家出少女の禪院さん 作:人の心
私は別に、今の階級について不満はない。
というか『一級呪術師』の中で特級呪術師を目指そうとしてる奴なんて、普通に考えてまずいない。
特級呪術師は最強云々以前に『斜め上』の立ち位置で、『国家転覆ができる』……
──『危険度』でリストアップされた『危険人物一覧』。
「それを踏まえた上で、なんて言いました?」
「茜。特級への昇格に興味はないかい?」
「私の実力は、ハッキリ言って一級の範疇だと思います」
乙骨さんに並ぶ呪力量。領域展開の会得。『落花の情』と特級クラスの呪具を組み合わせた戦いに、呪物に纏わる知識。
確かに私は、特級呪霊でも上位のもの以外は祓える自信がある。
だが、一級呪術師は特級呪霊とぶつかってもある程度は祓えるもので、私もその範疇を出ない。
あくまで冷静に自分の能力を評価した私に対して、五条先生は意外なことに頷いた。
「うん。だから茜はもっと格上と戦うべきだって事」
「……あの黒人術師みたいな?」
「ミゲルより強いやつだよ。アイツは確かに強いけど、今の茜なら割と勝てるんじゃない?」
いつもの無茶振りが始まった。
よく彼と関わっていた伊地知さんの、二十代に見えないほどくっきりとした顔の皺を思い出して渋い顔をする私に、彼は一枚の名刺を渡す。
「では、改めて。……『一級呪術師』禪院茜。東京で観測された特級呪霊『
「……はい」
「って言っても、流石に一人じゃ無理だろうからね。二人くらい同行させとくから、誰が来るかは楽しみに待っておくように!」
──誰が来るかによって準備は変わるんだから、明かしておいて欲しい。
盗聴防止の呪符が張り巡らされた高専の地下室に、また私の深いため息が響き渡った。
◆
現地に向かった私は、私よりさらに背の高い女性による壁ドンによって盛大な歓迎を受ける。
……唐突すぎて私も訳がわからないが、黒いドレスを纏った魔女のような女性はこちらを見下ろすと、鼻歌でも歌い出しそうな笑顔で指折り何かを計算し始めた。
「君は素晴らしいね。なんでも、4歳から術式を使った仕事をしていた、とても優秀な呪術師だそうじゃないか?」
「はいっ!姉様を喜ばせているところも素晴らしいです!」
「そうさ、実に素晴らしい呪術師だ。素晴らしいついでにどうだい?私と組んでビジネスをしてみる気はないかい?」
その長い『前髪の三つ編み』は、私もよく知っている。
──冥冥、一級呪術師。
カラスを操る生得術式から『最強の一撃』を生み出した努力の人にして、損得勘定のみで動く超・現実主義者。
決して打算無くしては動かない人で、今回も依頼のために相当な額を積んだ……との話だったのだが、その上でもなお利益を求めるらしい。噂に違わぬ貪欲さである。
「そのお申し出は嬉しいです。ですが、遠出が増えそうなので、その辺はお断りさせて頂きたく。申し訳ありません」
「そうか……残念だよ、禪院茜。守銭奴の君とは仲良くできると思っていたのだけどね」
確かに、私は守銭奴だった。
けど、今となっては金より時間の方が貴重なくらいだ。
五条さんはその辺で気が合うと思って組ませたのかもだけど、だとすれば冥冥さんには悪いことをしたかもしれない。
「まさか姉様の提案をあっさりと……!!型破りの呪術師とは聞いていたが、まさかここまで……!!」
「おや、型破りはなにも彼女だけじゃないさ。むしろ今から来る
もう一人。
あれ?と首を傾げた私は、強烈なタバコと香水の匂いに思わず振り返る。
──そこには、半グレと愛人がいた。
思わず距離をとった私を無視し、半グレは憂憂さんの方を見て微笑んだ。
「ヒュウ!いいねぇ、その目の奥の熱!五条さんの話に違わぬ熱い女だな、禪院茜!」
「金ちゃん、その子は明らかに男の子でしょ!……ほんとバカなんだから」
金ちゃん。型破り。
そのワードで、私は『ある先輩』の名前を思い出す。
──あまりにも型を破りすぎて停学になった、3年の先輩。
「禪院茜はレインコートの方!こっちは情報どおり175?……ちょい、くらいのサイズ感じゃん」
「はい。私が禪院茜です」
綺羅羅先輩に肩をぽん、と叩かれ、少しビビりながらも頭を下げる。
すると、秤先輩はキョロキョロと私と憂憂さんの顔を見比べた後、頭を抱えながら盛大に天を仰いだ。
「マジかぁぁぁ!クッソ、こんな恥ずいのさんざんイキっといて漢検4級に落ちたとき以来だぜ!」
「大丈夫です。私も去年、漢検3級落ちたので」
「まさかの金ちゃんと同レベル!?」
「……その、実は中学行ってないんですよね」
「ウソじゃん?金ちゃんも学校には行ってたんだよ?……金ちゃんですらだよ!?」
「綺羅羅、あんまり俺と後輩をいじめんじゃねーよ」
ドン引きする綺羅羅先輩の前、秤さんはとても綺麗な目をしながらこちらに手を差し伸べてきた。
それはまるで、TVの中で外国に放り出された芸能人が、その国で幸運にも日本人を見つけた時の表情にとてもよく似ていて。
──私も、正直言って同じ感覚を味わっていた、ような気がする。
「秤金次だ。点数計算から大当たり確率の割り出し方まで、なんでも俺に聞くといい。勉強なら綺羅羅が教えてくれるぜ」
「禪院茜です!ご親切にしてもらったところ申し訳ないですが全部6歳の時点で習得済みです、家庭の事情で!」
「……茜ちゃん、けっこーエグめの家庭に育ってるんだね。大丈夫?私でよければ相談に乗るよ?」
二人の優しい言葉に思わず頬を緩めた所で、しかし『嫌な気配』がした私は思わず『千手』を構築する。
──呪霊は、人間の都合など欠片ほども気にせず襲いかかってくる。
「来るよ!……領域持ち、構えて!」
「あいよ!」
「姉様!」
そして、各々が領域を展開しようと構えた、その瞬間。
──ソイツは、姿を現した。
「私ハ、鉄ノ味ガ好キダ!!」
「うわ、キモ……ッ!」
綺羅羅さんの忌憚のない悲鳴が響くなか、まず最初に動いたのは冥冥さんと、そばに控えていた憂憂さんの二人。
彼女は斧を受け取ったが、前線に出たのは憂憂さんの方だった。
「私のために死んでくれるかい?憂憂」
「姉様のために、死ねるのですか?」
「!?」
冥冥さんが前に出るのかと思っていた矢先、無防備だった憂憂さんがなぜか一番前に出る。
当然ながら、ゴキブリの群れは真っ先に彼をターゲットにして集中する。
しかし、ゴキブリの群れはなぜか彼に届く寸前、次々に『侵入を拒まれて』地面に落下していく。
──それは、例えるなら『結界』に弾かれたような。
そこまで考えて、私はある一つの術式に思い至った。
「アレはシン陰流の『簡易領域』!?いや、『落花の情』も領域対策以外で使えるんだから有り得なくはないの……!?」
「おや、驚かせちゃったかな?……ほら、そろそろ『射程』だよ」
「領域展開、『坐殺博徒』ォ!」
そして、ゴキブリの後ろに隠れていた『本体』が近づいた瞬間、周囲に電車のドアやが現れる。
それだけではない、在りし日の甚爾さんから教えられたようなパチンコのルール、ついでにTVで見たことのあるアニメのキャラ情報などが、私の脳内に溢れ出して来たのだ。
──術式の開示、そして攻撃準備までもがデフォルトで付与された領域。
「秤!貴様は姉様の頭にまでこのゴミみたいな情報を流したのか!?」
「気にするな憂憂。……面白い術式じゃないか。私は嫌いじゃないね」
「さあ!アツい戦いにしようぜ!」
ゴキブリから生まれた特級呪霊『黒沐死』の討伐任務。
滑り出しは、好調と言えた。