家出少女の禪院さん   作:人の心

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9話「伏黒くん」

 真っ黒い学ランのようなデザインの制服に袖を通し、玄関の姿見を見る。

 

「……はぁ。なんで私が……」

「にあってるよ、茜ちゃん!」

「……どーも」

 

 カーペットに座ったまま、相も変わらず能天気な声をかけてくる母親が今は憎たらしい。

 否、それ以上に憎むべきは夏油傑と『縛り』を結んでしまった事か。

 

 又はすでに祓った『人面犬』の術式を憎むべきか、そんな危険な任務に生徒と私を送り込んで、ずんだ生クリーム味の喜○福を自分用に買ってた五条さんを……

 

「やめとくか」

「……?」

「なんでもないよ。ご飯作るから待ってて」

 

 首を傾げる母さんに、私は手を振って返す。

 この世で最も無駄なことは人を呪うことで、その中でも五条さんを呪うことだ。

 ……あの人に感謝はしているが、危機に駆けつけてくれると思うほど信頼はしていない。ついでにあまり尊敬もできない。そんな人を恨むのは筋違いだ。

 

 人を憎んでもいい事はない。

 そんなことより自分が幸せになることを願い、行動して進化し続けるしか自己の尊厳を守る方法はない。

 そういうことは、本家にいたときにいろいろ学んだはずだ。

 

「……トマト、とお肉?」

「うん。今日はロールキャベツだよ」

「やったぁ!」

 

 ニコニコと笑う母さんだが、明日からが不安だ。

 私は、この人を誰に預けるべきなのだろうか?

 

「はぁ。使うしかないか、アイツの遺産……」

「あいつ?だれのこと?」

「大丈夫だよ、母さん。あの人の友達だから、大丈夫」

「……?うん。わかった……」

 

 あまり理解していない様子の母親に手を振りながら、()()()に充てた1枚の契約書を、ファックスで送信する。

 学校に行っている間の介護を請け負う旨の契約書に、程なくしてハンコが押されたものが返信されてくる。

 

 その数秒後、私の携帯電話が高らかに鳴り響く。

 着信名は、案の定あの人の名前だった。

 

『俺だ。本当に親の介護なんかで匿ってくれるんだな……嬢ちゃん』

「一般的に呪術師は約束を破らない、約束の遵守が癖になってるからね。そっちも頼んだよ、()()()さん」

『破るかよ。こちとら色々あって追われてるんだ、きっちり匿ってもらうぜ』

「交渉成立だね」

 

 縛りを介さない約束だが、彼と私には信頼関係がある。

 翌朝8時の孔時雨 現着をもって、私の入学準備は完了した。

 

 

 その日、五条さんから集合場所として提示されたのは廃ビルの正面で、私はいつも通りにレインコートをかぶって日光から身を守りつつ、適当な蝿頭を狩って時間を潰していた。

 そんなこんなで時間いっぱいになったので集合場所に向かうと……そこには何やら不満そうな表情の男女と、仙台で会った式神使いの人が待っていた。

 

「お兄……じゃない、君はどうしたの?」

今なんて言いかけた?……ただ、馬鹿の気まぐれに付き合わされて疲れてるだけですよ」

「五条先生のこと、あんま悪く言わないでやって欲しいかな。常識と信頼はないけど、いい人だから」

茜はどうして僕の事だと思ったの?……え?もしかしてあの事*1まだ怒ってたりする?」

 

 何やら考え始めた五条先生をよそに、私は虎杖くんと気の強そうな女の子の方へ視線をやる。

 特に少女の方は、何か落ち込んだ様子だ。

 

「えーっと、名前。……まあいいや。二人とも、どうしたの?」

「東京校、釘崎野薔薇。騙された!ここのどこが六本木よ!」

「おー、五条先生が言ってた『俺の知り合い』って茜の事だったんだな。陸上部以来!……でもねえか。陸上部は俺顔出してなかったもんな……」

 

 互いに一方的な知人である虎杖くんはさておき、野薔薇ちゃんの言い分を聞けば五条先生は『六本木に連れて行く』と称してここに二人を連れてきたのだということだ。

 

 注意する前にそういうことが起こってしまったが、本当に五条先生はそういうところあるから気をつけた方がいいと思う。

 

「二人とも。五条先生に約束させるときは、『縛り』を結ばなきゃだよ」

「『縛り』?……なんか、ゲームの縛りプレイみたいな?」

「はぁ!?いちいち身内で『縛り』結ばなきゃなんねえの!?」

 

 反応からして、キレてる野薔薇ちゃんは経験者だ。

 虎杖くんの方はあまり知らない様子で、そこで私が説明を……と思っていた矢先、仙台にもいたツンツン髪の少年が入り込んでくる。

 

「ああ!……えっと、名前」

「伏黒恵だ。アンタには自己紹介してなかったな。とりあえず、虎杖のために『縛り』について説明させてもらうぞ」

「待って!苗字!」

 

 恵、と名乗っていた。そこはいい、それは知らない名前だ。

 けど、彼の苗字を、私はよく知っている。

 

──私に、金の稼ぎ方を教えてくれた人。

 

 無学だった私に計算のやり方を教えてくれて、遺言で五条さんに私を託してくれた、あの人。

 『伏黒甚爾』の目元に恵くんの目を重ねた私は、一つの結論に思い至る。

 

「……伏黒?伏黒くん、あなたの……お父さんの名前は……?」

「それは知らねえ。他所に女作って出て行ったからな」

 

 その回答は、名前を言われるより鮮明に『その人』を表すような回答だと言えた。

 確実に伏黒甚爾その人だ。

 怪訝な表情を浮かべる3人を一旦無視した私は、伏黒くんの手を力強く握りしめた。

 

「恵の父親の名前は伏黒甚爾っていうんだ。……私の、父だった人だよ」

さっきからずっと何言ってんだ!?……いや、禪院家の人間だとは聞いていたけど、そんなこと急に言われても……」

 

 困惑の声を上げる恵の肩に、しかしもう一つの手が置かれた事で彼はますます眉間の皺を深める。

 五条先生が、真剣な表情を浮かべながら虎杖くんと野薔薇ちゃんの方を見つめていた。

 

「恵の父さんのこと、恵には説明してなかったからね。……悠仁、野薔薇。二人は中に入って呪霊祓ってて!茜は『縛り』があって中に入れないから!」

「OK!とりあえずその『縛り』ってのについては後で聞かせてくれ!」

「私も聞いたげるから、銀座(ザキン)寿司(シースー)ね!回らないやつ!」

 

 呪霊のいる建物へと突っ走っていく二人の姿を見ながら、五条先生がかすかな震えた共に、私と恵に目が合うような高さまでかがむ。

 

「茜にはもう説明したけど、恵は本人が拒否したからそのままだったんだよね」

「……まさか、本当にコイツと俺が兄妹だって言うんですか?」

「まさかも何も、そうでしょ。私は天与呪縛で色素が縛られてるし、反転術式使ってバカみたいに鍛えたからガタイも一回り違うけど……目元はともかく、それ以外は似てるじゃん」

「ほとんど似てねえだろ、それ。マジで身長ぐらいじゃねえか」

 

 よく考えたら、殆ど顔は似てなかった。

 身長は同じくらいかもしれないが、私の場合は家事や事務処理のためによく猫背になっているせいで、少し縮んでいる。

 同じ遺伝子なら大抵の場合女性の方が背が低くなるはずで、猫背の私と視線が合う伏黒くんは……残念ながら私より背が低い。

 

 つまり、現状ではどこも似ていない。

 

 恵の持つ甚爾さんそっくりの三白眼と私の誰に似たのかもわからない大きな瞳が向き合って、互いに「違うなコレ」という空気になっていた所で、五条先生が私たちの肩に手を置いた。

 

「二人の父親、『伏黒甚爾』は……僕が殺した」

「なっ……俺の妹なのか!?」

「いや、違うよ。私の実の父親は誰かわかんないから」

「え?茜ってそうだったの?僕はてっきりアイツの娘なんだと……」

 

……どうなってるんですか?

 

 五条先生による、渾身の爆弾発言が一つ。

 

──私が梯子を外したせいで、グダグダの不発弾に終わった。

*1
百鬼夜行で3週間前から急かした事。母親の介護は介護職員及び看護師の『窓』と資格持ちの補助監督が代行した。




野薔薇ちゃんは難しいです、THE・芯のある女子って感じで。
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