家出少女の禪院さん 作:人の心
運動不足の細い脚に鞭を打ち、私は走る。
何があったのか、それだけを聞くために傷む肺に喝を入れ、タクシーまで捕まえて急いだ東京高専の教室で。
──私は、笑顔の五条さんに紹介されていた。
なんか生徒の名前とか色々紹介された時点で、おかしい気はしていた。
「この子は茜。未就学で家出して呪術師になった超・早熟ガールだよ。金には厳格だから気をつけてね!」
「ハァ、ハァ……『日本が終わる』って、何が……!?急ぎましたけど、何をすれば……!?」
「2週間後に新宿と東京が襲われるからね。茜に急いでもらったのは……久々に緊張して欲しかったから!」
悪びれもなく笑う五条さん。
私はその言葉に、怒りより先に疲れやら何やらで膝をついてしまう。
危機は本当だ。けど、焦る必要はないのに、私は無駄に走らされたことになるわけだ。
──この人はどこまで行っても、あの直哉さんと同じ
「こ、こんぶ!」
「ああ。流石に可哀想だぜ!」
「五条先生、流石にこれは可哀想じゃないですか?」
「……おい、顔色悪いぞ!誰か硝子さん呼んでこい!」
「……お金……」
生徒さんたちの声もそのまま、私の頭に浮かんだのはそれだった。
足はいい、肺もいい。
死にかけることは術師にとっていい成長の機会だから、それは許そう。
──でも、金。
「五条先生、まず往復の交通費として7万円頂きますよ!」
「えっ、いきなり?」
「必要経費は負担してください、高専の役目でしょう!?仕事のギャラは……じゃあ5千万!あと、看護師資格ないし介護士資格を有する補助監督を3人うちの部屋に送って8時間交代で母を介護してもらいます!私はあっちに戻れないんでそうするしかないですから!いいですね!!」
「……あ、うん。茜はまず仕事内容を聞こうか。その金次第で魂売るスタンス、『呪詛師の傾向』って学長に警戒されてたからね」
少し五条さんが引いている。
詰め寄りすぎたか、と思って生徒の人たちの方を見ると、最初の方はずっと怪訝そうな顔をしていた真希さんがぽん、と優しく私の肩に手を置いた。
「まぁ、これもなんかのよしみだろ。……
「うわ真希ひっどーい!僕が女子中学生に何か悪いことでもすると思ってるの?」
「まさか。親の介護とマンションの管理でそれなりに忙しい中学生を無為に急かして県外まで連れてくるみたいなことはしないと信じてますよ、五条さん?」
無言で私から目を逸らす五条さん。
だが、彼はしばらくしてチョークを手に取ると、そのまま黒板に何かを書き始めた。
「クリスマスイブに、東京と京都。夏油傑はこの2点を目掛けて、千匹の呪霊を放つ『百鬼夜行』を行うつもりだ」
「それだけなら……」
現役は退いていたが、噂には聞いていた。
『乙骨』という特級呪術師がいるのだと。
呪霊の
……なんなら両方とも五条先生1人でなんとかなる。
「って、思うじゃん?……けどね、この『夏油傑』って男は負け戦を挑んでくるようなキャラの馬鹿じゃないんだ」
「私は、その
深く頷く五条さんに、私の中で警戒のボルテージが上がるのを感じる。
この人は、基本的に無駄な警戒をしない。無敵の術式を持っていることもあり、普段は油断してると言っても良いくらいだ。
つまり、逆に言えば
「そう。だから今から住み込みで高専の警備をして。で、当日は僕の護衛をやってほしい」
「なんで、そんな無駄な所に人員をさくんですか?」
「無駄にはならないさ。夏油なら、たぶん
つまり、私のするべきことはこう。
・学校で有事に備える。場合によっては夏油と交戦。
・五条さんの足止めができるレベルの強い奴と戦う。
・五条先生が事件を解決するまでの時間稼ぎか、できれば倒す。
……こうして纏めると、ひどく無茶振りをされている気分になる。
「……いくら。高菜?」
「ん?……ああ、茜には10分くらい戦ってもらう事になると思う。夏油が用意した特級呪霊か、そんくらいの呪詛師かはわからない。……ま、くれぐれも時間稼ぎと妨害に徹すること」
「私に死ねと!?……4倍吹っ掛ければよかった!」
「茜って2億なら命かけるんだね。それに、別に死ねともいってないよ」
五条先生相手に時間稼ぎができる。
その時点で特級呪霊としても強者の部類に入るだろう。
そんな強者に対して、私は10分。
このシチュエーションでは無限に思えるほど長い時間の足止めをしなければならない。
──やらなくてもわかる、確実に死ぬ。
「あの、五条先生。それ、僕でもいいんじゃ……?」
「いや……乙骨は夏油と戦う可能性があるから温存したい。ぶっちゃけ、茜ってこの中だと僕と乙骨の次くらいにはやれると思ってんだよね。だから、相手の二番手を討つには茜が最適なんだよ」
改めて、教室を見渡す。
まず、真希さん。
座る姿にすら隙がなく、呪具使いとしてやり合ったら多分1分も持たない。
というか、私は1分も運動できない。
狗巻さん。
ちょっと正気じゃない語彙をしているのは、恐らく『狗巻家』相伝『呪言』の暴発を防ぐためにだと思われる。
私と彼が本気で戦えば、たぶん『死ね』だけで終わる。
少しタイムラグがあるので10秒くらい。それで死ぬ。
パンダ。
どう見てもパンダだ。指の本数は少ないけれど。
人間が野生動物と戦ってはいけない。
彼が気まぐれを起こせば5秒で死ぬ。
乙骨さんの次?
……こんな錚々たる面子のなかでそう言えるほど、私は強い自信がない。
「……無理ですって」
「おい、なんで俺から距離を取るんだ!?パンダかわいいだろ!だってパンダだぞ!」
「動物は苦手なんで……」
教卓を盾にして後ずさる私に、パンダさんが非難の声を上げる。
その姿を見た五条さんは、笑顔を浮かべながら頭を指さした。
「茜はさ、ちょっと
「生得術式が構築術式だから、じゃないんですか?」
「じゃない。誤解しないで。……ぶっちゃけ、どんな術式だろうと一級までは割といるものなんだよ。茜は呪力量が多いから尚更ね」
そうは言われても、自分の能力はあまり戦闘向けではないはずだ。
身体能力も生まれつき低いし、呪力がいくらあっても……はっきり言って宝の持ち腐れだとすら思っている。
「要するに、発想力だよ。相伝の術式が強いのはさ……発想力を持った先人が色々試したからって部分が大きいわけ」
発想力。
つまり、私に求められてる事は『呪具を大量に出して使い捨てる戦い方』でもなく、『呪具でみんなの戦力を強化して帰る』でもなく、『よくわからないけどもっと良いやり方で五条先生並みに強い人と戦えるようになる』こと。
──ますます難題を求められているような気がするのは、気のせいだろうか。
私は唸りながら考えるも、何もアイデアが出ないまま放課後を迎えたのだった。
◆
そして迎えた、百鬼夜行の当日。
新宿全体の索敵を終えた五条さんは私に「強そうな黒人!」とだけ言い残すと、全速力で学校まで駆け出して行った。
固まる私の視界に、ガタイのいい男の姿が映る。
半ば本能的にコピー品の『游雲』で顔を狙うも、ソイツはスライディングで私の攻撃を避けてみせた。
「待テ五ジョ……ホワット!?」
「不意打ったんだけど……?」
思わず固まってしまい、男と目が合う。
すると今度は舌打ちと同時に回し蹴りが飛んできて、私はガードで上げた呪具ごと大きく吹き飛ばされてしまった。
──術式を使わない状態でなお、術式と呪具を使った私より強い相手。
ヤバい。
濃密な死の予感に、肌が粟立つ。
けど、私は退く事ができない。
「子供ジャネーカ!!怪我シネーウチニ帰レ!!」
「帰りたいよ私だって!!でも……ここを任されたから!」
「チッ……邪魔スンナ!」
男の怒声。私の悲鳴。
互いの叫び声が、新宿に響き。
──それが、無謀な足止め開始の合図となった。
黒vs.白。
ちなみに、游雲をコピーできるのは構築術式が『特殊な呪具を除き大体の物質は再現できる』性質を持っていて、游雲は術式がないからいけると判断した為です。