戦いが終わった次の週末、蒼乃はまた河川敷へと向かった。
はからずも桃神司と一緒に戦うと宣言したので、今後について話し合うためだ。
私服に着替えて、親には友達と遊びに行くと伝えた。
普通の子は普通にやっていることだろうに、なぜか緊張した。
外に出れば晴れやかなもの。
少しの緊張とささやかな期待。
まったく先週は嫌がっていたくせに都合が良いとは本人も思っている。
桃神司のパートナーとして戦いに協力する。
その事実が蒼乃の中に自尊心を生みつつあった。
蒼乃は到着する前に、上りかけた太陽に小さく祈る。
来週も、そのまた来週もこんな日が続きますように、と。
●
「びええええん!! 有魔記念負けたああああぁぁぁぁ!!」
「あ、蒼乃さん!! おはよーーーー!!」
「え、うん、おはよう」
テントから飛び出す奇声とはみ出るアホ毛。
どうしよう……前者の人(妖精)は放っておいた方がいいのかな……。
「いやあー、わかってたんだけどね!! 一着のやつがくるってのはね!! でもやっぱり……ロマンを追ってこその使い魔レースじゃない!! 暮れの大一番じゃない!! 推しがG1使い魔になることを願うことの何がいけないというの? 何も後悔なんてない……!! 1万スッたわ」
「聞いてないのにペラペラしゃべり出した……!!」
この自称妖精は本当に大丈夫なんだろうか。
というかさらっと「1万スッた」って付け足さなかった?
「桃神さん、普段の生活はつらくない? 苦しくなったらいつでも……その……頼ってくれていいから」
「ありがとう蒼乃さん!! 妖精さんは私の生活費までは使わないから、安心だよ!!」
「基準がそこなのはどうなの……?」
魔法少女のおサイフは妖精が管理しているということか。
今の一件だけでも相当不安になるけど。
「それよりも……蒼乃さん……」
桃神がアホ毛をもじもじさせている。
その魅惑の動きに蒼乃まで顔が赤くなっていく。
何を言わんとしているのか、だいたい予想がつく。
「この前の戦いはありがとう!! 蒼乃さんがいなかったら私……勝つことができなかったと思う!! 本当にありがとう!!」
顔を赤らめながら「でも匂いをかいだのは忘れてね!!」と付け足したのは、桃神なりの照れ隠しなんだろうか。
桃みたいな良い匂いがしたのに。
思いっきり抱き合ったことの方が、よほど恥ずかしい。
蒼乃は気取られまいと、魔法少女のパートナーとして真っ当な質問をするよう心掛けた。
「でもあれだけのことがあったのに街の人はまだ気づいていないの?」
「それについては私が説明するわ」
自称妖精が名誉挽回といわんばかりに説明を始めた。
「街の人間たちからしたら急に曇って割とすぐ晴れた……その程度の認識ね。黒い雨が降り出したから多少の被害は出たけど、最後に桃色の光が街を照らしてたでしょ? あれで部分的に時間を巻き戻したから被害は出てないも同然よ」
さらっとすごいことを言った気がする。
それにしたって誰も気づかないのは不自然な気もするけど……。
現代社会において信仰されているのは科学であり合理性だから、なんて一言を自称妖精は付け加える。
確かに蒼乃とて、桃神と出会っていなければ何も気づかずにいつもと変わらない一日を過ごしていたかもしれない。
まあ、でも。
「釈然としないって顔ね」
「だって桃神さんがあんなに体を張って頑張ったのに……みんな、そのことを知らないなんて……」
「私は大丈夫だよ!!」と蒼乃の背中をアホ毛が優しくさすってくれた。
確かに桃神は気にする性格じゃないだろう。
だからこそ、自分が気にしなければいけないという想いに蒼乃は駆られるのだった。
自称妖精が我が意を得たりと説明を続けた。
「そう、誰も全く気にしないというのが今回の議題よ。魔法少女の力の根源は想いの力……。それは第三者からの
蒼乃にも話がわかってきた。
確かに存在するとすら思われていないのだから、憧れるも何もない。
現に桃神が自己紹介で魔法少女だとおおっぴらに明かしていた時も誰も信じていなかった。
「というか、あの自己紹介もそういう……?」
「うん!! 信じてくれる子がいるかなあ~って思って言ってみた!!」
……それはそれで
なんて思っても蒼乃は口に出さない。
自分も信じなかったわけだし。
「前に来たモンスターがかなり大型だったけど、敵も消耗したから次に来る間隔は長くなると予想されるわ!! その分こっちも準備する時間ができるわ!!」
「準備って……何の?」
「魔法少女認知度アップ作戦よ」
「魔法少女……認知度アップ作戦!?」
恐ろしく間の抜けた響き。
何だろう、イヤな予感がする。
「あー、私、今日はもう帰ろうかな……」
「蒼乃さん、手伝ってくれるよね……?」(うるうるお目々)
「うぐ……!!」
魔法少女特有のキラキラお目目からの上目遣い。
蒼乃は静かに頷くほかないのだった。
●
「……で、その結果がこのノボリを持っての
「ふふ、何だか楽しいね、蒼乃さん!!」
小さなため息を吐いて、川沿いの道を二人で歩く。
蒼乃の手にしたビビッドな光を放つノボリ(正式名称マジカルシャイニングノボリ)にははっきりと『魔法少女』と書いてある。
桃から産まれた
正直、蒼乃も恥ずかしいのだが「宇宙が滅びるのと自らの
なお自称妖精は他に用があるとかで手伝ってくれないらしい。
ちなみに『魔法少女』の裏には『全宇宙一』と書いている。
「でも、これ意味あるのかな……? 変な小学生が変なことをしてるとしか思われないんじゃあ……」
「ううん!! こうやっていればみんなの頭に魔法少女のことがアピールできるからね!! まずは魔法少女のことを意識してもらうことから始めなきゃ!!」
「それはそうなんだけど……」
蒼乃とて理屈はわかる。
次に何かが起こった時に『魔法少女』という単語を思い出せば、『もしかしたら魔法少女が何とかしてくれるかも……!!』と考えるかもしれないということだ。
あまりにも草の根すぎる活動。
まさか通りがかった人も本物の魔法少女がやっているとは思わないだろう……。
(まあ協力すると言った手前、やり遂げるしかないよね。知り合いとかに見られさえしなければ大丈夫……大丈夫……)
「あれ隣のクラスの蒼乃じゃないか? おーい!! 何してんだ蒼乃!!」
「ぶふっ!!」
遠くから見知った顔が二人ほど手を振りながらやってくる。
むせ返った蒼乃は、桃神に背中をさすられるのだった。
アホ毛で。
●
「へー魔法少女!! そういえば隣のクラスの転校生が魔法少女を名乗るヤバ……変わったヤツだって聞いたなあ!!」
「あは、あははは……」
なぜか得意げな顔をしている桃神の横で蒼乃は乾いた笑い声を出した。
よりによって同じ学年の女子二人に見られるとは。
一刻も早くこの時間が過ぎ去ってほしい。
桃神とノボリをマジマジと見つめているのが
蒼乃とは去年同じクラスだった。
人をあだ名で呼ぶタイプの人種であり、『ミノリン』なるネーミングに当時の蒼乃は拒絶反応を示した。
一度ことわってからは蒼乃呼びだが、だからといって根本的に違うノリの差が埋まることはないのだった。
「恵……あんまりジロジロ見るの、良くないよ」
少し離れたところで待っているのは
こちらも一度は同じクラスだったはずだが、蒼乃とはほとんど話したことがない。
だいたいは一人でいるタイプで、大人しい性格くらいの印象しか持っていない。
正直、性格が全く違う柿原と一緒にいるのがかなり意外だ。
蒼乃としては、二人が早急に立ち去ってくれるのを祈るのみである。
要するに、会話が弾んでほしくないんだけど……。
「カッキーさんに彩ちゃんだね!! 私、桃神司!! 魔法少女です!!」
「だはは!! ノリが良いじゃん!! よろしくなモモガー!!」
「恵、いきなりあだ名で呼ぶのはどうなの? あと何そのミミガーみたいな響き」
「桃神だからモモガーだろ。モモガー、やっぱり魔法少女ってさ~えっちなピンチになったりすんの?」
「恵!!」
苺谷のドツキが柿原の頭部に
「魔法少女はえっちな攻撃に負けたりしないよ!!」という桃神の言はとりあえず放っておこう。
……実際のところどうなのかは置いといて。
「ふ、二人は何をしてたの……?」
蒼乃渾身の会話ぶっこみ。
二人に今後の予定を思い出してもらい、そのまま別れる作戦だ。
お返しといわんばかり苺谷の頭をくしゅくしゅししていた柿原が答える。
「イチゴンが河原でスケッチしたいって言うから付き合うことにした。な、イチゴン」
「普段そんな呼び方してないでしょ!? 付き合ってくれるのは嬉しいけど……」
名前のごとく顔を赤くする苺谷。
まんざらでもなさそうな柿原。
仲
(いや、いいから早く行ってほしいんだけど……)
結局、二人とはその後別れた。
笑顔で見送るつもりが、去り際に「えっちな攻撃に負けんなよー!! 魔法少女ー!!」と叫ばれて酷く引きつってしまった。
「いやあ、これでまた一歩、魔法少女の存在をアピールできたね!!」
「そう……? ひたすらえっちな攻撃に弱いかどうかを聞かれただけな気が……」
実際に桃神がえっちな攻撃に弱いのか……は考えること自体失礼な気がするから止めておこう。
あの二人もまさか、桃神が本物の魔法少女とは思わなかっただろうし。
この件がこれでお終い――のはずだった。
「いいかもね、あの二人」
「ひょわ!? 自称妖精!? こんなダサいノボリで歩かせて、あなたは今まで何を……」
「あら失礼ね。私は探していたのよ……蒼乃さんにつぐ魔法少女の協力者……適性を持つふさわしい人物をね」
「協力者……?」
蒼乃の心臓がどくんと脈打つ。
なぜだろう、そんなにおかしなことではないはずなのに。
「そうよ。今の桃神はその力を強く蒼乃さんに依存している……。要するに蒼乃さんに何かあったら終わりなのよ。他にも協力者が必要なのよ。魔法少女の存在を信じる、純粋な少女がね」
「で、でもあの二人そんな感じじゃ……!!」
自称妖精が首を横に振る。
「そうかしら? 私の見立てではあの二人以上の少女はいないわ。柿原さん、まるで魔法少女にとっての日常を象徴するような明るさ。それにあの子の俗っぽさは魔法少女に新たな風を吹き込んでくれると確信しているわ。苺谷さん、あの子はスケッチしに行くと言ってたけど……衣装のデザインとかにも凝ってるクチね。創造性は魔法少女の基本とも言えるわ。それに柿と苺……二人とも名字に果物の名前が入ってて魔法少女的に縁起がいい」
「で、でもでも……!!」
その後の言葉は続かなかった。
「私がもういるから、十分」だなんて言えるわけがない。
蒼乃は気づいてしまった。
自分はやっと仲良くなれた桃神との二人きりの関係を崩されたくないのだ。
だから二人を桃神から遠ざけたかった。
「桃神さんは……?」「え……?」
「桃神さんは? あの二人がいる方が嬉しい? 私だけじゃ……不安?」
「私は……その……」
桃神がうつむく。
ああ、なんて面倒くさい質問をしてしまったんだ。
パートナーを困らせるだけだなんて、やっぱり自分なんかじゃ――。
「うおおおおぉぉぉぉ!? なんだこいつーーーー!!」
叫び声が聞こえた。
さっき聞いたばかりの声。
顔を見合わせる。
「柿原さんの声……!?」「行こう!! 蒼乃さん!!」
蒼乃は桃神、自称妖精とともに声がする方へ。
薄暗い気持ちは胸に残ったままだった。