【完結】フロム・ヘル//ファンタズマ〜黒髪凶暴系美少女なACPP主が無双するアフター的なやつ〜 作:その辺の残骸
出会い-Encounter-:前編
侵入者を報せる警報。完全武装した兵士の重い足音が通路に響き渡る。
旧ムラクモ・ミレニアムの社章が髄所に掲げられた施設への侵入者である黒い髪の少女は、深紅の瞳を好戦的に輝かせていた。
少女は可憐な白い手に余るような対装甲マグナム・リボルバを握っていた。ゲームのように戦闘を愉しんでいる。
信じられないことに、何人もの兵士をやすやすと始末していた。
しかも華奢な肢体に纏うのは漆黒のドレス。コスプレ用などではなく、一流の仕立て。
通信用ヘッドセットを装着しており、スリットから覗く太股に巻かれたポーチに予備弾薬が突っ込んである。
戦闘用装備は格式あるパーティーに繰り出せる恰好とはひどくミスマッチだった。
「なんでよ~~!」
マグナム・リボルバが大砲のような銃声を轟かせる銃撃戦の最中。
少し前から独房の住人となっていた金髪の若い女――ウルスラ・ノイが情けない悲鳴を上げる。独房の扉を破って文字通り転がり込んできた少女のせいで、戦闘に巻き込まれたのである。
「ちょっと黙っててくれや。あんたの声が煩くて気が散る」
黒い髪の少女は神秘的な容姿に反して荒っぽい口調でウルスラを窘めた。弾切れになったリボルバーの弾倉に弾を込める姿に追い詰められた悲壮さはない。
「はっはい」
「よろしい。こんなところで会ったのも何かの縁だ。邪魔しないならここから逃してやるぜ」
迫力のある深紅の瞳に射竦められ、ウルスラは素直に黙った。金髪碧眼の理知的な美貌が台無しの態度である。
少女は流れるような手つきでリロードを済ませ、通路を覗き込むようにして銃撃戦を再開。
一方、ウルスラは眼鏡のズレを直し、視線を横に流した。
ぴくりとも動かなくなった鉄の塊がそこに転がっている。
独房の扉が破れた原因であるパワードスーツだ。その頭部を粉砕され、ぴくりとも動かない。スパークを散らす頭部からはどろりと血液が滴っている。気分が悪い光景。
(こんな小さな娘が力技でパワードスーツを着た人間を捻り潰した? 私、変な薬でも盛られて幻覚を見ているのかしら?)
少女はちょうど独房の前に立っていたパワードスーツ兵に飛びつき、押し倒し、そのまま扉をぶち破って壁まで叩きつけた。そして、狼狽えるウルスラが見ている前で、素手で頭部を潰したのだ。物理的にあり得ないような怪力だった。
現実感のない光景とストレス。轟く銃声。ウルスラは意識が遠くなるのを感じた――――
このような事態に巻き込まれた原因は、二か月ほど前に遡る。
本社直属対テロ部隊を後方で支えるエリートオペレーターとしてやってきたウルスラ・ノイにとって、それは人類が地上での生存を諦め、地下に建造された都市群で生き延びることになった《大破壊》に等しい衝撃であった。
会社が潰れ、職を失ったのである。
ムラクモ・ミレニアム。超巨大企業体クロームに唯一対抗できる勢力として、「技術のムラクモ」の呼び名で燦然たる存在感を放っていた企業グループだ。
クロームとの抗争の末にトチ狂って地球人類を皆殺しにしかけた狂人集団という、途轍もない汚名を被った企業でもある。
上層部は《大破壊》の直接的な原因となったとされる軌道衛星砲ジャスティスを起動し、民間人への被害などお構いなしにクロームを抹殺しようと目論んだ。
主幹社員は激化する企業抗争からの保護を名目に、月面基地への退避が命じられた。ウルスラも同僚と共に軌道巡洋艦でロア月面基地に退避するはずであった。
だが、クロームの刺客なのか、レイヴンの駆る
精鋭部隊による万全の警備体制はたった一機の強襲で滅茶苦茶にされた。
宇宙への脚は完膚なきまでに破壊され、脱出計画は頓挫してしまう。
とりあえず、現在地での待機を命じられているうちに、シャトルで軌道に送り出されたレイヴンが単騎でジャスティスを破壊。
最大の脅威を取り去ったクロームは地下世界の民意を味方につけ、徹底的な攻撃を敢行。これをもってムラクモ・ミレニアムは解体された。
ウルスラもよく覚えている。本社の最上階付近に向かって戦闘ヘリが機関砲で掃射を浴びせるニュース映像のことは。
途方に暮れながらもどうにか逃げ延び、華やかなアヴァロン・バレーから遠く離れた地下複合都市の安アパートで暮らしていた。
何分、狂人集団の一員。
しかもその本社にいたとなればウケが悪く、いかに優秀で容姿端麗まともな仕事にありつくことはできず。
おまけに仇敵ムラクモを叩き潰し、地下世界に君臨するはずだったクロームまでも崩壊したことで、《大破壊》以後に築かれた地下都市の秩序は大混乱に陥った。
膨大な数の失業者が世に溢れ、ウルスラの今後の見通しはより難しくなってしまった。
まるで世界を動かしていた仕掛けが壊れてしまったかのような混迷具合。
――あとから知った事実を鑑みれば、このときウルスラが感じたことはあながち間違いではなかった。
だが、いまここでは割愛しよう。
***
「やっぱり持つべきものは友達ね」
安アパートで辛酸を舐める日々を送っていたウルスラに転機が訪れた。
かつての同期であるユウコ・ミカガミからの再就職先を斡旋するという連絡を受けて、全財産を路銀に当てて現地に経ったのである。
昔懐かしきアヴァロン・バレーの洒落たカフェでユウコと再会した。
ウルスラが本社の対テロ特務に大抜擢されて以来、疎遠だったのでそんな彼女を頼るのは心苦しかったが、背に腹は代えられない。
最初は近況について話をして、それから心証を損ねないように再就職先について訊いてみた。
「時計の針を巻き戻せたら、きっと素敵よね」
ユウコの返事は謎めいた微笑みと言葉だった。
「うんうん!」
嫌な予感がしたが、垂れてきた救いの糸を手放さないように、ウルスラは頭を振っていた。この時は必死だったのだ。
こうして、引き返せたかもしれない最後のチャンスを失った。
「それじゃ、行きましょうか」
「へっ」
ユウコの合図で、隣の席に座っていた大男二人が立ち上がった。
大男の片割れが茫然とするウルスラの腕を掴み、強引に立つように促す。逆らえば腕を折る、と無言で伝えている。物凄い威圧感だ。
部下らしき二人を従え、ユウコはカフェを出る。ウルスラは顔面蒼白で後に続き、車に乗せられた。明らかに軍歴のある厳つい筋肉男に左右をがっちり固められた。これではどう頑張っても逃げられない。
ユウコは助手席に座る。女性の部下が運転席で待っており、ユウコの「出しなさい」という言葉で車を発進させた。
(一体どこに連れていくつもりなの……?)
予想もしていなかった展開にウルスラは竦み上がっていることしかできなかった。
車から今度は軍用の装甲リグに乗り換えさせられ、地上に出ることに。このとき、ウルスラの恐怖と混乱はピークに達したが、無謀な逃走への欲求は残った理性と恐怖心が抑えた。要するにビビり散らして言いなりになっていた。
リグはホバー推進による快速でアヴァロン・バレーから遠のいていく。
荒野を突き進み、リグが向かったのは岩山に隠れるように建てられた拠点。
それ自体はウルスラも知っている旧ムラクモの所有施設だ。
これでも本社付きの対テロ部隊のオペレーターだったのだ。セキリュリティ・クリアランスで開示されているムラクモ・ミレニアムの拠点はすべて頭に叩き込んである。
(ここってクロームとの戦闘で放棄されたはずじゃ。クロームが潰れたあとに占拠し直したっていうの?)
「ムラクモの栄光を取り戻し、叡智の光でもって人類を正しく導く。ここはそのための砦よ」
誇らしげにユウコは語った。その目はぞっとするほどに澄んでいた。
ブリーフィングルームで詳細を語ってくれた。
この集団は要するにムラクモ・ミレニアムの残党で、いわゆる武力による現状変更というヤツを志している。
人類社会を統一し、大ムラクモ世界なるものを実現する理想を掲げているのだ。
クロームが流布した秘密結社的なムラクモのマイナスイメージそのままの姿。同じムラクモの同胞にこんな言葉は使いたくないが、掛け値なしのテロリストである。
ユウコはこの拠点における実質的な指導者の地位にあるとのこと。
御大層な出世ぶりだ。
単なるオペレーターが社の崩壊から二か月でこの地位に昇ったとは考えられないし、異常な思想が短期間で醸成されるとも考えづらい。
恐らく、ウルスラが本社に移ってからのユウコはムラクモ・ミレニアムの暗部として生きてきたのだろう。彼女が部下に取る苛烈な態度がそれを物語っている。
「すごく気高い志だと思うわ。けど、ちょっと意識が高すぎて私には無理かなって」
その高邁な思想をできる限り尊重し、共感するフリをしながら穏便に返してもらおうと必死だった。
必死だったのだが――――
***
「なんでよ~~!」
独房に連行され、乱暴に中に放り込まれた。無情にも施錠されてしまう。分厚い扉に縋りつき、覗き窓から窺うユウコに叫ぶ。
「大ムラクモ世界を実現し、人類を正しく導くためには戦士が一人でも必要なんだもの。才能ある貴女ならばムラクモの戦乙女として勇士たちを導くことができるわ。自信を持って」
明日また会いに来ると伝え、ユウコは護衛と一緒に去っていった。廊下に反響する靴音がやけにはっきりと聞こえる。
「どうして、どうしてこんなことに……!」
ウルスラは途方に暮れた。いかにも捕虜用という感じの粗末なベッドに座り、頭を抱える。
備え付けられた便器のほうを見る。洗面台はあるが、肝心のトイレットペーパーがない。最悪だ。
やがて嘆く気力もなくなり、疲労と失意の極限から横になって眠ってしまった。
次に目を覚ましたときには非常警報が鳴り響いていた。慌ただしく通路を走る武装した兵士の足音。
(襲撃!?……まあ、こんなことしていたら目を付けられてもおかしくはないわよね)
どうやらより危険な状況が迫ってきているようだ。襲撃者が何者か分からないが――――
(けどこれってチャンスじゃない! リグか何か奪えれば逃げられるわ!)
リスク覚悟の冒険の覚悟を固める。まず、何とか兵士を言いくるめて、扉を開けてもらおう。
向こうは自分を引き込むためにここに招いたのだ。ユウコの名前を出せば、開けてもらえるかもしれない。
才女と讃えられてきた明晰な頭脳で計算を弾き出し、ウルスラは立ち上がった。
その時だった。頼むまでもなく扉がぶち破られたのは。
「どわぁっ!?」
ウルスラは、怯えて慌てて身を引き、ベッドに引っかかって尻もちをつく。原因はパワードスーツが倒れ込んだことだった。囚人を閉じ込める強固な扉とて、重武装の装甲兵の重量には耐えられない。
もし、もう数瞬早く決意を固めて立っていたら、下敷きになってぺしゃんこだっただろう。
間抜けな兵隊がすっころんだワケではない。格闘の結果だった。
(女の子!?)
しかし――ウルスラは目を疑った。パワードスーツを押し倒したのは黒い髪に白い肌、赤い瞳の少女だった。それも、掛け値なしで美しいとつくような。
場違いな黒いドレスで繊細な肢体を浮き立たせている。
「まだ動くか!」
大口径に分厚いバレルの回転式拳銃を握った片手でパワードスーツを抑え込みながら、もう片方の手で装甲されたヘルメットを殴る。
普通なら殴ったほうが手を痛めるだけだが、少女の小さな拳骨はフェイスプレートを突き抜け、その内側の肉と骨をぐしゃぐしゃにした。
「よーし、これで静かになった」
血塗れになった手から血液を滴らながら、少女は無邪気に言った。こんな状況でなければ何時間でも愛でたい容姿に反して口調は荒っぽい。
現実離れした光景にウルスラは口をぽかんと開けている――わけにはいかなかった。
黒いドレスの少女が、ここを襲っている襲撃者の一人だとすぐにウルスラは察した。
それに大口径のリボルバを手にしている。敵と看做されれば命はない。
「ありゃ? 人がいたのか」
「私は捕虜なの、こいつらの仲間なんかじゃないわ! だから撃たないで、お願い!」
少女は素早く扉の脇に身を寄せ、通路から迫ってくる新手に備える。ウルスラが必死になって無関係を訴える前から脅威でないと気付いていたようだ。
こうして、ウルスラ・ノイは