『WoF』~MMOからの異世界召喚英雄記~   作:夢・風魔

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3:ふたつの出会い

 昴がゲームと思っていた異世界にログインして5日目の朝。

 未だにこれが異世界なのか、ゲームのままなのかハッキリとした判断が付かないまま、街道をひたすら北へと向かっていた。

 

 彼にとっての誤算は、ゲームであった頃ならパール・ウェストから10分足らずで到着していたウエストルの都だが、移動を開始してから4日目となる今日も街道を歩き続けていた事だった。

 

「あと何日歩けばいいんだ」

 

 どのくらいの距離を歩いたかすら解らない。疲れはそれほど溜まってはいないが、不安はいくらでも積もっていく。

 

 昴はこれまでに街道沿いから村らしきもを何度か見る事はあった。

 ゲームだと思い込んだままであれば迷わず行けたのだが、ここが異世界かもしれないと思うと、まったく見知らぬ土地で見知らぬ人たちとどう接すればいいのかわからず、唯ひたすらこの4日間は歩き続けるだけだった。

 

 朝から歩き通しだった昴は、街道を少し反れた森の手前で休息を取ると、カバンに納まっているアイテム一覧を呼び出し一欠けらのパンを取り出した。

 

「食料の在庫だってヤバいんだぞ。いやそれ以前に賞味期限大丈夫かよ」

 

 手にしたパンは、確実に4日前と比べると堅くなっている。

 残りのパンは5つ。他に果物が3つほどカバンに入っていた。

 

 カバン内は別の空間にでも繋がっているかのようで、アイテム欄から選択したアイテムをクリクドラッグならぬタッチ&ドラッグすると、カバンの口から選択したアイテムが顔を出す。という感じになっていた。

 カバンの大きさは小型のウエストポーチ程度しかないのだが、中に入っているアイテムは、大きな旅行カバン10ケース以上の分量がある。

 

「運営からの告知は未だにないし……やっぱり異世界なのか?」

 

 ひとり呟く昴は、UIを開いてメッセージボックスを確かめた。この世界にやってきて、女神の夢を見た後も毎日数回は繰り返した動作だ。

 当然のようにメッセージボックスには何も送られてきていない。昴の中では既に異世界だと思う気持ちのほうが勝っていた。

 

「それならそれで戦い方ぐらい、ファンタジーアニメっぽくできないもんか?」

 

 異世界ということは、ここは剣と魔法のファンタジー世界なのだろう。

 にも関わらず、この4日間で遭遇したモンスターとの戦闘では、スキルを使った戦いは一切できず、ひたすら剣で切るか盾で殴るかしかなかった。

 

 何度もスキルの使い方を調べてはみたが、システム設定画面にもヘルプにも載っていなかったし、スキル一覧のアイコンを試しにダブルタッチしてみたものの何も起こらなかった。

 昴が今歩いている街道沿いは、ゲームの頃なら適正レベルの低いマップで生息するモンスターのレベルも10から15といった所。

 レベル79の昴にとっては万が一にも苦戦するような敵ではないが、スキルの使い方が解らないままだといずれは詰むことになる。

 

「はぁ……ここにいる俺の体、ゲーム内キャラクターのままだし……ってことは現実世界に俺の体はあるってことだよな」

 

 唐突に昴は自分の身が心配になってきた。戦闘で傷ついた体は不思議と時間の経過と共に治癒されてゆく。

 しかし、この世界で受けたダメージが現実世界に影響しないのか、しないとしても5日間も肉体のほうは飲まず食わずでいるのだから不安にもなる。

 

「あれから5日経ってるんだ。きっと母さんが救急車でも呼んでくれてるはず。病院にいるなら大丈夫だよな……たぶん」

 

 昴は親元で暮らしている大学生だ。ひとり暮らしの友人はいくらでもいたが、この時ばかりは実家暮らしに感謝した。

 

 小腹も落ち着いた頃、再び街道へ向かおうとした昴の耳に争うような物音が入ってきた。

 音は背後の森から聞こえてくる。

 昴が森のほうへと視線を向けたそのとき――

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 女性の悲鳴が聞こえてきたのだ。

 

「な!? なんだ?」

 

 慌てて昴は森のほうへと駆け出した。

 その森の入り口付近で、六人の男とひとりの少女が対峙している。

 少女は半獣人(リーフィン)族で、頭部からは茶トラ猫のような耳と、お尻からは長い尻尾が生えている。

 

「餡コロちゃん、俺達この世界で仲良く暮らしていかなきゃならないんだぜ?」

「だからさぁ、もっと親睦を深めようよー」

 

 少女を舐めるように見つめる男達。何人かは上半身の装備を外して半裸状態になっている。

 

「な、仲良くするのは良いことです。でも……」

 

 少女はたじろぐように後退をするが、大きな樹に退路を阻まれてそれ以上は動けないでいた。

 

「ほらぁ、餡コロちゃんだって解ってるじゃん」

「でも、どうして服を脱ぐんですか!?」

 

 半裸な男達を指差して少女は叫んだ。少女はこれから起こる出来事について、まったく予想が付かないといった様子だった。

 

「決まってるじゃねーか、エッチな事するんだから脱がなきゃできねーだろ?」

 

 男達は下品に笑うと、ジリジリと少女を追い詰めていく。

 

「え……えっちな事!?」

 

 顔を真っ赤にさせた少女は、慌てたように顔を覆い隠すとその場にしゃがみこんでしまった。

 

「そ、そんなの困りますぅ!」

 

 頬に手を添えたまま、上目遣いで男達を見上げる少女。彼女にしてみれば意図した行為なのではない。

 ただ純粋に、自分が座っている為に立っている男達を見上げると、目線が上にいっただけなのだ。

 

「いいねー、そういう顔。ゾクゾクするぜ」

 

 いまや下半身の装備も脱ぎかけた男が、舌なめずりをするように口を開くと、外しかけていたベルトの留め金に手を掛けた。

 

「困りますぅ! お父さんに相談しないとダメですぅ!」

 

 少女の口から漏れたのは男達にも予想できなかった言葉である。

 呆気に取られる男達。その様子を見た少女が更に言葉を続けた。

 

「だから、そういう事はお父さんにお話してか――イタッ」

 

 しかし、最後まで喋りきる前に少女の顔目掛けてパンが一欠けら投げ込まれた。

 やや硬くなったパンは痛かったらしく、少女はパンがぶつかった箇所を手で押さえている。

 

「ヤッベ、外した」

 

 パンが飛んできた方向には、ひとりの青年、昴が立っていた。

 彼の姿勢はどうみてもキャッチボール直後のフォームだ。

 

「お前、もしかしてこのパンを俺の顔にぶつけようとしたのか?」

 

 こくりと頷く昴。ややばつの悪そうな表情をしている。

 

「っぷはぁーっはっは! どんだけヘボいんだよ! だっせー!!」

「う、うるさい! 嫌がる女の子を無理やり襲うような奴らにヘボ扱いされる云われは無い!」

 

 赤面した昴は、焦るように早口で怒鳴った。

 

「っけ、カッコつけやがって! やっちまおうぜ!」

「おっしゃー!」

 

 六人対ひとり。勝ち目のない戦いだ。

 昴はとにかく少女を逃がして、それから自分も急いで逃げるつもりでいた。

 だが、当の少女に逃げる気配が見られない。

 

「君! 早く逃げて!」

「人の心配なんてしてんじゃねーよ!」

 

 昴が少女に声を掛けたときには、既に男のひとりが昴の目の前にやってきていた。

 男は昴に対して下腹部に拳を叩き込むと、足払いを掛けて地面に倒れさせた。

 

「っぐ……」

 

 強烈というほどの痛みはない。しかし地面に受身を取ることなく倒れてしまった為に、顔面を強く打ち付けた。

 

「や、やめてください……みなさんやめてください! みんな仲良くしましょうよ!」

「相変わらずずれてるねー餡コロちゃんは。そこが可愛いっちゃー可愛いんだけどよ」

 

 あたふたとする少女に男達が好奇な視線を送る。

 

「や、やめろ……その子には手を出すな……」

「随分と頑張るじゃねーか。そろそろ止めを刺してやるぜ」

「俺はどうなってもいいから、その子は逃がしてやれ!」

 

 昴は必死に男達へと声を荒げた。ここまできて少女は助けられないわ、自分はこっぴどくやられるわでは惨めでしかなかった。

 せめて少女が無事であったなら、自分はどんなに救われるか。そう思ったとき――

 

「うるせぇ! 知った事かゴファ」

 

 まさに少女の衣服に手を掛けようとした男は、どこからか飛んできた鈍器を顔面で受けると、後ろに向かって仰け反るように倒れた。

 

「は~っはっはっは! 良くぞ言った若者よ! 『彼の者を癒す光よ! ヒールバレット』」

 

 鈍器を投げたのは黒いロングコートを着込んだエルフの女性だった。胸元まである銀色の髪は鈍器を投げつけた事で僅かに乱れていたが、本人にそれを気にした様子は見られない。

 彼女の言葉とともに構えた杖から白い光が零れると、光は昴を包んで瞬時に傷を癒していった。

 

「な!? 回復魔法だと!?」

「誰だ!」

 

 男達は次々にエルフの女へと視線を向ける。

 女はニヤリと笑うと、髪をかき上げ指先を男達に向けると、声高々に宣言した。

 

「ふっふっふ。教えてほしくば聞かせてやろう。私はエルフの先を行く至高の種族、ハイエロフのイケメン、アーディン様だ!」

 

 森に静寂が訪れた。鳥のさえずりすら聞こえてこない。

 しばらくすると、男達は顔を見合わせて何事か呟き始めた。

 

「……こいつもやっちまうか?」

「やるって当然あっちだよな?」

「決まってるだろ。犯すほうだよ」

 

 その声が聞こえたのか、昴は慌ててエルフの女に向かって叫んだ。

 

「逃げろ! あんたまで襲われるぞ!」

「っふ、愚民どもめ。 『我が裁きを受けてみよ! ジャッジメント!!』」

 

 エルフの女が右手の指をパチンと鳴らすと、彼女から見て先頭に立つ男の足元を中心にした魔法陣のようなものが発生する。

 男達が魔法陣に驚いた次の瞬間。

 

「ぎゃひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

 

 魔法陣は白く輝くと眩い閃光に変わり、そして魔法陣内にいた男達は一瞬のうちに吹き飛んだ。

 

「逃げるぞ若者! スキルの追加効果で奴らが麻痺している間に走れ!」

 

 エルフの女はそう叫ぶと、自らは既にリーフィンの少女の手を取って走り出していた。

 昴も慌ててそれに習うと、少し離れた所に置き去りにした荷物を抱えて彼女らの後を追った。

 

 

 

「ふぅ、どうやら追ってこないようだな」

 

 三人は街道まで走ってくると、後ろを振り返って男達が追いかけてこないことを確認してからようやく一息ついた。

 

 街道には彼ら以外にも、結構な人数が歩いている。

 男達は人目に晒してまで少女を襲うほどの度胸はなかったようだ。  

 

「助けてくれてありがとうございます。はぁ……どうして急に仲良くできなくなったのかなぁ」

 

 助け出された少女は、つい今しがた如何わしい行為の為に襲われそうになっていた事をスッカリ忘れてしまったのか、間の抜けた内容の言葉を口にしている。

 

「……天然か」

「そう……みたいですね」

 

 エルフ女性と昴は少女に対する印象を一致させた。

 このまま少女を放っておけば別の誰かに襲われるかもしれない。そんな心配を抱かせる印象すらあった。

 

「本当に助けてくれてありがとうございます、昴さん」

 

 少女が思い出したかのように、改めて二人へ向かってお礼を言うと簡単な自己紹介を行った。

 

 名前は餡コロ。

 昔から餡ころ餅が大好きだったから、そう名付けたと話す。

 しかし、昴は自己紹介をしていないにも関わらず、餡ころは彼の名前を知っていた。

 

「え? どうして俺の名前知ってるんだい?」

「あ、えっと……その……」

 

 しまったというような表情を浮かべる餡ころ。見る見るうちにその頬は赤く染まっていく。

 

(まさか、突然の春到来!?)

 

 昴は一気に高揚した。

 数日前に相方がネカマだったという事件に遭遇して以来、自分は女性との縁には恵まれないのではと落ち込んでいた所だが、もしやこれは期待できる流れなのか!? っと思っていると。

 

「昴さんのキャラメイクが私の理想とピッタリだったので、以前から良く見ていたんです。っきゃ」

 

 顔を背けるようにして身をよじるリーフィンの少女餡コロ。

 薄紫色の真っ直ぐ伸びた髪が風に靡いて、髪の一部が昴の頬をかすめる。

 

「つまり彼個人が理想の男性像というわけではないと?」

「あ、はい。そうです。私が男性キャラを使うときにはお手本にしたいほど好みなんですぅ」

 

 アーディンの質問に迷うことなく答える餡コロ。

 餡コロはやや垂れ気味な大きな瞳を、キラキラと輝かせて昴の顔を見つめている。

 愛らしい容姿の餡コロは、今昴にとって子悪魔と化していた。

 

「っぷ。生きろ若者よ」

 

 アーディンと名乗っていたエルフの女性が鼻で笑うと、昴の肩をぽんと一度だけ叩いた。

 

「笑わないでくださいよアーディンさん……あれ? アーディン……さん?」

 

 反射的に馴れた口調で会話を続けた昴だったが、自分の不自然さに気づいた瞬間、「アーディン」という名に聞き覚えがある事を思い出す。

 

「んむ。私はアーディンだ。イケメンのアーディンだ! 久しぶりだな昴」

 

 胸を張って答えるアーディンは、先ほどと違い、力を込めて昴の肩をバンバンと数度叩いた。

 一瞬の間を置いてアーディンから一歩後退する昴は、息を呑むとようやく声を発した。

 

「ええぇぇぇええぇぇぇぇ!?」

 

 街道を歩く人影がチラホラと昴らのほうへ視線を送るのが見える。

 昴はそれほぼまでに大きな声で叫んでいた。

 

 

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