河川敷では二人の少女が黒い塊と向き合っていた。
なおも慌てふためいた様子で、片方の少女が声を張り上げる。
「こいつ動物かあ!? なあ彩、警察と保健所どっちが先だと思う!?」
「どっちも違うくない!? というかこっちに来てるような……!!」
「……。これってあれか? パニック物とかでとりあえず最初に死ぬポジション」
「冗談じゃない!! 逃げ――」
黒い塊が突如宙に伸びる。
そのまま少女二人へとダイブせんと反り返った。
警察でも保健所でもない。
今必要なのは――。
「わあああぁぁぁぁ!?」「助けて魔法少女ーーーー!!」
桃色の閃光が走った。
次の瞬間には謎の軟体は弾き飛んでいるではないか!!
閃光はよく見れば少女だった。
桃色のドレス、手にした巨大なハンマー、そして無暗やたらに長いアホ毛。
そう、あれは――。
「ま、魔法少女ーーーー!?」
「あれモモガーじゃね? じゃあ……映画とかの撮影……? カメラどこだ?」
「や、やっと追いついた……」
「あ、蒼乃!! あれ映画の撮影用のなんかか!? ちゃんと管理してないから襲ってきたぞ!!」
「そういうんじゃないから……!! ほら安全なところまで逃げるわよ……!!」
蒼乃が桃神に視線をやる。
自信たっぷりの頷きが返ってきた。
……ここは桃神と自称妖精に任せよう。
とにかく事情を知らない二人を安全なところへと連れていくのだ。
蒼乃ができるのはそれくらいのことだ。
「さ……早く……!!」
その場から離れる際に一瞬だけ振り返る。
あの軟体型の怪物が何をしてくるのか気にはなったが、桃神ならきっと大丈夫だ。
ドレスはかなり強い攻撃も弾くようだし、この前の雲形と比べれば――。
「……」
嫌な予感は気のせいだと決めこんで、蒼乃は二人を誘導した。
●
「……で、モモガーは本物の魔法少女、蒼乃はそのパートナー。この街はモンスターに襲われています。あのスライムみたいなやつは倒したことのあるモンスターの残り、と」
「にわかには信じがたい話です……」
安全と思えるところまで来て、蒼乃は改めて状況を説明したが、この通りの反応。
蒼乃自身、これでわかってもらえるとは思っていない。
自分を落ち着かせるため、ふうっとため息を吐く。
「後は家まで帰って。私は桃神さんの様子を見に行くから」
「ええ!? それは危ないだろ!! 危険な時はまず自分の身を守らないと!!」
「桃神さんが魔法少女だとして蒼乃さんは普通の人ですよね? 戻る意味あるんですか?」
うぐ。
なかなか痛いところを突いて来るな、この人たち。
「説明が面倒だから省くけど私の想いの力があったら、桃神さんはパワーアップすることができるの。それに……私は桃神さんを一人にしないって決めたから」
「なあ、蒼乃……」
「なに柿原さん。言っとくけど止めても無駄だから」
「魔法少女のパートナーってやつはさ……何か変わった体質なのか?」
「は?」と思わず声が出る。
何か言いたそうな柿原の横で苺谷も目を丸くしている。
一刻も早く桃神のところに行かないといけないのに何だというのか。
出鼻をくじかれたせいか、背中の方がむずむずとかゆくなってきた。
……。
違う。
これ、背中に、何かいる。
「うわああああぁぁぁぁ!? 背中にモンスターが!?」
「お、落ち着け蒼乃ーーーー!! 上着脱げ!! 脱げ!!」
「わ、私……失神しそう……」
蒼乃の上着には先ほどの軟体怪物の一部が取りついていたのだ。
今は服を引っ張るようにもごもご動いている。
いよいよ服を脱ぐ直前、怪物は飛び出した。
黒い塊はぶくぶくと大きくなり三人の前に。
「死んだふり……は意味ないんだっけ? あは、あははは……」
「これはきっと夢……目を覚ましたら日曜日の朝、楽しい時間が待ってます……」
すっかり虚ろな目をしている二人は、もう逃げることすら忘れている。
(どうしよう……!! 桃神さんがいないのに……!!)
蒼乃とて足が震えていた。
歯だってガチガチなっている。
襲われたら、その時は一巻の終わりだろう。
もしも桃神と会う前だったら、泣き叫んで逃げていた。
いや、そうするべきなのだ。
でも、そうしなかった。
「ふ……ふた、二人とも……私が……お、おと……オトリになるから……逃げて……」
「は……!?」「え……!?」
自称妖精から二人を引き入れることを聞いた時、正直うれしいとは思わなかった。
それでも、できるはずなんてない。
何も知らない、巻き込まれただけの人間を放っておくなんて。
黒い塊がその体を引きずるように近づいて来る。
「蒼乃……!! お前……!!」「蒼乃さん……!!」
「大丈夫……!! 桃神さんはあんなやつになんて絶対に負けない!! もうすぐ助けに来てくれるはずだから……!!」
黒い塊が
心臓が浮かび上がるくらいの恐怖。
それでも蒼乃は引かなかった。
魔法少女はこういう時に助けに来てくれるものだと信じていたからだ。
「蒼乃ーーーーー!!」「蒼乃さん!!」
黒い塊が飛び上がり、そして――。
ぶん投げられた桃色ハンマーが命中し横に吹っ飛んでいった。
柿原と苺谷の歓声が上がる。
何が起こったのか蒼乃にはわかっていた。
「桃神さん……!!」
やっぱり来てくれた。
ピンチの時に来てくれるスーパーヒロイン。
桃神司はそこにいた。
いつものように桃色のボロボロなドレスで悠然と――。
「え……? ボロボロ……!?」
桃神のドレスはところどころが破れていた。
というか、溶けていた。
見えすぎない程度に肌が露わになってしまっている。
前の時は直撃を食らっても割と無事だったのに!!
「うう……さっきの敵、倒せたけどきつかったよお……叩いてもあんまり効かなかったし……」
「私の采配ミスね。思ったより桃神の力は戻ってなかったわ。メンゴ」
メンゴじゃないんだよこの自称妖精。
桃神はハンマーでぼこぼこと軟体を殴りつけるも、その弾力性に阻まれていた。
黒い塊が体の一部を飛ばす。
小さな悲鳴と共に桃神のドレスに着弾。
どろっと当たった部分がまた溶けていった。
少しの恥じらいと共に、桃神が態勢を戻す。
「あの怪物、何てその……
「や、やっぱり魔法少女だからえっちな攻撃に弱いんじゃないか……?」
「恵!! そういうこと言ってる場合じゃない!!」
「苺谷さんがいるとツッコミの手間が省ける」なんて悠長なことを言ってる場合ではない。
桃神が助けに来てくれたのに見てることしかできないなんて――。
……いや、誰がそう決めた。
「自称妖精!! 私達にできることはないの!?」
「ふふ、よく聞いてくたわね……はい」
「これは……『魔法少女』のノボリ? 今こんなものを出されても……!!」
「よく聞きなさい。桃神は思ったよりも危ない状態よ。ドレスがなければ普通の人間が生身で攻撃されるのと変わらないもの。次の一撃にかけるしかないわ」
ノドがゴクリと鳴った。
「その旗をもって桃神を全力で応援するのよ!! その声援が
「そ、そんな方法で……?」
今は魔法少女はそういうものだからで納得しておこう。
少しでも桃神の力になれるなら、やるしかない。
たとえ一人でもやってやる。
そう思って上りを握った手は、さらに二人の分の手がかぶさる。
「柿原さん、苺谷さん……?」
「モモガーが本当に魔法少女かは知らないけど……私達のために戦ってるってことくらいはわかるからさ」
「蒼乃さんだってさっき私達を助けてくれようとしました。応援するくらいのこと、私達にだって!!」
そうだ。
魔法少女だから応援するんじゃない。
誰かのために戦ってくれる、その人を応援するんだ。
「桃神さーん!! 頑張れー!!」
「やれーーーー!! はっ倒せーーーー!!」
「頑張れプリ……魔法少女ーーーー!!」
「みんな……ありがとう……」
桃神がハンマーを天高く掲げた。
「
そのままくるくると横回転。
声援の高まりに比例するようにドリルが
「なんか思ってたのと違うんだけど!?」
「いや……えっちな攻撃はほとんどが直接触れるもの……ああやって高速回転すればえっちな攻撃は防ぐことができるんだ!! 考えたなモモガー……!!」
「がんがえーーーー!! ぷいきゅあーーーー!!」
黒い軟体が再び体の一部を飛ばすも、高速回転中の桃神は一瞬で弾き飛ばす。
攻防一体、無敵の型。
その破壊力たるや、察すべし。
「くらえええええぇぇぇぇ!!」
桃色の竜巻が飛び上がる。
そのまま黒い軟体へと飛び込んだ。
叩くのではなく、円状に斬り裂く動きは怪物を一瞬で消し飛ばす。
桃色の竜巻が消えた時、今度こそ跡形も残らない。
魔法少女が悠然と立つだけだ。
「やった……!! 桃神さ……!?!?」
絶句。
桃神は確かに悠然と立っていた。
アホ毛はたなびき、本人もドヤ顔で元気そうだ。
問題はドレスだった。
ただでさえボロボロだったそれが、高速回転に耐えられるわけがない。
となれば、今の状態は――。
「うわあああ!! 隠さないと!! 柿原さんと苺谷さんも!! お願い!!」
「アホ毛だ!! アホ毛を胸のあたりに良い感じにかぶせろ!!」
「わ、私は股間を!!」
全員で桃神の身体をガードする。
何でみながそんなに慌てているのか、やっと気づいた桃神は少し照れくさそうに言うのだ。
「えへへ、みんなのおかげで私の体が守られている……。まごころの一張羅だね!!」
「「「言ってる場合かーーーー!!」」」
三人分のツッコミが重なった。
「魔法少女とついに集まった仲間達。この先、どんな苦難が待ち受けているとしても、きっと乗り越えていくのだろう……だって、この戦いを通して彼女達には確かな絆が生まれたのだから……」
「独り言いってないで自称妖精も手伝って!!」