転生チートトレーナーはモブウマ娘を三冠にできるのか。 作:サイリウム(夕宙リウム)
「あ、トレーナーさん! こっちですよ!」
手を振り場所を教えてくれるティムサさん、彼女に手を振り返しながらそちらの方に向かいます。
本日はスペシャルウィークさんのデビュー日。
彼女にクラシックに進んでいただく、三冠への一歩目である皐月賞に挑んでいただくためには、急ピッチで準備を進める必要がありました。手続きなど少し手間取りましたが……、何とか無事に当日を迎えることができたわけですね。練習期間の短さもさることながら、細細とした出走前の手続きやライブでのパフォーマンスの指導。スぺさんにはかなり無理をさせてしまいましたが……。
(これも彼女の夢をより確実にするため。)
まぁこの急ピッチのため本来の予定だった移動距離の短い東京や中山でデビューが難しく、彼女のデビュー戦は阪神。奇しくも史実と同じレース場となりました。少し移動での負担が大きくなってしまったという懸念点がありますが、これ以上デビューを遅らせると皐月賞が危うくなってしまうため、強行した形になります。
天気も悪く天候は雨、芝状態も稍重となっており少し難しいレース。出走者の方々のステータスを見る限り滅多なことは起きないと理解してはいますが……、やはり不安が残るところ。
(……にしても、やはりこの世界は自身の知るものと違う。)
私が本来師事する予定だった竹林トレーナーが凱旋門賞を制覇していることもそうですが、スペシャルウィークさんも自身が知る境遇ではありませんでした。アニメやアプリでは北海道の地元で一人っ子、周囲にウマ娘が少ない環境でしたが……。この世界では違ったようです。
本人からいくつかお聞きしたのですが、“オースミキャンディ”というお姉さんがいたり、北海道の方のトレセンに入学していたりと、いくつかの差異がありました。そのため多くのウマ娘に囲まれることや、自身より年上の人間に指導されるということに対しある程度の慣れがありました。
自身の想定では、アニメでの展開のように、本当に一からすべてお教えする予定だったのですが……。『お姉ちゃんにたくさん鍛えてもらったんです!』という彼女の言葉の通り、スぺさんは非常に“強い”ウマ娘でした。
まだほんの数週間しかトレーニングのお手伝いはさせて頂いていないのですが……。こちらが、彼女のステータスになります。
〇ステータス(デビュー戦)
『スペシャルウィーク』 ☆3
芝A ダートC
短F マB 中A 長A
逃G 先A 差A 追C
スピード D-
スタミナ D
パワー E
根性 D+
賢さ D-
スキル
【シューティングスター】Lv0
【末脚】
【食いしん坊】
ゲーム内ではGしかないダート適性がCに、またマイル適性もCからBに上がっていますし、すでに末脚と、金スキルである食いしん坊を取得しています。未だ適性やスキルトレーニングを彼女に施していないことから、これは北海道で事前に習得してきた、スぺさんのお姉さんの指導を受けて練り上げて来た能力となりますね。
(私ができたのは、彼女のステータスを平均的に向上させたことのみです。)
ゲームでの育成開始タイミングでのステータスや、ティムサさんたちのスカウト時のステータスと比べれば確かに高かった彼女のステータス。私ができたのはそこから全体的に二段階ほど向上させた程度で、これは昨年度ティムサさんと鎬を削ったメジロブライトさんの、2月ごろのステータスから数歩劣る程度のレベル。
(これまでの彼女の積み上げに比べれば微々たるものでしょう。)
またアニメのようにレース知識から走り方の指導などもお姉さんから教わったらしく、ライブの基本的な動作なども叩き込まれているご様子でした。後は振付を覚え、立ち位置を把握する程度でしたので……、正直この期間中でトレーナーらしいことはあまりできていません。
(……言うなれば、彼女を送り出したお姉さんから引き継いだような形になりますね。より、精進しなければ。)
しかし、2月時点でこのステータスであれば、十二分に皐月賞を狙えます。不安は常に付きまとうものですが、トレーナーの責務はそのすべてを取り払うこと。彼女が何も感じず万全の状態で挑めるように、お手伝いしていくべきでしょう。
っと、ティムサさんに呼ばれているのでした。
「お待たせしました皆さん、場所取りありがとうございます。」
「いえいえ~。」
「こんぐらいはね! んでトレーナーさん、すぺっちの様子どうだった?」
「少々緊張しているご様子でしたが、無事一着で帰ってきてくださると思いますよ。」
皆さんに礼を言い、メロンさんの質問にそう返します。
「にしても……、皆さんかなり印象が変わりましたね。」
そう? と返してくれるメロンさんに頷きを返します。前回のバレンタインSの時も同様のことを気にしていましたが、スぺさんの応援にやってきた我々チーム:アンドロメダのメンバーの4名は非常に人気の高い方々で構成されています。ティムサさん、クマさん、スタッフさん、メロンさん、全員が今を生きるスターと言っていいでしょう。
まだシニア一年目ということでその人気が絶好調、何の対策もなしに町を歩けば即座に人が集まり大騒ぎになってしまいます。ということで本日も皆さんには変装をしていただいているのですが……。
(髪型を変えるだけでかなりイメージが変わりますね。)
普段はしないような少し奇抜な髪型と、濃いめのサングラス。見る人が見れば即座にばれてしまう程度のものですが、遠目から見れば別人です。それに、普段見ない彼女たちの姿をお見せいただいていると考えれば……。何でしょうか、不適切かもしれませんが彼女たちの成長を感じてしまうと言いますか。大きく成られましたね、という感想が出てきます。
「あの、トレーナーさん。ちょっと良いですか?」
そんなことを考えていると、ゲート前で少し緊張しているスぺさんを眺めていた彼女が。ティムサさんが声をかけてくれます。
「……はい、なんでしょう。」
「あの子。スぺがいないから聞けますけど……。」
「あの子。絶対『領域』、使えますよね。」
「……はい。未だ完全に扱えるわけではないようですが、確実にお持ちです。」
「そっか。やっぱり。」
彼女たちは、“持たない”側です。積み上げたステータスと、豊富なスキルによってこれまで勝ち進めてきましたが、『領域』というものは持っているだけで時代を取ることができると言っても過言ではありません。これまでGⅠを勝利してきた方々の多くがそれを所有していることを考えれば、彼女たちが台頭するまではある意味“必須”と言ってもよかったのかもしれません。
自身は、知識が。史実という世界や、ゲームという基準がある故に、『領域』だけですべてが決まるとは思っていません。むしろ『領域』は単なる補助の一つ。スキルの一つでしかなく、そのほかの適性やステータス、スキルをどれだけ積み上げることで勝利が決まることを知っています。
ですが……。
彼女たちにとっては、非常に大きな存在でしょう。
「やっぱり、私たちレースで何度も体感してるせいか。……なんとなくわかるんです。持っているか、持っていないか。まぁ別に、それで彼女への対応とか付き合いが変わるわけじゃないですけど……。一つだけ、お願いしてもいいですか?」
「……もちろん。」
「私を、いや私たちを。絶対にあの子に負けないくらい強くしてください。」
……ウマ娘の成長は、いずれ止まり、そして下降します。史実の馬と同じく、生き物である限り限界は存在し、いずれ衰えが見えるのは仕方のないこと。彼女たちもいずれ、そうなる日が来るでしょう。
同じトレーナーの教えを受ける以上、育成方針は被ります。そして育成方針が似れば、その力量、到達点というのも似てくるでしょう。個々人に合わせたメニューを定めてはいますが、極めていけば同じ頂点に繋がるのは必至。そしてその際の“差”になってしまうのが、ティムサさんは持たず、スぺさんが持つ、『領域』。
ですがおそらく、いや確実に、彼女はそれを含め、言っているのでしょう。
「後輩に負けちゃう先輩って、ちょっと嫌で……。できるならずっとこのままで、トレーナーさんにもらった称号は、ずっと守り続けたいんです。あの子もトレーナーさんに教えてもらうわけだから、絶対に強くなる。領域も持ってるから、もしかしたら私より上に。でも……。」
「負けたく、ないんです。」
「……わかりました。」
そもそも、トレーナーというものは担当の方の願いを形にするものです。それが何であろうとも、十全を尽くし完遂するのが目的。今までと、なんら変わりはありません。
ティムサさんの願いを叶え、同時にスぺさんの想いも叶える。両方完璧にこなしてこそ、トレーナーという者でしょう。
「では、次の目標は生涯無敗と行きましょうか。ティムサさん。」
「はい! ……え? いやいやそ、そこまでは言ってないですよ私!?」
「いえ、お気になさらず。ティムサさんなら、皆さんなら可能ですから。」
「ふふ、いいですねぇ。生涯無敗。私たちも望んじゃっていいんですか~?」
「はい、もちろん。」
「そりゃいい。と、いってもメロンはもう無理だが。」
「ちょッ! スタッフちゃん!?」
「その件については本当に申し訳なく……」
「あぁもうトレーナーさん曇っちゃったじゃんかぁ!」
◇◆◇◆◇
「あ~、クソだりぃ。」
場所は変わり、トレセン学園へ。同世代の中でもしかすると一番柄が悪いかもしれないキンイロリョテイは、一人ターフを走っていた……、が。どうもやる気がなさそうである。体の調子は常に絶好調ではあったのだが、どうも気分が乗らない。
まぁそれもそのはず。
何と言ったって、今日だけでロイヤルビタージュース12杯目。少し目をやれば“例の容器”とカップケーキの空容器が散乱して山になっており、ストレス発散の餌食になった彼女のトレーナーが地面に埋まっている。
なおRBJを購入し飲んだのはリョテイ本人であり、むしろトレーナーは『これだけなら辛いよね』と思ってカップケーキを山ほど買ってきてあげていた。マジでただのとばっちりである。
(このアンクル、確かに有用だが……。どう考えても体力を消費しすぎる。俺はあのクソまずいので何とかできるが、普通じゃ一杯飲んだだけでも戻しちまうような不味さだ。んなもん商品化するなよ、と言いたいところだが……。効果がやべぇ。)
ゲーム時代でも体力を100、ほぼ全回復してくるような劇薬。RBJ。これはこちらの世界でも猛威を振るっており、死ぬほどまずいというデメリットを除けば、部分的にかのチート持ちトレーナーと同様のトレーニングを施すことが可能になっている。
彼の場合は『適切に回復させ常に安全圏を維持し続ける』というもので、RBJは『無理やり毎ターン全回復する』という荒業ではあったが、不可能が可能になったことは非常に大きい。
この『不味さだけを許容できれば何でもできる』という点に注目したリョテイはトレーナーこと“人間”の尻を蹴り、販売元のYOUCAREに直談判。RBJの公式イメージキャラクターに就任することでほぼ無制限に劇物を入手できるようになった。
そして、ほぼティムサ達専用の機器も。
今リョテイが纏っているものはただのアンクルやジャージではない。ティムサ達が常用しており、スぺの目の前で脱いでみせた改造ジャージと、圧縮アンクル。市販されている品よりも重く、体力をより多く消費する代わりにトレーニング効果を上げた代物である。
(おかげさまで……、あの菊花賞。あの時の無敗三冠サマと同等、それ以上に達することができた面もあるが……、あちらさんも同様に上げてきてるはずだ。それに、俺ができたってことは、あのメジロの悲願サマや、うるせぇ占い野郎も同様に叩きあげてきてるに違いねぇ。)
(ここから勝ちに行くためには……、やはり『領域』。俺だけの三重領域を固めるしかない。だが……。)
思考を回しながら、大きく足を踏み込みスピードを上げる。
それと同時に自身の本能を、魂を叩き起こし、『領域』を発動させようとする彼女だったが……。
パン、という何かが弾けるような音。
開かれるはずだった三つの世界が、掻き消える。
(やっぱり、“レース”じゃねぇと発動しねぇなぁオイ! この我儘どもが! ぶっ潰してやろうか! ……あいつらと俺と、確実に『領域』の仕組みが違う、か。)
ゆっくりと速度を下げながら、開こうとしていた“魂”を収めていくキンイロリョテイ。彼女は昨年度のジャパンカップ、そして有馬記念にも出走し、『領域』を発動させレースに出たのだが……、チーム:アンドロメダに一位を取られるという結果に収まっている。
その後史実を無視するかのように何本かレースを挟んだ彼女は、自身の領域とそれ以外の『領域』についての差異を理解し始めていた。まるで自分の中に眠っている存在に、もっと他の名前があるような。一つの体に複数の存在、可能性、姿、もっと多くの者が入り混じっているような、そんな不思議な感覚を得ていたのである。
「……まぁいい。じゃじゃウマじゃなけりゃ面白味がねぇ。レースでしか出てこないつもりなら、そうしてやるよ。出走して叩き直して、使いこなす。それがリョテイ様ってもんだ。」
ぐるっとターフを回り、ゆっくりと速度を落としながら地面に埋められたトレーナーの脚部を通り過ぎていく。ピクリとも動かないトレーナーにみじんも興味を示さない彼女は、地面に転がっていた未開封のRBJを手に取った。即座にそれを飲み干し、一瞬だけ真っ青になった顔を隠すように、無理やり特上のカップケーキを一口で頬張る。
詳しい仕組みはおそらく製造元しか理解していないだろうが、とにかくこれで全回復だ。
「チィ! 飽きてきたなコイツ。おい人間! 次は違う味買ってこい!」
言いたいことだけをいい、そのままターフへと戻っていくリョテイ。言葉は厳しいが、たぶん、おそらく、トレーナーとの信頼関係がそこにあるのだろう。……あるよね? あ、ちなみに彼は無傷ですし、気絶してるだけです。
(次は、大阪杯か。……微妙なレースになりそうだな。)
キンイロリョテイの次走は、大阪杯。かの無敗三冠も出走するレースだ。
しかし去年のクラシックでティムサと鎬を削った多くがその出走を回避したレースでもある。フクキタルとブライトは得意距離である春の天皇賞へと矛先を定め、覚醒を始めたサイレンススズカ陣営は最大限勢いを付けさせるため、対戦を避けた。(あと同室のスぺが急にアンドロメダに入って『嘘でしょ!?』にスズカさんがなっちゃったため。)
主な出走有力ウマ娘は女帝エアグルーヴに、ティアラ路線に於いてのシルバークイーンであるメジロドーベル。確かに強敵ではあるが……、リョテイからすれば。いやティムサの対戦相手としては少し物足りない相手だと考えていた。
(奴が、ティムサがいなけりゃ女帝だ。が、女帝は女帝で今の“環境”への適応が遅いように見える。俺らはバケモノとやり合えたおかげで跳ねる機会を早めに得たが、女帝が奴らと対戦したのは冬だ。ちっとばかしギアを掛けるのが遅くてもおかしくねぇ。まぁそれでも仕上げてくるのが女帝だろうが……。どこかで躓いて一歩でも遅れれば、簡単に刈り取られちまうだろう。)
(んでドーベルの方だが……。『領域』はあるし対戦経験もあるが、ちぃとばかし負け癖がついてるように見えた。まぁメロンだったか? それにやられたと思えば急にクマっていう長距離野郎が自分の適性外で蹂躙していったんだ。そりゃ思うところもあるだろう。メジロゆえに整えては来るだろうし、“環境”への適応も早いだろうが……。)
どちらも、ティムサの対戦相手としては物足りない。
いやリョテイ自身を含めて、今のトゥインクルを走る者たちで、あのチームと真っ向から勝負できる奴は少ない。むしろほぼいないと言ってもいいと彼女は考えていた。少なくともアンクルが普及し始めた今の“環境”に取り残されている奴は、絶対に勝てないと。そして今後展開されるであろう新たな“環境”。あのチート野郎が発表するものに食らいつかないと勝てない、そう彼女は判断する。
(だがまぁ……、あいつらも薄々、同じこと思ってるだろうがな?)
強者故の、慢心。
完全に離れてしまった実力差の上にある、確実な勝利。確かにその確率は100に近いのだろうが……、レースである限り、絶対はない。
故に狙うのは、ジャイアントキリング。
(とりあえず、出走しまくる。奴らのそばで走り続けることで、クソったれな俺の“領域”を叩き直して、使えるようにする。そしてそれを使いこなし、隙を突く。それが俺の基本方針。チマチマしててイラつくが、それであの無敗さんたちの吠え面が見れるんだったらやらねぇ理由はねぇ。)
楽しそうに笑う、リョテイ。
彼女の陰には、いくつもの可能性が、笑い蠢いていた。
大阪杯が、シニア王道の最初のGⅠが、今始まる。
〇新タヴァティムサのひみつ・3
実は「変装だから!」といって無理やりトレーナーさんを彼氏役にした(みんな巻き込んで頑張った)。でも仕方なく役を演じたトレーナーの「では行きましょうか、レディ?」と言う言葉に爆発、赤面轟沈した。無事大差勝ちして帰ってきたスぺに「何してるんだろ?」ととても不思議がられたご様子。
〇スペシャルウィークのひみつ・1
勝利後、お母ちゃんとお姉ちゃんからお祝いの電話もらってニコニコ。すでにアンドロメダの食事量に適応しつつある。なお大差勝ちしたことにより周囲からの警戒度超上昇。