【完結】フロム・ヘル//ファンタズマ〜黒髪凶暴系美少女なACPP主が無双するアフター的なやつ〜 作:その辺の残骸
「ふう――――こんなものかしらね」
窓拭きを終え、ウルスラは額の汗を拭った。アルゼナ修道院の建物は広く、掃除するにも一苦労だ。現在のウルスラの装いである、腰までスリットが入った修道服は動きやすく、涼しいので助かった。
何故ウルスラは修道服を纏っているのか?
アリス達はクルシュカ院長の計らいで、修道院に滞在させてもらっている。しかし、ただ居候させてもらっているだけでは悪いので、修道女の一人として雑務を手伝っているのだ。
照明が人工陽光の代わりになっている下層の光景は物珍しさがなくなれば、ひたすらに陰気なだけだった。窓の外を眺めても気が滅入る。
なので前だけ見て、ウルスラは長い廊下を歩いていた。
「よっお疲れさん」
後ろから声を掛けてきたのは、黒髪の修道女だった。前後に垂れた修道衣の布を抑えるようにベルトを締め、そこに刀を差している。陽気に笑いかけているが、その見た目の通り武闘派のシスターである。
露出している長い脚はかなり鍛えられており、肉感的な色気もある。筋肉で整った体付きの同性はウルスラの好みだった。
「アケビ、そっちこそお疲れ様。今日の訓練はおしまい?」
戦闘に長け、教えるのも巧いアケビは戦闘訓練を担当しているのだ。身を護る術だけでなく、攻撃的な戦術や暗殺の技まで徹底的に叩き込んでいた。
アケビは訓練着から着替え、シャワーを浴びた後のようで、さっぱりしていた。近寄れば仄かにシャンプーの良い香りもする。
「ああ、皆よく頑張っていたぜ。今日訓練した姉妹たちと昼飯の後に
「是非」
メガネ越しの碧眼をキラキラ輝かせながらウルスラは即答した。美少女揃いの修道女達とお昼寝など、見逃せるわけがない。
「アリスとスミカも誘えれば良かったんだがな」
「二人とも大事な仕事中だものね」
広い廊下で、ウルスラの隣を歩きながら残念そうに呟くアケビ。アリスは、彼女を敵視しているイータと一緒に院長の"商談"に付き添っており、スミカのほうは反ガルムズで団結した企業連合の連絡員との交渉に出向いている。
そうだ。アリス、アリスと言えば。ウルスラは一つ話題を切り出す。
「それにしても本当にそっくりね。あなたとアリスの話し方って」
名前を出すと、アケビは嬉しそうにした。
「だろ? あの子を拾ってからオレが言葉を教えたりしたんだが口調まで移ってな。髪の色も同じだから、妹が出来たみたいだったぜ」
アケビにとって、アリスは可愛い妹分であった。夢遊病めいた足取りでストリートを彷徨うアリスの姿を思い出す。
少女は一糸纏わぬ姿に、鮮血で化粧していた。アリスにとっても敵意を持たない人間との接触ははじめてのことだったようで、手を引くと大人しくついてきた。
「それでアリスって何者なの?」
以前から抱いていた疑念をウルスラはぶつけてみた。
銃弾を躱す反射神経、戦闘用パワードスーツを素手で引き千切る筋力、常軌を逸した身体能力に予知めいた直感。さらに天才的なACの操縦センスまでも備えながら、当初は言葉を知らなかった少女。
大破壊以前の遺失技術や公になっていない先端技術が溢れるこの世界においても、アリス・ジャバウォックは不可解な存在だった。
「判らん」
ウルスラの期待に反して、アケビは渋い顔で応えた。保護した当人ならば何か知っているのではないかと思ったのだが。
「オレも院長も最初はムラクモ辺りの強化人間が脱走してきたと思ったんだ」
ムラクモ・ミレニアム。古巣の名前を出され、ウルスラは内心でドキっとした。社が非人道な実験まで試みて、研究を進めていたのを知った時はショックを受けたものだ。
「念のため徹底的に検査したんだが、妙な結果が出てきた」
「どこか悪かったの?」
そんな話はアリスから聞いていないし、隠していたのなら大問題だ。ウルスラはアケビの赤い瞳を見つめながら、言葉を待った。
医務担当のテオドラが、冷徹な美貌に怪訝な表情を浮かべながら述べた結果を思い出し、アケビはそれを口にする。
「いいや。完璧な健康体さ。この時代に生きてる人類には決してあり得ない体だそうだ」
ウルスラは思わず転びそうになってしまった。しかし、実にアリスらしい話だ。
「本当に正体不明の生き物なのね、アリスは」
「はははは、そうだな。世界一謎めいていて、狂暴で、可愛い生き物だ」
生き物という表現がツボにハマったようで、アケビは声を出して笑っていた。それから、アリスについて個人的な見解を述べる。
「案外、アイツが自分で決めた名前が真実に近いのかもしれない。根拠は何もないがオレはそう思ってる」
またも初耳な話であった。ルイス・キャロルから取るなんて、なんとなく修道院の誰かが名付けたものかと思っていた。
「だとしたら少し可笑しいわね」
ウルスラはくすりと笑う。
「ジャバウォックはヴォーパルの剣で退治されるやられ役じゃない」
「変な所で謙虚なんだよアリスは。いずれ自分を打ち負かす奴が出てくると思ってるんだ」
そのヴォーパルの剣がガルムズでなければいいけど、とウルスラは急に心配になってきた。元ムラクモの才媛であるオペ子の明るい未来はアリスにかかっているのだから。
スミカはバイクを駆り、中層に上がっていた。人々で賑わう商業エリアを颯爽と駆け抜けていく。黒色のライダースーツを身に着け、魅力的なボディラインを浮き彫りにしている。
突き出された豊満な臀部は黒いレザーに包まれ、艶やかに光っていて、交通事故の原因になりそうだった。
ピンク髪の戦乙女の美貌にヘルメットで隠れ、全身を覆ったスミカは華麗なる女ライダーだった。その表情は険しい。
企業連合との交渉を終え、下層に戻っているのだが、その結果は芳しくなかった。
アーダン・シティ占拠を目的とした攻撃の後、ガルムズは一層激しい批判を浴び、スポンサーとなっていた企業からの援助も実質的に打ち切られている。
治安維持機構としては最早機能しておらず、不法な武装勢力として扱われている。
しかし政治的に孤立しながらも、その軍事力は依然として強大だった。
反ガルムズ派の企業連合は、表向きには武装解除に向けた交渉が進展しつつあると公表しているが、それは誤魔化しでしかない。
旧アメリカ合衆国、マンハッタン島一帯に築かれた要塞には、半世紀近く籠城できるだけの設備と物資が蓄えられており、次世代ACや新型の大型機動兵器も複数配備されている。攻略に多大な犠牲を覚悟しなければならず、企業連合は及び腰になっていた。
利害関係にある企業間の結束はそう長く続かない、一方でガルムズの背後にいるネストAIは自身の手駒をより強力にするだろう。
時間はガルムズに味方する。だからこそ、準備が整い次第、本拠地に特攻紛いの攻撃を仕掛けなければならなかった。アリスは快く了承してくれたが、作戦が成功する可能性は極めて低い。
(ガルムズはウェンズデイ機関と比べ物にならない相手だというのに……!)
己の不甲斐なさに、ハンドルを握る手が震えた。スミカの不意を突くように、バイクの前方に手榴弾が転がり落ちた。反射的にバイクを急停止させ、歩道に身を投げ出す。爆発が複数の箇所で起こり、銃弾が掃射された。
(襲撃!?)
人々の悲鳴が響く最中、スミカは冷静に物陰に身を潜め、攻撃者を観察した。ビルの屋上に陣取る、戦闘用の装甲服に宗教的な装飾を施し、ミニガンで武装した大男だ。
抜きん出たスミカの視力は男の表情まで捉えている。正気ではない。男は終末的思想を叫びながら掃射を再開し、逃げ惑う市民に死傷者が出ている。
ガルムズの刺客かと警戒したが、突発的なテロリストだ。アイザックシティのような大都市にあっては、残念ながらテロは日常茶飯事であった。
テロに慣れてしまった市民の対応は冷静で、迅速に退避している。しかし、シティガードの特殊部隊が到着するまでに被害は拡大するだろう。
スミカは稲妻のように素早く、テロリストが陣取るビルを目指した。どんな時でも悪人を野放しにしておけないのがピンク髪のヴァルキリーの性分であった。
(下にボディスーツを着てきて良かった)
ビルの裏口を蹴破り、階段を昇りながらスミカはライダースーツの下に感じる、股座を鋭角に締め上げるようなアンダーウェアの感触に安堵した。
バトルスーツを着ていない生身では、真正面から装甲服を着た人間と戦うのは厳しい。
普段、バイクに乗る時は下に何も身に着けず、全裸にライダースーツを張り付けるように纏うスミカだが、今回は防弾仕様のハイレグインナーを装着している。
脱いだライダースーツを視線を逸らす囮に、ヘルメットは投擲してあの狂人の剥き出しの頭にぶつける作戦を立てていた。
下に何も着ていなければ、全裸でそれを行うハメになっていた。
流石のスミカでも街中で素っ裸になるのは、恥ずかしい。思わず、己のもしもの姿を想像して赤面するスミカ・ユーティライネンであった。
アイザックシティの下層で幅を利かせていた麻薬カルテルとの商談はアリスの予想通り破談となり、銃撃戦に遷移した。修道院の方から、先に仕掛けたのだ。
こちら側の損失はゼロ、敵方となったカルテルの損失は最大。自ら作り出した血液のプールに溺れるようにしてカルテルの頭目は倒れている。
それを見下ろすのは、慈悲を讃える眼差しの中に威厳を兼ね備えた修道服の美女。長い金髪に長身、修道服がぴったりと張り付いた蠱惑的な肉体。
アルゼナの武装修道女達を束ねる院長のクルシュカだ。主の元でこの男の魂が救われることを祈る一方で、クルシュカはその死に様に哀れみを抱かない。
富を貪り、肥え太ることだけを望み、武器の対価に薬物を用意する輩だからだ。
廃工場内には出来立ての死体が多数転がり、僅かな生き残りが冷たい床に伏している。
それらを創り出した片割れは長い黒髪の神秘的な少女。小さな体に狂暴性を秘めたアリス・ジャバウォックだ。アリスもスリット入りの修道服で、大胆に腰回りや脚を露わにしている。
「クルシュカ、こいつらが代金に用意したクスリはどうする? オレらレイヴンもさ、ネストが潰れてからは今日みたいなことが偶にあってな。処分のやり方は心得てるつもりだぜ」
総額では、軍用MTを買えるほどの値段になる上物の麻薬が入ったアタッシュケースを両手に持つアリス。
「ありがとうアリス。心配しないで、こちらで処分しますわ」
頭目が絶命する前にクルシュカはアリスに視線を向け直していた。
完全武装かつ強化手術を受けた傭兵も含めた一個小隊はたった二人の少女によって無力化されていた。もう片方はイータだ。徒手空拳で暴れたアリスの犠牲者たちを鋭い眼差しで観察してから、大口径の二丁拳銃を太股ホルスターに戻す、白い髪の少女。
「貴女が敵を殺さないでおくとは。明日にはこのシティは核爆発で消えてなくなるかもしれませんね」
イータはアリスが気絶させるに留めた、みすぼらしい身なりの若者に目を向けながら言っていた。
他にも同様の服装の男女数名が地面に伏しており、後遺症が残らないやり方で気絶させられている。
指に付着した血を艶やかに舐め取っていたアリスは答えた。
「カルテルの正規メンバーでもない、人狩り同然に集められた弾避けなら殺す必要ないだろ?」
こんなセリフは修道院にいた頃のアリスでは考えられなかった。
戦いの際に残忍な笑みを見せ、何者であろうと命を終わらせることを愉しんでおり、幾らアケビやクルシュカが諭しても変わらなかった。
「人は変わるものなのですね。今ならスミカ様がアリスを好きと言った理由がわかる気がします」
地下都市アンバークラウンで行われていた非人道的な強化人間研究が白日の元に晒され、スポンサーであった企業が多大な社会的・経済的な損失を被ったウェンズデイ・スキャンダル。
イータはその立役者であるスミカ・ユーティライネンに深い敬意を抱いていた。
「かもな――――どうだイータ、お前もレイヴンになってみないか? 面白い生き方だぜ」
「遠慮しておきます。ここだけがわたしの居場所ですから」
「そいつは残念」
ここに至り、イータは己の中のアリスヘの殺意が、彼女の本質がもたらすかもしれない災いによるものだけではないと感じ始めた。
自由気ままに羽ばたくことのできる意志への嫉妬も含まれているのだろう。
迎えの車に乗り込んだ。修道院に戻る道中、アリスはクルシュカ自身の手で膝枕された。優しいが、決して逆らわせない手つきだ。
黒髪を撫でながら、クルシュカは問う。
「アリス、貴女は何のために戦うのですか?」
「正義の為だ。ガルムズはレイヴンだけじゃない、まともな暮らしをしている奴らの敵でもある」
決然と答えるアリス。正義という言葉を口にするのは、気恥ずかしかった。だが、正義の味方は演じる価値のある生き方だ。アリスはスミカ・ユーティライネンを脳裏に思い描く。
「良い答えです、アリス。貴女の独り立ちを認めて正解でした。当修道院も全力で貴女達の戦いを支援します」
「そいつは頼もしいぜ。正直、厳しい状況だったからな」
髪を撫でる優しい手とクルシュカの申し出に安心して、アリスは目を閉じた。