広い空間で2つの戦いが繰り広げられていた。
ひとつは昴と餡コロ、桃太三人による「生成装置から生み出されるモンスターの誘導」という地味な戦い。
もうひとつが、その生成装置を破壊する戦いである。
生成装置は蠢く大木のような形をしており、「根」を思わせる部分には繭のようなものがくっついていた。その繭からモンスターは生まれてきていたのだ。
昴は装置の裏側付近に陣取って10体のモンスターと正面から向き合っていた。
「昴さん、大丈夫ですか?」
餡コロは手持ち無沙汰なようで、10体のモンスターが立ち並ぶ後ろからチラチラと昴を確認しては声を掛けてきた。
「あぁ、平気だよ。防御力が無駄に高くなってるからね。装置を壊せばどうせこいつらも倒さなきゃいけないし、少しでも数を減らせておこう」
暇を持て余してる餡コロの事もあるが、どうせ装置破壊後は昴が抱えるモンスターも倒すのだから、今攻撃して倒してしまっても問題はない。
そう考えた昴は、ただじっと亀戦法でやり過ごすのではなく、攻撃も行う事を決めた。
「はい! じゃ~攻撃もしますね」
餡コロもやっと自分の出番が来たとばかり張り切って返事をする。
以前アーディンから言われた事を思い出して、昴からヘイトを奪わないようにする為に、彼が攻撃するモンスターにターゲットを絞った。
「桃太は向こう側の回復も見ていなきゃならないし、こっちの戦闘には参加しなくていいぜ。たぶんスキル効果の持続回復だけでなんとかなるから」
「わかりました。ボクはここから届く後衛の回復担当なので、このままここで待機してますね」
桃太は昴へのヒールが届くギリギリの距離で待機した。時折殲滅メンバー側へ僅かに移動しては回復魔法を掛けていく。
それが済むと急いで昴の近くへと戻ってくるが、昴のHPバーはほとんど変化が無いほどにダメージを受けた様子はなかった。
それでも桃太がこの場を離れないのは、回復職としてもしもの場合に備える必要があるのと、支援すべき相手は昴だけではなく餡コロもその対象に含まれているからだ。
昴の「奥義」が発動して1分。彼のHPバーも微動だにしないが、モンスター生成装置のHPバーも動く気配が無い。
いや、正確には動いているのだがすぐに回復しているのだ。
「どうなってるんだ!?」
攻撃を続けるメンバーから疑問の声が上がり始めた。
殲滅PTのリーダー、グレミアは会戦と同時に「奥義」を使い、現在はCT中だった。現在確認されている昴以外の「奥義」のCTは5分。
昴の「扇」は5分持続タイプでCTはスキル発動から10分。
グレミアの「奥義」のCT明けと同時に、昴の「奥義」は効果が消えるタイミングだ。
「ボス属性でもないのに回復してるとか……どっかにこそっと司祭系モンスターがいるんじゃね?」
いっくんの得意な「ぐるぐるばんばん」も一瞬はダメージを与えたものの、何事も無かったかのように装置のHPは全快をキープしていた。
「回復メンバーは周囲を確認してください! 敵の回復要員がいたらそっちを先に片付けましょう!!」
孤月が叫ぶと、プリーストとエクソシストたちが周囲を見渡す。
広い空間には隠れられそうな場所というのは見当たらない。
ここにあるのは生成装置だけなのだ。
彼らにあせりの色が見え始める。
昴の「奥義」効果が切れる間に生まれてくるモンスターの数は50体。これ事態は脅威になる数ではない。
しかし、装置が破壊できないのであれば1分毎に延々と出てくることを考えれば焦りもするだろう。
それでも彼らには攻撃し続けるしか方法は無かった。
攻撃し続けることで、装置を破壊する方法が無いか模索するのだった。
●
生成装置が置かれた部屋へフィールド側から突入したメンバーが到着した頃、脇道の先ではガンツとビタミンAが80体ほどのモンスターを抱えたまま、じりじりと後退を続けていた。
もうひとりのPTメンバーであるパールは、別退路を探す為先に後方通路奥へと進んでいた。
「行き止まりだったらどうする?」
ガンツより数歩先を行くビタミンAが、進行方向とガンツとを交互に確認しながら口を開く。
行き止まりを願っているわけではない。むしろそうであってほしくはないのだが、何故か「行き止まり」である事を想像してしまう。
窮地に立たされた人間の心理というものだろうか、悪い方へと思考が働く。
「そうだな……パールに麻痺系と魅了系スキル使ってもらって、少しでも動けねー敵作ってから……あとは強引に引き返すしかないな」
「捕まったらいっかんのお終いだな」
「そんときは大聖堂に飛ぶだけさ」
ガンツはモンスターに対して常に真正面になるよう後ろ向きにじわじわと歩いていた。ゆっくりゆっくりと、確実に敵からの攻撃を防げるように、そして行き止まりであった場合の事を考えて、無駄に引き返す距離を伸ばさない為に。
しかし、横幅3Mほどの通路では上手く敵を縦に細長く誘導したところで、すり抜ける為の幅はほとんど無いに等しい。
数が少なければ多少強引に駆け抜けることもできるだろうが、80体もの敵の横をすり抜けるのは難しいだろう。
もし途中で捕まってしまえば、「ブロック」のスキルも効果が失われ袋叩き状態になるのは目に見えている。「ブロック」は自身の真正面から来る攻撃しか防げないのだから。
ガンツが戦闘不能になれば次に襲われるのはビタミンAになる。倒れたガンツに対して蘇生スキルを使う暇もなくなるだろう。
つまりガンツが戦闘不能になればその場に居る他の二人も必然的に戦闘不能の仲間入りすることになるのだ。
蘇生可能な制限時間を過ぎれば大聖堂へと強制帰還になる。
「死亡……ではないとは言え、なんとなく怖いよな……やっぱ痛いんだろうな……」
ビタミンAは、この世界でまだ経験のない「戦闘不能」に対しての恐怖を口にした。
ゲームであった頃には、「床ペロ祭り」などといって、全装備を解除したままフィールドボスなどに挑んだものだったが、異世界にやってきてからは流石にそんな遊びをする気にはなれなかった。
ダメージを受ければ痛みを実感する。
戦闘不能になるほどの痛みがどんなものか……想像するだけで背筋に悪寒が走る。
「ダメージ食らってる俺もそこそこ痛いんすけど」
「あー、ヒールいるか?」
「いや、まだいい」
ガンツのとぼけたような声でビタミンAは我に変える。彼のHPバーは5分の1ほど減っていた。
ヒール一発で落ちるが出るほどの回復量はある。なるべくヒールによるヘイトを稼がせない為にも、ガンツはギリギリまでは回復をするなと指示をした。
二人がじわりじわりと後退する中、彼らの進行方向にあたる通路奥から魔法の明かりを灯して慌てた様子のパールが戻ってきた。
「はぁはぁはぁ……み、見つけた……はぁ」
彼女は二人から少し離れた所で立ち止まると、膝に手を置いて息を切らせたまま話す。
「外にでるルートがあったか!?」
「よっしゃあぁ!」
ガンツとビタミンAの顔に明るい表情が戻る。
そうと決まればとっとと走って出口へ――そう思ってガンツが駆け足気味になった所で、パールは二人に対して追い討ちとなる言葉を続けた。
「違う……変な部屋があって、そこに人がいっぱい捕まってるのを見つけたの!」
「「はぁ?」」
二人は同時に叫んだ。その声に呼応するようにモンスターも叫んだ。
●
パールを先頭にして三人は走っていた。しかし、ここまでの道のりでHPではなく肉体としての体力が大分消耗していた為、モンスターを引き剥がせるほどの速さは無かった。
モンスターを引き連れたままの状態で三人は大きな部屋へと到着する。
中の広さはサッカーグラウンドの半分ほどだろうか。
中央に細い柱が一本。それを中心に半透明な繭が置かれており、その数は10や20といったものではなかった。
よく見ると、繭の中には人が三人閉じ込められており、みな意識が無い様子だった。
繭の内外には触手が伸び、内側のものは人間へ、外側のものは柱へと繋がっている。
ドクドクと脈打つ触手は、まるで人の命を吸い取っているかのようであった。
「どう思う?」
幸運な事に、部屋の壁際から数メートルほどには繭もその他障害物になるようなものも一切なく、モンスターを引き連れたままのガンツでも余裕で走れる広さがあった。
ガンツとビタミンAは小走りに掛けながら周囲の様子を伺う。
「どうっていうか……ほおっておけないだろ!?」
ガンツは今すぐにでも繭を壊して中の人を助け出したい気持ちはあるものの、ここで立ち止まれば当然80体のモンスターから一斉に攻撃されて、戦闘不能に陥るのが解っているのでただ見つめるしかなかった。
「っつっても後ろのモンスターの事もあるしな……」
ビタミンAはぞろぞろと付いてくるモンスターを一瞥する。
せめて火力職をひとりでも連れてくるべきだったと後悔もした。
「この部屋ならモンスター抱えたままグルグル周回できそうだ」
ガンツの言葉通り、今まさに部屋の半周を回ったところだが、残り半周にも障害物は一切なく、体力が続く限りは安全に周回が出来そうな感じになっている。
「じゃー、俺はモンスター連れたまま周回してるから、悪いけどお前ら二人で救助したってくれ」
ガンツの走る速度も大分落ちてきていた。モンスターよりは幾分早い程度だ。
「時間が掛かるな……無茶するなよ」
「わかってるさ」
ビタミンAの言葉に笑顔で答えるガンツ。一通りの支援スキルを掛け直すとモンスターが一瞬ビタミンAのほうへと動いたが、すかさずガンツが「雄たけび」によってヘイトを取り戻す。
これで暫くは時間的猶予もでるだろう。
「じゃ~取り掛かろう!」
パールが手近な繭に杖を突き立てる。思ったほど硬さはないようだが、そこから三人の人間を引きずり出すのは結構な時間を必要とした。
「中の人は辛うじて生きてるけど……ビタミン、回復して貰える?」
「タイミング次第だな、モンスターが遠くに行ってる間じゃないとヘイト対象になっちまう」
近くにガンツ率いるモンスターがいれば、ガンツ以外の者にヒールを掛けてもヘイトを与える事になる。
そのたびにまたガンツが立ち止まって「雄たけび」を使うことになれば、余計な手間が増えるだけだ。
「それに……繭をひとつずつちんたら壊してたんじゃ時間が掛かりすぎる。ガンツもだが、中の人たちも持たないかもしれないぞ」
ビタミンAが繭から三人を救い出したとき、繋がっていた細い触手が外れ、そこから血液が流れ出たのを見て不安を洩らす。
更に聖職者ゆえのことなのか、血液以外にも生命力のようなエネルギーが漏れ出しているのも感じた。
「そ、そんなぁ~……せっかく助けられると思ったのに」
パールは肩を落とす。このままだと助けられないまま見殺しにしてしまう人も出るという事が、自分の背中に重くのしかかる。
「だったらさぁぁぁぁ、いっそ繭から出すんじゃなくってよぉぉぉ、繭から出てるぅぅ、触手うぅぅぅぅ、ぶった切ればあぁぁー?」
二人の様子を走りながら見ていたガンツが、二人に聞こえるよう無駄に大きな声で叫んだ。
自身もまた繭の近くに寄った際には触手を切ろうとでもいうのか、剣を構えて走りだす。
「触手!? そうか、これが中の人たちの生命を奪ってるんだとしたら、これを切ってしまえばひとまず安心ってことになるかも!?」
感じる生命エネルギーは触手を伝って柱のほうへと流れているようだった。
柱を倒せれば一番早いのだろうが、触手1本を切れれば一度に三人助けられる。
繭を壊す時間。中の人を引きずり出す時間を考えれば、作業効率は良くなるはずだ。
「切ってみる!」
パールは早速、触手に杖を突きたててみるが、ゴムのような弾力があり刃物でもなければ簡単には切れそうになかった。
「こうなったら『エア・ブラスト!』」
痺れを切らせたパールが、風属性の魔法で触手を攻撃した。
「意思」によってスキルレベルを下げ、小さな風の渦を作り出したパールは、それをいくつかの触手に向けて続けざまに攻撃させた。
小さな竜巻が障害物となる繭を避けてひとつの触手を切り落とすと、次の触手へと向かっていく。
「やった! 切れた!!」
1度のスキルで3つの触手を切り落とす事に成功したパールは、歓喜の声を上げて繭へと駆け寄った。
「中の様子はどうだ!?」
「んっと……あ、血色よくなってきてるっぽい!」
外側の触手が切られた時点で、内側の触手も中の人から外れ、枯れ枝のようにしおれていった。
変わりに中で囚われている人らの顔色が赤みを帯びてくる。
「よし、こっちも少ない攻撃魔法でやっていくか! 『ホーリー・ライト!』」
ビタミンAもスキルを使ってひとつずつ確実に触手を切り落としてゆく。
ガンツは走りながら、外周側にある繭の触手を剣で切り落とす。
あと何周すれば全部の触手を切り落とせるか……全部切り落とせた後どうするか……
自分が先に部屋を出て外へ向かい、その間にビタミンAが助けた人に回復を掛ける。しかし、もし自分がいない間に敵が出てきたら……
ガンツが剣を触手のひとつへと振り下ろした時――
「遅くなったな!!」
ガンツが今まさに部屋の出口側に向かって走る所。視線の先に六人PTが現れた。
「え? 誰?」
ガンツにとっては見覚えの無いメンバーばかりだ。
「俺らは『クリムゾンナイト』の遊撃部隊だ! ギルチャでこっちの事を聞いて急いで駆けつけたんだけど……まったくこんな事になってたとはなー」
先頭のバーサーカーが簡潔に自己紹介と説明を行った。それから直ぐにPTメンバーへと指示を送る。
「ウィズ子ちゃんは範囲でマラソンモンスターを焼いてくれ」
「おっけ~ぃ」
「俺らはあっちの繭のほうを手伝うぞ!」
「いえっさー!」
構成メンバーは、バーサーカー・アサシン・シノビ・バード・ウィザード・エクソシスト。
バードが詠唱速度を早める曲を奏でる。
そこへウィザードが『バーストフレア』でモンスターを焼く。範囲スキルとはいえ、数が多すぎるので一度に焼ける数は10分の1程度だ。
しかも一撃では倒せない。
ガンツは壁際で足を止めると、「ブロック」を発動させてウィザードが攻撃しやすいように待機した。
バードが敵を一瞬だけ麻痺させる曲を奏でると、その隙にガンツは「雄たけび」と範囲攻撃を入れ、麻痺効果が切れる頃には再び「ブロック」に戻す。
ウィザードが「バーストフレア」と「ブラストボム」「フレアボム」そして「アイスストーム」と範囲攻撃を集中させた結果、全てのスキルを二巡する頃には、敵の数が半分にまで減った。
「よし! これでラストっと。『エネルギーボルト!』」
―ブツッ―
パールが最後の繭から触手を切り落とした。
あとは中に閉じ込められている人を外にだし、回復を掛ければ救出完了である。
パールは突然自分たちを助けに来てくれた六人に感謝する。
名乗ったギルド名に聞き覚えはあった。MMOだった頃、このゲームで最大手と言われたギルドだ。
(大手っていうから偉そうなプレイヤーが多いのかなと思ってたけど……そうじゃない人もいるんだね)
パールは残ったモンスターを殲滅する支援へと向かう。
「クリムゾンナイト」側はアサシンとシノビ、それとエクソシストの三人が繭から人々を救出する方に周っていた。
パールはウィザードのところへ行くと「ライフソウル」でMPを分け与える。
「ありがとん。助かるわ~」
「ううん、こちらこそ助けて貰ってるから」
ウィズ子と呼ばれた女からお礼の言葉が送られる。パールは恐縮して頭を深々と下げた。
その様子を見ていたバーサーカーが、巨大な大剣を肩に担ぐようにしてパールの元まで下がってくると、片目を瞑って見せる。
「こういう時はお互い様だろ?」
剣を構えなおすと再びモンスターの群れへと飛び込む。パールはそんな彼の背中に向かってお礼の言葉を続けた。
「えへへ、でもほんと……ありがとう……」
パールは自分の目頭が熱くなるのを感じた。
助からなかったらどうしよう。
自分がガンツとビタミンAを連れてきたことで全滅したらどうしよう。
繭の中にいる人たちを助けられなかったらどうしよう。
そう考えた瞬間もあった。
その事を思い出すと、止めどうも無く涙が溢れ出す。
「あ! ミキアスが女の子泣かした!!」
ウィズ子がからかうようにバーサーカーの男、ミキアスを指差す。
ギョっとなってミキアスが振り返ると、視線の先に大粒の涙を流すパールが映った。
「ちょ! 俺が悪いのかよ!?」
「あんたらコントしてないでさっさとこいつら倒してしまいなさいよ!」
「「すみましぇん」」
「あははは」
ミキアスがウィズ子に向かって抗議の声を上げた所で、ハープを演奏中のバードから叱咤する声が上がる。
ウィズ子とミキアスはしょんぼりしながら、自分の役目を黙々と果たしていった。
そんな彼らの姿をパールはじっと見つめる。
この光景を忘れない為に。
見ず知らずの相手だと思っていたプレイヤー達と協力して何かを成し遂げる。
きっとこれからも続くこの光景を、パールは忘れないでおこうと決めた。