「ないないないない。アーディンが女なんて有得ないだろ!」
説明は理解したが、現実には受け入れられないといったカイザーは、アーディンが女であった事を全力で否定する。
豪華というほどではないが、それなりに高級感漂う作りの室内は、カイザーの叫ぶ声が響いた。ようやく理解した彼に対し、居並ぶギルドメンバーらは溜息を付いて苦笑いを浮けべている。
「だろ! っといわれても……こればっかりは揺るぎ無い事実でござるよ」
「お前は知ってたのかよモンジ!?」
「拙者、何年も前から知ってたでござるよ」
カイザーはモンジへと詰め寄る。カイザーもまたoβからのプレイヤーで、モンジ、アーディンとも顔見知りだった。カイザーがギルドを立ち上げた際に二人を誘ったのだが、見事に断られてしまったくちだ。
しかし、ギルド結成当初は
『クリムゾンナイト』のメンバーが増え、大規模ギルドとして名を馳せてからも二人は度々レイド戦に誘われる事もあって、二人を知る中堅以上のメンバーは多い。
モンジの言葉に愕然とするカイザーは、今一度アーディンへと視線を移し観察をする。銀髪だが光の具合で薄く緑掛かって見える肩の位置よりも長い髪、鮮やかな緑色の瞳も記憶にあるアーディンのものと同じだ。
彼女の出で立ちも、装備こそ違うものの似たような好みのデザインを着ている。違うのは性別だけだ。
「別に教えたわけではない。バレたと言ったほうが正しいか」
「ふっふっふ。おっさんの勘は冴えてるのでござるよ」
「……いや、まじで信じられねー」
信じられない。嘘だ。冗談だろ。実は別人です。そんなオチが無いのかとカイザーはしつこく尋ねた。あまりのしつこさに彼のギルドメンバーは呆れ返って自分らのギルドマスターを見つめている。
「ん? 気にする事は無い。私はあくまでイケメンなのだから!」
「……こいつもしかして、ネナベプレイ続行中か?」
アーディンの以前と変わらぬ物言いに、カイザーは怪訝そうな表情で彼女の横にいた昴へと小声で耳打ちした。
「たぶん……そうだと思います」
「お前も苦労しただろ……村からここまでご苦労だったな、こんな変態の世話させられて」
「いや、以前同じギルドに所属してましたから」
「そうか、なんちゃらライフの事か。なら、かなり長い事苦労してたんだな」
「……そう……かもしれません」
改めて苦労しているんだろうと言われた昴は、たしかにここまでの道中でも何かと疲れる場面があったことを思い出す。それは「フォーチュンライフ」に在籍していた時も同じだった。
だからこそ、疲れる事に当たり前のように慣れてしまっていた。
「おい、お前ら。何こそこそしてるんだ? あ、解ったぞ! 愛の告白だろう!」
こそこそと話す二人の様子を見たアーディンが、絡むネタを見つけて嬉しそうに叫んだ。その場に居る全員が二人に対して一斉に注目をする。
餡コロなどは顔を真っ赤にさせて、両手をそれぞれ頬に添えて小さな黄色い叫びを上げたりもした。悪乗りする「クリムゾンナイト」の面々も口笛を吹き、拍手と歓声で二人を祝福した。
「何でそうなる! てめーらも調子乗ってんじゃねーよ!!」
「っぷ」
カイザー・キング。ギルド「クリムゾンナイト」のギルドマスターにして、ワールド内屈指の人物として、多くのプレイヤーたちにその名を知られている彼は、身内からもからかわれる男だった。
「で、何の話だっけ?」
カイザーの叫ぶ姿に満足したアーディンは、自分たちが今この場にいる理由が何であったかを忘れたように考え込んだ。いや、考えるふりをした。
「あぁ! 肝心の話が全然進んでないじゃないか!」
「そうだな。は~っはっはっは」
昴の声に、忘れてしまっていたレイドボスの存在を思い出し、それでもアーディンは笑って受け流した。仕方なく昴が彼女に代わり、話の続きを『クリムゾンナイト』の面々へと行う。
「……ったく、つまり正式サービス開始して一番初めに実装されたレイドボスが、当時と同じ工程で襲ってくるなら、最終的にはこの都に乗り込んでくるわけですよね」
「そうだな。俺は当時ウィザードやってたが、街中での戦闘では死にまくってたな」
カイザーが当時の状況を思い出す。正式サービスが開始されて一月ほど経った頃の事を。
まだソロプレイヤーだったカイザーは、今の
「でもここは異世界です。俺達プレイヤーには死ぬ事は無く戦闘不能になるだけですが、この世界の人たちはどうなりますか?」
「……考えたくねーな……」
ゲームの『ワールド・オブ・フォーチュン』では「死亡」が存在しない設定だった。HPがゼロになったら戦闘不能状態となり、一定時間以内に回復職が使う「蘇生」で復活させられなければ、直近の大聖堂などへ強制送還される仕組みになっている。
だが、これはゲームの設定であり、この世界の住民に適用されているわけではない。女神フローリアが夢の中でプレイヤーらに「不死」を与えたと言っていた。この言葉は逆に言えば「死」は存在する事を証明している。
「それでも考えなきゃダメでしょ。そして答えは解りきっているんです」
「……」
カイザーにも十分理解している事だ。特別なのは自分たちプレイヤーだけだという事を。レイドボスが都へ攻めてくれば、確実に住人達への被害は出るだろう。そして、死者が出る可能性も大きい。
「だから、攻め込まれる前に撃ってでなくちゃ!」
「ふん。心配するな。レイド戦は望むところだ! きっちり攻略してやるさ!!」
カイザーは熱弁する昴の言葉に真剣な眼差しを耳を傾け、そして迷うことなくレイド戦への参戦を誓った。
(よかった。これで都の被害も免れるよな)
ほっと胸を撫で下ろす昴に、カイザーは彼の肩に手を置くと白い歯を見せて笑った。
「せっかくだ、お前らもボス退治来るんだろ?」
「え? お、俺達ですか? いや、アーディンさんやモンジさんはいいですが……俺はレイド戦なんてやったことないし……」
会話の内容が難しいのか、餡コロはずっと黙って彼らの会話を聞いているだけだったが、昴に視線を向けられ思わず小首を傾げた。
「?」
「彼女も無いと思います」
「誰だってはじめは『初めて』だぞ。気にするな!」
カイザーは昴の肩を力を込めて叩くと、咽返る昴をみて大笑いした。こうして昴の初めてとなるレイド戦初参加が決まった。
●
大まかな作戦や出発日だけを決めると、昴らはギルド施設を出て食事へと出かけた。とりあえず、スキルの習得率があまりにも低すぎるという事もあり、明日から2日間は全員でみっちりと習得練習を行う事になる。
出発はその後という事だが、今は空腹を満たすほうが先決である。
都でも大きな通りに面した一角に目的の場所はあった。
アーディンに案内されたそこは、1階が酒場兼主人の居住スペースで2階から3階は宿屋という建物だ。彼らは1階の酒場へと入ると、空いたテーブルに腰を落ち着かせた。
「くぅー、久々に飯らしいものにありつける」
「サンドイッチかスープばかりでしたもんね~」
難しい会話から開放された餡コロは、活き活きとした表情で周囲のテーブルに並ぶ料理を見た。どこか現実世界で見たような料理も多い。
「私の手料理が不味いと申すか!?」
「い、いえ、そんな事ないです」
野宿の際の食事は全てアーディンが作っていた。本人は料理が嫌いだと言っていたが、餡コロがサンドイッチ作りに参加した際、カチカチの干し肉をそのまま挟んだり、火で炙った葉物野菜を挟んだりとかなり酷い物を作ったのせ、以後餡コロには手を出させなくなったのだ。
「さて、メニューメニューっと」
「自分だって楽しみにしてるんじゃないですか」
「当たり前だろう!」
自分で作る料理より他人に美味しい物を作って貰うほうが好きだ!っと力説するアーディン。彼女が真剣な表情で店員から渡されたメニューを凝視する中、突然彼女の肩に手を掛け身を乗り出す男がいた。
「昴じゃねーか!」
「え? い、いっくん!?」
男の後ろには三人の男女が同じように昴へと声を掛けてきた。アーディンの肩を掴んだ男は、その手をアーディンによってつねられると、慌てて手を離し謝罪した。
男が再び昴へと向き直ると、喜びの再会を果たす。
「やっと見つけたぞ昴! ミルキィーがネカマだったって知ってギルド抜けたって聞いたから、まさかどっかで自殺してるんじゃないかと心配したんだぜ」
「お、おい、いっくんこんな所でその話は辞めろよ」
彼らは昴がパール・ウェストで抜けたギルド『パラダイスファミリー』のメンバーだった。昴と元相方ミルキィーとのやり取りを知っている、当時あの場に居合わせていた、クリフトというギルドメンバーから事情を聞いていたのだろう。
いっくんと呼ばれる男もミルキィーがネカマである事を知っていた。だが、まさかアイテムを貢がされているとは思わなかった。騙されていた事を知った昴があまりにも不憫で、心底心配している様子だった。
ただ、悪気は無かったとはいえ大声で「ネカマ」という単語を口にしたのがいけなかった。
「何? ネカマだと!? 詳しく聞かせなさい!」
目をらんらんに輝かせたアーディンが、嬉々として振り向きいっくんに言い寄る。昴は慌てていっくんを静止しようとしたが、昴が叫ぶよりもいっくんが口を開くほうが早かった。
「え? 昴の相方が実はネカマだったって話?」
「やめろ! マジでやめろぉぉぉぉ」
「っぷ」
極短く鼻で笑ったアーディンは、詳細を聞き出そうと目を輝かせた。