少女が二人いた。
一人は部屋の隅でうずくまっていた。
しゃくりあげているが、その顔は膝に埋もれてわからない。
もう一人はクレヨンで絵を描いていた。
青色を紙にこすりつけるように、ダイナミックに直線が踊る。
「できた!!」絵を描いていた方の少女が立ちあがって叫んだ。
描き上げた作品を手に、てくてくと歩く。
そして、うずくまっていた少女をつんつんとつついた。
無視されてもおかまいなし。
しばらくそんな時間が続く。
観念したのか、うずくまっていた少女が顔を上げた。
もう一人の少女が満面の笑みで絵を見せた。
「これ!! 魔法少女の絵だよ!!」
青色が放射状に広がったそれは、ドレスだったらしい。
上の方には顔らしきものもあったが、雑すぎて誰の顔かもわからない。
少女が少女に、絵を差し出す。
うずくまっていた方の少女は、絵を手に取り、そして――。
絵を真っ二つに引き裂いた。
「あ……」片方の少女が呆けている間にも、絵はちぎられて、重ねられて、またちぎられた。
ジグソーパズルのピースみたいにぐちゃぐちゃになった破片が床に散らばる。
絵を描いた方の子は泣き出して、走りさってしまった。
びりびりに絵を破いた子はずっと座っていた。
何をしたいのかもわからないまま。
そのうち桃色の毛が落ちてきた。
部屋を埋め尽くすくらい大量に。
少女は何も言わず飲み込まれて、毛に溺れてしまった。
なおも桃色の毛は増え続ける。
そのうち、
●
「うわああああぁぁぁぁ!!」
「あ、蒼乃さん!! 気が付いたんだね!! よかった~!!」
ベッドから起き上がった蒼乃が急いで周囲を確認する。
見慣れない洋室に、出会ったばかりの転校生。
「どこか痛む? うなされてたみたいだけど……」
「……」
蒼乃の体を桃色アホ毛が触診する。
「この毛のせいだと思う」……とは流石に失礼なので口にしない。
「痛みはないけど……混乱はしてる」
「そうなの? 状態異常だね!! お薬お薬……」
「ゲームじゃないから!!」と慌てて止める。
自らが混乱している原因のひとつだと自覚はあるんだろうか。
突然街に現れた黒い不気味な目玉。
変身をする桃色の少女。
そして巻き起こった大爆発。
そもそもここはどこなのか?
聞きたいことが多すぎてまとまらないまま、蒼乃は一つの疑問を口にしていた。
「桃神さん……あなたはいったい何者なの……?」
「え? だから自己紹介の時から魔法少女だって……」
「えっと、じゃあ魔法少女って何?」
「うーん、魔法少女とは……魔法少女のことをいうんだよ!! かっこよく戦ってみんなを守るよ!!」
「……」
桃色の瞳を輝かせながらしゃべってるし、悪気はないんだろうな。
でも、この破滅的なやり取りから蒼乃が得られる情報はゼロであった。
――それについては私が説明するわ。
「え……誰!?」
蒼乃が周囲を確認するも、部屋に他の人影は見当たらない。
――ちゃんと目を凝らして。声が聞こえるなら姿だって見えるわ。
言われた通りに集中してみる。
するとどうだろう。
桃神の隣に白い
背丈からして大人。
長くてさらさらした銀髪はまるで宝石を梳かしたよう。
一方、体のラインが浮き上がるピチピチスーツにより神秘さがやや割引されていた。
ずいぶんと変った服装の人……人?
人じゃない、良く見れば背中から蝶みたいな羽根を生やしている。
桃神は「もう姿が見えるようになったんだ!! すごいや蒼乃さん!!」と無邪気に喜んでいるが、当の蒼乃は失神を抑えるのに必死だった。
羽根を生やしたその存在は、優しく微笑んだ。
「私は妖精。桃神についているお世話妖精よ。これからよろしくね蒼乃実里さん」
自称魔法少女の次は、自称妖精だった。
●
「……ということで説明は終わり!! 何か質問はあるかしら蒼乃実里さん」
「ええっと……その……」
何だろう、説明が全く頭に入らなかった気がする。
というか盛大にすっ飛ばされた気がする。
例えるならば小説の場面転換で描写をカットして済ませたような……。
円形のテーブルの右手側、助けを求めるつもりで桃神を見やればピーチジュースをストローでチューチュー飲んでいた。
「心配しなくていいよ!! 私もよくわかってないから!!」とアホ毛でOKを作っているが、何もOKじゃないだろ。
蒼乃が必死に言葉を紡ぐ。
まずは、だ。
「あなた達は本当に……魔法少女と妖精なんですか?」
「だいぶ根本的なところから攻めてきたわね」
だってしょうがないじゃん……と悪態はつきたくなる。
説明によれば、転校生桃神司がもともといたのはこことは別の世界。
時空を超えてこの学校にやってきたとのこと(転校ってレベルじゃないでしょ!! と叫びたくなる)
目的はこの街がモンスターの標的にされているから。
何でも時空的な特異点とかなんだかで、この街のある場所がモンスターに乗っ取られると宇宙ごと滅んでしまうらしい(スケールでかすぎない???)
モンスターに対抗できるのは魔法少女の力だけ。
そしてその魔法少女の力はモンスターにしか効力を発揮しない。(なのであの大爆発でも街の人からすれば「今なんかピカっと光ったか?」レベルのことらしい)
要するにこの世界を守るために魔法少女と妖精はやってきた、というのが妖精の弁だった……が。
「……」
「あら、何その胡散臭いものを見つめる目は? お姉さん、だいぶ頑張って説明したんだけどなー」
「めちゃくちゃ嘘くさい……です」
蒼乃のこの発言は自称妖精にバカ受け。
「そりゃそうよねえ!!」なんてゲラゲラ笑っている。
桃神のアホ毛も釣られて踊り出す。
そういう演出はいらないから!!
「だいたい何ですか別の宇宙って……。そんなの信じれないですよ」
「あら、この世界の科学でも人間原理にもとづけば宇宙が何個もある方が自然なんだけどね。まあでもしょうがないかしら。妖精X(旧妖精ツイッター)でも最近の子供はしっかりしてて警戒心が強いって言われてるからねえ」
(妖精もやるんだ……SNS)
神秘性がますます失われた感じがする。
ピチピチスーツの時点で怪しいのに。
ただ、全く信じていないというわけではない。
だいたい、蒼乃が今いる空間が森の中で温かな日差しの差す謎のカフェであり、自分がもといた街とは思えなかった。
桃神一人で運ぶのも普通に考えて不可能だろう。
だからあれこれと頑張って反論するよりも「この人たちは魔法少女と妖精であり、異空間に連れ去られた」の方が納得できるのだった。
これが夢でなければの話だが。
「まあ、あなた達が魔法少女と妖精ってのは……そういうことでいいです」
「うんうん!! 最初から言ってるけどね!! それで蒼乃さんにお願いがあるんだけど……!!」
本物があんなにストレートに自己紹介するのは
テーブルの上にアホ毛がどすんと落ちる。
「私達の仲間になってくれないかな!!」
「は……!? 仲間……!?」
蒼乃はうろたえた。
漫画やゲーム以外でそんな言葉使う人を初めて見たからだ。
いったいどんな環境で育ったのだろう、この子は。
「……魔法少女の仲間」
復唱する。
「気に入ってくれた?」
「むずがゆい、とても」
「ええ!? 良い響きだと思うけどなあ。 なかま~なっかま~」
「ああ!! アホ毛を絡ませないで!!」
このままだと取り込まれそうなのだが……。
とりあえずこういう関係を仲間とは普通言わないだろう。
蒼乃とアホ毛が
「ワチャワチャしてるけど、これは大切な話よ蒼乃実里さん。この世界を……いや、時空を救えるかどうかはあなたの判断にかかっているのだから」
「わ、私の……!?」
「ええ。あなたはこの世界で桃神と一番早く仲良くなった人間。
「ま、負けちゃうかもって……!!」
「えへへ」と桃神がアホ毛を一周させて頭をポリポリとかく。
気楽な様子だが、重大な問題のはずだった。
確かに、前の戦いでも
戦いこそ一瞬で終わったが、もしも蒼乃がいなければ――。
蒼乃が体を震わせる。
妖精がどんなに恐ろしいことを言ってるのか理解したからだ。
世界を救う責任を、この小さな体に負えと言っている。
「そんなの……私には……」
「蒼乃さん……?」
桃神が心配そうにのぞき込んでくる。
来たばかりで何も知らない街を守るため、体を張ったこの子にはわからないだろう。
自分一人の人生だって責任を持てないのに、自分の行動で全世界の有り様が変わってしまうなんて。
それは全世界の人間の命を握っているのと、同じことだ。
「そんなこと……私には……!!」
空間が揺れた。
「伏せて!!」桃神が思いっきり蒼乃を押し倒す、アホ毛で。
何だかこんなのばっかりだな、と
全員で急いで脱出すれば、カフェの上空に何かがいた。
「そんな……!! 結界が破られたというの……!!」と慌てる妖精の反応で、事態の深刻さを把握する。
黒いものが落ちてきて、カフェをぺしゃんこにした。
「妖精ローンが残ってるのにぃぃぃぃ!!」と叫ぶ妖精の横で桃神が蒼乃の肩を優しくくるんだ。
「蒼乃さんは下がっていて!! たぶん後一回変身するくらいは力が残ってるから!!」
「え……でも……!!」
何が「でも」なのか。
本当はほっとしているんじゃないか。
一般人がそんなことを考えている間に、行動を起こすのが英雄だ。
黒い塊から何かが生えてきた。
「あ、あれは……!!」自称妖精が青ざめる。
「な、何なんですか……!?」
「迂闊だったわ……!! 最初に現れた目玉型は私達の本拠地に既に目星をつけていた……!! そしてその情報をあのモンスターに伝えていたのよ!!」
「だから何なんですか、あいつは!!」
真っ黒な重機が、そこにいた。
「あれは……クレーン車よ。クレーン車型モンスター」
モンスターの姿、割と自由らしかった。