家出少女の禪院さん 作:人の心
伏黒恵は焦っていた。
理由はただ一つ。
──茜が、いない。
学校にいた呪霊はまだ、祓われていない。
新人の呪術師が精神的な限界を迎えて任務中に消える事は珍しくないが、あの女性がそんなに無責任な人間でない事は五条先生から聞いている。
「生得領域に閉じ込められたか……殺された?」
基本的に、真面目な術師が失踪する場合はその二択。
宿儺の指が校舎の中にある以上、どちらもあり得ると恵は考える。
「『玉犬』!食っていいぞ。『鵺』!上空から中に残された男女を捜索しろ!あとは……」
だからこそ、恵は彼女を探さない。
宿儺の指を回収して、先にこの学校を呪霊の脅威から遠ざける。
茜が生きてても死んでても、自分のやるべき事はそれだと、そう信じて。
「俺だけで……『指』を回収する!」
◆
なんとかして人面犬を祓った私だが、それでも異変は終わらない。
聞いたことがある。一部の『都市伝説』系の特級呪霊は、
「何、ここ。『新宿区』……!?」
──新宿の路地裏にワープさせられていた。
珍しいのだろう、仙台の制服に無遠慮な視線を浴びながらも、私はスマホを取り出して五条先生に電話をかける。
「五条さん!特級の術式でワープさせられた!多分、『路地裏にワープする』人面犬の術式!急いで学校に行って!」
『オッケー。ところで茜、お土産いる?せっかくの東京土産だからさ、ひよことバナナならどっちが……』
電話を切り、イラつきに任せてビルの壁を殴る。
現地にいたから、私は『領域』も『反転術式』も、『結界術』だって使えた。
この距離からじゃ、もはや何もできる事はない。
五条先生に連絡するのがやっと。無力だ、あまりにも。
「ああ、クソ……!後で、伊地知さん辺りにこういう時への対処法を……」
「──残念ながら、君に後はないよ」
背筋に氷を差し込まれたような気配に、私は反射的に領域を展開する。
特級術師。……あの黒人術師よりも濃い、『強者のオーラ』。
「やあ。はじめまして、禪院茜」
「……ッ!領域展開、『我執三施』!」
「ははっ、説明も聞かずにかい?」
領域が出来上がったと同時に、私はダガーを十本、夏油に向けて構築する。
領域内なので、飛んで行ったその刃は『必中』となる。
全身に呪力を纏ってそれらをガードした彼の前で、私は叫ぶ。
「拡張術式、
その瞬間、呪力の膜に薄く刺さっていた屠坐魔が一斉に爆ぜる。
爆煙で隠れるように位置取った私は、ちょうど夏油の後ろになるだろう座標に『私そっくりの人形』を構築する。
「なるほど……呪力を大量に込めたね?さらに自壊と引き換えの『縛り』で一撃の威力を大幅に上げ──」
「拡張術式……『
「そして、必中効果を持った……これは人間と同じ素材の傀儡だね?桁違いの呪力量を持ち合わせた君ならではのアイデアだが、実戦での運用は初めてかな?」
今作った『傀儡人形』は、構築術式の術式効果によって『必中』の性質を有している。
人間の形をしていながら、必中効果で不自然な軌道の攻撃を放つ人形。
無論、その人形の呪力量は私より劣るため、数回打撃を入れたと思えばパンチ1発で腹を貫かれた。
「ほら、人形の体術は確かに必中だが技術も威力も本体以下のレベルだ。こんな人形遊びに付き合わせないでいただきたいね、次からはブラフを仕込むか動物などの形に……む?」
「確かに人形だよ。だから、式神と違ってそれじゃ壊せない!」
──しかし、その腕を腹で固定した人形は、そのまま夏油の体に抱きついた状態で石へと変わって行く。
私の『構築術式』で傀儡人形の周囲に大量の石材を構築し、その場に固めたのだ。
「なるほど……つい手癖で人体の急所を狙ってしまった。訂正するよ、意外とコレは効く!」
「うおおお!りゃあああっ!」
私はその隙に『游雲』を構築し、全力でフルスイングする。
夏油は回避行動を取らない。
それもそのはずだ、游雲は三節棍で、私から夏油までの距離は全長でもギリギリ届かない。
──そう、三節棍のままだったら。
「え?……何故、四節ッ……!?」
「黒閃……!」
──生まれて初めて、『黒い火花』が私に微笑む。。
渾身の騙し討ちである『
それは私の流し込んだ『呪力』と寸分の狂いも生ずることないタイミングで、夏油の顔面を捉えた。
自分が生まれ変わったことの証拠が、空間に焼け付くような赤と黒に煌めいている。
「はぁ、はぁ……っ!」
「ぶっ……!……ははっ、シンプルながら意表を突いた一撃だ!思ってたよりは面白いよ、禪院茜!」
塞がれていないもう片方の手で、額から垂れた血を拭う夏油。
彼は私の目を見つめると、より一層笑みを深めた。
「では、私からもこの一撃でお答えしよう!『呪霊操術』……」
ざわ、と。
彼に出会った時の数倍、数十倍はあろうかと思うほどの『死のオーラ』に当てられて、私は思わず体を強張らせる。
──まずい、まずい。棒立ちはダメだ、何か、体を守る方法を……
「それなりに興味が湧いた。だから死んでくれるなよ。極の番……『うずまき』!」
「落花の情!う……ぐおおおお……っ!」
カウンターとして十八番の剣術を使うべく、生成したのは名もなき『日本刀型の特級呪具』。
それに追加で最大出力の呪力を込めて、『落花の情』で追加のインパクトを加えて受け止める。
──ダメだ。数秒でもう押され始めた!
「ほら、負けるな。頑張れ禪院茜!私は殺す気で放ったが……君なら対処してくれるだろう?」
「ぐ……っ!」
金属が半ばでへし折れるような音に続き、「ブツン」というような湿った音が響く。
折れたものは、私の刀。
千切れたものは、私の右腕。
──『腕と特級呪具を犠牲にする』縛りで放った一太刀が、『極の番』を己の腕と刀の破片ごとぶっ飛ばし、領域の端まで受け流したのだ。
「若さ故かな、思い切りがいいね。けど正解だ!『特急呪具』と『腕』。私の一撃を受け止める対価としては過不足ない!」
「それはどうも……!」
言いながら、千切れた腕の箇所に『鋼の義手』を構築する。
接合部と内側の稼働部に自己補完のしやすい『液体金属』を使うことで人体のしなやかさを再現すれば、本物の手のように動かせる義手の構築が完了。
その姿を見ていた夏油は、値踏みするような視線を隠さない。
──でも、殺意は薄れている気がする。
あくまで、気がする……だけだが。
「ふむ……構築術式、なかなか興味深いね。領域との組み合わせ方もそうだ、私は実際にそんな方法があるとは思いもしなかった……」
「なら、やめてくれない?……聞くけど、どうして私は殺されるわけ?」
「そうだね。なら、人類の進化の礎とでも思ってくれないか?」
人類の進化、と言われて、私は思わず動きを止める。
……進化の方法、それによっては和解できる可能性すらある。
「私も、──────みたいなことを考えたことはあるよ。でも、やっぱ私には無理かなって諦めてた」
「そうでもないさ、まず発想は悪くない!それに、君の『術式』もしかすると……うーむ、実に悩ましいね」
何やら指を折って考えだした彼の目に、わずかな『ニヤつき』が浮かぶ。
しばらく考えた末、彼は私に向けて手を差し出した。
「……ま、今回はその夢に免じて特別だよ。さっそく『縛り』を結ぼう!」
「どうするの?『今回のことを忘れる縛り』?」
生存できる可能性。
確かに縋りたいものだが、私はまだ冷静さを保つ。
──追い詰めた相手に対する『縛り』なんて、不平等条約が基本だ。
「まぁ、君はそれでいいかもしれないが、私は君に覚えててほしいからね。……なら、こうしよう」
そう言って夏油傑が提示した縛りは、合計で6つあった。
1.互いに互いを殺さないこと。
2.茜は『人間』の特級呪霊を祓わないこと。
3.茜は任務の際、『虎杖悠仁』と別行動を取ること。
4.夏油は『呪物』に纏わる知識の一部を教えること。
5.夏油は『茜の夢』の邪魔をしないこと
6.この縛りは、茜が語った夢を叶えることで満了とする。
「……えーっと」
「まぁ、質問があったら聞いてくれてもいいよ。なにせ、君にはわからないことばかりだろうからね」
格上から押し付けられたにしては、破格の条件だろう。
なぜ悠仁くんが縛りの条件に含まれているかはわからないが、彼は呪霊が見えない側の人間だったはず。
……ここに書き加えられているということは、何かがあるのだろうか?
「虎杖くん、覚醒したの?なんで?」
「……まぁ、少し仕込みがあったんだよ。で、どうする?」
虎杖悠仁という初心者に対して、外部から呼ばれて一級の私が付くのは理想的な教育体制だろう。
しかし、それが封じられるとなると、同行できるのは伏黒くんか、五条さん。
五条さんは忙しいので、同行するのは伏黒くん。
──伏黒くんは手慣れてそうだが、虎杖くんを呪術界の悪意から守れるとは思えない。
「うーん……」
「ふむ……君、子供とかいないのかい?子供たちに悠仁を守らせるくらいの干渉は別にいいんだけどね」
「いませんよ、今高一です」
恐らく、最後の譲歩。
ここで断れば直ちに殺されるかもしれない状況で、私は考える。
最初の縛り、殺せなくなる。元からほぼ無理なので構わないし、殺されないのは大きい。
『人間』の特級呪霊。恐らく未登録のもの。そもそも私が祓えるとは思えない。
同行不能。相伝持ちの彼や五条さんがいる。他の人たちが守れば大丈夫ということ。
──違和感はあるが、問題はない。
「『いいよ』。どうせ、このままだと死ぬんだからね。それに、虎杖くんは強い。だから、簡単には死なないだろうし……」
「オッケー。ではさっそく呪物ついての解説をするから、その腕を治しながら聞いてくれ」
「サービスがいいんだね。あの黒人も命かける訳だ」
「いいだろう?これでも大家族の長なんだ。まぁ、今は縁を切っているけどね……」
笑う夏油に、周囲の緊張感は薄れる。
はぁ、とため息を吐きつつ、私は領域を解除した。
──心に残った、わずかな違和感。
それを解消できないまま彼に呪物の知識を学ぶと、私は今回の事件を報告するため高専に向かった。
◆
「……なるほど。んじゃー茜、拘留!」
「え?」
「つまりさ、うちに転校しろって事。呪詛師と『縛り』結んだ以上、他の術師の監視下に置かないとだからね」
そして、今日の任務で起こった出来事を、五条さんに告げた直後。
──私は、高専への転校を命じられる。
羂索くん、君よくエミュが難しいって言われない?