私は天才だった。
私は北海道南西部にある小倉町という町に生まれた。
小倉町は北海道の中でも中間くらいの規模の町で、都会ほどきらびやかではないものの、私は暖かみのあるこの町が好きだった。
私は天才だった。
テレビに映るレースの世界に憧れて、幼い頃から近くの山を、一面に広がる田んぼの脇の畦道を、走れる道があればどこでもよくて、とにかく走った。
小学校に上がるころには私に勝てる子なんていなくて、周りの大人たちは私のことを『神童』って呼んでた。
人工授精で私を生んだお母さんは私を自慢の娘だってたくさん撫でてくれて、そのたびになんだか心がポカポカして、むずがゆい気持ちになって、それでもっと頑張って褒められたいって思った。
私は天才だった。
レースで走るたびに自分がどこで仕掛ければいいのか、周りの子がどんなふうに走っているのかなんとなく理解できて、感覚の思うままに走れば負けることなんてなかった。
中学校に上がるころには妹が生まれた。小さな手を一生懸命に伸ばして、私の頬をぺちぺちと叩いたりして、鈴の音が鳴るようにわらう妹が、私は大好きだった。
私は天才、、だった。
中学校に入ってからはじめてレースで負けた。2着だった。
私に勝った子はスペシャルウィークって名前の、どこにでもいるような優し気な顔の女の子だった。
負けたことがとにかく悔しくて、私は今まで以上にトレーニングをした。その日は本気でレースをしてなかった、なんて、ちっぽけなプライドを胸に、今度は絶対負けないと思って。
私はてんさい、、、だった。
何回レースをしても勝てなくて、そのたびに落ち込んで、でも次は負けないとトレーニングに打ち込んで、それでも勝てなかった。周りの子たちはスペシャルウィークさんの話題で盛り上がっていた。彼女は東京にあるトレセン学園に編入するらしい。
悔しかった。彼女は私なんか歯牙にもかけてなくて、ここには私に勝てる子なんかいないって決めつけられたみたいで。私がいるじゃないかと言ってやりたかったが、言ってしまえば自分がどんどん惨めになる気がして、結局言えなかった。
家に帰ればまだ小さい妹が私に向かって抱き着いてくる。私の学校での話を何度も聞いてきて、そのたびに私は、私が学校で一番速いんだと、誰にも負けてないんだって、そう嘘をついた。妹の前では「自慢のお姉ちゃん」でいたかった。話を聞く妹のきらきらした笑顔に罪悪感を感じつつも、それでも私は満たされた。家にいるときだけが安心できた。
私はてんさい、、、、だった。
スペシャルウィークさんに負けたままではいられなくて、私も東京のトレセン学園の編入試験を受けた。
お母さんは私の話を真摯に聞いてくれて、頑張りなさいって、背中を押してくれた。
地方とは比べ物にならないくらいの入学金が必要なことも、お母さんは気にしないでって、全然大丈夫だからって言ってくれた。冷静な今なら分かるけど、うちの家計では大金を用意することがとても難しいはずなのに。その時の私はとにかくスペシャルウィークさんに勝ちたくて、私を意識してほしくて、それしかなかった。編入試験には無事合格して、彼女に勝つまでは帰らないって決意して、そして私は"中央"へ入学した。
出発の日には妹が大泣きしながら抱き着いてきて、それでもおねえちゃんが活躍して、テレビにたくさんうつるくらいになるからって言ったりして、最後には目の端に涙を溜めながら見送ってくれた。
私は凡人、、、、、、、、、、だった。
入ってからすぐに分かった。
"中央"には本物しかいないって。
私レベルなんていくらでもいて、みんな当たり前に人一倍の努力をしていて、才能に胡坐をかいている子なんていなくて。
何度レースをしても勝てなかった。
今まで通り、私の感覚に任せて走っても、周りは想定以上の走りをしていて、みんな一生懸命で。
何度も模擬レースをした。
勝つことが当たり前だったのに。
4着、6着、9着と、走るたびに追い抜かされて。
学園を去っていく子をたくさん見た。
私は違うと思いたかった。今はまだ成長の途中で、きっといつかはすごい力に目覚めたりして、、すごいトレーナさんに声をかけられたりして、、、なんて。
同室だった子はいつの間にかいなくなっていた。
それなりに仲が良かったはずなのに、彼女の誕生日には一緒に部屋でケーキを食べたりしたのに。寮長のフジキセキさんから伝えてもらって、それだけだった。
妹とのビデオ通話が苦痛だった。
私なんて全然すごくないのに、平凡なウマ娘なのに。私が話すのはもっぱら学園で活躍しているスペシャルウィークさんのことで、彼女の活躍をまるで私の事みたいに語って、それでも妹はすごいすごいって喜んでくれて。
いつからかご飯を食べても味がしなくなった。
口に入れても何を食べているのか分からない、みんな同じ。なんの味もしない。
沢山練習した。
沢山走った。
走って、走って、走って、走って。
スペシャルウィークさんに追いつきたくて。
妹にとっての「自慢のおねえちゃん」でいたくて。
お母さんに頭を撫でてほしくて。
頑張ったのに。
『骨折ですね』
目の前のお医者さんから簡潔に告げられた。
絶望とかはなかった。告げられたことをどこか他人事としてとらえて、『ああ、そうですか、、。』なんて。
ただ胸の中にはもう走らなくていいんだって安堵が浮かんだだけだった。
どこかぼんやりしたまま付き添いの教官さんの話を聞いていた。
望めばレースで活躍する以外の道も選べるが、そうでないなら退学という選択肢があると。
もう疲れていた。
故郷に帰りたかった。
私は天才ではなかった。
日本という国の、一地方の、小さい町でやっと1着を取れるくらいの、普通のウマ娘だった。
寮に帰ってからの記憶はあまりない。ただ夜になってもなかなか寝られなくて、私一人だけがいる部屋の中で声をあげずに泣いていた。
学校を退学するのはまだぼんやりと薄暗い早朝にしてもらった。
私が退学するところを誰にも見られたくなくて、かわいそうな子だって思われるのが嫌だった。私は骨折したから仕方ないんだって。誰も聞いてないのに一人で言い訳を繰り返していた。
1人でひっそりと抜け出したかったのに、寮長のフジキセキさんが1人見送りに来てくれた。
1人にしてほしかったのに。フジキセキさんの目は私をかわいそうって見ているわけではなくて、「がんばれ」って簡潔な言葉だけで。それがなんだかとてもありがたかった。
そこから一人帰路について、途中少しうとうとして。
家には無言で帰った。いつもみたいにただいまって言いたかったのに、言葉は喉の奥につっかえて出てこなくて、それでも口をもごもごしている私をお母さんは黙って抱きしめてくれて。
妹もきたのだけれど、今の私を見てほしくなかった。
彼女の前では自慢のお姉ちゃんでいたいから、私にはそれしかないから、だから今は少しだけ、、少しだけ放っておいてほしい。元気になったら必ずたくさんお話してあげるから。今だけは。
私は小暮トレセン学園に戻ってきた。
昔からの友達たちは松葉杖をついて戻ってきた私にも優しくしてくれた。
走る事のできない私には、これからの将来を考えることなんてできないけれど。
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友達からの連絡に気付いたのは夜ご飯を食べてからだった。
その日は病院へ行かなければいけなかったので学校はお休みしていたのだが、友人たちからの話では食堂に妖精さんがあらわれたらしい。
何をいっているのか意味が分からないのだが、友人たちは"ようせいしゃんようせいしゃん"と繰り返すばかりで話にならない。
まあ明日学校にいけば分かるだろう。今日は疲れた。
最近妹との距離感が分からなくて家にいても疲れてしまう。まあ、、私がさけてしまっているだけだが。
明日こそは私から話しかけようと決意して、そして私は眠りについた。
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〇月×日 水曜日 AM 11:00
昨日のお休みでだいぶ気分転換できた。
月曜日の惨劇を思い出すといささか気が滅入るが、学園を活気づけたいという思いは変わっていない。そして私は同じ失敗を繰り返さない。事の顛末を母に話した時には私の作るおかずの量が少なすぎたことが原因だと言われた。
どうやらウマ娘というものは、通常の人間に比べて食べる量が半端じゃないらしい。確かに家でもお母さんはやたらご飯を食べるなとか、料理屋に来ていた他のウマ娘のお姉さんたちもそんなに食べて平気なのかと疑問には思っていたのだが、納得だ(ばかです)。
まあ、振り返るのはこれくらいにして。
今日も家の前で生まれたての小鹿みたいに震えている驚愕くんとやる気に満ちている黒服さんを伴い学園へと向かう。
食堂に着いてからは調理師のお姉さんたちが飽きもせずに騒いでいるのを横目に調理を進める。
今日つくるのは「唐揚げ」だ。
料理になれていない驚愕くんと一緒に作れる料理を考え、決定した。
1分くらいで下準備を終え(意味が分からないです)、目の前に広がる油の海にどんどんいれていく。
驚愕くんもおっかなびっくり下味のついた鶏肉を投入し、それを見ながら真顔で白米を食べている調理師さんを黒服さんに沈めてもらい(殺してないです)、あっという間に唐揚げの山ができる。
辺りを見回すとすでに獲物(唐揚げ)に狙いを定めている獣(普段はかわいい女の子です)たちがみえる。
前回と同じようにただ大皿を置く、なんてことはしない。
私の料理を初めて食べるウマ娘は例外なく暴走するのでそのための対策をちゃんと考えている。
まず今回は唐揚げもこの学園の生徒や職員が2個ずつ食べても大丈夫なようにちゃんと1300個作っている(少ないです)。私は失敗を繰り返さない(嘗めすぎです)。
あとはちゃんと2列に並んでもらう。1人2個の唐揚げは約束されているので文句は言わせない。
学園の生徒たちも分かってくれたみたいで、きれいに並んでくれた。
よし、これで私と驚愕くんが手分けして唐揚げを配膳していく。
唐揚げを受け取った生徒にはその場で食べてもらう。うん、言わなくてもそのつもりね。
唐揚げを食べた生徒はいつも通り痙攣する(あほです)。
ちゃんと2個食べ終えたのを見届けてから私は黒服さんに目配せする。
黒服さんは頷いた後、
的確に女生徒の顔面に拳を叩き込んだ(殺してないです)。
ピクリとも動かない生徒をみると、その顔はそれでも笑顔を浮かべていた(殺してないです)。
よし、うまく逝ったみたいだ(安心してください、死人は出てないです)。
これが今回考えられた目の前に蔓延る畜生どもの対処法である(お前が一番畜生です)。
私の料理を飲み込んでから痙攣がやむまでの数秒、その数秒の間彼女たちは無防備になる(ごはん食べてるだけです)。
この隙に黒服さんが的確に意識を刈り取り、手早く暴走を鎮圧するという方法だ(みんなばかなんです)。
ちなみにこの方法は驚愕くんが考えてくれた(訂正します、彼が一番の畜生です)。
意識のない2人の屍を前に後ろに並ぶウマ娘の皆さんは動揺していた。
当然だろう。だが、仕方がないんだ。
被害を必要最小限でおさめるためにも驚愕くんの案は受け入れざるを得ないものだった。
正直ちょっとおもしろそうだと思ってしまったのもある(再度訂正します、やはりこいつが一番の畜生です)。
私は言葉には出さないが、目の間の彼女をじっと見つめる。驚愕くんも不思議そうに私を見ていたけど、私が目配せすると真似してくれた。
そうだ、私たちに今必要なのは会話じゃない(会話です)。
私たちは唐揚げを渡し、あなたたちは殴られる(会話が必要です)。
彼女たちにも伝わったらしい(だよね、ばかだもん)。
黙ってうなずくと、受け取った唐揚げをゆっくりと咀嚼していく。
そして意識を刈り取られる。
横に広がる屍を視界に抑えながらも、列は順調にさばけていく。
すでに耐性のある(一昨日ハンバーグをたべた喪女)生徒も見かけたが、彼女たちだけ殴られないのも不公平なので同じように顔面に一発決めてもらう。
つり目ちゃんは私を見るなりなんかキャンキャン騒いでいたが、なんかチワワみたいだとぼんやり眺めているうちに吹っ飛ばされていった。
金髪ちゃんや貧乳ちゃんも同様に。なんか貧乳ちゃんの私を見る目は生前のストーカー女を想起させたが気のせいだろうか(気のせいです)。
最後に並んでいたのは松葉杖をついていた女の子だった。きれいな白髪をサイドテールにまとめている。彼女は私のことをぽけ~と見つめた後、唐揚げを受け取ろうとしたがトレイを持っていない。友達に自分の分ももってもらっていたらしいが友達はすでに意識を刈り取られており持ってないらしい。
しょうがないので唐揚げを食べさせてあげる。
彼女は呆然と唐揚げを咀嚼したかと思えば急に泣き出してしまった。泣くほどうまいらしい(こいつは感情が死んでいます)。
それよりも驚いたのは定型通りに彼女を殴り飛ばしたあと(怪我人とか関係ないです)、10秒もしないうちに彼女が覚醒したことだ。
彼女はどこかスッキリとした顔で私に向き直り、深く頭を下げた。と思ったらそのまますたすたと帰ってしまった。
松葉杖を放り投げて歩いて行ったのには驚いたが大した怪我じゃなかったみたいだ(骨折してました)。よかった。
なにはともあれ本日の業務も終了だ。
次回からは全員が耐性を獲得した状態なので苦労も減るだろう。
私はどこか気落ちしている驚愕くんの手を引いて帰路についた。
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私は家までの道のりをどこか夢見心地で歩いている。松葉杖はしていない。
ほんとに夢の中にいるのかもしれない。
夢の中ではきれいな顔の妖精さんが私に唐揚げを食べさせてくれて、食べた瞬間に奇跡が起こったのだ。
心がポカポカしている。
私の中にあるいくつもの後悔や嫉妬、絶望や孤独、醜い感情がすべて暖かい何かに包まれて消える。
折れていた足が治っていた。感覚的に分かった。
自覚した瞬間は涙が止まらなかった。
もう走れなくなることに安堵さえ浮かべていたはずなのに。
妖精さんは無表情なままなのに、どこか困惑している風にみえて、それでも涙は止まってくれない。
一瞬記憶がなくなったけど、そんなことはどうでもいい。
午後からまだ授業があるのだけれど、今日は許してほしい。
今の時間なら2人とも家にいるはず。
「・・・・・・た、ただいま」
久しぶりすぎてちょっとぎこちなくなってしまった。ただいまなんていつぶりに言ったんだっけ。
ただ、お母さんは玄関先で縮こまっている私をちょっと驚いた目で見た後に、それでもいつかの記憶の時と同じようにやさしく抱きしめてくれた。
言葉に詰まる私を前に、お母さんは何も言わずにいてくれて、学校の食堂で妖精みたいにきれいな男の子にあったこと、唐揚げを食べさせてくれたこと、足がなおっていたことを取り留めもなく話していく。
途中からまた涙が出てきてしまったが、お母さんはそれでも優しく受け止めてくれた。
「あたまを、、、撫でてほしい、、かも」
もっと早く言えていればよかったのかもしれない。
片意地なんて張らずに、お母さんはいつだって私を受け止めてくれるから。
最後は2人して泣いてしまったけど、全然悲しくなんてなくて、心はぽかぽかしたままだった。
「よし.........」
小声でつぶやく。
この扉の向こうには妹がいる。
自分から避けてたくせに、いまさらどんな面してなんていわれるかもしれないが、それでも今なら素直に話ができる気がする。
軽く息を吐く。
思えば、東京での暮らしも悪いことばかりではなかった。
学園には個性的な人達がたくさんいた。
食堂で山みたいにつみあげられた料理を食べていた葦毛の子
ふわふわなものにすごいこだわりをもっていたきれいな子
かっこいい生徒会の人たち、、、
みんなきらきら輝いていて、、面白いこともいっぱいあって、、
話したいことはたくさんある。
絶対に今日だけじゃ足りない。
明日も、明後日も、妹にたくさん教えてあげたい。
お姉ちゃんはすごい結果を残すことはできなかったけど、、、、
でも、あなたにとっての、自慢のお姉ちゃんなんだから。
ちゃんと仲直りできたね。