公園には桃神はいなかった。
その間も空はいっそう黒さを増していく。
もしかしてもう戦いに向かったのか?
でも桃神が持っていた武器と言えばハンマーくらいだ。
いくらバカでかいサイズとはいえ、空を覆いつくす巨大な敵に通用するとは思えなかった。
初めて変身した時の
「いったいどこに行っちゃったのよ……!!」「まったくね」「ひょわ!?」
隣には銀髪ピチピチスーツのナイスバディ――自称妖精がいつの間にかいた。
「自称妖精!? どうやってここに!? ってか桃神さんの妖精なのにわかんないの!? あの怪物は何!?」
「少女よ、落ち着きなさい。まずはあの怪物のことから……あいつは雲型モンスター。対象の土地全体を狙って無差別攻撃を仕掛ける厄介なモンスターよ」
「厄介な……って!! 魔法少女の敵ってもっと隠れてこそこそ活動するものじゃないの!?」
「現実はそんなに甘くないわ。相手側が人間社会に配慮する必要は全くないもの」
「それは確かにそうだけど……」などと、こぼしている暇もない。
今は自称妖精の言っていることを聞くしかない。
「私はあの子の妖精で知覚をある程度は共有しているわ。今日は街への『想い入れ』を持ってもらうためにそれを解除していた……だから場所はわからないのよ」
「そんな……!! あの子、絶対に一人で無茶します!! 早く探さないと……」
「探してどうするの?」
「え……?」
そんなの決まっている。
どこか安全なところへ一緒に避難して――。
安全なところ?
いったいどこのことだ?
「蒼乃さん、モンスターによる侵略はただの災害とは違うのよ。放っておけばこの世界ごと滅びるし、それを何とかできるのは魔法少女である桃神だけ。ここまでオーケイ? つまりあの子が戦うのを止めるのは世界を滅ぼすってコトなのよ」
「それは……」
言葉を濁すしかない。
イエスともノーとも答えたくない。
臆病なだけの自分に、そんな判断ができるわけがない。
然るべき人や組織が考えることなのだ。
そして、この場合は目の前の自称妖精しか存在しない。
妖精が導くのは、物語の中心である魔法少女だけだ。
「あの子は力があってもそそっかしいからね。負けちゃうかも。どこに行ったのかわかればいいんだけど」
「……」
桃神と出会って、まだ一週間も経っていない。
だから、行先なんかわかるはずないのだ。
そう理解しているはずなのに――。
必死に考えていた。
あの桃色の髪の少女がどこへ行ったのか。
仮に自分を探したのだとすれば、どこかですれ違っているはずだ。
あの敵が町全体を攻撃してくるのなら、周囲を避難させるのも意味がない。
出来る限り早く、あの雲を叩くしかないのだ。
「叩く……?」
桃神の武器はハンマー。
言うまでもなく直接叩く武器だ。
蒼乃は駆け出していた。
「ちょっと蒼乃さん!? どこへ行くの!?」
自称妖精が後からついて来る。
蒼乃の頭はひとつの思考に埋め尽くされている。
敵を見つけた時の桃神も、あるいは同じだったのかもしれない。
――この中途半端な規模の街で、できるだけ高い場所へ。
●
黒い雨。
天からの厄災。
一度降り注げば、あらゆる遮蔽物を貫通してこの街を襲うだろう。
明らかに今までの怪物とは規模が違うそれは、魔法少女のドレスすらも突き破る攻撃を繰り出すだろう。
黒い雲が渦巻いているのも、その攻撃のための予備動作なのだ。
そのことを知っているのは普通ならば妖精と魔法少女だけだ。
今回だけは無関係な一人の少女も知っている。
蒼乃実里は桃神を探して必死に走った。
自分が何をしようとしているかはわからない。
でも、桃神を一人にすることだけは何となく嫌だったのだ。
かなうはずのない敵に、ひっそりと敗れ、その事実を誰も知らないなんて、寂しくて悲しいことだと思ったのだ。
デパートの屋上で蒼乃が桃神を見つけることができたのは幸運だったとしか言いようがない。
他の人間は雨に濡れることを恐れてか、いなかった。
「桃神さん!!」
「あれ!? 蒼乃さん!? どうしてここに!? 早く逃げなきゃ!!」
どの口が、と思うもぐっとこらえる。
桃神が正義感のもと行動を起こすのはもうわかりきったことだった。
だから、問う。
「あんなに大きな敵なんだよ!? 本気で敵うと思ってるの!? ハンマーしか持ってないんでしょ!?」
「そうだけど……思いっ切り振ったら届くかなって……」
「やっぱり私が来て良かったわね」と自称妖精が前に出る。
魔法少女に現状を打開する策を授けるため。
「いい? 魔法少女といえばあるでしょう。遠くの敵まで攻撃するためのアレが……」
何?
考えてみる。
少なくとも武器ではないだろう。
じゃあ……技とか?
魔法少女の技と言えば――。
「ビーム……とか?」
「その通り!! ハンマーを出せる分のエネルギーを変換してあいつにぶつければ、きっと勝つことができるわ!!」
そんなご都合主義な。
人ひとりが出せるビームの量なんてたかが知れてるだろう。
相場がどれくらいかなんて知ったこっちゃないけど。
桃神はといえば今の説明で要領を得たのか、ぽんとアホ毛を叩いてにこやかな笑みを見せた。
「蒼乃さんがここまで来てくれただけでも、私うれしいよ!! あいつをすぐやっつけるから待っててね!!」
「あ……」
桃神が天を仰ぐ。
蒼乃は自称妖精の手ほどきで下がった。
ここまで来てくれただけで――なんて言われたけど結局、自分は何もしていない。
そして、そのことにどこか安心感を覚えているのだ。
これで桃神あの黒い雲を
だというのに、このイヤな胸騒ぎはなんだろう。
「
空中で生成された巨大なハンマーが、ぐねぐねと動き出す。
桃神の上空に描かれた魔法陣はハート型となり高速で回転を始める。
「くらえーーーー!! 私の浄化技……!! その名も……!!」
その時だった。
頭によぎったのだ。
避雷針の話が。
「危ない!! 桃神さん!!」
黒い雷が桃神に落ちた。
衝撃で吹っ飛び、床に激突――。
する前に、蒼乃が滑り込み体を受け止めた。
「桃神さん!!」
「蒼乃……さん……」
とりあえず息はあるようで安心する。
魔法少女のドレスが敵の攻撃から身を守ってくれたのだろう。
そのドレスはいたるところが黒く焦げ、損傷してしまっている。
桃神はすぐに立ち上がった。
また、いつものような笑みを見せて。
「ごめん……!! 私ってばドジだから!! もう一回やれば多分なんとか……」
「どうして……」
「え?」
「どうして笑ってるの!? 死にかけたんだよ!? 次もダメかもしれないんだよ!? ドレスだってボロボロじゃん!!」
「だって……私しかいないから」
今度は力なく少女は笑った。
だからこそ、これは本音なのかもしれなかった。
「ずっと誰かの力になりたいって思ってたけど……どうしたらいいのかなんてわからなかったから……」
桃神は、言った。
「自分が傷つくくらいで誰かを守れるなら簡単かなあ、なんて思ったりするの」
「それじゃあ……あなたが……!!」
蒼乃の目から涙がこぼれていた。
同時に、天からは黒い雨が降ってきた。
魔法少女が反撃しないとみるや大規模な攻勢が始まったのだ。
雨脚が強まれば、この街は数分と待たず壊滅するだろう。
桃神は蒼乃を抱きしめた。
「私なら……大丈夫!! 本当に大丈夫だから……だから蒼乃さんは……」
ああ、まただ。
助ける時はこうやって、抱きしめてくれる。
自分よりも一回り小さなこの体で。
蒼乃は桃神を抱きしめ返した。
「あ、蒼乃さん……?」
「放さない……」
頭にはまだ、幼きころの罪の記憶。
人の好意をびりびりに破り捨てた行いが、頭をもたげ、胸を引き裂くよう。
それでも、あの時の行いを償うとするならば。
できることはひとつだけだ。
「私も……いっしょにやる。魔法少女は想いの力で戦うんでしょう? 私のなけなしの想い……全部あなたにあげる」
顔も覚えていない誰かにしてしまったことを、目の前の相手ですすごうなんて都合の良い話だってわかっている。
でも、それしかないのだと思った。
蒼乃実里という人間の人生に刻み込まれてしまった罪を償う方法は。
自称妖精の声が遠くに聞こえる。
蒼乃はただ、桃神にその身を委ねた。
仮に、これで終わりだとしても。
一方的に見捨てたりなんてことにはならない。
二人でいっしょだ。
「ありがとう……蒼乃さん……何だか力が湧いてきたよ……!!」
蒼乃はそっと微笑む。
仮に空元気だとしてもその一言だけで――。
「はああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!」
「ああああ!? 耳元で叫ばないで!! 鼓膜が!!」
マンションの屋上。
その外周を桃色のアホ毛が走る。
あいまいな魔法陣なんかではなく、はっきりとした図形を作っていた。
これは……?
「ハート……? いやもしかして……」
桃型。
桃神だけに――。
「蒼乃さん!! いっしょに叫んで!!」
「叫ぶって!?」
気付く。
必殺技、もとい浄化技の名前のことか。
何て叫ぶか?
決まっている。
桃神が撃つビームなんだから、名前は――。
「「桃神ビィィィィィィィィィィィィム!!」」
巨大な桃型の陣からごん太ビームが発射される。
黒い雲を突き抜けて、桃色にくりぬいた。
やばかったのはここからだった。
「うおおおおぉぉぉぉ!! 蒼乃さん!! もっと抱いて!!」
「え!? ええええ!? 別にいいけど!?」
魔法少女の浄化技ってこういうものだっけ?
蒼乃の疑問はどこへやら、二人は戦闘中に互いをより強く抱きしめた。
より温もりが近くに感じられる……。
そんな中、蒼乃の鼻がぴくぴくと反応した。
「桃神さん、お風呂入ってないって言ってたけど結構良い匂いだね……」
「……!! は」
「恥ずかしいぃぃぃぃーーーーー!!」
桃型の魔法陣が決壊する。
壊れた水道管のように桃色の光線を巻き散らす。
雲型モンスターは完全に消え去った。
街に脅威を降り注ぐ前に、愛を振りまく魔法少女と勇気ある普通の少女により倒されたのである。
「も……桃神さん?」
魔法少女は既に変身を解除。
顔を真っ赤にして膝をついている。
自称妖精がしたり顔でやってきた。
「なるほどね。あなた達二人は思った以上に相性が良いのかも。……でも、保険も打っておきたいわね。そうなると人数を……」
「冷静に言ってる場合ですか!? 桃神さんが……動かなくなっちゃった……」
桃神がハタと気づく。
「わわ……!! ごめんね蒼乃さん!! 迷惑だったよね!! 強く抱きしめちゃったね!! やっぱ臭かった!? ごめんね!!」
「い、いいよそんなに慌てなくても……。私達無事だったんだし……。それに……」
「それに……?」
深呼吸をする。
この桃のようにフルーティーな体臭の少女。
不思議なこの子に、言いたいことがある。
やっと言い出すことができる、そんな一言を。
「迷惑だなんて……そんな言い方やめて。これからは二人でいっしょに戦うんだから」
「蒼乃さん……!!」
ぎゅっ!!(桃神のアホ毛が蒼乃を捕獲する音)
「うわああああん!! 蒼乃さんありがとぉぉぉぉ!!」
「うわああああぁ!! アホ毛で持ち上げないでぇぇぇぇ!!」
屋上で二人の少女が歓声を上げていることを、街の人は誰も知らない。
二人で放った浄化技、その
桃色の光は、街をきらきらと照らしていた。