河川敷に戻った蒼乃。
自称妖精は改めて全員に究極変身の説明をする。
曰く、桃神が真の力を解放して時空から怪物を完全に浄化する技――それが究極変身。
そのために各人の『想い出』の品が必要だったのだ。
『想い出』の品は自称妖精に回収された。
決戦のため、異空間できちんと保管するから、と。
秘密基地を作る話は決戦が近いからとうやむやにされてしまった。
自称妖精は蒼乃が乗り気になれば何でもよかったのかもしれない。
「実はやばいタイプの妖精なのか……?」と柿原や苺谷が不信感を表す一方で、蒼乃は何も言えなかった。
自称妖精はこの時空を平和にするためにやっているし、戦いが終われば桃神を解放すると言っている。
何より横にいる桃神司はニコニコといつもの笑みを浮かべているのだ。
まだまだ寒さが残る季節。
冷たい風はアホ毛を揺らしていた。
●
その日の某県某市は雪だった。
母親に早めに帰ってくるように小言を言われながら、蒼乃は出掛けた。
目的はある少女と会うためだ。
待ち合わせは駅前の像。
遠目でもすぐわかるアホ毛をぶんぶんと振りながら、こちらに気づいた少女が駆けよってくる。
「蒼乃さん!! こんにちは!! 今日も寒いね!!」
「うん。……待たせちゃったかな?」
「ううん!! 私も今来たところだから!!」
……なんてベタな会話に思わず笑みが漏れる。
桃神も同じ気持ちだったのか笑顔を返してくれた。
「じゃあ行こっか」
「うん!!」
「アホ毛」
「え?」
「いや、今日はマフラーやんないのかなって」
「ふふ、じゃあお言葉に甘えて……」
アホ毛が二人の首に巻き付く。
即席のマフラーの完成だ。
そっとアホ毛に手を伸ばす。
温かい。
考えてもみれば、桃神の転校初日からずっと自分を包んでくれたのかもしれなかった。
最初は変だと思っていた。
でも、今はこういうのも良いかなって思えるのだ。
だって、これは桃神司が桃神司であることの何よりの証明だから。
少女達は歩き出す。
行き先は決めてない。
どこだってきっと楽しい場所だ。
●
「今日はいろんなところに行ったね、蒼乃さん!!」
「うん……」
カフェの中。
言うまでもなく、異空間ではなく駅内部にある普通のものだ。
コーヒーにミルクを注ぎながら、何とはなしに聞いてみる。
「二人っきりで街を遊ぶの、何だか最初のころを思い出すね」
「蒼乃さんとこれが最後!! ってなるはずの時だったよね!! あの時はびっくりしたなあ」
そんなこともあった。
結局未遂で終わったわけだけど。
考えてもみれば、あの時に桃神と別れない選択をしたからこそ、こうして蒼乃は桃神の机を挟んで向かい合っている。
ピーチジュースをチューチュー飲んでいる少女。
自分の世界を広げてくれた魔法少女に。
……
小学生にとっては。
「柿原さんと苺谷さんは元気にしてるのかなあ」
「うん!! 二人で遊んでるって言ってたし!! ……ちょっとワガママ言っちゃったかもだけど」
土曜日の今日は決戦前日だ。
だから今日だけは桃神と二人でいさせてほしいとお願いをしたのだ。
「麻雀やりたかったのにな~」と冗談めかしつつも、心地よく受け入れてくれた友達に感謝しないといけない。
……自称妖精が言うには明日にモンスターの親玉がこの街にやってくるらしい。
それを知っているのはこの街、いや、この世界で蒼乃たちだけだ。
大人達に伝えても信じてもらえないだろうし、逆に混乱するだろうという判断だった。
この選択が間違いではないと今の蒼乃ならわかる。
魔法少女の戦いに、ゴタゴタした大人の事情はご法度なのだ。
大人達がワーワー言えば桃神のアホ毛が垂れて何の力も出せなくなる。
そういうものなのだ。
蒼乃は桃神に頭を下げた。
「ど、どうしたの急に!? 首が痛くなって上がらなくなっちゃったの!?」
「それはさすがに違う。……その、言いたいことがあって」
桃神がアホ毛をかしげる。
もうすっかり慣れたので、一息つかずそのまま言う。
「今までありがとうって。桃神さんのおかげで何だかいろんな問題が解決した気がするから……」
友達のこと、家のこと。
それにこの街のことも。
全部が苦手で、イヤで、逃げてきたけど。
今は、少しだけでも好きって言えるようになった。
あんまり歯の浮くようなことを言ったから顔が熱くなるのを感じる。
机の向かいから、桃神が優しく頬をなでてくれた。
もちろんアホ毛で。
「私は何もしてないよ。……全部、蒼乃さんが勇気を出したからだよ!!」
その一言で蒼乃はますます赤くなる。
もはや蒼乃という名字を返上したいくらいだ。
愛だ勇気だなんて物語の中でだけ聞く言葉だと思ってたのに。
面と向かって言われるのは照れくさい。
「……やっぱり、ありがとう。桃神さん」
言ってから照れ隠しでコーヒーを飲み干す。
ミルクをたっぷり入れたとはいえ、一気に飲むものじゃないなと思った。
●
「今日は楽しかったね」「……うん」
家の前。
別れの時間。
首に巻き付いていたアホ毛がほどかれる。
次に会うのはまた明日。
その時は最終決戦が待っている。
まだ話したいなと思った。
「明日、最終決戦だね」「……うん」
「怖くない? 大丈夫?」「……うん」
「桃神さん……? 聞いてる?」「え」
アホ毛がピンと張る。
どうやら聞いてなかったらしい。
わざとらしくため息を吐いてみるも、しょうがないことだと思う。
さすがの桃神も最後の戦いを前に緊張しているのだろう。
「私にできることなんてあんまりないかもしれないけど……気になることがあったら何でも言ってね」
「えっと……その……」
「?」
桃神がアホ毛をもごもごさせている。
いつも
「何? あの自称妖精のところに帰りたくないとか?」
「そういうのじゃないんだけどぉ……。実はその……蒼乃さんにまだ言ってないことがあって……」
何だろう。
今日散々お礼を言ったから桃神もだろうか。
敵をばったばったとなぎ倒す魔法少女が、「こちらこそありがとう」の一言を言えずもじもじしている――。
そうだったら微笑ましかったんだけど。
「実はね、究極変身でこの世界を浄化すると……この世界から『魔法』が消えちゃうんだ……」
「え……?」
魔法が消える?
自称妖精の説明でいうところの魔法力がなくなる。
そういうことだろうか。
背筋にひんやりとした感覚を覚えるのも、一瞬のことだった。
冷静に考えればモンスターがこの世界から消え去る以上、それに対抗する『魔法力』がなくなっても何も困ることはない。
それでも桃神のアホ毛がうなだれているということは、もっと深刻な理由があるということだ。
それは――。
「それって桃神さんが元の時空に帰れなくなっちゃうってこと……?」
「……」
桃神は寂しげな顔で下を向いている。
どうやら当たっていたようだ。
魔法少女の力は『魔法力』により行使されている。
桃神が自称妖精とともに時空を行き来しているのにも使っているのだろう。
その力が使えなくなるということは、もう二度と時空を移動できなくなるということだ。
当然、自分がもともといた時空にも――。
「桃神さんはそれでいいの……? 自分が元いた場所に帰れなくなるんでしょ?」
「私は……そこがどこかももう覚えてないから。だからしょうがないと思うんだ」
「でも……」
「……。覚えてないってことは、もうないのと同じなのかも」
なかなか寂しいことを言う。
確かに思い出はいろあせるものだ。
今までやってきたことも、いつかは忘れてしまうんだろうか。
つらかったことも、楽しかったことも全部。
「私は忘れたくないよ。桃神さんと出会ったこと……」
「蒼乃さん……!! ふふ!! ありがとう!! そう言ってもらえるだけで、私ここに来て良かったって思えるんだ!!」
アホ毛にグルグル巻きにされて「わわ!! わかったらから!!」と慌てふためく。
決戦前の他愛もないやり取り。
これが最後だなんて思いたくない。
「あらためてありがとう。蒼乃さん。何だか心が軽くなったかも!! 私、ちゃんとお別れが言えそうな気がするよ!!」
桃神にいつもの笑顔が戻る。
戦いが始まれば蒼乃には見ていることしかできない。
ちょっとでも役に立てて良かった。
それにしても、だ。
「あの自称妖精、やっぱり隠してることがあったんだ……!! 文句の一言でも言っとくんだった……!!」
「わわ!! たぶん妖精さんも余計なことで蒼乃さん達に気を遣わせたくなったんだと思う……!! だから、悪く言わないであげて」
「ね?」と上目遣いされたら何も言えない。
桃神の顔に免じてため息一回で済ますこととした。
結局、あの自称妖精は最後まで食えない人……ならぬ、食えない妖精だった。
でも、それも明日までの辛抱だ。
「明日の戦い……絶対に勝とうね、桃神さん!!」
「……うん!! 私、絶対に負けないよ!!」
手を振って別れる。
ふと気になって、蒼乃は振り返った。
ことがことだけに、桃神のことを心配したのだと思う。
桃神司の後姿は、特に変哲もなかった。
アホ毛が満月に照らされて、どこか儚げに見えた。