「私、
黒板にでかでかと書いてある『桃神司(はあと)』の文字。
それを背に少女が手とアホ毛を振る。
苦笑いを消せ切れない教師が質問があるかクラスに聞いた。
「好きな食べ物は……桃です!! でも料理は……作るのより食べるのが好き!!」
実にはきはきとしゃべっている。
普通ならば快活という印象を与えるだろうが、今回に限っては違う。
桃神司は一人でしゃべっているだけである。
質問など誰もしてない。
好きな食べ物なんてベタな質問、今日び誰もしないのである。
(なんなの……この子……?)
クラスの一番後ろの窓際の席。
自分の隣の席が意味あり気に空いているので、イヤな予感はしている。
蒼乃はもう一度、まじまじと転校生を見つめた。
桃色の髪と瞳が珍しいのだとか、転校生のテンションがやたら高いとかもあるけど、それだけじゃあない。
一番はアホ毛だ。
前頭部から不自然に飛び出したそれは、50cmを越えた当たりで急激にカーブ。
急転直下で地面に突き刺さるしなやかな弧を描き、地面に激突せんかのところで再び急上昇。
一回転するように転校生の頭の上まで毛先は伸びていた。
もはや毛と言っていいのか疑わしい。
「あ!! ごめんねみんな!! 私ってばおしゃべりすると止まらなくなっちゃって……てへ」
少女が頬をポリポリとかく、アホ毛で。
「そのアホ毛には神経
普段は混沌としているクラスが神妙な雰囲気に包まれる。
先生は軽い
これだけの奇異(アホ毛)を見せられているのだから、当然だった。
一方、原因の転校生だけはそんなことにも気づかずニコニコと質問を待っているのだった。
(どうしよう……何か聞く?)
蒼乃実里は普段自分からは発言しないタイプである。
授業だって最低限しかしゃべらないし、家にはまっすぐ帰る。(このご時世だし)
マイペースを信条とするクール系小学生を
質問しようかと思ったのは気まぐれだと自分に言い聞かせていた。
早まる胸の鼓動にも気づかぬまま。
「あ!!」と転校生がアホ毛をピーンと伸ばして天井に突き立てた。
先生が一瞬ふらっと倒れかけたのは気のせいということにしよう。
「大事なことを言うのを忘れてたー!!」と桃神が大げさに頭を抱えた。
まさかそのアホ毛について解説してくれるのか? クラスに
アホ毛をシュルシュルと戻した後(掃除機か?)、桃神司が口を開いた。
「私!! 魔法少女をやってます!! この辺りでおかしなことが起きたりしたら私に知らせてください!! ヨロシク!!」
……。
…………。
……………………。
沈黙。
おばあちゃんの葬式がこんなだった。
蒼乃実里は心底質問しなくて良かったと思うのだった。
下手に仲良くなっていたら魔法少女の仲間と陰口を叩かれるのはウケあいだ。
桃神司はヤベーやつ。
そんな共通理解が教室を包んでいた。
「あれ? 先生が立ったまま気絶している!! 保健室に連れて行かなきゃ!!」
そんな感じで転校生の自己紹介は終わった。
席は案の定、蒼乃の隣だった。
●
下校の時刻になった。
クール系を心の中で標榜する蒼乃は帰る準備を速やかに済ませランドセルを背負う。
最近は物騒だし学校からも早く帰るように言われている。
が、桃色のアホ毛が正面を横断する。
「お前は妖怪か」
さすがに失礼なので蒼乃は喉元まで出たその言葉をぐっと飲み込むのだった。
「蒼乃さん!! いっしょに帰ろうよー!!」
「……私、帰るの一人だから」
「ええー!! だったらなおさらだよ~!! 何だか周りの人達、すごい勢いで帰っちゃったし……」
(それはそうでしょ……)
明らかに人とは思えぬアホ毛を操るピンク髪の自称魔法少女がいるのだ。
関わりたくないのが正直なところだろう。
当の本人はうーんとアゴをアホ毛でさすっているが、「それだよ」と言いたくなる。
授業でアホ毛を上げる(手を上げる代わりか?)たびにクラスに
「……だいたい家がいっしょの方向かわからないし」
「ええー? いっしょのところまででいいから!! 校門の前まででも!!」
蒼乃は一緒に帰ることにした。
しゅるしゅるとアホ毛が蒼乃を囲みだし、身の危険を感じたからだ。
本当にこの娘、魔法少女というより妖怪だろ。
帰りながらの会話は、お世辞にも弾んだとは言えなかった。
好きな桃の品種とかいうキャラづくりとしか思えない話題に、蒼乃は適当に
確かに魔法少女は桃色ってイメージはあるけど限度があるだろ。
「JISの色彩規格でね……!!」じゃあないんだよ。
「……」
「どうしたの蒼乃さん? あ、わかった!! お腹が減ったんだね!!」
「普通に違う。私の家、ここだから」
蒼乃の表札を指させば、桃神はポンとアホ毛でアホ毛を叩く。
本当にどうなってるんだ、そのアホ毛。
「桃神さん、あなたが人懐っこいのはわかったけど……ここでお別れ。後は一人で帰って」
「ええー!! そうなんだ!! うーん……」
「……どうしたの? まさか家がわからないとか言わないでよね?」
学校に来た以上、帰ることもできるはずだが……。
この転校生には常識を当てはめない方が良い。
桃神の言葉を待てば、アホ毛を何やらモジモジさせている。
一瞬、可愛らしく思ったがよく考えるとかなりシュールだった。
桃神が口を開く。
「いや、蒼乃さんと別れるの寂しいな~って思っただけ」
「え……? 私と……?」
「うん!! 今日一番仲良くしてくれたのは蒼乃さんだから!!」
「私は別に何も……」
蒼乃が今日一日を振り返る。
自分がやったことと言えば、体育のストレッチでアホ毛に巻き付かれたことくらいだ。
それでも目の前の少女にとっては嬉しかった……らしい。
(考えてもみれば転校初日なんだし当たり前……なのかな)
「あ!! 蒼乃さん電話か何か持ってる!? えーっと、番号? え? 何? いいや、番号とか持ってたら教えて!!」
(電話か何かって何よ……)
何やら不自然な話し方だが、伸縮自在のアホ毛に比べればささいなことだろう。
ぎこちなく取り出したそれの連絡先を伝える。
「あなたのは……?」
「あ、私はこれで通話できるから!! 糸電話ならぬ髪の毛電話で……!! え……? 普通にスマホを持ってることにしろ? なるほどぉ……」
「桃神さん、さっきから独り言が多いけど……大丈夫? いろいろと」
番号を教えない方がよかったやつか……? と不安がよぎる。
「もうこんな時間!! 私も急いで帰らなきゃ!! 蒼乃さん、何か変わったことがあったらすぐに教えてね!! それじゃ、バイバイ!!」
「あ……」
アホ毛をぶんぶん振りながら桃神が走り去っていく。
さよならを言う間もなく、蒼乃の視界から消えてしまった。
「変な子……」
やたら声がでかくて、非常識で、アホ毛がぐねぐね動いて、魔法少女を名乗っていた女の子。
……でも、そんな
家の鍵を開けて中に入る。
ただいまは言わない。
誰もいないのに、言ってもむなしくなるだけだから。