転生チートトレーナーはモブウマ娘を三冠にできるのか。 作:サイリウム(夕宙リウム)
日本ダービー、過去には東京優駿とも言われたそれ。
全ての競技者たちがこのレースを、頂点を目指しては散っていく。
世代の頂点に成れるのはたった一人だけ。
そんなレースに私は、"メジロブライト"は挑もうとしている。
「……。」
ターフへの道をゆっくりと歩きながら、思考を巡らせていく。やはり一番最初に出て来てしまうのは、あの方の背中。既に世代の頂点としての力量を示しているあのウマ娘、タヴァティムサ。レースで会うたびにまるで人が変わったかのような成長を見せつけて来る相手。
(……本当に、遠い。)
ホープフルステークス、初めてのGⅠで、初めての対戦。この身に宿った『領域』をもってしても、単純な力量の前に敗れ去り、5バ身という遠い背中を見せつけられた。圧倒的と言ってもいいほどの勝利、私がこれまで培ってきた何もかもをものともせず、ただ一点。身体能力だけで全てを破壊していく。
初めに抱いたのは、危機感だった。
このままでは全て持っていかれてしまう、私がメジロとしての意義を果たすために必要なもの、メジロの新たな世代であることを示すために必要なもの、その全てを、彼女が自分のものにしてしまう。その恐怖が自身を埋め尽くしていった。
(この名を持って生まれたからには、果たすべき責任がある。)
メジロという名前には、色々な側面がある。その中で大きな割合を示すのが"競技者の輩出"。このレースの世界に於いての名門という側面だ。競技者に世界を歩ませ、実績を積ませ、それを以て影響力とする。あまりにも解り易いGⅠという名誉は、人を導く指標となる。
私は、お姉様たちと同じように、そうなることを求められた。小さい頃は解らなかったが、次第に理解していくようになる。この身に掛けられた期待、そして資金、労力。確実に一般的なウマ娘たちに掛かるお金を凌駕している。確かに年齢が近いということでライアンお姉様たちと比べればその期待も薄かったけれど……。
(私が名を示さなければいけないことに、変わりはない。)
そんな心を持って、私はホープフルに挑んだ。……だが、結果はあの通り。
自身が積み上げたもの、自身のために掛けられたもの、その全てをあの方は単純な能力だけで叩き潰した。純粋にこのままではいけないと、このままでは絶対に追いつけないと、そういう危機感を覚えた。
今のままの私ならば、おっとりとした、ゆっくりとした私なら、絶対に追いつけないと。
(……故に、押し込んだ。)
自分を押さえつければいつかは壊れてしまう、けれど今のままではいけない。絶対に追いつけない。だからこそ私は……、自己をより内側に、生来の性格を『領域』の中に押し込んだ。自身の性格という『心象世界』そのものとも言えるそれを内部へと押し込み、より『領域』の効果を向上させる。
より内側へと入り込むことで自身への理解を深め、同時に生来の性格を抑え込み、常にストイックで居続ける。流石に24時間し続けるには身体的にも精神的にも負荷が強すぎたためできなかったが、トレーニングの時間中は常にそれを行っていた。
(いわば『領域』の常時展開、より体に染み込ませ、心象世界の拡大、強化に努める。)
トレーニングをすることで肉体の強度を高め、同時に『領域』の成長にも努める。ホープフルから皐月賞までの間。ずっとソレを続けていた。周りから何を言われようとも、ただ一点。あの背中に追いつくためだけに。メジロとして生まれてきた意味を果たすために、私が私であるために。
(けれど……、敗けた。より、酷く。)
蓋を開けてみれば、8バ身。あの方はよりその肉体を昇華させ、単純な身体能力だけで私を軽く凌駕した。あれだけの力の持ち主、世代を作る者が必然的に持つといわれる『領域』、彼女が持っていなければあまりにもおかしいだろう。そんな『領域』を一切開かず、私は敗けた。
私以外にも領域を開いた者がいた、けれどその全てをものともせず、あの方は先頭を走り抜けた。より遠くなった背中を見せつけられた。
(私を意識していてくださった、それだけが少し救いでしょうか。)
あのレースから、私を見る眼が変わった。より正確に言えば、"家"の中での立ち位置が変わったというべきだろうか。皐月賞でのタイム、2000mを走り抜けた時間だけを見れば決して遅いものではなかった。むしろ例年の勝者レベル。後続との差も大きかったためか、私を見る眼は少し憐れみが含まれるようになった。
(ティムサ様がいなければ、私だった。そういうものなのでしょうね……。)
理解はできる、だが納得は出来ない。
確かに圧倒的だった、眼を焼かれるほどに、圧倒的。あんな走りを、パフォーマンスを見せられれば、あの歴史に名を刻まれた方々のようになってしまうように思えてしまうのも、酷く理解できる。私だって競技者ではなく家の中でただ眺めるだけだった人間であったのならば、そう信じてもおかしくはない。
けれど。
まだクラシックは始まったばかり、シニアを入れればまだ入り口に過ぎない。けれど既に"査定"が終わっているかのような雰囲気を醸し出されるのは私を、私たちが積み上げたものを、このメジロという名を侮辱されているような気がする。まだ、まだ何も終わってはいない。
私の得意距離は、長距離。長ければ長いほどこの足に馴染む。距離は私の味方。そして運のいいことに、これからのレースはどんどんと距離が伸びていく、ダービーは2400、菊花賞は3000、より私の強みが生かせるようになってくる。
(たとえ届かぬとも、最終的に、私が"メジロ"であることを示す。)
皐月賞からダービーまでの期間はひどく短い、故に用意できるものも少なく、自身の成長も納得のいかぬものとなってしまった。けれど菊花賞は夏を挟み、その後のジャパンカップ、有馬記念、天皇賞。そのすべてにある程度の時間が空く。距離と時間、平等にあるものなのかもしれないが、私が勝利を手にするためには必要不可欠のもの。
だからこそこのダービーは捨てる、勝利を諦め後に託すべきなのかもしれないが……。
(そんなもの、認められるわけがない。)
たとえ勝率が限りなく0に近いとしても、相手が目を疑うほどに強くなっていたとしても、この名に恥じぬ走りを2400mを走り切るまで、絶対に維持する。敗けるために走るなんて愚か者のすることだ。すべての瞬間、一歩一歩、その全てにおいてあの子の背中を超える。私の背中を見せつけてやるために走る。
だからこそ、この言葉を送りましょう。
心に何を飼っていようと、どれだけ闘志を燃え滾らせようとも。
絶えず微笑み、この身に染み込ませた品のある振る舞いを。
メジロの令嬢として、あるべき姿を。
"お見せ致しましょう。"
「タヴァティムサ様。いいレースに、しましょうね?」
◇◆◇◆◇
「アッ、ハイ……。」
(ご、ゴリゴリに睨まれてるよぉ……っ! た、助けてトレーナーさぁん!)
ダービーに来たはずなのに、何故か滅茶苦茶睨まれてる。ゲート前だよぅ、まだレース始まってないよぅ!
しかもちょっと目を逸らせばこちらの様子を伺いながらちょっとビクビクしてるスズカさんがいるし、その隣では何かよく解らないことを連呼しながら『運勢が上がっていますゥ!』みたいなことを言っている招き猫の子がいる。
(いや勝負服みんな着てるし、さっきトレーナーさんに滅茶苦茶応援されたからダービーなのは確定してるはずなんだけど……、なにこれぇ。)
このほかの出走者の人たちからもなんかすごい目線貰っちゃってるし……、うぅ。かなり居心地悪い……。ブライトさんもお口が笑ってるのに全然お目々は笑ってないし……、なんかめっちゃバチバチしてるよぅ。もっとゆっくりほわほわした感じにしよ? ね? レース前はちょっとリラックスしようよぉ。ゲート前ぐらいいいじゃんか……。
(……まぁでも。日本ダービー。そう考えればおかしな話でもない、のかな。)
今でもたまに『全部が夢なんじゃないか』って考えてしまうことがある。
実は全部私が作り出した都合のいい夢で、トレーナーさんにはスカウトされずにずっと燻った毎日。朝起きたら荷物を纏めて学園から出ていかなくちゃならない、たまに変な時間に起きて全部夢だったんじゃないかと恐怖に怯えてしまう時もある。
枕元に置いてあるトレーナーさんとの写真、練習の最中にちょっとだけ撮ってもらったみんな一緒の写真。それを見て、抱きしめて、ようやく現実であることを再確認できる。……もし朝起きた時、それがどこにもなかったら、全部が夢だって解るから。幸せな夢を見られたって"諦められる"と思うから。
(日本ダービー、ダービー、かぁ。)
本当にすごいところに来てしまったよな、と再確認する。ちょっと視線を横にずらせば観客席が見えて、とんでもない人が押し寄せている。その中には大事な友達のクマちゃん、スタッフちゃん、メロンちゃんがいて、大切なトレーナーさんもいる。
一生のうちに一度しか出れない、このレースに勝てれば何もいらない、そんなレースに、今から私は出走する。
「……うん。」
強く手を握り締めながら、感触を確かめる。憧れた舞台に今、私は立っている。
あの日ただ憧れていた何も知らない私よりも、"格段"に強くなって、今ここに。トレーナーさんが鍛えてくれたこの体で、立っている。これだけでもう何もいらない。不安なんてないし、勝てるって気持ちが常に私の中にある。油断なんかじゃない。強い確信。
(あの人の鍛えてくれた私。)
ホープフルを勝った、皐月賞も勝った。
多分今の私の心はあの時のまま、小さなテレビ越しにレースを見た時の私で止まっている。……けどそれでいい。何も知らない私、世界の怖さを知らない私。単純に、あの時憧れた"三冠"に成りたいという私。気持ちは十分。そしてそれを叶えさせてくれるこの体は、トレーナーさんが用意してくれたもの。
(……うん、もう負けない。)
もう一度、両手を強く握りしめる。
「タヴァティムサさん、そろそろです。どうぞ。」
「はい!」
係員さんの案内に返事を返し、ゆっくりとゲートへと足を進める。
8枠18番。皐月賞でも入った枠番。
……いこう、ダービーに。
ガコン
ゲートが、開いた。
『体勢整いまして……、今スタートしました!』
『一斉に飛び出るスタンド前、綺麗に揃いまして内からサイレンススズカ、そしてタヴァティムサがすぅーっと外側から入って参ります。各選手全員がタヴァティムサを見ております。』
スタートは上々、でも案の定全員にマークされてる。まぁ一番人気にしてもらったし、前走でも私が勝った。そうなるのは半ば必然で、理解していたこと。けど……。
(今、避けた?)
一瞬だが、私の得意位置。前から三番手ほどのほぼ逃げと言ってもいい先行位置。先頭と言う強くプレッシャーを感じる場所でもなく、後方の差し追込策の子たちからある程度距離を稼げている場所。その場所が、"すっと"開けられる。これまでの私なら何の疑問もなく入っただろう。
(……ブロック!)
一瞬傾きそうになった体を静止し、そのまま外側を走る。一瞬だが、前を開けた子の顔が歪んだ。……誘い込まれるところだった。ルール的にこのレースの中で誰かと手を組み誰かを蹴落とすという行為は認められていない。だから有力者を沈めるために周りにあらかじめ声を掛けておくってのは厳禁だ。
トレーナーさんが言うには海外ではそういうチーム戦があって、そういう妨害専門の子もいたりするらしいけれど、とにかく日本じゃ禁止行為。
でも、"レース中に偶然そうなってしまう"というのは十二分にあり得る。ここにいる全員が一着を目指すもの同士。もしそれで自分の勝つ確率が上がるならば汚いといわれようがするだろう。それほどまでにダービーの名は重い。
(今入ったら周りを固められて出れなかったかも……っ!)
内枠へと誘い込まれた後は私が飛び出せないように周りを埋める。GⅠに出れるぐらいの子ならば、それぐらいの操作が出来てもおかしくはない。ゆっくりと時間を掛けて周りを誘導し、最終コーナー、最終直線では私を覆う壁が出来上がっている。さっき口を歪めた子は、そういうつもりだったのだろう。
外側を走りながら、第一コーナーへと踏み入れる。
東京レース場の2400はこのターフを一周ちょっと走るコースだ、コーナーは四つ。直線はゲート前を含めて三つ。……条件を当てはめて、トレーナーさんの指示を実行する。
【各バ第一コーナーを抜けまして第二コーナーへ、8番サイレンススズカが先頭、その後ろに13番フジヤマクザン続きまして内側に入り込んだ18番タヴァティムサが三番手。】
一度コーナーでその策に乗って……。
(直線で前に出るッ!)
『……コーナーを抜けましてややスローペースに。っとここで18番タヴァティムサが前に出た。先頭変わりましてタヴァティムサ、続いてフジヤマクザン13番。その内側を走るのはサイレンススズカ。』
へ、へへへ! 逃げ! 逃げちゃうもんね! な、慣れないけど最終直線と思えばまだ何とかなるもんね!
指示通り用意してもらった線を辿り、トップへ。コーナーのせいで少しペースが落ちていたのがちょうどよかった。なんか無茶苦茶すごい顔でスズカさんに睨まれた気がするけど、そんなの気にする必要はない。
周囲にとって私が先頭に出るのは予想外のはず。用意してきたであろう策を一旦破壊し、全てを振り出しに戻す。ちょっと私への負荷が大きいけれど、スローペースに入っていたおかげで体への負担は少ない。あるのは精神的なものだけ。
(そして精神的なものならば、踏みつぶせる!)
この負荷は、不安やプレッシャー。先頭に立ってみんなを引っ張る様なタイプではない私にとってちょっぴりしんどくて、後ろからの目線がキツイのが苦手な理由。確かに何の支えもなく走ったら消耗しちゃうだろうけど……! 今の私にはトレーナーさんの指示がある。あの人が引いてくれたいくつもの線が見える!
ちょっとだけ目を凝らせばターフに走る何本もの線! どれを辿ればいいか、あの人に教えて貰った!
(そしてこの足を踏み込んだ瞬間! ブライトさんの『領域』が来るッ!)
◇◆◇◆◇
最後方の追込位置、ここでは常にレースを俯瞰できる。
直線では背中が、コーナーではその顔がほんの少しだけ見える。口よりもその横顔は何を考えているのかを教えてくれて、背中は更に詳しくその人物の心を見せてくれる。誰がどのタイミングでティムサ様を罠にかけようとしたのか、どなたがそうなった瞬間に隙間を埋めようとしたのか、どなたがその行為を唾棄すべきものとして見たのか。
本当によく見える。
(それは勿論、ティムサ様のものも。)
一瞬内側に入りそうになった彼女はすぐさま体勢を立て直し、その外側位置のままコーナーに入った。しかし即座に方向を変えてより内側に入り込むことでスタミナ消費を低減。そして直線に入ったタイミングで周りを塞ごうとして動き出した彼女たちの間をすり抜け、最前線へ。
先頭へと、躍り出た。
(確かに、想定外ですわね。)
これまでのレースを見るに、彼女はあまり逃げが得意ではない。しかしながら下がり過ぎるのも好まない。故に前から三番手から五番手ほどの位置を好まれる。確か何かのレース雑誌でのインタビューでも、その様なことをおっしゃっていたはずです。
そのため周りもその言葉を前提に策を出したりしていたはず。……そこに予想外の行動をされれば、少なからず動揺する。サイレンススズカ様という逃げウマ娘がいるため逃げへの対応策も用意されている方はいらっしゃるでしょうが、それをレース中に寸分違わず行う。冷静に進めていくというのは案外難しい。
どんなに長くても私たちの足では2400mに3分もかからぬのです。一瞬一瞬が命取りとなるこの戦いの中で、今先頭に躍り出た彼女のように、突拍子もないことをできる者は少ない。
(……いえ、"突拍子もない"ではありませんね。)
あの背中は、自信に満ち溢れている。しかしながらソレは"自身"に向けられたものではない。おそらく彼女のトレーナー様からの指示なのでしょう。それを強く信じ、選択したが故の背中。
非常に好ましいもの、レース中でなければただ眺めていたでしょう。あのラモーヌお姉様であれば何か言葉を送っていたかもしれない。……しかし、決して眺めるものではない。そう、決して。
背中で語るのはもう飽きたでしょう、いつまでその場を私から取るのですか?
えぇ、理解していますとも。"今"の私では到底勝てぬことなど。
皐月賞からより体を鍛えたようで、確実にこのままでは悪化する。8バ身からより距離を空けられるだけだと理解しています。
「……だからこそ。」
今この時こそ、この目の前の壁を破り、前に進まねばならない。
「領域、展開……ッ!」
>【麗しき花信風】Lv5
現実を私の心象世界で塗りつぶしていく。
けれど、これだけでは足りない。いくら『領域』の強度を上げようとも、限界がある。最高速で負けている以上、いくら『領域』で加速しても勝てない。今の私の冬の世界では、そのあとの春の訪れだけでは、どうしても足りない。もっと前に、もっと速さを!
冬の寒さを、もっと突き詰めて。
春の温かさを、もっと突き詰めて。
この心象世界を、より深く、細かく描写しろ、自身が何者なのかを再定義しろ。
派生させて、繋げて、成長。
今この一瞬で、これまで積み上げてきたものを開花させる!
>スキル『ペースキープ』
覚醒『不屈の心』、再覚醒『不屈のお嬢様』
>スキル『マイペース』
覚醒『泰然自若』、再覚醒『動かざること羊蹄山の若し』
積み上げられたスタミナの分だけ、私は加速する!
「そして、もう一つッ!」
領域を、重ねる。
まだ形も定まっていない、朧げなもう一つの私。今の私の先に存在する、ありえたかもしれない私の力を今の『領域』に重ね、強化するッ!
『二重領域』
>【麗しき花信風】Lv5+【ーーー】Lv1
「何度でも、何度でも挑ませていただきますッ! タヴァティムサ様ッ!」
「ッ!!!」
踏み込んだ瞬間、確実に世界が弾けた。
今いる現実世界が彼女の心象世界へと塗り替えられ、私もそこへと招き込まれる。時間の止まった世界、この前よりもより冬の厳しさが強く描写された世界に、彼女は既に降り立っていた。
これまでは空からパラソルを持ちながら降り立っていた彼女が、最初からそこに。両足でしっかりと地面に足を付けている。もうそれだけで、これまでの彼女とは違うことが強く理解できた。『領域』とは心象世界、自身の心の内を表したもの。そうそう変わるものではないが、変えられぬものではない。
私には永遠に持てぬもの、けれどトレーナーさんのおかげで、知識だけはある。
(覚醒。)
トレーナーさんが零していた、このワード。メロンちゃんと対戦したタイキシャトルという子が至った境地。……ブライトさんも、そこに至ろうとしている。明らかに今の段階では早すぎる力、もっと後に発揮できる力を前借りして、彼女はそこに立っている。
体への負担も、大きいはず。
けれど、彼女はじっと、私のことを見つめていた。そして、挑んできた。
彼女を中心に、氷に包まれた世界が塗り替えられていく。より華やかで、温かい風が私を包み込んでくれる。彼女の自身への厳しさと、他者へのやさしさの表れなのだろうか。敵である私にも、その風は感じられた。
(走ら、ないと。)
自然と、その感情が浮かんでくる。
私が背負っているものは、私だけのものじゃない。ただ憧れだけで走るのではなく、自身が背負ったすべてに責任を持ち、脚を進めなければいけない。彼女の領域を見て、自然とそう思ってしまう。
(応え、ないと。)
彼女は、ブライトさんは私との勝負を望んでいる。彼女は私に勝つために限界を超えて、『覚醒』した。
なら、私も……。
全力を以て、迎え撃つのみ。
「……、受けて立ちますッ!」
領域が解かれる瞬間、振り返って彼女の問いに答える。
私の目の前に描かれていた線が消えていき、残るのは一本の線のみ。このまま一直線でゴールまで駆け抜けるというルート。さっきまで辿っていた第三・最終コーナーに入るころに一旦速度を緩め息を整えるルートではない。彼女が全力で私と戦おうとしている。
私もそれに、応える。
(残り1200、もう止まらない。)
【さぁ折り返し地点と言うところで……、っとここで先頭18番タヴァティムサがペースを上げ始めた。そしてそれを追いかけるようにメジロブライトが後方から6番手へと上がってきました!】
速度を保ちながら、直線を走り抜けコーナーへ。左側の視界に大ケヤキを眺めながら、先頭を走り続ける。後ろからブライトさんが来ているのが解る。決して速度は落とせない。私の強みは最高速ただ一点のみ。そこに到達できれば誰も追いつけない。
(だからこそ―ここでッ!)
最終コーナー、重心をずらし速度を上げながら曲がる。強くなったはずの体が悲鳴をあげるが、そんなもの関係ない。後ろからやって来るブライトさんも同じはず。彼女以外も、同じはず。先頭を走る私が、それを裏切るなんて出来ない。
【第四コーナーからカーブ、直線へと抜けました!】
残り約500mの直線ッ!
まだ、まだ加速が足りないッ! もっと! もっと私は出せる!
【ここで15番メジロブライトが先頭! メジロブライトが先頭へと躍り出た!】
私の右側、外に彼女の存在を感じる。加速力ではそっちの方が上! 一時的だけど、抜かされる! だけど、だけど私の速さは! 強さはこんなもんじゃない! まだ、まだ出せる!
脚を回せタヴァティムサ! トレーナーさんが認めてくれたお前の脚は! こんなもんじゃないだろッ!
ブライトさんに敗けるな! 私ッ!
「あぁぁぁあああああ!!!!!」
「はぁぁぁあああああ!!!!!」
【競り合い! 競り合っているメジロブライトが先頭! 追いかけるタヴァティムサ! しかし、しかしタヴァティムサ速い! 距離が縮まる! 縮まる! 抜き返した! 抜き返した! 抜き去ったぁぁ!!! そのまま先頭でゴールインッ!!!!!】
倒れ込みそうになる体を何とか気力で抑えて、振り返らずにゆっくりとスタンドへと体を向ける。
私が勝ったことを示す様に、背負ったものに恥じぬ様に、二本目の指を掲げた。
〇着順
1 8 18 タヴァティムサ 2:23.1
2 7 15 メジロブライト 2:23.3 1
3 3 5 ケンシジャスティス 2:24.8 9
4 7 14 マチカネフクキタル 2:24.8 ハナ
5 3 6 トッテモガッツ 2:25.0 1
〇ステータス
『タヴァティムサ』 ☆1
芝S ダートE
短G マB 中S 長B
逃B 先S 差C 追F
スピード A+
スタミナ C+
パワー A-
根性 B-
賢さ B
スキル:なし
クラス:ゴールド
主な戦績:ホープフルS、皐月賞、日本ダービー
〇ステータス
『メジロブライト』 ☆6(覚醒強化)
芝S ダートG
短F マC 中A 長A
逃G 先D 差S 追S
スピード B+
スタミナ C-
パワー D+
根性 C+
賢さ C
スキル
【麗しき花信風】Lv5
【---】Lv1
【追込コーナー◎】
【不屈のお嬢様】(覚醒スキル)
【動かざること羊蹄山の若し】(覚醒スキル)
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次回からはトレーナーさんが覚醒してきたチートに対抗するため、またチートし始めます。