家出少女の禪院さん   作:人の心

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5話「ミゲルさん③」

 初めて反転術式を使って見る世界は、私が私じゃなくなったみたいだ。

 恐怖は感じない。代わりに、高揚している。

 

「構築術式……『禁製(ヴィーナス)』!」

「オ……ノウッ!?」

 

 私が瞬時に構築したのは、『ガスマスク』と『耐酸防護服』、そして『硫化水素』。

 普段の呪具に比べて圧倒的に量の少ない呪力で構築したそれらは、本来なら蝿頭くらいしか祓えないほどの低威力である。

 

 だが、対人戦なら。

 しかも水が撒かれている状況下なら、勝手は別だ。

 

 スプリンクラーの水に溶けて出来た『硫酸』が地面のタイルを溶かし、ワックスや塵の成分などと混ざって有毒ガスがフロアに充満する。

 これには彼も、口を押さえて安全な場所に逃げるしかない。

 

「ハ……呪力ノ無イ毒カ!」

「拡張術式、『華製(マーズ)』!」

「石灰……!?違ウ、マサカ……!」

 

 男を追いかけた私は、今度は呪力を乗せた白い粉を振り撒く。

 直後に『マッチ』を構築して投げつけると、爆発と共に熱い風がこちらにまで飛んで来た。

 

 粉の正体は小麦粉。

 呪力を込めた小麦粉を操り、『ホーミングする粉塵爆発』というあり得ない現象を引き起こす技だ。

 

 ……が、改めて爆心地を確認すると、彼はやはり口を押さえた姿勢のままほぼ無傷で立っていた。

 

──最大出力の呪力操作で、五体をガードしたのだとわかる。

 

 私の呪力出力はそこまで高いわけではないが、それでも粉塵爆発だけでかなりの威力。

 コイツのタフネスは、ハッキリ言って異常だ。

 

「今ノハヤバカッタ……」

「結構呪力込めたんですけど!?……やっぱ強いんだね、アンタ!」

 

 ならば、いっそ()()()()方法もある。

 ……けど、私は彼を倒したくなってしまった。

 

 五条さん曰く、反転術式の習得は()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい。

 私は、今日初めて真面目に反転術式を使おうと思った。だからできた。

 ……もしかすると、あの人はここまで見越していたのかもしれない。

 

「拡張術しっ!」

「サセルカ!」

 

 だが、その追撃も黒人術師が目にも止まらぬ速さで突っ込んできた事で止められた。

 『構築』より早く打撃を打ち込めば、『黒縄』に散らされる。

 最初は戦法を変えた私にペースを崩されていた彼も、もう立て直したらしい。

 

「コノ距離ハ俺ダ!」

「バカにしてくれちゃってぇ!……まぁ事実だから仕方ないけど!」

 

 『落花の情』を発動させながら、普段から携帯している二本の屠坐魔を構える。

 呪具としての階級が『一級』に達したそれは、本来なら目の前の男との打ち合いにも十分耐えうるものであった。

 

──耐えられないのは、私の腕の方だ。

 

 やはり呪力の込め過ぎで常に疲弊している私の腕は、ひどく脆い。

 そもそも、呪力無しの私なんて不登校の小学生といい勝負ができるレベルだ。……つまり、弱い。

 

「ぐっ……!」

「握リガ甘イ!」

 

 呪力を込めても一般的な成人男性とギリ競れるかどうかな私の腕で、そんじょそこらの男より強いだろう、巨軀の外国人の一撃を受け止め続けるのは……やっぱり、かなり無理があった。

 

 ついに、左手に持っていた屠坐魔が弾け飛ぶ。

 片手で戦うことになった私の腕は、あっという間に限界を迎えた。

 

 『落花の情』によるカウンターは、肉体側が健常でなければ使えない。

 彼の重い打撃に痺れた腕は、おおよそ発動に耐え得るものではなくて。

 

「──ジャアナ、執拗ナ小娘」

「……ぁ……!」

 

 彼の拳が、顔の中心まで迫る。

 やけにその瞬間は、スローモーションに見えて。

 慌ててガードの腕を上げたけど、無情なことに真ん中でへし折れてしまった。

 

──黒閃

 

 それは『呪力の神様のいたずら』と表現される事もあるが、ある程度強い術師なら、誰がいつ出してもおかしくない()()

 その火花を纏った拳に両腕をぶち抜かれた事で、私の脳裏には『反転術式』を覚える前よりも、さらに鮮明な死のイメージが浮かぶ。

 

──鮮明に、()()()が理解できるようになる。

 

 とんでもない速さで後ろに吹き飛ばされて、地面を転がって。

 防護服もぶっ壊れて全身ズタボロの中、彼を見据える。

 

──距離は、少しだけ空いている。

 

 私は勢いを付けてなんとか上体を起こすと、膝立ちのまま『イメージ』を収束させる。

 

 彼は、もう走り出していた。

 これが失敗したら、私は確実に負けるだろう。

 つまり今からやるのは、私の人生史上最大のギャンブルだ。

 

「でも。今なら、やれる……」

「コレデ……ヤット、トドメ……ッ!?」

 

 黒人術師の足が、止まる。

 ()()()()()()()()()、という寒気が走ったが故の事だが、既に遅い。

 

「──捕まえた。あははははっ……!!」

「ワァ!?」

 

 腕がへし折られているので、無論手印は結べない。

 けど、()()()()()()()()()()

 

 背中から生やした千四十一もの腕による『千手観音印』がトリガーとなって引き起こされるのは、まさに()()()()()()()()にも等しい所業。

 

「領域展開……我執三施(がしゅうさんせ)ェ!

 

──領域展開、である。

 

 私が展開した領域は、背景の壁や床の一点に至るまで全てが無数の呪具で構築されている。

 それは、特級クラスの呪いで満ち溢れた、悍ましい領域だ。

 

 それこそが走馬灯の中で自分を見つめて、引っ張り出すことができた『本当の私』そのもの、つまり『生得領域』で。

 

「ありがとう。あなたは、私が思ってた何倍も強かったよ」

「ソンナ事ハ俺ニ勝ッテ言エ!」

 

 叫び、『黒縄』を振り回して脱出を試みる彼。

 確かに正解だ、他の領域ならば。

 

 しかし、この領域では()()()()()()()()()()()()()に縄を弾かれ、どの攻撃も領域の外壁に届かない。

 

「いいや、勝つよ。その呪具……相性最悪でしょ?だって私の術式で構築された物質はただの物体なんだから!!」

「ッ……!ソウカ……!」

 

 脱出不能。

 ついに覚悟を決めてナイフを抜いた彼に、私も一つの武器を構築する。

 

 それは、剥き出しの刃。

 ただ一人の男を殺すために作る、刃だけの無骨な短剣(ダガー)の雨。

 

「術式順転・『退妖刑(ソーラーシステム)妖降(サンシャイン)』!」

「ヤッテヤル、『落花の情』ッ……!!」

 

 驚いたことに、彼は先ほど私が使っていた『落花の情』を見よう見まねで習得し、領域内で使って一瞬だけ、全ての攻撃を無効化してみせた。

 

「グ、グオオ……ッ!」

「凄いな……!私なんて使えるようになるのに3ヶ月かかったのに!」

 

 恐ろしい技術、恐ろしい観察眼。

 だが、それさえもこの『領域展開』の中では、雨合羽を着て傘を持ちながら台風に突っ込むようなもので。

 

「グ……ア……ァ……ッ!!」

「──ありがとね。あなたのことは、一生忘れないと思う」

 

 私の生成した短剣の雨が止む頃には、ついに彼の悲鳴も聞こえなくなっており。

 

 2回も臨死体験をした私の戦いは、結果だけ見れば大成長の末の勝利で終わる。

 

──勝者 禪院茜──




禪院茜の躯倶留隊レビューは『☆3.0』。

・たぶん見たことはある気がする。たしかいい子だった。わからんけど。
・名前は知ってる。可愛い名前。知らんけど。
・マジで誰?
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