家出少女の禪院さん   作:人の心

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呪術高専・東京校編
7話「禪院?くん」


 放課後、本来なら部活があるタイミング。

 私はいつも通り「母の介護」などと顧問の先生に話して陸上部を早退すると、派遣されたウニっぽい髪型の男子高校生と話していた。

 

「……アンタが、特別一級の禪院茜か?」

「うん。『宿儺の指』の回収だね」

 

 挨拶は最低限。

 とりあえず百葉箱にはなかったらしいので、校舎の周囲を回るようにしてグラウンドで報告する、という手筈。

 

──結果として、私たちが互いにした報告は『収穫なし』だった。

 

「……うん。とりあえず、グランドで投げてる人の解説でもしよっか?」

「まぁ、成果がなかったせいで今は暇だ。やってみろ」

 

 少し偉そうな口調と、めちゃくちゃ疲れたような顔に大きなギャップがあるような感じがするのは私だけだろうか。

 ともかく、私はまず高木先生の方を指差した。

 

「陸上部の顧問、高木。男女兼任。素人の私に砲丸投げを教えてくれて、おかげで私もたまに16mとか行くようになったんだ。介護のために早退することは多いけど、その分短時間に集中するタイプのメニューを組んでくれてるんだよ」

「そうか。……いい先生なんだな」

「でも、私の入部届を勝手に書き換えたりしたよ?」

 

 彼は手に持っていた水を落としながら目を見開く。

 クールそうな雰囲気に反しての、大きなリアクション。

 ちょっと面白いとすら思えるものだったし、私は実際、笑った。

 

 確かに異常な事態だし、私も高木先生は割と無茶苦茶だと思っている。

 しかし、そんなことになったのには、とある理由があった。

 

 

 呪力の籠りすぎた物体は、壊れやすくなる。

 特級呪術師『乙骨憂太』や『五条悟』は彼ら自身のセンスもあって肉体強度を損なうことなく日常生活を送っていたが、禪院茜は違う。

 

──自分の呪力のせいで弱っていた体に、追い打ちの呪力量増加だ。

 

 肉体の、貯蔵限界。

 天井を知らない『呪力』の足を、天井のある『肉体』が縛り付ける、予想外の呪縛。

 

 ある日、茶碗を持ち上げた事で手首を骨折した禪院茜。

 それを治すのに使った反転術式呪力消費量から、この負の連鎖から脱却する一つの案を思いつくに至る。

 

──反転術式により、超回復を高速で起こしての筋トレ。

 

 構築した超質量のバーベルで肉体をぶち壊しながら治す無限ループにより、ついに呪力の自己補完のスピードを消費が上回る。

 

 その結果、茜の肉体の『呪力許容量』は格段に上昇。

 なんと、しばらく呪力を使わないでも大丈夫なようになっていた。

 

 軽くなった体のまま、夜の道路でジョギングする少女の姿。

 その姿を目撃した高木は、後にこう語る。

 

 禪院茜が。禪院茜の持つ、本来なら人間が持ち得ない高密度の筋肉こそが。

 

──『虎杖悠仁』と並ぶ()()()()()だったと。

 

 そして彼はその原石を石ころで終わらせないため、ある計画を実施する。

 それはなんと二人の入部届を、勝手に陸上部宛てに書き換えるというものだった……

 

 

 ……とまぁ、高木先生はめちゃくちゃな事をする人だが、日光に弱い私のため筋トレ中心にしてくれたり決して悪い先生ではない。

 私を砲丸投げの選手に推薦したのも、室内で測定できる大会があるから、そこで記録を残せると考えての事だと言っていた。

 

 決して悪い先生ではないのだ。……私にとっては。

 

 ……やっぱり、悪い先生な気がする。感謝はしてるけど。

 この先生は、もしかすると五条さんに似ているのかもしれない。

 

「……そうか、とんでもねえモンスター教師だな。次、ピンク髪の奴」

「虎杖悠仁。心優しきモンスター。追い風参考だと50m3秒切ったことがあるよ」

「それは、モンスターだな。……で、砲丸投げはやった事あんのか?」

「さあ?でも前にハンドボール投げやった時はさ……」

 

 言ってる最中に、ガアン!という轟音が響く。

 虎杖くんがピッチャー投げでぶん投げた砲丸が、ゴールポストにぶっ刺さっていた。

 

「金網のポールに弾かれて、バウンドしながら虎杖くんの手元に帰ってきたんだよね。あの日から敷地にプロ野球のスカウトが出入りするようになった」

「……もしかして、天与呪縛か?」

「いや、肉体強度が天与呪縛並みの一般人だと思うよ。オカ研入ってるし」

 

 そんな他愛もない話をしているうちに、高木先生をよそに虎杖くんが手を振ってグランドから離れる。

 

──それと同時に、私の肌に触れたのは濃密な呪いの香り。

 

「……ッ!茜!」

「うん。『呪力』……!」

 

 封印された状態で、私の構築する『屠坐魔』と同レベルの存在感を放った呪物。

 私も彼も咄嗟に後ろを向くが、虎杖くんは一瞬で私たちの間を通り抜けていった。

 

「なっ!」

「……ッ!ああ、クソ!鈍ったな私……!」

 

 虎杖くんの瞬足は私こそが知っていた。

 なのに彼を見逃したのは、完全に私のミスだ。

 

 50m3秒の瞬足は、一瞬目を切った私の手なんか絶対に届かない場所まで突き放す。

 思わず呆気に取られた私の前で、彼はそっと手を構えた。

 

「仕方ない。追うぞ……『玉犬(ぎょっけん)』!」

「……え!?」

「先に行く!ここにいる呪いを片付けといてくれ!」

「わかった!『闇より出て闇より黒く、その汚れを禊ぎ祓え』……!?」

 

 言われるがままに帳を下ろす。

 ……が、その前に聞いた言葉をようやく脳が処理し、私はフリーズする。

 

 玉犬。間違いなく、彼は玉犬と言った。

 

──まさか。まさか、あれは『十種影法術』?

 

 思わず立ち止まる私の頭の中に走ったのは、禅院家にいた頃の()()()()()()()

 

 

 それは、私が屋敷から逃げ出す前の日のこと。

 私と母さんを静かに抱きしめると、黒髪の少年は微笑んだ。

 

「行ってこい、茜。こっちのことは任せとけ」

「ごめんね、お兄ちゃん。お兄ちゃんだけを残していくのは、凄く心配だけど……あうっ!」

 

 デコピン。

 まさかの攻撃に固まる私に、お兄ちゃんは笑顔でこう言った。

 

「──誰の心配してんだよ。俺、十種影法術使い(サイキョー)だぜ?」

 

 夜逃げのために選んだ新月の夜のせいで、あまりその顔は見えなかったけど。

 微かな星の光を白い歯に反射させてくしゃっと笑う君の顔は、どうしてか今でも鮮明に……

 

 

 

「……いや、無いわ」

 

 そもそも私は、物心がついたぐらいのタイミングで既に家を出ているはずだ。

 そのせいで、4歳くらいのころ扇さんに『落花の情』を教わったくらいしか本家での思い出がないのだ。

 本家で彼に纏わる話は聞いたことないし、多分次の当主は直哉(アイツ)だ。

 

 たぶん、遠い分家か何かで、それ故に本家にいなかっただけなのだろう。……十種影法術をそんなのが持って生まれてくるのは、どういう事なんだろうか。

 

 そんなことを考え、頭に浮かんだ謎の幻覚を振り切りつつ校舎に足を踏み入れた、その瞬間。

 

『──何見てんだよ』

「は……?」

 

 閉じ込められた。何に?

──呪霊の、生得領域に。

 

 どの呪霊の領域か。

 それは、今目の前から立ち昇る呪力とその姿を見れば、一瞬で理解できた。

 

「人面犬……特級でしょ!?」

『ほっといてくれよ……』

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 路地裏に縛られており、特級に分類されるはずの人面犬が、なんの変哲もない……ただの学校に。

 あってはならないイレギュラー。

 それでも呪術師(わたし)は、戦わなければならない。

 

「領域、展開……!」

 

 目の前の特級を祓うため、背に1041本の鉄腕を構築する。

 出来上がった領域の中に、微かな舌打ちの音が響いた。

 

──仙台に来てから私の任務、こんなのばっかり。

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