「……」
することがない。
漠然とそう思った。
あたりが暗くなってきて、やっと時間の変化に気づく。
手にしていたスマートホンを雑にベッドに放り投げてみる。
基本無料のゲームをしていたが、ぷっつりと糸が切れたように飽きてしまった。
(晩御飯はもう食べたし、やることないなあ……)
両親は最近帰ってくるのが遅い。
それは家庭のために働いているということでもある。
……インターネットでは家庭の話がよく流れてくる。
悪く言われている親のことを考えれば、うちはずいぶんと恵まれている方なんだろうと蒼乃は漠然と思っていた。
それでも――。
「寂しいのかな……私……」
思い浮かぶのは今日出会ったばかりの転校生。
あの子も別れ際に「寂しい」と言っていた。
だからかもしれない。
今日はいつもより、自分の気持ちが目の前に感じる。
親を悪く言うつもりはない。
じゃあ、誰が悪いのかといえば、わからなかった。
やり場のない漠然とした不安が、胸にフタしているようだ。
大人になったらこんな不安全部なくなるんだろうか。
他の子はみんな、こんな悩みは抱えていないんだろうか。
あのアホ毛の少女は毛ほども考えてなさそうだった。
(連絡……してみる? そんな……友達じゃあるまいし……)
桃神とは席がたまたま隣だっただけだ。
クラスの他の連中が桃神を避けて、しょうがなく一緒にいただけだ。
自分が独り、クラスの中で残っていただけだ。
涙を袖でぬぐった。
情けない声が出ていた。
こんなことをしても意味なんてない。
意味なんて全くないのに。
頭の中にはひとつの考え。
我ながら小学生としか思えない、幼稚な欲求。
形を持たないドロドロとした感情は、やがて言葉によって
――いっそ、この世界が滅んでしまえば。こんな寂しさを感じなくても済むのかな。
音がした。
地面が揺れた。
反射的に机の下に隠れる。
揺れが収まりスマホをチェックしても警報らしきものは出ていなかった。
(爆発みたいだったけど……もしかしてテロ……!?)
心臓がどくんと鳴る。
この何もない街を?
それこそ小学生の妄想なんじゃないか?
教室にいきなり侵入者が現れるの、考えたことはあるけど――。
窓を開けてベランダに出る。
外には、何もなかった。
何もないはずだった。
いつもと同じ、何の変哲もない住宅街のはずだった。
でも、何かが違った。
言いようもない薄暗さが、夜の闇に混じっていた。
直感的にわかった。
やっぱりこの街に得体のしれないものが入り込んだのだ。
「え……? あれは……?」
遠くの歩道を誰かが疾走している。
アホ毛をぶんぶん揺らしながら。
「桃神さん……!? あの子いったい何を……!?」
何が起こってるにしろ家にいるのが安全だ。
だというのに何であの子は。
思い出す。
あの子は自己紹介で堂々と魔法少女を名乗るような子だった。
だとするなら「出てきたのは怪物だ!!」などと結論付けて自分がどうにかしよういうのか?
まるで、物語の主人公みたいに。
急いで電話をかけてみる。
普段全然使っていなかったが、こういう時に使わなければ何のための電話だ。
桃神は出なかった。
「何のための電話なのよ……!! もう……!!」
玄関で靴を履いて、鍵を爆速でかける。
そのまま桃神が走った方向へ。
桃神が視界に入る。
近くの商店街を走り抜けて、公園を突っ切る。
最後に辿り着いたのは人気のない路地裏。
行き止まりだったからか、桃神はきょろきょろと辺りを見渡している。
何かしゃべっているかと思えば相変わらず独り言だった。
「この辺りだったよね。え……、いま戦うと危ない? でもでも~私が戦わなきゃ街の人が危険かもだし~」
「桃神さん!! あなたこんなところで何をしてるの!!」
「あれ、蒼乃さん!?」とアホ毛がピーンと跳ねる。
「蒼乃さん、こんなところにいたら危ないよ!! 早く帰らなくちゃ!!」
「それはこっちの台詞なんだけど!?」
こっちは桃神の姿を見て追いかけてきたのに。
釈然としない蒼乃だったが、まあここまでだ。
夜中に出歩いた転校生と家に帰ってそれで終わり。
いつもの日常に戻る――。
常識的な判断による希望的観測はあっさりと
桃神のアホ毛がぶるっと震えた。
「蒼乃さん!! 下がって!!」
「え……!? 何か出てきて……!!」
地面から湧き出るように黒いモノが。
突風が吹いたような感覚に思わず怯んだ。
テロリストよりも、もっと現実味がない
大型動物ほどはあろうかという巨大な目玉が、浮いていたのである。
「きゃああああぁぁぁぁ!? 怖い!! グロい!! 何こいつ!?」
「これが魔法少女の敵……モンスターだよ、蒼乃さん!!」
「そういうことを聞いてるんじゃなーい!! あなたまだそのキャラで行く気なの!? 早く逃げないと、こ、こ、こ……」
殺される。
思い至ったからだろうか。
足がガクガクと小刻みに震え出す。
そもそも路地裏の行き止まり。
唯一の逃げ道は巨大な目玉に塞がれてしまっている。
目玉が動いた。
「――え」「危ない蒼乃さん!!」
飛び込んだ桃の少女と揉みくちゃになりながら地面を転がる。
この世の終わりみたいに
恐る恐る顔を上げれば、目玉は建物の壁に激突していた。
ちゃんと現代の建築基準に
体に生温かいものが流れてきた。
血だった。
「桃神さん……!! あなたケガを……!!」
「えへへ……変身してたらこんなやつへっちゃらなんだけど……」
「まだそんなこと言ってるの!? 魔法少女なんているわけないじゃない!!」
女の子が変身して、すごい力を発揮して、悪いやつをやっつけるなんて。
現実にそんな都合よい話あるわけない。
現実は――。
「もっと冷たくて……どうにもならないものだよ……」
蒼乃の目には涙が溢れていた。
世界が滅んでしまえなんて願ったからきっとバチが当たったんだ。
「それならお前だけ消えてしまえ」と。
いや、自分だけならよかった。
自分を魔法少女だと言い張る変な転校生もここにいる。
巻き込んだのは、自分だった。
桃神は立ち上がった。
「もも……がみ……さん」
「あのね、蒼乃さん。よく聞いて。魔法少女は『この街を守りたい!!』とか『これを大事にしたい!!』って想いで変身するの。でも私は……この街に来たばかりだから……」
ちっぽけな小学生二人を見逃してはくれないらしい。
「だから蒼乃さんの気持ちを分けてほしいの。この街にもともといた蒼乃さんの。それで私も……戦えるはずだから」
「そ、そんなこと言われても……!!」
怪物が予備動作を始める。
狙いはいわずもがな、二人の少女。
「私、この街に思い入れなんてない!! 友達だっていない!! 親とだって全然話してない!! 私には……何にもないよ!!」
「何にもなくなんてないよ。だって――」
桃色の少女は照れくさそうにポリポリと頬をかく、アホ毛で。
「私、蒼乃さんがいて今日一日、寂しくなかったよ」
「……!!」
巨大な目玉が突っ込んできている。
けたたましい音とともに周囲が崩壊していくよう。
蒼乃は叫んでいた。
何か考えがあったわけではない。
でも、自分でも言葉にできない感情が渦巻いていた。
……そうだ、魔法少女なんて現実にいるわけがない。
でも、目の前の、変な転校生といっしょにいて、寂しさが紛れたのは、現実のことだった。
消えてほしくない、と思った。
続いてほしいと思った。
変な転校生との、なんてことはない日常が。
「桃神さーーーーん!!」
その時だった。
桃色の光が空間に満ちた。
「え……!?」
黒い目玉は、止まっていた。
否、一人の少女が止めていた。
桃色の光に抑えられていた。
その中心にいるのは一人の少女だ。
「ありがとう、蒼乃さん。蒼乃さんの気持ち……よくわかったよ。ちょっと照れるけど……えへへ」
場違いに柔和な表情。
そしてちょっと楽しそうな顔に変わったかと思うや、杖も持たず、化粧道具も持たず、少女は思いっきり叫ぶのだ。
「変身!!」
アホ毛が天高く伸び、急停止。
垂直落下して桃神の体を包む。
「え? え? え? 変身ってそういうものだっけ!?」
まるで
隙間から桃色の光が溢れ出す。
それは桃色のビッグバン。
現実には存在しないはずのものが、現実に
「まぁぁぁぁほぉぉぉぉしょぉぉぉぉじょぉぉぉぉ!!」
繭を突き破って、羽根が生える。
商店街を横断するくらいでかい。
「桃色の想いは……あなたのために!!」
自身の信念をもう一度胸に刻み込む。
繭が張り裂けて、その繊維が少女を包むドレスとなる。
「魔法少女!! 桃神司ぁぁぁぁ!!」
自分が何者なのか忘れないために。
胸のリボンはお約束。
「見参ーーーー!!」
光とともに魔法少女降臨。
その衝撃で桃色の爆発が巻き起こる。
「うわああああぁぁぁぁ!?」
突然のことに蒼乃が吹き飛ぶ。
しかし案ずることはない。
魔法少女の光は黒き闇だけを倒す力。
魔法少女桃神司が出現したことによるドーム状の
桃色ブーツがカツカツと音を立て、吹っ飛ばされた
魔法少女はいついかなる時も慈愛の心を忘れないのである。
「大丈夫!? 蒼乃さん!?」
「た、助けてくれてありがとう……でも……大丈夫じゃないかも」ガクッ
「蒼乃さん!? 蒼乃さーーーーん!? そんな……!! でも私、蒼乃さんのこと忘れないから……!!」
勝手に殺すな。
そのツッコミは口に出ることはなかった。
薄れていく意識の中で蒼乃はまたも桃神の独り言を聞くのだった。
「どうしよっか……!? え……? とりあえずカフェに連れていく……? なるほど!!」
そのまま蒼乃の意識は闇へと落ちた。