深夜の街は死に絶えてしまったように静かだった。
本当は道路を乗用車がまばらに通っているはずだし、24時間営業の小売店から光が漏れているはずだ。
それでも、私の感覚――五感とは別の何かは、別の物を感じ取っていた。
言うなれば「死」の前兆。
全てが終わってしまう感覚。
もしもこの世界が数秒後になくなったとしても、誰もそれに気付きはしないだろう。
「させない……!! そんなこと……!!」
空の上のヒビはどんどん大きくなってく。
零れ落ちた破片が少しずつ小雨のように降り注ぐ。
誰も何も気づかない。
あるいは私にしか見えてないのかもしれなかった。
バクバクとなる心臓を抱えて必死に足を動かす。
行き先は私にとって一番特別だと感じる場所。
河川敷。
桃神さんと自称妖精が住んでいた場所。
●
「何か……何かあるはず……絶対に……!!」
河川敷で辺りを見渡す。
何もない。
何も――。
本当にそうか?
そう思ってるだけじゃないのか?
こうしている間も桃神さんは戦っているんだ。
私にだって何かできるはずだ。
「……絶対に、絶対に何かあるはず!! そうだ!! 川!! あの時は探せなかったけど川の中にやっぱり手がかりが……!!」
「いや、何やってんだよテメーーーー!!」
やたらガラの悪い声に振り返ればそこには見慣れた姿。
ちょっと不機嫌な柿原恵。
その横には困ったような苺谷彩。
「二人とも……!! 来てくれたの……!?」
「来てくれたの……!? じゃあないんだよ!! 非常識!! 意味不明!! 意思疎通ヘタクソかよ!! こんなの私達以外の人間は無視するぞ!!」
「め、恵……落ち着いて。それより蒼乃さん、あの空のヒビみたいなのはいったい……!! 恵と来る途中でヤバそうだねって言ってたんだけど……!!」
この二人にはヒビが見えているみたいだ。
それなら話が早い。
「あれがモンスターの親玉の親玉が来ている証拠。完全にひび割れてこの世界に来たらこの世界ごと滅ぶらしいの」
「はああ!? スケールがでかすぎだろ!? 順を追って説明してくれーーーー!!」
混乱する柿原さんと対照的に苺谷さんは澄んだ瞳で空を見ている。
桃色の光は世界と黒の境界面でバチバチと弾けている。
「あれが蒼乃さんの言うところの桃神さん……ですか?」
「……!! わかるの苺谷さん!!」
「何となく……本当に何となくだけどそんな気がしたんです」
苺谷さんは日曜朝の女児向けアニメを見ているから……なんて一言で済ませてはいけないだろう。
きっと桃神さんとの日常を大切に想ってくれたから。
だからこうして、記憶を越えて桃神さんの存在を覚えてくれているんだ。
「ちょっと君ら!! それじゃあ私の立場がないだろぉぉぉぉ!?」
……柿原さんも今すぐ思い出せないだけだろう、たぶん。
「それでどうするんですか? 蒼乃さん」
「私達はこの河川敷によく集まっていたわ。何か手がかりがあるとしたらここしかない……。どうにかして桃神さんのところに行く方法を探しましょう」
「探して、どうするんですか?」
「……」
苺谷さんの瞳は相変わらず澄んでいる。
……そういえば絵を描くのが好きなんだっけ。
何かをしているだけでエラいのに幼稚園のころ人の絵をビリビリに引き裂いた人間には
果たして、この子は何を想って絵を描いていたのか。
世界をどうとらえていたのか。
言葉にできなくたって、そうした感覚は少しずつ研ぎ澄まされていく。
だから先の質問は、直感的に「大切なこと」だとわかって聞いてるんだ。
私の答えは決まっている。
桃神さんに――。「おい!! 蒼乃!!」
……。
テイク2。
桃神さんに――。「蒼乃ってば聞いてんのかよーーーー!!」
「だああああ!! 私は今、考えをまとめてたの!!」
「たの!! じゃあないんだよ!! あれだよあれ!! 何か落ちてきてないか!?」
しょうがないので天を仰ぐ。
ひび割れた空から何かがドロドロと漏れ落ちている。
遠く離れているのだ。
実際にそれが見えるはずがない。
だから、私も柿原さんも目とは別の感覚でそれを察知したということで――。「バッカ!! ぼーっとしてんな!!」
柿原さんのタックルで私はその場を離れることになった。
びっくりはしたが、結果的には感謝しないといけない。
私がいた、まさにその位置に黒い塊が落ちてきたのだ。
「な、何ですか!? これ!?」
苺谷さんが叫んでいる間も、黒い塊は形を成していく。
「ひ……!!」
思わず、声が出た。
その姿はとてもじゃないが例えようがない。
中心から細長く枝分かれした形状は全身が刃か爪を思わせる。
どこが顔なのか、腕なのか全くわからない構造体。
全身が殺意の塊みたいな。
「うおおおおぉぉぉぉ!! 逃げるぞーーーー!!」
柿原さんの一言を号令に走る。
クソ……!!
桃神さんを助けるには時間がないのに……!!
こんなところで足踏みを踏むなんて……!!
「きゃっ!!」
「苺谷さん!!」「彩ーーーー!!」
苺谷さんが転ぶ音。
更に後ろからは無機質な移動音。
まだ間に合う。
私は弾かれたように反転し突っ込む。
恐怖で青ざめる
重っ。
「わ……!!」「きゃ……!!」
声になってない二人分の声。
追ってきた黒い塊が鋭いモノを振り上げた。
静止したその瞬間に、こてんと何かが怪物に当たる。
怪物が明後日の方向に向いた。
「お、おおおお、お前ら……!! わ、わわわわ……!! 私が……」
「柿原さん!!」「恵!!」
一人で逃げてもよかったのに。
柿原さんは怪物に向かって投石をしたのだ。
「柿原さん!! 何やってんの!!」
「うるせーーーー!! お前だってオトリになろうとしたことあっただろーーーー!! 何となくそんな気がするんだよーーーー!!」
覚えていた。
いつかの戦いで私がオトリになると言い出したことを。
望みとあらばといわんばかりに全身凶器の怪物が柿原さんへと向かう。
苺谷さんが傍らで
「誰か……!! 誰か恵を助けて……!!」
まるで、時間が止まったようだ。
空からは相変わらずポロポロと黒いモノが落ちてきている。
街全体がコレに襲われているんだ。
これで終わりなのか?
桃神さんとまた会うこともないまま――。
私はポケットに手を突っ込んでいた。
紙が質感が手に伝わる。
そうだ、あの時ポケットに入れてたんだ。
魔法少女の絵を――。
あの子が描いてくれた絵を。
何であの時、引き裂いてしまったのか?
思い出した。
私はその時、どうしようもなく自分がちっぽけに思えて。
消えてしまいたいくらいイヤになって。
それでやってしまったんだ。
「自分はそんなすごい存在じゃないよ」って。
私は魔法少女が嫌いじゃなかったんだ。
私が嫌いなのは私自身だったんだ。
そして、傷つけた。
絵を描いてくれたその子の気持ちを全く考えず。
「伝えなくちゃ……」
私の体から光が放たれる。
それは、この世界に存在しないものだけを消す浄化の光。
黒い敵を飲み込み、粉々に分解していく。
「な、なにこの光……!?」「蒼乃!? むっちゃ光ってるぞお前!?」
蒼色の大爆発はどこまで広がり、この街を包み込んでいく。
これはきっと誕生の光。
本来、存在しないはずのものがこの世に顕現したその瞬間、私の姿も変わっていた。
蒼いドレス。
蒼い手袋。
蒼いブーツ。
蒼いリボン。
「体を吹き抜ける
そして、蒼い髪に蒼い瞳。
「魔法少女……蒼乃実里!!」
私は魔法少女になっていた。