目を覚ましていつも通り朝の支度をする。
親に何か聞かれていたけど気のない返事をしていた。
今日はモンスターの親玉がやってくる決戦の日。
蒼乃は体がひんやりとするような緊張感を覚えつつも、どこか胸が高鳴る気持ちを覚えていた。
『この世界がどうにかなるかの瀬戸際だということを自分を含めた数人だけが知っている』
その事実に優越感を感じていたのだ。
自分の気持ちを
桃神司との不思議な出会いの終着点。
桃神司が
この時は本気でそう思っていたのだ。
●
お昼の河川敷には既に柿原と苺谷がいた。
蒼乃に気づくなり手を振り寄ってくる。
その顔はいつも通り元気そのものだ。
「お、来たなミノリン。世界最後の日にその身を捧げに……」
「何そのノリ。私はまあ、見てるだけだし。……もしかして柿原さん、緊張している?」
「いんやあー!! 私は全然!! ぜんっぜん緊張してないぞ~!! 彩はガチガチに緊張しているけど!!」
「な、何でそこで私に振るの!? 恵の方が『あ~今日やらかしたらどうしよっかな~』ってさっきまで言ってたでしょ」
「ばらすなあ~」と柿原が苺谷のもちもちほっぺを引っ張る。
ワチャワチャしつつも二人の体は小刻みにプルプルと震えていた。
なるほど確かに緊張しているらしい……どっちも。
「なに冷静に眺めてんだよ!! お前は緊張してないのかよ、ミノリン!?」
「……? いや、緊張してると思うけど」
朝だって軽くぞわぞわしてたし。
けれど、そんなことは重要ではないのだ。
自分よりも遥かに重責を担っている子がいる。
「桃神さん、テントの中かな……?」
「さっきのぞいたらいなかったぜ。こんな日にどこへ行ってんだろな……」
柿原の一言に、苺谷が何かに気づいたように慌てふためく。
「まさか怖くて逃げちゃった……なんてことは……!!」
「ないよ、それは」
驚きの表情を見せる二人に蒼乃は自信満々に答える。
大して役に立てない自分でもこれだけは言い切れるのだ。
桃神司は、どんな強大な敵にも決して逃げ出したりしない。
「みんな~~~~!!」
ほら、アホ毛を揺らしてやってきた。
今日もいつものセーラー服。
お風呂にはちゃんと入ったのだろうか。
桃神司はいつもと変わらない様子で駆け寄ってきた。
●
「桃神さん!! どこに行ってたのよ、もう……」
「えへへ、ちょっとお散歩。もうすぐ最後の戦いだって思ったらもう一度見たくなっちゃって……」
桃色の瞳はまっすぐに蒼乃をとらえる。
ため息で答える他ない。
猶予もないだろうに街を見て回っていたというのだ。
これから守ることになる、私達の世界。
私達の住む街を。
「全くこんな大事な日に緊張感がないんだから……。それよりもあの自称妖精は?」
「妖精さんはちょっと忙しいから今日は任せるって」
「ええええ!?」と三人で声を上げる。
世界を救うことよりもいったいどんな大事なことがあるというのか。
「あんの自称妖精……!!」「現場丸投げかよ!!」「やっぱりヤバいタイプの妖精だったんじゃあ……」
口々に言う面々を桃神が笑顔で
「大丈夫!! これまでも割と私ひとりで何とかしてきたから!!」
「そうは言っても……。私達、よく考えたらいつごろ何が来るのか全然聞いてなかった……。もしもいきなり襲われたら……!!」
「それなら心配ないよ」
桃神曰く、モンスターの親玉がやってくるタイミングはだいたいわかるのだそうだ。
今まではできなかったが、想いの力が高まってきたからだとも。
「これも……みんなのおかげだよ。本当に、ありがとう」
ぺこりと頭を下げる桃神。
「いまさら水臭いよ。私達……見てることしかできないし」
「だよなあ。頑張れよモモガー!!」
「私も……その、本当に変身して悪いやつと戦う桃神さんはすごいと思います!! だから……!!」
心配そうな顔をする三人に桃神司は笑顔だ。
いつもこの笑顔が自分を元気づけてるのだと蒼乃は嬉しくなるのだ。
「大丈夫!! 私がモンスターの親玉をやっつけてこの世界を平和にするから……!! ……ん!!」
そうだ。
桃神司は絶対にどんな敵にも負けはしない。
――だから。
どんなに強大で。
どんなにおぞましくて。
一片の慈悲もなく、ただ破壊の限りを尽くし。
この世界の全てを等しく蹂躙し。
何の意志も介在せず、それゆえ悪でもなく。
魔法少女をビリビリに引き裂く存在。
そんなやつが現れたとしても。
桃神司は、戦い続けるのだ。
「……!!」
アホ毛がぴんと張る。
それが何の予兆であるのかはすぐにわかった。
「来る……!!」
辺りが暗くなった。
周囲を警戒する。
特に何かが現れた様子はない。
「じゃあ……!!」
蒼乃は天を仰いだ。
前に現れたことのある雲形モンスター。
あんな感じで空を覆うモンスターが……!!
「……?」
おかしい。
何もいない。
周囲はただ真っ暗になっただけだった。
ただの漆黒。
それが
「……あ、あああ」「こ、来ないで……!!」
「二人とも……?」
柿原が苺谷をかばうように体を覆っている。
もう既に敵は現れている?
いったいどこに――。
「蒼乃……お前はいったい何なんだよ……!!」
「え」
溢れて出てきていた。
蒼乃実里の体から。
黒い何かが。
風が起こった。
「うわああああぁぁぁぁ!!」「きゃああああぁぁぁぁ!!」
「二人とも!!」
柿原と苺谷が吹き飛ばされる。
それをすごい勢いで飛んでいった桃色の光――桃神司がキャッチした。
桃神が二人を虚空に寝かせて、
モンスターと戦うはずの魔法少女がこっちを。
「違う……!! 私は……!!」
思わず一歩、後ずさる。
消される。
本能的に感じ取ってしまった。
今まで霧散していった薄汚い怪物どもみたいに。
だったら――。
魔法少女なんてビリビリに引き裂いてしまえば――。
噴き出してくる。
蒼乃の体から黒い獅子が。
伸びていく爪が
「違う!! 私は……!!」
魔法少女なんか、信じていない。
魔法少女なんか、好きじゃない。
魔法少女なんか――。
消えてしまえばいい。
黒い爪が魔法少女を引き裂いた。
「ああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!」
喉が張り裂けんほどの絶叫。
それは蒼乃のものだった。
やってしまった。
また、やってしまった。
何も考えずに、ただ自分のやりたいように。
相手のことを全く考えずに――。
「大丈夫だよ、蒼乃さん」
「え……?」
黒い塊の中に桃色の光。
しゅるしゅると、何かが伸びて、突き破る。
桃神司のアホ毛。
少女がいつもと変わらない様子で、そこに立っていた。
「私がなんとかするから、全部……。
「そんな……だって……あなた……」
蒼乃が驚くのも無理はない。
桃神の恰好はいつもと同じセーラー服だ。
これのどこが究極変身だというのか。
黒い獅子がその体を破裂させる。
飛び散った各部位が巨大になり
少女に四方八方から
だめだ。
対処方法なんて、ない。
『みんなで協力しました!!』
『頑張って知恵を出し合いました!!』
そんなのなんの意味もない。
むき出しの暴力の前では――。
「え……?」
「大丈夫だよ、怖くないから、ね」
こんなことができるのは
いったい何をしたのか?
桃神司は何もしていなかった。
ただ、そこに立っていた。
桃神司が、暗闇の中で、一歩、蒼乃に進み寄る。
「ひ……!! いや!! 来ないで!!」
黒い風が激流と化して魔法少女を襲う。
服をはためかせながら、それでも一歩ずつ前に。
どうして?
今、桃神司を傷つけているのは、自分なのに。
こんな醜い自分、見てほしくないのに。
もうダメだこれで平和になっても桃神に合わせる顔がないもう仲良くなんてできない一生消えない罪を背負う世界を滅ぼそうとした罪だぞ一生かかったって償えない。
だったら――。
消えてしまえ。
この宇宙、全部。
「来るなああああぁぁぁぁ!!」
黒い風は空間を斬り裂く烈風に。
そのままドーム状に広がっていく。
この世界全てを、覆いつくすように――。
「大丈夫、大丈夫だから」
桃神司が進んで――いや、違う。
あれは桃色の光だ。
ただの桃色の光だ。
光は蒼乃の前で止まった。
そして、蒼乃の体を優しく包み込んだ。
「あ……」
温かい光だった。
まるで、心が浄化されるような。
子供をあやすみたいに背中を何かがさすってくれた。
最後の瞬間、蒼乃は桃色に広がる羽根をみた。
蝶のそれに似たものが、桃色の光を突き破ってどこまでも伸びていく。
「さようなら、蒼乃さん」
記憶の最後にあるのは、その一言だった。