公園。
子供にとっても娯楽の少ない某県某市において最も無難な遊び場。
遊具で漫然とぶらぶらしたり、危なくない程度に走り回ったり、ベンチでぼーっとするのが主な遊び方である。
そこに四人の少女がいた。
サングラスをかけた桃色の少女が、残り三人に発声を促す。
そう、これはごっこ遊びなどではない。
本気で魔法少女になるための特訓なのだ――。
「うおおおお!! 桃栗三年!! 柿八年!! 魔法少女柿原恵ーーーー!!」
少女が叫ぶ。
無論、叫んでいるだけである。
「いいよカッキー!! りきみすぎないように気を付けて!! 魔法少女は……こう、ふわふわできゃぴきゃぴだから!!」
「あ、甘いイチゴのようなひと時を……。はずっ。(はいそこ恥ずかしがらない!!) うう……魔法……少女……苺谷彩……。なんの罰ゲームですか!! これ!!」
「……。魔法少女の名乗りは魔法少女の誇り。彩ちゃんがいつかその『良さ』に気づいてくれると、私は信じてるから……!!」
「そ、そんなつもりで言ったワケじゃ……。ただその……私が恥ずかしいってだけで」
「いいよ!! 彩ちゃんは優しい子だなあ~。さ、もう一回やろっか!! 名乗り!!」
「あううう……結局そうなるの~」
親睦を深める少女達。
無垢なる笑顔が、そこにあった。
一人はみんなのために。
みんなは一人のために。
魔法少女 is forever.
そして、三人がワチャワチャしている横で仏頂面の少女とて例外ではないのだ。
さあ、今こそ純粋で無垢たる宣言を――。
「いや、何この茶番」
「ああー!! 蒼乃さん!! こういうのはノリだよ!! ノリ!! 魔法少女に必要なのは……想いの力とその場のノリなんだよぉーーーー!!」
「そ、そんなに絶叫されても……」
おかしなテンションになっている桃神に若干引く蒼乃。
何でこんなことになってしまったのか……。
結局、本物魔法少女の提唱した手段はいたってシンプル。
「まずは変身した時の名乗りを考えてみよう!!」だった。
蒼乃自身、初めて変身した時にすらすら名乗り上げるアニメにツッコミを入れたことはあるが、あらかじめ考えていたなら納得がいく。
そして、魔法少女が漏れなく名乗り上げている以上、逆説的に名乗りを考えた者だけが魔法少女になるといえるのだ。
でなければ、蒼乃達は公園で無意味に謎の雄たけびを発する一団になる。
「こんなことで魔法少女になれるとは思えないけど……」
「蒼乃さん!! こういうのは形からだから!! 何ならフリフリのドレスを着て……」
「そ、それはいいから!! 私達、年いくつだと思ってるの!!」
思わず出てしまった一言。
とはいえ、桃神と蒼乃も気ごころ知れた仲になった。
「そんなこと言わずに~」と蒼乃の手を取り、くるくると回す。
それでこの件は終わり……とはならなかった。
気付いていなかった。
四人のうちの一人がとても悲しい瞳をしていることに。
「……。そうですよね。この年で、かわいいお洋服に憧れるなんて変ですよね」
苺谷彩が下を向いてプルプル震えていた。
「え? 別に変じゃないけど……」
「かっこいい掛け声を出して……本当に変身して悪いやつらをバンバン倒すのを妄想しているなんて……変ですよね」
「……」
それは少し変かもしれない。
不幸にもこの時、フォローを入れるべき柿原は桃神とワチャワチャしていた。
だから蒼乃が苺谷と話したのだが――。
「いや、まあ、そういう人もいるかもしれないけど私達は違うじゃん。苺谷さんもイヤだったらはっきり言った方が良いと思う。私から桃神さんに言っとくから。こんな子供じみたお遊戯やめて真面目に魔法少女になる方法を考えようって」
「うう、ぐすっ!! そうですよね!! 子供じみた……お遊戯で……ずず!!」
「え……!?」
苺谷は泣いていた。
鼻水を垂らして泣いていた。
さすがに気づいた二人が寄ってくる。
特に柿原がタックルする勢いで。
「蒼乃ーーーー!! お前、彩に何を言ったーーーー!!」
「わ、私は別に……!! 苺谷さんがイヤじゃないかってこんな練習止めないかって……!! こんなの今日び、小さな子供だってやらないでしょ!!」
「ずず……ずずず!! そうですよねええええぇぇぇぇ!! こんな子供じみたこと私がやるわけ……ぐすうううううぅぅぅぅ!!」
「余計に悪化した!?」
顔をくしゃくしゃにして鼻水をすする苺谷に、蒼乃はたじろぐばかり。
そもそもどうして彼女が泣いているのかわかってないのだ。
「そ、そんなに魔法少女をやるのがイヤだったの!? ごめんね苺谷さん!!」
「わたしは……わたしは……」
「うわああああぁぁぁぁん……!!」
走り去る苺谷の背中をただ見送ることしかできない。
「やっちまったなミノリン……。彩のことは私に任せてくれ」
「いや、その、待ってよ。私はただ気をきかせて名乗り上げだなんて子供じみたのは止めてもいいって……」
「彩は現役で日曜朝からやってる女児向けアニメを見てるんだよ!!」
「え……!? 苺谷さんが現役で日曜朝からやってる女児向けアニメを見ている!?」
初耳だった。
だから全ては勘違いだったのだ。
苺谷彩は魔法少女がイヤだから恥ずかしがっていたのではない。
あまりにも憧れを抱いていたが故に、恐れ多かったのだ。
だからこそ、魔法少女にとって名乗り上げが重要であるとわかっていた――。
というか前の戦いの応援でも言ってた気がする。
アレの名前を。
「とにかく!! 彩のことは私に任せてくれ!! 後でちゃんと仲直りしろよ!! じゃ!!」
「あ……」
どうするか迷っている間にも柿原恵は行ってしまった。
後に残されたのは呆然とする蒼乃と、桃神だけだ。
桃神のアホ毛が静かに垂れる。
その様子はどこか寂しげに見えた。
●
ブランコは不思議だ。
小さな頃はあんなに楽しかったはずなのに、ある日からぱったりと興味がなくなってしまう。
蒼乃実里と桃神司は、どちらかともなくブランコに乗り、その身を預けていた。
いつもは元気の桃神も、なぜだか静かだった。
あるいは蒼乃に気をつかってあえてしゃべらかったのかもしれない。
だから、突然に桃神がしゃべり出したのもまた、同じ理由なのかもしれなかった。
「カッキーと彩ちゃん、戻ってこないね」
「……うん」
「蒼乃さん、彩ちゃんのことを心配してるの? 大丈夫!! カッキーと彩ちゃんは長い間友達なんだし、きっと何とかして……」
「桃神さんは?」
「え?」
「桃神さんは思わないの? 私が酷いやつだって」
別に蒼乃も悪気があったわけではない。
今回の件は不幸な事故。
そう片づけることだってできなくはない。
だが、蒼乃自身はそれを許さない。
相手のことを知らなかったとはいえ、傷つけることを言ってしまった。
過程がどうであれ、間違いは間違いだというのが蒼乃の根本的な思想だった。
幼稚園のころに魔法少女の絵を引き裂いたのだってそうだ。
どうして自分がそんなことをしたのかは思い出せないが、間違いなく自分は悪いことをしたのだ。
罪の記憶は頭の中にこびりついて、きっとこれからも忘れることはない。
蒼乃が桃神に問いかけたのは自分を叱ってほしかったからだ。
誰かに断言してもらったら、いっそ気分が軽くなるだろうと考えたからだ。
でも、桃神司は微笑んで言うのだ。
「蒼乃さんは酷くなんかないよ。私を何度も助けてくれた」
「でも……!! 私、これからもみんなに迷惑をかけるかも……!! こういう時にどうしたらいいのか、わからなくて……!!」
「蒼乃さんは、どうしたいの?」
「え?」
思ってもみなかった一言。
いろいろ考えているつもりだったが、なぜだか思い至らなかった。
それがつまり、問題の核心のような気がした。
「確かに彩ちゃんの気持ちは大切だよ。でもね、蒼乃さんの気持ちも同じくらい大切だと私は思うんだ」
「私の気持ち……」
本当に目をそらしていたこと。
自分の本当にやりたいこと。
こうやって悩んで、愚痴を吐いて、すっきりしたかったのか?
誰かが解決してくれるまで、ずっと待ちたかったのか?
そんな自分が、嫌いなはずだった。
「私は……苺谷さんに謝りたい」
「じゃあ、決まりだね!! 彩ちゃんとカッキーを探しにレッツゴォー!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ……!! まだ心の準備が……!!」
アホ毛に引きづられるも、足で思いっきりブレーキをかける。
立ち止まって深呼吸。
もう一度気持ちを落ち着ける。
「ケンカしたのを謝るのってモンスターと戦うのより勇気がいるかも……」
口に出してからはっとする。
今のはさすがに本物の魔法少女には失礼だったか。
自分はまた――なんて考えている蒼乃に、桃神はアホ毛まで湾曲させてにっこり微笑むのだった。
「ううん、きっとそれが正しいんだと思う」
二人は並んで歩き出した。
●
その時はすぐに訪れた。
苺谷は柿原に連れてこられる形でこちらに向かってきていたのだ。
「蒼乃さん……!!」
「うん……!!」
第一声は決めていた。
そうしないと、先を越されそうだったから。
「ごめんなさい!!」「ごめん!! 蒼乃さん!!」
……。
あれ?
おずおずと下げた頭を上げる蒼乃。
視線の先の少女もまた、気まずそうにしていた。
その顔はまだ若干
「二人とも同じことを考えてたんだね!!」「ぷっ……彩のやつ、私から謝るって意気込んでたのに……」
苺谷が隣の少女をポカポカ叩く。
そんな姿を微笑ましく思うが、これでうやむやにしてはいけないと思った。
ことの発端は、自分なのだ。
「苺谷さん、本当にごめんね。私、苺谷さんのことを知らなくて……ううん、知らなくてももっと知ろうとするべきだったのに……」
「いいんです!! 私も見栄を張っちゃって……!! これからも、仲良くしてくれますか……?」
「もちろん!!」とできる限り元気に答える。
雨降って地固まる。
魔法少女にとっての修行は戦うことではない。
こうして日常を紡いでいくことが、力になっていくのだ。
何かを守りたいと思う気持ちへと――。
「ところでさ、苺谷さんが見ている日曜朝の女児向けアニメって……アレ?」
「はい、アレです」
「むしろ他になんだと思ったんだ?」
「そうだ!! 私達みんなでアレになりませんか!?」
「え!?」
思わず苺谷の顔をみるも、その瞳はあまりにも澄んでいた。
この女は本気らしかった。
本気でアレになろうとしているのだ。
魔法少女ではなく、アレに。
ならば、それに応えるしかない。
「わかったわ!! なんか変身するんだったら魔法少女と同じでしょ!! 桃神さん、頼んだわ!!」
「やった!! 桃神さん!! 頼みます!! 必要だったら家からグッズ持ってきます!!」
「モモガー、この通りだ。彩のためにちょっとアレになってくれないか?」
「桃神さん!!」「モモガー!!」「ぷいきゅあーーーー!!」
「……」
「私はプ〇キュアじゃないよ~~~~!!!!」
魔法少女の雄たけびが辺りに響くのだった。
●
「どうやら絆は深まったようね……これで次の段階にいけるかしら……。あ、いけ!! 差せ!! そこだ!! いけいけいけいけいけいけ!! あーーーーーーっ!! 負けたぁ……とほほ~」