『WoF』~MMOからの異世界召喚英雄記~   作:夢・風魔

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50:マイアナの都レイド戦ー揺ぎ無き意思

「なんでそうなるんですか!?」

 

 広い空間に昴の声が響き渡る。

 

 部屋の中央には上質な糸で織られた真っ赤な絨毯が敷かれ、それが部屋の入り口から真っ直ぐ部屋の奥へと続いている。

 ここは王の間。皇帝との謁見などに使われる城内で最も広い部屋だ。

 その王の間では今、マイアナ皇帝アドリアーナ4世と昴率いる『冒険者』ギルドの面々10人が居た。

 

「陛下が死んじゃったら、元も子もないじゃない!」

 

 必死に訴えるニャモの言葉も、皇帝の気持ちを変える事は出来なかった。

 

「すまぬ。だが、もう私にはこうする事でしかこの国を救えないのだ」

 

 どんな言葉を掛けても、皇帝は歳若い異世界の者達に対し、ただただ頭を下げ謝罪するばかりであった。

 

「だから俺達が!」

 

 いっくんが叫んだが、言葉を続けようとしたいっくんを制するように皇帝が片手を上げて自らが口を開く。

 

「この攻略戦後、私に命があった場合、この国に残った魔物どもが一斉に人々を襲う事になっておる」

「え!? どういうことですか?」

 

 突然の知らせに、昴は激しく動揺した。皇帝は国の象徴であれば、彼が死ぬ事のほうが魔物を増長させる事になるのではないかと思ったからだ。

 

「取引をしたのだ。いや、させられたのだ。私の命と引き換えに、全国民の命を守ると」

 

 黄金に輝く玉座の前で、皇帝は項垂れ、玉座に怒りとも悲しみとも取れる拳を振り下ろす。

 

「誰とそんな取引を」

「決まっているだろう。キース・エッジだ」

 

 昴の問いに皇帝ではなく仲間から答えが帰ってきた。口を真一文にし冷たく鋭い眼光で、ここには居ない相手に向かって睨見つけるアーディンが発した言葉だった。

 

「その通り。私はどんな事があろうとも生きているわけにいかぬのだ」

「ちょっと待ってください……キースがその約束を守るとも限らないでしょ?」

 

 こういった約束事は、昴が知る物語などではほとんど守られたという内容のものは無い。大抵は死に損になってしまうのだ。それではあまりにも惨すぎる。だからこそ、昴も仲間達も、皇帝を考え直させたかったのだ。

 

「しかしヤツはこれまで、帝国国民に手を出さないという約束は守り続けてきた。たしかにこの先も約束を守り続けるとは限らぬが、私がこの戦いで生き残った場合、確実に国は滅ぶだろう」

「なんでだよ? 今までだって襲ってこなかったんだし、これからも襲ってこないかもしれねーじゃん」

 

 皇帝のいう事は事実なのだろう。だからこそ都の住民達も魔物が徘徊する場所で、恐怖に怯えながらも普段どおりの生活を営んできたのだから。

 魔物が人を襲わないのも、全てはキースとの取引だったに違いない。これまで約束を守ってきたキースが、自身が裏切られればどうするか。それはいっくんにも判っていた事だが、納得できないというように皇帝へと絡んだ。

 そのいっくんを制したのはクリフトだった。

 

「お前は馬鹿か。約束を破棄されりゃー報復してくるのは当たり前だろ。そうしなきゃ抑止力にもなりゃしねーよ」

 

 普段ではあまり見せない、感情的な口調のクリフトは、彼自身もいっくん同様に本来は納得したくない内容を口にした。しかし、それはあまりにも冷酷な真実だった。

 

「そうだ。たとえ全国民を襲う事はせずとも、いくつかの町や村は全滅するだろう」

 

 皇帝はクリフトの言葉に頷き、自身の考えを口にした。

 

「そんな……」

「他に手は無いんですか?」

「そうよ! 陛下が死んだ事にすればいいじゃない? ね?」

 

 口々に悲痛な叫びが上がる中、皇帝は冷静に、しかし強い意志で彼らの願いを拒絶する。

 

「ダメだ。ヤツは今も遠く離れた地でここを見ておる」

「そんなのわかんねーじゃねーか!」

「私の言うとおり、ヤツがここを見ていたとして、私が生きている事を知ったらどうする?」

「そ、それは……」

「危険な賭けをするわけには行かぬのだ。わかってくれ」

 

 キースがどこかで見ているかもしれない。ゲームシステムを異世界に実装させたほどだ、それぐらい出来てもおかしくはない。昴もいっくんも、皆その事は理解できたが、同時に理解したくもなかった。

 

「俺達に、どうしろっていうんですか……」

 

 昴は搾り出すように声を洩らした。返ってくる答えは想像できる。しかし、それでも問わずにはいられなかったのだ。

 

「私を殺せ。さきほどもそう言ったはずだ」

「それだけは出来ません! 約束したんです、子供たちと」

 

 想像通りの答えに、昴は全力で拒否した。後ろに控える仲間達からも同様の言葉が掛けられる。

 

「子供? あぁ、そうか。あの少年らか……隠し階段を登ってくる者達がいると親衛隊隊長から聞いたのでな、そなたらをここまで案内させたのだが……」

 

 これまで険しい表情だった皇帝の顔が緩み、穏やかな、どこか子を見る父親のような暖かな表情へと変わった。

 

「そうか。階段を教えたのはあの者らだったか」

 

 子供たちとの出会いを思い出しているのだろう。当時を懐かしむように穏やかな笑みを浮かべた皇帝は、静かに目を閉じ、思い出の記憶を手繰り寄せた。

 穏やかな表情の皇帝を見て、もう一押しすれば考えを改められると思ったいっくんは、自身の苛立ちを抑えて諭すような口調で言葉を口にした。

 

「ガキンチョと約束したんだぜ、俺ら。皇帝を助け出すって」

「そうか……ありがたいことだ」

 

 いっくんの言葉に皇帝は素直に頭を下げた。その表情はまだ穏やかなままだ。

 

「皇帝が死んで、この国を蝕んでいた側近っていうのはどうするおつもりですか?」

 

 クリフトが、皇帝亡き後、この国の行く末にもっとも重大な事を問う。皇帝だけが死んで悪政の現況らが生き残れば、最悪な場合、今よりも厳しい現実が待っているかもしれないのだ。

 生きてこそ、国を建て直すことができるのではと、クリフトは遠巻きながら言いたかったのだろう。

 皇帝もそれを察しているからこそ、クリフトの問いに対してしっかりとした答えを教えた。

 

「それについては心配いらぬ。父の代よりこの国の国政を裏で操っていた輩どもは、最後のひとりを残してみな死んだ」

「え? どうして?」

「最後のひとり、宰相が全てを自分ひとりの手中に収めようとして……みなを殺めたのだ」

「仲間割れか……醜いものだな」

「その最後のひとりも、今頃そなたらの仲間達の手で討たれている頃だろう。人である身を捨て、闇の力を手に入れたあやつは、巨大な魔物と化しておる」

 

 巨大な魔物――レイドボスの事だろうと昴は考えた。欲に塗れた人間はどこまで醜く落ちぶれるのだろうかとも思った。

 

「だったら――」

 

 切実な思いでニャモは叫んだ。月も餡コロも祈るように皇帝を見つめる。

 歳若い娘たちの必死に祈る姿を見て、皇帝は自身の罪深さを考えると胸が痛んだ。それでも考えを改めるわけには行かなかったのだ。

 

「だからこそ、死なねばならぬのだ。今ここで」

 

 再びその表情が険しくなる。立ち上がった皇帝アドリアーナ4世はゆっくりと昴らのほうへと歩みを進めた。皇帝が一歩近づくごとに、昴らは一歩後退する。

 

「拉致が空かんな……モンジ」

「判っているでござる」

 

 アーディンはモンジにだけ聞こえるように小声で話しかけると、既に察したモンジは何かをしようとして動いた。二人の行動は皇帝に見透かされており、手を上げてそれを制した。

 

「余計な詮索はせずとも良い。そなたらの私を救いたいという気持ち、ありがたく受け取っておこう」

 

 アーディンの舌打ちする音が昴の耳に届いた。彼女はモンジの技で皇帝を討ち取らせ、傍から見るぶんには死亡したように見せかけようとしたのだ。

 なんなら瀕死の状態にしてもいいとすら考えていた。彼女の魔法によって蘇生も回復もできるのだから。そうすれが、どこかで見ているかもしれないキースにも、一応は誤魔化せると思ったのだ。

 マイアナ中の魔物を一掃したのちに、皇帝の存命を公表すればいい。それまでの時間稼ぎが出来さへすればよかったのだ。

 そんなアーディンの考えすらも皇帝には通用しなかった。

 

 

「陛下……一緒に他の手を考えましょう。マイアナ全域を開放します。だから……」

「今すぐそれは可能なのか?」

 

 昴の言葉を遮るかのように皇帝は彼らに短く問うた。その問いに答えられる者はいない。

 

「出来まい? しかし好機は今なのだ。都を支配していた魔物も討ち取られ、国民を苦しめてきた権力者も英雄らの手に掛かって死ねば、国民にも僅かな希望が芽生えるだろう。その希望はこの先の復興に必要な大事なものなのだ」

 

 自らの死こそが国を救う事になる。皇帝はそう言うのだ。

 

 一歩、そしてまた一歩と昴らのほうへと歩み寄る。その視線はいっくんやカミーラが立つ方角へと向いている。

 一歩……一歩……いつしか昴の脇を通り過ぎ、昴より少し離れた場所に立ついっくんらの方へと向かった。

 

「一番の方法がこれなのだ。すまぬ若者よ。決して……決して自分を恨むでない。そなたの責任ではないのだから」

 

 そう言うと、皇帝は突然踵を返して昴へと襲い掛かった。

 

「!?」

 

 咄嗟の事に反応できなかった昴は、腰に指した剣を奪い取られてしまう。

 奪われた剣を取り戻そうと柄に手を掛けた瞬間――

 

 皇帝の胸に深々と突き刺さる長剣。

 

 剣の柄は皇帝の手と、昴の手が重なるようにして握られていた。

 

 呆然として剣を握った手を離す昴。

 

 皇帝の口から止めどもなく溢れ出す鮮血。

 

 アドリアーナ4世は穏やかに微笑むと、青ざめた表情の昴へと語った。

 

「そなたに罪はない。罪は……心の弱かった……我らに……あ、る。子供たちに、すまぬ、と……伝えて、く、れ」

 

 それだけ伝えると、マイアナ皇帝アドリアーナ4世は絶命した。

 彼の表情はこの上なく穏やかなものだった。

 

「そんなっ!」

 

 ある者は皇帝に駆け寄り蘇生と回復を試みる。ある者はその場に座り込み泣き崩れ、ある者は呆然とその場で立ち尽くした。

 蘇生は間に合わなかった。元々死者を蘇らせる魔法ではない。生死の境を彷徨う状態の者を復活させるという魔法だったのだ。

 既に命の尽きた皇帝には、効果の無い魔法だった。

 それでもアーディンは、クリフトは、桃太は繰り返し蘇生魔法を唱えた。

 

「あ……ああああ……」

 

 繰り返される蘇生魔法に反応する事のない皇帝の体を見つめ、昴は言葉にならない声を上げ始めた。 

 

「昴!?」

 

 心配したいっくんが駆け寄って肩を掴んで揺さぶった。

 何度目かの名前を呼ばれると、昴は突然いっくんの手を振りほどき頭を抱えてその場へ倒れこんだ。

 

「嫌……だ……いやだああああああああああああああああああああああ」

 

 昴の声が王の間へと響き渡る。

 それを聞きつけた親衛隊たちが扉を開けて王の間へと入ってきた。

 

 彼らは入室すると、慌てた様子もなく一同へと、亡き皇帝へと敬礼した。

 そして彼らが手にした布を広げると、皇帝の亡骸へとそれを掛ける。

 

 布には帝国の象徴たる、剣を加えた獅子が刺繍されていた。

 

 

 

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