだ地元の中学校への進学を控える身で、自宅学習をするにしても働き過ぎは良くないと言われ、結局はじめは毎週月・水・金の週3日勤務することになった。勤務時間もお昼の11:30~13:00までなので大丈夫だろう。
読書の時間も十分にあるため、私としては全く問題なかった。
というわけで、無事中学校に進学し、勤務初日を迎え、意気揚々と外に出たのだが、、、、、
「あ、あの、これからよろしくね。ぼ、僕も頑張るからっ。」
どういうわけか、目の前に顔を真っ赤にして意気込みを語る驚愕くんがいた。
私を見送りに来ている母は、特に不思議がっていなかったのでどういうことかと事情を聞いてみると、
「あれ?いってなかったけ。
あんたが週3でトレセン学園に働きに行くってことを連君のお母さんに話したら、連君もあんたと一緒に働いてみたいっていうみたいだから。そうか~。そう言えばいってなかったわ。」
どうやらそういうことらしい。
なんでも、驚愕くんはあのとき私の作った料理にとても感動し、自分も料理を学んでみたいと思ったらしい。
ちなみに、元々卵焼きが好物で、私の作った卵焼きに感銘を受けたみたいだ。
そういわれて私も悪い気はしない。おいしいものは正義。そうだよね。
じゃあ、驚愕くんの後ろにいるガタイのいい黒服のウマ娘さんたちは僕たちのボディーガードということか。
驚愕くんの母親は地元の警察の役員をしていて、驚愕くんが母の店に来るときは何回か見たことがある。
私が小暮トレセン学園に勤務するにあたり、鷹の目さんから警護うんぬんの話もしていたが、驚愕くんの母親が手を回してくれたみたいだ。
まあいいや、疑問も解消されたことだし、気を取り直していこう。
「な、なんか薄暗いところだね」
道中、特に問題もないまま私たちは小暮トレセン学園へと到着した。
驚愕くんのいう通り、歴史を感じる校舎は所々薄汚れた黒いシミみたいな汚れが目立つ。
学園全体に活気がないという話は、この場のどこかどんよりとした雰囲気から容易に察することができる。今の時間帯は学園の生徒たちは授業中のため静かということもあるだろう。
改めて気合を入れなおした私は驚愕くんを伴って早速食堂に向かった。
以下、私たちが食堂に到着してからの諸々。
「え、え、え、え、え、、、、、、、、、、、、え?」
「オトコノコ??え、オトコ、、の、、、、」
「やっちゃっっっっっっぁぁあああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
「え、あれって、理事長が耄碌した末に夢想した願望を語ったとかではないの?」
「わーっしょい!!!わーっしょい!!!(/・ω・)/(/・ω・)/」
「くあがljrんじゃgんrぁjgなjlgrじゃgんrじゃgg!!!!!!!!!!」
「あがwrgじゃrgんlじゃrんglじゃrgなjぇrんがljが|д゚)」
「kじゃrhがjrjlんgらljrgんlrんgぁj!!!!!!!!!!」
説明するのが面倒なので簡潔に状況を伝えたいと思う。
食堂に到着した私たちをはじめに確認した学園の調理師さんは2度見ならぬ5度見くらいした後、現状を確認するために数秒沈黙したのち、高らかに歓声をあげたり、遅れてほかの調理師さんも奇声をあげたり、胴上げを始めたり、壁越しに頭だけ出して私たちをじーーーーーーっと凝視したり、最後の方はなんかよくわかんない言語を発したりと大変だった。私は何を言っているのだろう。
そういえば母の料理屋に初めてきた喪女さんも働いている私を見るなり奇声を上げていたなと思い出す。
なるほど、この男女比1:10の世界で生きる女性たちの中には大人になるまでリアルで男性を見たこともない人もいるのだろう。都会だとまた違うのかもしれないが、人口の少ない地方都市で、なおかつトレセン学園という女性社会で出会うのは難しいのかもしれない。
私の近所には落ち着いている女性が多いのでちょっと驚いた。
まあ、そんなことは置いておいて(←ばかです)目の前のカオスにフリーズしている驚愕くんの意識を戻した後私たちの調理スペースに向かった。
私を採用するにあたり鷹の目さんが特別に調理場の一角に私のスペースを作ってくれたのだ。
基本的に小暮トレセン学園では一品一品の料理を生徒が各自で盛り付けるバイキング形式らしい。
私はなんでもいいのでおかずを1品つくることになっている。
驚愕くんはまだ包丁を持つのは危ないので簡単な手伝いをしてもらう。
思えば、私が料理屋での事件の後家族以外に料理を振舞うのは久しぶりだ。
料理を食べたウマ娘の暴走を考えると少し緊張するが、今日は警護もあるので大丈夫だろう。(←ばかなんです)
今日つくるのは「ハンバーグ」
鷹の目さんの期待に応えるために。学園を活気で満たすために。
私は包丁を握った。
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「あーーーーーっ!疲れた――――!」
「ほわ~」
空の青が清々しい小暮トレセン学園の昼下がり、私たち3人は"走るの禁止!!"とでかでかと貼られたポスターを横目に、食堂への廊下を進んでいた。
「今日の模擬レースでも自己記録を更新してやったわ!あいつの料理を食べてからなんか調子がいいし、今のままいけば私もスペシャルウィーク先輩みたいに中央にも編入できるかも。」
今日の授業で模擬レースがあったのだが、私の幼馴染の一人であるハーちゃん(ハーハンデットなのでみんなからハーちゃんとよばれている)は他の子を大きく突き放し、見事1着に輝いていた。今は本人のチャームポイントでもあるつり目をらんらんに輝かせ勝利をかみしめている。
「ほわ~」
もう一人の幼馴染であるサンちゃん(サンデーカルムなのでみんn、、以下省略)はいつも通りぽわぽわしてるが、彼女もここ最近のレースでは調子を上げており、先ほどの模擬レースでは得意の差しで他の子をぶっちぎり、1着をとっていた。窓から差す光が彼女の金髪に反射して眩しい。
かくいう私も最近はすごく調子がいい。
特に練習を変えたとかはないのだが、ある時期を境に私達は変わった。
まあ、原因は何となくわかっている。あの日、私たちと同い年の男の子が作ってくれた料理を口にしてからだ。
それまでなかなか縮まらないタイムにやきもきしていたのだが、彼の料理を食べてから無性に走りたくなった。
料理を食べた直後の記憶はなぜかなくて、いつの間にか家に帰っていたかと思えばお母さんはいないし、数日後急に帰ってきたかと思ったら「富士山まで走ってきた!!」とか意味の分からないことを言っているしで、あの数日間はなんだか夢の中にいるみたいにふわふわしていた。(お母さんはそれから大きな胸のせいでいつも凝っていた肩が今は何ともないとはしゃいでいる。大きな胸、全然羨ましくないけどね・・・)
それからは体の内側からあふれる欲求の思うままに、とにかく走った。ただただ走った。体の未熟なこの時期から過度なトレーニングはダメだと昔からお母さんは言っていたが、不思議と大丈夫だと思った。
海に面している一本道を、近くの山への小道を、商店街の真ん中を(←すごい怒られた)がむしゃらに。
それでも熱はなかなか引かなくて、それはハーちゃんとサンちゃんも同じだったのだろう。
いつの間にか私たちは過去のタイムを大幅に縮めるタイムをたたき出し、同級生の子からは質問攻めにあった。
そして調子は今も上がり続けている。今はもう熱もだいぶ下がって、急に走り出すこともなくなったが。
そういえば、彼の料理屋が営業休止になっていたのはショックだった。
あれから毎日訪ねてはいるのだが、お店の前の人だかりの中に変わらず『本日営業休止』の張り紙がポツンと貼られている。
お母さんに聞いたが、まだ営業再開するつもりはなく、今はため続けている貯金で悠々自適に暮らすのだと言っていたらしい。彼があそこで料理を作ることはもうないだろうとも・・・。
彼の料理が食べられないのは少し、いや、かなりショックで今も引きずっているがいざとなったら家に突撃しようと考えている。ハーちゃんとサンちゃんも同じ考えのようで、特にハーちゃんは最近ずっと文句を言っているのでその日も近いだろう。
まあ、最後に彼と結ばれればいつでも食べられるので今は3人で同じ喜びを分かち合おう。
彼は無表情で分かりずらいが、あれは絶対に私に惚れている(この人も終わってます)。既に相思相愛だ。
だから焦る事はない、ライバルは多いが、最後は私が・・・・・
「」
「」
「っちゃん!」
「スーちゃん!!!」
「ほわ~」
ハーちゃん達が呼んでいる。ああ、いつの間にか食堂に着いていたみたいだ。早足で二人の下へ向かう。
私、スマールブレット。今はただ走ることに没頭しよう。
「あれ、なんかあそこすごい人だかりができてない?」
終わってるんだ。ただそれだけ。