「今のは……!!」
一瞬だけど記憶が流れ込んできた。
あれは桃神さん――いや、うずくまる少女の記憶だ。
桃神という名前は妖精から与えられたものだった。
この子の本当の名前じゃない。
でも、本当に重要なのは――。
「やっぱり……つらかったんじゃないの」
うずくまる少女は何も答えない。
どんなに笑顔を振りまいていても、最後に見せたあの涙。
あれこそが本心だったのだろう。
自分へのふがいなさと、目の前の少女への感情で胸がいっぱいになる。
私は一歩を踏み出す。
彼女を傷つけた自分がこんなことをしていいのか?
逆だ。
きっとこれは私がやらないといけない。
「二人でここを出よう!! 大丈夫!! 恵と彩だって待ってる!!」
「無理……だよ……」
「え」
うずくまる少女が顔を上げる。
涙を流していた。
あるいは少女はずっと泣いていたのかもしれなかった。
「私はずっとウソをついてたんだよ!! 名前すら本物じゃない……!! 私はみんなを騙してたんだよ!!」
「騙しただなんてそんな!! あなたはみんなのために……!!」
「違う!! 私は自分が傷つきたくなかっただけ!! 本当の自分を見せて……否定されるのが怖かっただけなの……」
「そういう気持ち、きっと誰にでもあるよ……!! 私だって誰かと話すの、怖かった。自分の想いを見せるのが怖かった……。でも!! あなたのおかげでちょっとずつでも前に進めていけた……だからあなたも!!」
「……。もう遅いの」
桃色の結界に亀裂が入り出す。
外の世界ではきっと空のヒビが拡大し続けているのだろう。
「モンスターの親玉の親玉がくる……。私には敵わない。『魔法少女桃神司』はもう……どこにもいないの!!」
亀裂が破ける。
黒いモノが辺りを包み込んでいく。
どこまでも遠くに広がる黒。
これは――。
「宇宙……!?」
モンスターがどういった形状を取るかは決まっていなかった。
だったら、親玉になるような一番大きなモンスターはこの世界の果てまで広がっている。
モンスターが宇宙を滅ぼした後どうなるのか?
その疑問は今、解消された。
宇宙型モンスター。
巨大なひとつの怪物と化し、別の宇宙へと進出してくる――。
「あんなものが来たら私達の街は……!!」
「この宇宙ごとぺしゃんこだよ……全部、本当に全部、もうおしまいなの……」
宇宙船に穴が開いたみたいに黒い風が吹き荒れる。
私は少女の手を取ろうとしたけど、
少女は力なく笑っていた。
自分が楽しいからでも、人を安心させるためでもない。
全てを諦めた笑顔だった。
私は力いっぱい叫んだ。
少女に届くと信じて。
「まだ終わりじゃないよ!! 最後まで諦めないのが魔法少女なんじゃないの!?」
――私はもう魔法少女じゃ……何にもできないよ。
「あなたは……あなたはどうしたいの!!」
――私……?
いつか少女が自分に聞いてくれたこと。
その時は自分の気持ちと向き合うきっかけになってくれたけど。
でも、私も一言聞き返すべきだったんだ。
「桃神さんはどうしたいのか」って。
――私には……何もないよ。自分が何が好きで、どんな性格だったか……もうわからないの。
「今、みんなとの思い出を大切にしてる……それが答えなんじゃないの!? もっとたくさん、作ろうよ!! 怖いかもしれないけど……でも!! 私が隣にいる!! あなたの辛いこと、悲しいこと、それに楽しいこと……半分ずつでいいから背負いたい!!」
――……。私がどうしたいかなんてもう意味がないの。『魔法少女桃神司』にもう力はない。だから――。
「違う!! それはあなたの本当の名前じゃない!! 本当の自分を出すのを恐れないで!! きっと私が受け止めるから!!」
『桃神』は妖精が与えた名。
それ自体が認識として作用する鍵。
少女を魔法少女にするための。
言ってみれば、『桃神司』は魔法少女の変身した時の名前だったんだ。
だったらそんな名前捨てさってしまえば。
本当の自分の名前で、本当の変身をすれば――。
――無理だよ。もう思い出せないの……。自分の名前が何だったのか。
『思い出せないのはもうないのと同じ』少女はそう言いたそうだった。
自分の記憶を必死に漁る。
やがてそれはひとつの潮流となり私に考えてもなかった一言をもたらした。
「川だよ!!」
――え?
「私、あなたを探そうとした時に川が気になって……!! どうしてだろうと思ったら、そういうことだったんだよ!!」
黒い風が一層激しくなる。
全てを押しつぶすように空間を捻じ曲げていく。
「司ちゃん!! あなたの本当の名前は――!!」
黒い風が私の体――今はドレス――を刻んでいく。
裂けた喉から光が漏れて、声が出ない。
黒い巨大なものが、隕石のように少女を押しつぶさんとかかる。
全てが終わるその瞬間、少女は立ちあがり――。
それを片手で受け止めた。
「ありがとう……覚えていてくれたんだね」
遠くからでも何となくわかった。
今、司ちゃんは涙を流しているって。
それは悲しみの涙じゃない。
本当に嬉しい時の涙だ。
桃色の嵐が空間に吹き荒れる。
「私……もう逃げないよ。それがあなたの教えてくれたことだから。だから……」
少女が、叫んだ。
「変身!!」
輪郭に過ぎなかった少女の体が浮き上がっていく。
可愛らしいドレスに身を包み、大きなリボンを胸に付け。
くせ毛を優しくはためかせながら。
「桃色の想いは……私達の未来のために!!」
「魔法少女……
桃川司。
それが司ちゃんの本当の名前。
私の小さなころ、仲良しだったの子の名前。
「たああああぁぁぁぁ!!」
司ちゃんが残った片手を振り上げる。
結果、宇宙型モンスターを両手で受け止める形になった。
そのままトスのような動作で上へと押し戻す。
だが、敵もそれで大人しく引き下がってくれない。
再び巻き起こった黒い風が、司ちゃんを襲った。
「司ちゃん!!」
私は足元に小型の竜巻を作り上昇気流を生成。
因果が逆な気がするがこの際気にしない。
吹き飛ばされる司ちゃんをしっかりと両手で受け止める。
「実里ちゃん……!! ノド、大丈夫なの!?」
私が直接みえなくても司ちゃんの表情がわかったように、司ちゃんも私の様子を感じ取ることができるのだろう。
……でも、こんな時に私の心配をするなんて。
これはちょっと一言いわないと。
「私は大丈夫。司ちゃんは? 痛いところない?」
「うん……私も大丈夫。えへへ、ありがとう」
「私は……お礼を言われるようなことなんて……むしろ謝らないと……」
「いやいや!! 謝るのは私の方で……!! だから私がごめんなさいで……!! あれ?」
本当にこんな時だというのに笑みがこぼれた。
司ちゃんもはにかんだような笑顔を見せていた。
けれどゆっくりはしていられない。
漆黒の宇宙は、再び下降を始めているのだから。
体を捻り上を向く。
そのまま蒼い爪を伸ばしていった。
驚く司ちゃんには申し訳ない。
この爪は私の『攻撃性』そのものだ。
見るのもイヤだろうけど、でも私は司ちゃんを守るって決めたから。
伸びきった蒼い爪に、桃色の毛が巻き付いていく。
「司ちゃん……?」
「私も。実里ちゃんと一緒に未来を見たいと思ったから……。だから半分背負わせて、なんて」
ちょっと前のやり取りの意趣返し。
笑顔で答えると、少しはにかんだような笑顔が返ってきた。
「いくよ……司ちゃん!!」「うん!! 実里ちゃん!!」
再び宇宙が落ちてくる。
でも、怖くない。
もう私達は一人じゃない。
爪に巻き付いたアホ毛が蒼と桃の光を放つ。
これが私達にとっての魔法の杖
何だって成せる想いの力そのものだ。
これまで感じてきたこと。
今、隣にあなたがいてくれる喜び。
そして、まだ見ぬ未来へと想いを馳せて。
空いていた手と手が触れ合う。
自分のものではないそれを握りしめれば、強い感触が返ってくる。
浄化技の名前?
決まっている。
少し恥ずかしがっているけど、司ちゃんにも伝わっているみたいだ。
二人が放つ技なんだから、名前は――。
「せえ……!!」「の!!」
「「つかみのビーーーーーーーーム!!」」
杖から蒼と桃の竜巻が発射される。
極限までの想いの力は途方もない遠心力を産み、宇宙型の怪物を突き抜けてそのまま中へ。
そして、かつてない揺らぎを生み出す。
目には目を。
宇宙には宇宙を。
桃色と蒼色の
巨大な敵を内部からズタズタに浄化していく。
黒い空から光が漏れ出す。
やがて黒い敵を突き破って、私達すらも包み込んでいった。
――やった。
そう思う暇もなかった。
私達の体は想いの力による暴風に巻き込まれていた。
うん、正直こうなのは予想してなかった。
「司ちゃん!!」
司ちゃんは既に反転し、みんなとの想い出の品を拾い上げていた。
うん、そうすると思っていた。
司ちゃんはみんなとの想い出を、何よりも大切にできる子だから。
だから、私が司ちゃんを受け止めた。
暖かい匂いがする。
やっぱり司ちゃんは暖かい子だ。
二人の体が飛ばされていく。
司ちゃんのくせ毛がちょっとずつ散っていく。
これで終わりだなんて思いたくない。
きっと元の世界へ。
それだけを願った。
衝撃。
足場があるのがわかった。
この何もない空間で一体……?
「私よ私、わたしわたし」
「自称妖精……!?」「妖精さん!?」
私達は巨大な
(デザインについてのツッコミはそんな場合じゃないので割愛)
目の間には銀髪ピチピチスーツのナイスバディが満足げな笑みを浮かべているのだった。
「いやあ~こういう世界を救ったヒーローを助けるポジション一度やってみたかったのよね~。なに怖い顔してるの蒼乃さん? 確かにちょっとあなたにあることないこと言って試練を与えたけど私の想像を超えてくれた的な? 少女の無垢なる想いサイコー!! 的な? まあとにかく結果オーライってことで!! いいわよねゴフッ」
私の拳が自称妖精の顔面を捉えた。
「ちょ、ちょっと実里ちゃん……!!」
「やっぱり。想いの力で戦う魔法少女なら妖精を殴ることができるのね」
そのままタックルを決めれば確かな手応えがある。
この期に及んで「魔法少女が暴力を振るうっていうの……!?」なんて言い出している。
想いの力は暴力には含まれないのだ。
魔法少女の常識である。
「ほら、司ちゃんも。この妖精にいろいろ文句あるんじゃないの?」
「わ、私はそのう……文句は……ない、うん、ないかなあ……?」
「本当に?」
「……」ぽこっぽこっ
かわいい音とともに自称妖精が小突かれる。
自称妖精は私達に殴られながらも、心なしか楽しそうに見えた。
「いや、楽しくないけど……」
「楽しんで。これまでのことを反省してるのなら」
「はい……」
光が見える。
司ちゃんの手にはしっかりと想い出の品が握られている。
余った手の先には私の手。
それはきっと未来へと続いていく道だった。