だから俺はそっとこの気持ちに蓋をする。
次の日、俺は目を真っ赤にしながら会社に行く。
同僚達に「七浦くんどうしたの!?」と聞かれ、「いや〜…花粉症が酷くて……」と苦し紛れの言い訳をする。
西浜さんと目が合ったが、彼女も思うところがあるらしくそっと目を背けた。
どれもこれも俺がはっきりしない性格なのが悪い。
私情を会社に持ち込むわけにはいかない、と俺は仕事に集中する。
だが、どうしてもメンタルと作業効率は比例してしまうらしい。
何度か叱責を受けて今日の業務は終わった。
どこかで諦めないと、とは思っているのだがどうしても決断ができない。
帰路に着こうと、会社から駅までの道のりを歩いていると、俺の前を西浜さんと見知らぬ男性が一緒に歩いていた。
「あっ……」
婚約者さんだろう。正直俺が勝てる要素は一つもないくらい完璧な人だった。
「あんな人が婚約者なら俺もう無理だわ、西浜さんも幸せそうなら……」と独り言をこぼす。
だけど俺は気づいてしまった。
「西浜さん…なんで彼と居て全然笑わないんだ?」
それどころか、俺には西浜さんが物凄く苦しそうな顔に見えたのである。
ただ、それを知ってなお俺にはこの二人の仲を引き裂く事を考えようなど、できなかったのである。
帰りの電車に乗ると、いつもの駅で北見さんに出会った。
「あっ、七浦さん……」
「北見さん、その…昨日はごめんね」
「いいんですよ、こちらこそすみません……」
こんな事に北見さんを巻き込む気はなかった。
けれど、今誰かに胸中を話さなければきっと俺はずっとこのままだろう。
「あの…!」
「あの……!」
言葉が重なる。
「……ふふっ、こんな偶然あるんですね」
北見さんは屈託な笑みを浮かべる。
「そうだね、じゃあ北見さんからどうぞ」
「ハンカチ…返したくて……またあの喫茶店行きませんか?」
「いいよ、俺も北見さんに話聞いて欲しかったから。」
北見さんは満面な笑みを浮かべて首を縦に振る。
喫茶店に入り、俺たちは前回と同じものを頼む。
先に話を切り出したのは北見さんだった。
「この間はハンカチありがとうございました。すみません……いきなり泣いちゃって…」
「いいんだよ、少しでも北見さんの励みになれたなら嬉しいし」
北見さんはほほ笑みを浮かべ、こう返した。
「今日は七浦さんがハンカチ使うでしょうし。」
「え……?」
「七浦さん、昨日からずっと辛そうな顔してますよ……?」
「あ……」
俺はぽつりぽつり、言葉を紡いだ。
北見さんはそんな俺の話を黙って聞いてくれた。
全て話し終えた後、俺は涙が止まらなかった。
「すみません…こんな顔見せたくなかったんですけどね……」
北見さんはそっと俺の手を取る。
北見さんの手は小さいけど暖かく優しい手をしていた。
「私、七浦さんの為に何も出来ないなって思ってたんですけど、少しは役に立てたみたいでよかった。七浦さんには申し訳ないんですけど、私今七浦さんが見せなかった顔を私に見せてくれてとっても嬉しいんですよ。」
「どういう……?」
「だって、それって心開いてくれてるってことじゃないですか。」
「あ……」
「私がアドバイスできる立場なのか…分かりませんが、心と心を通わせるって一見難しいように見えて別の目線から見てみたら案外簡単なことかも知れませんよ。」
「東大生の「簡単」はあんまり信用出来ないな…w」
「茶化さないでくださいよ…wでも、本音でぶつかれば必ず道は見えてくると思いますよ。出来ないって諦めちゃうのは簡単ですが、それは可能性を自分から潰しちゃう事と一緒なので…」
「うん、ありがとう。北見さんのおかげで勇気出たよ。」
改札に着き、別れようとすると北見さんが俺の裾を引っ張った。
「……北見さん?」
「あ…あのっ…………」
彼女は俯き言った。
「また……お話しましょうね…喫茶店で……」
「ええ、俺でよければいつでも」
改札口を通り、後ろを振り返ると北見さんが涙を流しながら手を振っていた。
「北見さ__」
北見さんは俺に背を向け走り出していた。
「俺は……大馬鹿者だ」
雨がぽつりぽつり降り始めていた。