転生チートトレーナーはモブウマ娘を三冠にできるのか。   作:サイリウム(夕宙リウム)

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第二章 シニア期
21:バレンタインステークス


 

 

 

 

「東京11R、たしか……。バレンタインステークスでしたっけ? トレーナーさん。」

 

 

ほんの少し曇っていますが、冬の寒さを和らげてくれる暖かな日差しが差し込む午後。今日はティムサとともに東京レース場へと足を運んでいます。

 

 

「えぇ。ちょうどサイレンススズカさんが出走なされますからね、偵察も兼ねて。」

 

「え~! せっかくのデートなのに。」

 

 

だからティムサさん、年頃の女性があまりそういうことを言うのはよくありませんよ。何度も言いますが私たちはトレーナーとウマ娘、生徒と教師のような関係性です。お話の中であればよくある設定、ただの娯楽として楽しんでいただいても大丈夫だとは思いますが、現実に当てはめると問題しかありません。

 

そういったことに興味があるのは理解できますが、気を付けてくださいね。

 

 

「場所を押さえていただいたとはいえ、他の方の目もあります。外からこちらを見ることもできますから、控えてください。」

 

「はーい。」

 

 

少し拗ねたような声を出しながら、そう返すティムサさん。自己主張が以前よりも多くなったことは喜ばしいことですが、こちらを揶揄うような振る舞いが増えたことは問題かもしれませんね。まぁ子供の可愛いお遊びとして見れば微笑ましいものなのですが。

 

現在私たちがいるのは、レース場にある指定席。ガラス張りの先にターフが一望できるような場所です。私個人であればそこまで顔が割れていないため、このまま最前列まで移動してもよかったのですが……、ティムサさんは違います。何と言ってもこれまで無敗の三冠ウマ娘。そして昨年度のジャパンカップで世界の強豪たちをあっさりと薙ぎ払い、そのまま年度代表ウマ娘に選出された方でもあります。

 

もしレース場に現れてしまえばひと騒動起きてしまうのは必至。今日の主役が出走する方々から急に現れたティムサさんに、出走者の方々からすれば迷惑でしかありませんし、ティムサさん自身それを望んでいません。故にあらかじめレース場職員の方にお声がけし、こちらの方に案内してもらった形になります。

 

 

(2月。それにこれから行われるのがOP級ということもあり、あまり人はいませんが……。やろうと思えば記者の方が盗撮紛いなことをするのも可能です。ふるまいには気をつけねばなりません。)

 

「にしてもトレーナーさん。私たち滅多に他の人のレース見に行かないですけど……、よっぽどこのレースは“何か起きる”んですか?」

 

「えぇ、確実に。」

 

 

彼女の言う通り、私が担当の方以外のレースを見に行くことは滅多にありません。さすがに付き合いのある桐生院トレーナー、彼女が担当されているハッピーミークさんのレースは応援にティムサさんたちと行くときはありますが、それ以外で観戦しに行くことはほとんどありません。

 

ある程度映像を見ればその方のステータスなど把握できますし、昨年度『領域』や『覚醒』を土壇場で完成させてきた方々を見ていると、『過去のレースってあまり参考にならないのでは……?』と思う様にもなってしまいました。もちろん情報収集は重要ですが、わざわざ見に行くよりは何度もその映像を見返してデータ化し、普段の練習風景を眺めさらに情報を集める。これを集合してどこまで上がってくるかを予測した方がいいのではないか、と思った次第です。

 

それに、他者を気にするより自己の成長に時間をかけた方がいい時もありますからね。

 

 

(ゆえに今日も来る予定はなかったのですが……。)

 

 

皆さんのトレーニングでの負荷がたまり、休息を入れた方がいいと感じたのが昨日。私が担当させていただいている方々はみな芝適正のみであるため、早くとも3月後半の高松宮記念からレースが始まります。そのため一月前の今はトレーニングを積み重ねる時期ではあるのですが……、あまり根を詰め過ぎては効果が落ちてしまいます。

 

そのため今週の土日は完全なフリーとさせていただきました。

 

クマさんは積んでしまった本を減らすために読書、スタッフさんは実家に帰って両親とご兄弟に顔を見せに、メロンさんはタイキさんに『バーベキューデース!』と言われ拉致……、いや失礼。連れていかれてしまいました。まぁこんな感じで皆さん自由に休日を過ごされるかと思っていたのですが……、ティムサさんだけが私と一緒にいたい、ということでしたので『お出かけ』をさせていただいた形になります。

 

 

(と言ってもティムサさんの調子はすでに絶好調。体力も月曜には完全に回復している予定ですのでテコ入れする必要もない。ティムサさんご自身も特に行きたいところがない様子でしたので……。)

 

 

でしたら偵察に行きましょうか、という形になったわけです。どこまで行っても私たちは競技者であり、アスリートですから。ほんの少しでも勝ちに繋がるのであれば、やらないわけにはいかないでしょう。

 

 

「サイレンススズカさんと言えば、逃げ。しかしこれまではどこか遠慮と言いますか、枷があるような走りでした。……このレースで彼女は、そのすべてを解き放ち、走り抜けるでしょう。」

 

「へぇ。……となると大阪杯あたりですか? 私が当たるのは。」

 

 

さっきまでは少し拗ねたような顔色を浮かべていた彼女でしたが、私の言葉に反応し即座に『競技者としてのタヴァティムサ』の顔を出してくれます。彼女には多くのことを教えました、逃げと先行についての知識はおそらく学園トップクラスでしょう。……学業成績の方もそうなれば安心なんですがね。

 

ともかく、自分ならこのレースをどう走るか、もし戦うのならばどう攻めるか。ほんの少しの情報だけで、彼女はいくつものルートを想定することができるでしょう。その表情からも『サイレンススズカが大逃げした時の対処法』がいくつか思いつけたことが推察できます。……本当に、強くなりましたね。

 

 

「えぇ、早ければそうでしょうね。ただ先日の香港遠征のこともあります。各種重賞を攻め、そこから宝塚に焦点を当ててきてもおかしくはありません。」

 

 

史実であれば、このバレンタインSをもってサイレンススズカが覚醒し始めます。大逃げという強者にしか許されない走りを我が物にした彼女は、ここから順調に勝ち星を重ねていくでしょう。しかしながらそれは史実の話。この世界はすでに決められていたはずのレールから離れ、独自の道を突き進んでいます。

 

過去にも同じ独白をしたような気もしますが、史実は参考程度に収めておくべきでしょう。

 

史実と同じように宝塚記念を決戦の地として選んでくるかもしれませんし、ティムサさんの次走である大阪杯で決着をつけに来るかもしれません。どちらを選ばれたとしても、私がやることはただ一つ。ティムサさんが何が起きようとも勝利できる道を整えるのみです。

 

 

(……そして。この世界には、もう一つ。)

 

 

今日この日。バレンタインステークスから、もう一つの世界。もう一つの“史実”とも呼べるような世界が始まるかもしれません。かの日本総大将と呼ばれることになるだろうウマ娘を中心に展開されていく、『ウマ娘プリティダービー』のアニメ、その第一期。

 

この2月14日は、もしかするとその日。

 

すでにこの世界が史実ではないことは理解しています。しかしながら『こちら』はどうでしょうか。ティムサさんが無敗三冠を達成していたりと、すでにあの世界ともかなり乖離してしまっていますが……、部分的に似通っている点もあるはずです。

 

すでに決心したこの身は、決して誰が相手だろうと手を緩めることなどいたしません。ティムサさんたちをトレーナーとして支えることを決めた今、史実であろうと何であろうと細事。彼女が勝利を望むのであればどんな記録だとしても薙ぎ払う覚悟があります。

 

しかしながらどうしても重ねてしまい、見てしまうものがあるのです。

 

 

(それを確認するためにも、というわけではありませんが……。今日私は、あの世界の。あの物語の始まりに立ち会っている。)

 

 

ほんの少し、感慨深いものがありますね。

 

おそらく今後も、いや今後はより多くこの感覚を味わうことでしょう。ティムサさんたちの育成に悪影響を及ぼすのであれば即座に排除すべき感覚ではありますが、今は一ファンとして、楽しむのもありなのかもしれません。

 

 

「あ、そろそろみたいですよ、トレーナーさん。」

 

「そのようですね。」

 

 

思考を回していると、ティムサさんの声が掛かり、スズカさんたちのパドックが終わったことを教えてくれる。残るはもうほんの少し、彼女たちがゲートに入ってしまえばレースが始まってしまう。1:46.3、もしかするともっと早いかもしれないこのレース。彼女の逃走劇が、今まさに幕を開けようとしている。

 

そして。

 

 

「あれは……。」

 

 

いた。

 

いや、いてしまった。というべきだろうか。

 

ある意味自身がこの力を持つ発端となり、この世界において他の道があったのにも関わらずトレーナーという職を選ぶに至った理由かもしれない相手。

 

レース場のあまりの大きさに、さっきまで持っていた数多くの食べ物を下に落としてしまう彼女。

 

私が前世、ずっと推していた彼女。

 

 

 

スペシャルウィークが、そこに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は朝から散々だった、いや正確に言うと昨日から? まぁとにかく色々あったんです。

 

 

(結局バレンタイン、市販のものになっちゃったよなぁ。)

 

 

菊花賞後のキス大作戦、実行したのは良かったんだけど……。結果は大失敗。いや確かに一歩踏み出せたってのは大きいんだけどね? 次の日『あまりそういうことをしてはいけませんよ。』って普通にトレーナーさんに怒られちゃって……。うん、私の恋心が伝わってないみたいでちょっと悲しかった。

 

 

(いやでも! 好意がなかったら注意されずに無視されてもおかしくはない! つまりお叱りは“愛”の証!)

 

 

メロンちゃんと一緒に作戦を練った大作戦、失敗したのは残念だったけど新たな気付きを得ることができた。トレーナーさんからの愛を再確認できたし、おそらくだけどこれを続けていけば卒業後に、いやうまくいけばもっと早く……、っていう自信も手に入れることができた!

 

それに私の“初めて”はトレーナーさんにあげちゃったわけだ! それを考えると恋敵の桐生院よりもかなり大きくリードしたと言える! へへーん! 私はもうトレーナーさんと、ききき、キスしちゃったもんねー!

 

 

(それでその勢いのままにクリスマスも頑張りたかったんだけど……。)

 

 

年末年始の私たちは、正直とんでもなく忙しかった。私やメロンちゃん、スタッフちゃんのレースは大体11月に終わってたし、12月もはじめの方にスタッフちゃんの重賞があったぐらい。メロンちゃんが二丁拳銃に進化したタイキちゃんにやられかけた以外は特になんの問題もなかった。

 

けれど私が有馬を回避して、その代わりにクマちゃんが出走したことで……。色々あったみたいでね? トレーナーさんがその対応ですごく忙しそうだったの。さすがに『クリスマスの予定空いてますか?』なんて聞けなかった。まぁそれもクマちゃんが有馬を圧勝したおかげで無くなったみたいだけど……。

 

 

(そのあとも忙しかったんだよなぁ。)

 

 

年度代表ウマ娘を発表するパーティだったり、アンクルとかメガホンとかを作ってる会社のCM撮影と宣伝。ライブとかで使う専用曲? ってのの収録もあったっけ。後は三冠ウマ娘ってことでTVとかに呼ばれたり、チームみんなでインタビューを受けたりともう大変。そのほかにも色々お仕事てんこ盛りで、『こ、これが有名税……!』って言いながらメロンちゃんと一緒にぶっ倒れたのはいい思い出……、なのかな?

 

でも“恋”の進展は全然で、パーティの時にトレーナーさんがドレスを褒めてくれたぐらい。いやすっごくうれしかったんだけど、クリスマスとかお正月とかの特大イベントを全部お仕事とトレーニングでつぶしちゃったのは滅茶苦茶痛いと思うの……!

 

 

(だからこそこのバレンタインは全力で頑張る! その予定だったんだけど……。)

 

 

やはりトレーナーさんの一番をゲットするにはチョコにも相当気合を入れなければならない。そう考えた私は保険として、超有名パティシエが作った幻のチョコ(市販品)を確保。その後、手作りチョコの製作に踏み切った。料理全般が得意なスタッフちゃんに友チョコづくりのため、という名目で作り方を教わり、調理方法を覚えていく。

 

 

(思ったよりお菓子作りって手間がかかってびっくりしたよなぁ。)

 

 

なんやかんやあって、スタッフちゃんの教え方が上手かったおかげで友チョコは無事完成。そしてそのあとは……、本命チョコの作成だ。目指すのはもちろんアレ! 『チョコだけじゃなくて私をあげます!』という意思表示に他ならない、私チョコである! ほら、よく人の体にチョコをコーティングした奴あるでしょ? 私をあげますというか、食べちゃってくださいというか……、う、うひー!

 

まぁそんな感じで恥ずかしさに悶えながら早速実践してみたんだけど……。

 

結果としては、見事撃沈。

 

とりあえずまずはチョコを体に塗りたくらないとな、と思って左手に塗ってみたんだけど……。私が塗り付けたのは、湯煎でドロドロに溶けたあちあちのチョコ。案の定大やけどしちゃって保健室に搬送。トレーナーさんから怒られてしまう結果となってしまいました……!

 

何とか『私チョコ』の話は最後まで隠すことができたけど、『そういったイベントごとに熱心なのはいいですが、次回からは大人がいるところでお願いしますよ!』って怒られて……。この通りせっかくのデートなのに左手は包帯でぐるぐる巻き。痕は残らないってことだったから安心だけど……。

 

結局チョコは市販の買っておいたもの。確かにお金はかかってるけどなんか他の子と一緒の『イベントとしてのチョコ』みたいになっちゃったのがなぁ。とっても残念。

 

 

(あ、ちなみにトレーナーさんがもらってたのは私からのチョコと、クマちゃんから市販の、スタッフちゃんから手作り、メロンちゃんから10円チョコをもらってました。後はミークちゃんと桐生院からももらってたんだっけ?)

 

 

トレーナーさん喜んでくれていたけど……、気持ちは伝わったのかなぁ。

 

 

(いや、過ぎちゃったことは忘れて切り替えていかなきゃ! せっかくのデート……、いやコレデートじゃなくて普通に偵察だな。うん。)

 

 

お出かけに連れて行ってもらったのはいいけれど、昨日チョコで怪我した手前あんまり希望を伝えられなかった私。トレーナーさんも火傷した左手を気遣ってくれたのか、お出かけ先も近場のレース場。それにこの指定席確か一番いい所じゃなかったっけ? 椅子もふかふかだし。

 

けどまぁ私たちはアスリートでもあるから、レース場にきちゃえばもう偵察になっちゃうわけで……。

 

 

(こんなことなら『なんかよさげなホテルとかでお食事!』みたいに言っておけばよかった! 私のバカ!)

 

 

正直バカバカと頭をぽかぽかしちゃいたいぐらいだけど、他の人の目もあるしさっきトレーナーさんから注意されたばかり、真面目に偵察して褒めてもらう方にシフトしていかなきゃ。

 

それでえっと、確かサイレンススズカさんを見ればいいんだよね。

 

気を引き締めて、彼女の様子を伺う。確か秋の天皇賞の後に香港に遠征しに行ってたんだっけ。トレーナーさんがわざわざ見に来るほど体に大きな変化が見て取れるわけではないけど……。確かに雰囲気が以前と変わっている様には思える。ダービーの時と比べれば別人だ。

 

 

(……となると、ここからじゃあんまりわからないけど『領域』の強度もしっかり上げてきているに違いない。)

 

 

彼女の領域は確か、先頭に立ち続けることで発動できたもののハズ。それを潰すには私が先に前に出ればいい話なんだけど……、できるだろうか。感覚の話にはなってしまうが、一度彼女に背中を見せつければ『なにくそ!』って思われて再加速してきそうな怖さもある。ブライトさんがレース中に見せてくれた『覚醒』みたいな感じ。

 

 

(多分、今戦えば十分勝てる。けど時間を掛ければちょっとずつ難しくなってきそう。)

 

 

その分私も頑張ればいいんだけど、未だに『覚醒』の爆発力、『領域』の理不尽さは怖い。絶対に勝てないというほどではないけれど、他に敗北につながる条件が重なってしまえば、私の無敗記録はそこで終わりを迎えるだろう。トレーナーさんがここまで連れてきてくれた記録、可能ならば生涯これを貫いていきたい。

 

 

(明日の日曜はフリーで体力を回復させる日、だからトレーニングはできないけど……。)

 

 

もっと、頑張って進み続けないと。月曜からはもっと気合を入れて臨む。

 

トレーナーさんにここまで育ててもらった恩を返すには、レースで示し続けるしか私にはできない。

 

 

 

「そういえばトレーナー……。」

 

 

 

その顔を見て、つい口を閉じてしまう。

 

正直、見たことのないトレーナーさんの顔。はッ! これはもしや……!

 

即座にその視線が向く方向へと顔を向ける。わかる! 恋する乙女にはなんとなくわかっちゃうんだよトレーナーさん! 絶対女の人見てた!!!

 

注意深く探してみると、案の定女性。いやウマ娘。人をかき分け最前列まで移動しようとしている子がいた。……というかあの子普通に『領域使い』じゃん!? え、でも顔見たことのない子だな。そこまで学園の人たちに詳しいわけじゃないけど、大体の領域使いは把握しているつもりだったんだけど……、誰だろ。 

 

 

「トレーナーさん?」

 

「ん、あぁすみませんティムサさん。ぼーっとしていました。何かありましたか?」

 

「いやさっき見てたあの子、知り合いか何かです?」

 

 

女の勘は鋭いんですよトレーナーさん! ……でも、私はできる女! ちゃんと説明してくれたら大丈夫ですし、束縛しすぎると大体悪いことになるって昼ドラで学びました!

 

 

「いえ、ただ少し興味を引いたのと、もったいないなぁ、というのが。ほらあそこ、かなりの数を下に。」

 

「え。あ、ほんとだ。」

 

 

何故かはわからないけれど、おそらくレース場にある売店とかで買い込んだのであろう食べ物たちが地面にぶちまけられちゃってる。容器に入ってたのはまだ大丈夫だろうけど、結構かわいそうなことになっちゃってるな……。あぁ言う売店とか屋台で買う食べ物って少し高いから私たちの懐事情からすると結構高いよね。絶対ショックな奴……。

 

ん? ちょっと待って! 今、『興味を引いた』って!?

 

ももももしかして、浮気!(違う)

 

いや、いやいやいやちょっと待て私。今ここで詰め寄るのは多分『めんどくさい女』だぞ私! さっき束縛したらミスるって考えてたでしょ私! ただでさえトレーナーさんってば鉄壁なんだから! ここでマイナスをひいちゃうとあの憎っくき桐生院に先を越されてしまう……!

 

ここはメロンちゃんから貸してもらった雑誌に書いていた戦法! 『押してダメなら引いてみろ』だ! さらにここに昼ドラで勝ち残ったキャラの『包容力』も追加してやる! みたか桐生院! 私だってレース以外もちゃんと勉強してるんだぞ!

 

アタックしすぎず余裕な態度を保って“大人な女性”を演出するのだ私! いつだって男の人が求めてるのは『帰る場所!』つまりいつでもカモンな状態であることを示すために! ここは引く! いや背中を押すのだ! 脳内メロンちゃんも親指立ててるし、多分あってる!

 

ここでポイントを稼ぎ、桐生院との差をつけ! 圧倒的大差をもってゴールインするんだ私! 無敗三冠だって取れたんだ! 恋のダービーもへっちゃらだい!!!

 

 

 

 

 

「いいですよ、トレーナーさん。スカウトでしょ?」

 

「……顔に出てましたか?」

 

「はい! だってずっと一緒でしたから!」

 

 

 

 

 

よ、よし! 勘が当たった! スカウトで合ってた!

 

 

「あの子のこと初めて見たから、学園でもそんなに有名な子じゃないと思います。もしかしたら地方の子かも。だから多分、フリーなんじゃないですか? ……この前、私たちにも後輩、って話してましたよね。」

 

「えぇ、ですね。」

 

 

ちゃんと聞いても難しすぎてよくわからなかったが、なんでも学園というかURAの方で色々面倒なことが起きているみたいで、トレーナーさんに『おらもっと新人スカウトしろよ。あ、でも全距離全適性を教え子で埋めるとかはやめてね、ほんと……!』みたいなお話が来てたみたい。

 

トレーナーさんとしては『一応私たちも教育者ですからね、皆さんも先輩になることで何か新しい気付き、成長があるのであれば。また新しく来た方がここで成長できるのであれば、考えています。』みたいなことを言ってた。多分、今がその時なんだろう。

 

よしよしよし! イケてる! 私イケてるよ! このまま『理解のある女』で走り抜けてやる! トレーナーさんからの好感度稼いじゃうぞ!!!

 

 

「いいですよ、トレーナーさん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一番人気のあの人、どこにいるのかなぁ!」

 

「お手伝いいたしましょうか?」

 

 

初めての都会、初めての中央。こんな大きな場所で、たくさんの人が集まっている。全部が全部初めてで、びっくりして、はしゃいでしまう。パドックから人が移動してたからついて行ってみたんだけど、もうすぐレースが始まるみたい。

 

パドックで見た一番人気の人、一際輝いていてきれいな髪が特徴的だったあの人。そんな人を探すためか、つい声を上げてしまった私。そんな返事が返ってこないハズの独り言に、後ろから声を返されてしまう。

 

 

「え、誰……。ですか?」

 

 

びっくりして振り返ってみれば、そこにいたのはスーツを着た男の人と、確か私が編入するトレセン学園の制服を着た女の人。あんまりよくは知らないんだけど、確か男の人がつけてるバッジはトレーナーの奴だった気がする。たぶん。……というかなんでウマ娘の人はサングラスかけて腕組みしてるんだろ。包帯巻いてるし。

 

 

「おっと、失礼いたしました。私、こういうものです。トレセン学園にてトレーナーをさせていただいております。」

 

「は、はぁ。」

 

 

つい手渡された名刺を取って覗き込んでしまう。おかあちゃんには口酸っぱく『都会にはいっぱい怖い人がいるんだからね!』って言われたけど……、多分この人ほんとにトレーナーさんだ。なんか名刺に学園のマークついてるし、ちゃんとトレーナーって書いてる。

 

急にトレーナーさんに話しかけられたことに驚いちゃったけど、それを手渡した男の人が何かを指さし、そっちの方を向く。どうやらさっきの疑問について説明してくれるみたいだった。

 

 

「本日の一番人気はサイレンススズカ、8枠12番ですので大外。一番外側のゲートに入りますよ。後は胸のゼッケンの番号と、髪色。それさえ注意すれば大丈夫かと。ほら。」

 

 

 ガコン

 

 

男の人が、そういった瞬間。ゲートが開かれる。

 

そしてその瞬間、飛び出すのはさっきの一番人気の人。

 

どんどんと速度を上げていって、一気に先頭に立っちゃった。

 

 

「うわぁ、すごい! すごいです!」

 

「……やはり、上げてきましたね。」

 

 

とても、早くて、すごい。周りの人もすごい声で応援してて、何もかもまるっきり違う。そんな応援を受けながらスズカさんはずっと先頭に。

 

直線に入ったときほんの少しだけ抜かされそうになっちゃったけど、もっと加速して全部抜き去っちゃった。

 

 

 

(わぁぁ。)

 

 

 

スズカさんが走り抜ける瞬間、世界に光が灯ったような気がして。つい息が漏れてしまう。気が付けばスズカさんが一着で走り抜けていて、観客の人たちの歓声に包まれていた! すごい、すごいすごい! これが中央なんだ!それに……!

 

 

「サイレンススズカさん、あんな人がいるなんて!」

 

「あのように観客の方々に夢を与え、ともに走っていく。これがレースというものです。釈迦に説法、かもしれませんけどね。……よろしければぜひ、学園にて。」

 

「あ、え、はい?」

 

 

急に話しかけられてびっくりしたけど、どうやらさっき親切に教えてくれた男の人はもう帰るみたいだ。学園にて、ってことはまた会うのかもしれないのかな? ……あ、そうだ! お礼、お礼しなきゃ!

 

 

「あ、ちょ、ちょっと。」

 

「あぁ、それと。ウイニングライブの方はご覧になる予定ですか?」

 

「ウイニングライブ!!!」

 

 

知ってる! 知ってる! とってもすごいやつ!

 

 

「それは良かった。こちらは設備もかなり整っていて、大規模ですからね。よろしければそちらの名刺を係員の方にお渡しください、関係者席の方に通していただけるはずです。……いい席ですよ?」

 

「え、え! ほんとですか!?」

 

「はいもちろん、では楽しんで。」

 

 

そのあと係員さんにもらった名刺を見せたら、すぐなんかすごいお部屋に通されちゃった! 最初はちょっと怖かったけど、大画面で映し出されるスズカさんがスポットライトをたくさん浴びて、とんでもない人たちに歓声を浴びている姿は本当にきれい!

 

お母ちゃん! お姉ちゃん! 今日のことは一生忘れない……

 

 

忘れない?

 

 

 

 

 

 

「…………あ。」

 

 

 

 

 

 

門限忘れてたー!!!

 

 

 

 

 

「私ですー! スペシャルウィークですー! 怪しいウマ娘じゃありませんー!!!」

 

 

 

 

しょ、初日から門限破っちゃったべ!!!

 

 

 

 

 

 








〇ナレ敗

謎のアイルランド王族お姉様(ジャパンカップ)
「くッ! 我が女帝の前で失態をさらしてしまった……! こうなったらこっちに移住……、あ。父上。え、ダメ? しょんな……。」

ジャスティス君(有馬記念)
「あの、私のウマ娘化まだですかね? この世界でも結構頑張ったんですけど……。あとクマさんに大差付けられて負けたんですけど……、なにあの人。ティムサさんより怖い。」


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