呪術廻戦ーカースド・ガールズー   作:笛とホラ吹き

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10:剣客覚醒

「暁ちゃん、勝てるのかな……」

 

 帳の範囲限界まで退がり、彩花に守られながら戦闘を見守る環那。非術師である彼女に呪いは視認できないため、環那の眼には暁が一人で如意棒を振り回して暴れているようにしか見えない。家の関係で教えられていたり、何も無いはずの場所で暁がいきなり吹き飛んでいくのを見ていなければ、きっとただの一人相撲だと思っていただろう。

 しかし、自分の眼には見えずともそこに又旅が在るという事は分かっている。だからこそ戦況を心配してポツリと言葉を漏らしたのだが……この戦いをしっかり見ている彩花の返答は、環那が期待していたような順調なものではなかった。

 

「今のところ厳しいね。又旅の奴が速すぎて対応が後手に回ってる。あっちの攻撃も受けれてるからダメージは貰ってないけど、まだ『黒侵操術』を使われてないんだよね……」

「えっと、その術式っていうのが呪術師さんが使う特別な技なんだよね。て事は……又旅はまだまだ本気を出してないってこと?」

「そうなるね。今のところはお互い有効打が無いから戦局が動いてないけど、又旅が術式を使い始めたら間違いなく傾き始めるよ」

「……暁ちゃん」

 

 環那にとっては、暁は出会ってからまだ一時間程度の関わりしかない相手である。それでも自分達ができなかった事を代わりに成しに来た人が、傷付く姿を見るのは心苦しかった。どれだけ薄い関係性でもこの心配には微かな嘘も無い。

 自分に戦える力があったなら、こうして他人の手を煩わせる事はしなかったのに。己の力不足を呪うしかできない自分に腹を立て、環那は血が滲む程に強く拳を握っていた。

 

「術式解放──『黒侵操術』」

「遂にやってきたか。でも……」

 

 ここまでで小競り合いには満足したのか、又旅は遂に術式を解禁する。木々の影に自らを溶け込ませ気配を一体化し、影全体に呪力を発させる事で感知も無力化する。こうして察知不能の奇襲を仕掛けて相手の首を狩るのが又旅の常套手段。今回もそれで十分だと影の中でほくそ笑む……だが暁の顔が笑みを浮かべているのは見えなかった。

 火葬祈祷を発動し蒼炎を点火する。それもただの炎ではなく、術式の解釈を拡張し光量を強化──夜家に帰って灯りを点けた時のような、強い光で森の中を満たした。

 

「対策なら、取ってある」

「にゃッ……!?」

 

 熱源としての炎ではなく、光源としての炎で光を与える事で影を潰し術式を封じる。道中で考えたアドリブの作戦であるが上手くいったようだ。

 とは言え燃費の悪さは変わらないし、慣れない仕様変更をする分神経も擦り減らす。常に扱うと言うよりは黒侵操術へのカウンターとして、又旅が影に潜った時にのみ使う形になるだろう。

 

「おお、対策済みだったんだ!」

「凄い……私にも眩しいのが分かった……」

 

 火葬祈祷の光が見えたという事はつまり、この呪いに満ちた環境で目醒めつつあるという事。あくまで見えたのは光だけで、相変わらず暁が何と戦っているのかは見えていないが……それが環那に変化を齎すのはもう少し先の話になる。

 暁は光で引き摺り出した又旅を、動揺して動きが鈍っている内に容赦無く叩き伏せる。特に発達した右前脚を集中的に狙い、呪力の防御が緩んだところで蒼炎を灯した一撃で脚を叩き千切った。呪霊にとっては大した事のない欠損、すぐに回復されるがいつまでも同じ事をできる訳ではない。呪力量で勝る相手には地道な手段が最も有効なのだ。

 

「屈辱。屈辱」

「普通に……喋れ!」

 

 落ち着きを取り戻されても、速度がまた速くなっても暁は焦らず追い詰めていく。五条悟との戦闘で思い知った体術の重要性、あれから二年間学んできた成果が今発揮されている。又旅の速度に眼も身体も着いていけるのは、それだけの鍛錬を積んできたからに他ならない。

 そして帳を張られた事も、却って暁にとって有利に働いていた。もしも帳が無く森全体が戦場になっていたとしたら、発光による術式封じの効果は激減していただろう。戦場が広くなる事で又旅を追うのにも更に苦労していたはずだ。獲物を逃さぬつもりでやっている事が自分の首を占めていると、又旅が気付くのはいつになるのだろうか。

 

「む……!」

「有効打あり。有効打あり」

 

 暁の攻撃は少しずつ又旅を削っていく。回復と防御を強要し呪力を大量に消費させ、防御が緩むのを粘る戦法は通用している。暁の身のこなしと如意棒のシンプル故の取り回しの良さが、この地味で地道な戦法に確かな成果を与えていた。

 しかし又旅も馬鹿ではない。尻尾の先など肉体の一部だけを影に潜らせ、別の影から出す事で光に邪魔されない攻撃を行う。死角から死角への不意打ちは流石に感知できず、暁は右の腿を硬質化の連撃に貫かれてしまう。即座に尻尾を叩き折り追撃を食らう事は防いだが、その代わりに負担の重い反転術式を使わざるを得なくなってしまった。

 

 

 カララ……

 

 

「これ……空断?」

「戦闘の余波で飛んできたんだね。しっかし随分と錆びちゃってまぁ……ここはわたしが回収して預かっておくよ。一応戦利品の予定だし」

「いや……ちょっと待って」

「環那ちゃん?何するつもり……」

 

 暁と又旅の戦闘の余波を受け、地面に転がっていた空断が彩花の下に飛び込んでくる。回収しようと影を伸ばした彩花を環那は引き留め、自分の手で空断を拾い上げた。

 じっと刃を見つめたまま動かない環那。彼女が再び動き出すようになるまで、彩花はその不穏な様子をただ見ているしかなかった。

 

「『領域展開』」

「──ッ!きたか!」

 

 

 領域展開──『黒蝕水雲(こくしょくすいうん)

 

 

 又旅が領域を展開する。帳近くまで寄せられていた暁は回避し切れず結界に捉われ、全てが黒で満たされた空間に閉じ込められてしまった。

 対抗するために領域を展開しようとするが、この領域を突破したら次は森を壊してしまう。領域の押し合いができない今、取れる手段は銀千里の記憶から抜き出したこれくらい。彩花のようにシン・陰流『簡易領域』が使えない暁にとって、術式が無くとも使える唯一の領域対策。

 

 

 奥義──『彌虚葛籠

 

 

 シン・陰流『簡易領域』の原型となった、古来より伝わる領域対策の一つである。今では発展系である簡易領域に押されているのか、自分以外に使える術師を見た事は無い。

 身体全体を覆うように葛籠を纏い、領域を構成する結界を中和して必中効果を打ち消す。通常攻撃までどうにかできるような物ではないが、これだけでもだいぶ戦いやすくなるというものだ。時間稼ぎとしては上等な部類だろう。

 

「火葬祈祷……ダメか」

「終わりです。終わりです」

 

 暁は彌虚葛籠だけでなく、蒼炎を灯して影の打ち消しを試みるがそっちは失敗する。領域による術式の強化が影に適用されているようで、強い光を当てても影が消えなくなっていた。影と言うよりは黒い絵の具のようなものなのだろうか。

 

「……ッ!まったく、苦労させてくれるね!」

「往生せよ。往生せよ」

 

 しかし、そんなところにいつまでも考えを巡らせている暇は無い。必中を無効化したとしても通常攻撃が群れを成して襲い来る。如意棒だけで時間まで凌ぎ、術式が焼き切れて呪力操作に支障が出るようになる僅かな時間で押し切る。

 

 

 ──術式さえ使えれば楽なんだけど!

 

 

 火葬祈祷、霜天ノ式……どちらかだけでも使えたのなら、暁が苦戦する事は無かったはずだ。術式が無いだけでこうも弱体化する自身の未熟を、内心で呪う暁なのであった。

 迫り来る尻尾を弾き、爪を砕き、牙を避けて顎に一発蹴りをお見舞いする。領域内の黒そのものが形を成す事で、攻撃できるのが又旅本体だけでなくなるのが本当に辛い。敵の攻撃に対して防御に割くべき手数が余りにも足りな過ぎるのだ。

 

「神纏が解けた……ッ!?」

「好機。好機」

 

 防御の隙間を縫って刺される攻撃。少し掠めたりする程度や、どうでもいい部位に食らうのならまだマシな方と言えるのだが。これが腕や脚または急所に当たれば反転術式を強いられてしまう。傷を負う度増えていく呪力消費はバカにならず、暁はどんどんジリ貧になっていく。

 しかもそこに追い打ちを掛けるように、『神纏』の効果が切れてバフが消えてしまった。結界で分断された事で、彩花からの呪力の供給が途絶えてしまったせいか。『玉犬』の付与効果で性能が上がったからこそできていた防御は、その強化を失えば当然ままならなくなる。ここからは力負けする場面が目に見えて増えるようになった。

 

「うっぐ……!」

「終わりです。終わりです」

 

 如意棒を弾かれ、暁は無防備のまま又旅に胴体を晒してしまう。

 このまま無数の黒に胸を貫かれ、穴開きの死体になってしまうのか……そうはならんと、暁は心臓部に呪力を集中させて守りを固める。領域によって強化されて矛と、不可避の攻撃に対して急造で間に合わせただけの盾。どちらが上回るかなど火を見るより明らかだが、その結果が出る事は無かった。

 

「……ッ!」

「……!?理解不能。理解不能!」

 

 攻撃が暁に届くその直前……外からの一撃によって『黒蝕水雲』は跡形もなく破壊された。

 長い間放置されていた事で、刃は錆びつき呪力もガタついた特級とは名ばかりのなまくら。鉄パイプにでも呪力を通した方がまだマシだろうに、環那の振るう空断の一閃は、紙切れのように領域を型取る結界をいとも容易く斬り裂いたのだ。

 

「か、環那……?」

「さて……やろうか」

 

 

 無名の剣客『(みなと)環那(かんな)

 

 

 環那は幼い頃、手習いとして薙刀の稽古を受けていた時期があった。その才能は凄まじいもので数日の内に敵う者は消え、やり過ぎる事を恐れた両親の意向で稽古は取り止めになり、それ以降彼女が薙刀を握る事は今日まで無かった。

 解放されてしまったのだ。恐れられるが余りに抑圧されていたものが……非術師の脳構造であるが故に表に出る事の無かった素質が……薙刀の特級呪具に触れた事で、受けた呪力が脳を術師の構造に変質させ新たな呪術師を生み出したのだ。

 

「どこへ。どこ……ゴッ!」

「喋るなら一回だけで十分だよ」

 

 呪術師として覚醒した環那は、又旅に狙いを定めると圧倒的な速さで背後に回り一撃を加える。あまりの速さに又旅は環那を見失い、意識外から強烈な一撃を受けて吹き飛ばされていった。空断が万全の状態ならこの時点で決まっていただろう。

 吹き飛んだ先で又旅は体勢を立て直し、影に入って反撃の機会を窺おうとする。しかし領域展開の副作用──術式の焼き切れでその目論見は失敗。驚く間に更なる追撃を受ける事となる。

 

「マジか……こんな事ってあるんだなぁ……」

 

「こんな才能が眠ってたとはね……」

 

 怒涛の攻勢を、暁と彩花はただただ驚きながら見ているしかできなかった。不用意にあの中に割って入ればこっちまで狙われる。そんな危うさをひしひしと感じたからである。

 又旅の攻撃は環那に全く当たらず、避けられては反撃されを何度も繰り返す。その内に空断には少しずつ変化が見られるようになっていく。錆びついていた刀身が、かつて何度も戦闘で振るわれていた時を思い出すように輝きを取り戻していくのだ。

 

 一振り、一振り。環那の攻撃の度に赤茶けた錆が剥がれていき、空断の出力が増大する。かつて銀千里の得物として振るわれていた時の力が、少しずつ顔を見せていく。増大する呪力とプレッシャーに耐えかねた又旅は逃避を決め込もうとするが、その前に蹴りで顎をカチ上げられ宙に浮かされた。

 特級呪具『空断』。本来の力を発揮するその刃は名前の通り空──即ち世界をも断つが、空高くに打ち上げられた又旅を斬るには刃が届かない。跳んで近付くか、もしくは何かしらの方法で射程を補強して届かせるか……選ばれたのは後者であった。

 

「『親水呪法(しんすいじゅほう)』──」

 

 環那の『親水呪法』……それは、呪力を与える事で水分を操る術式。操れるのは液体としての水だけでなく、解釈を広げ術式を拡張する事で固体や気体にも効果を及ぼす事が可能となる。

 大気中の水分に拡散させた呪力を与え、小さく圧縮し空断の刃に纏わせていく。真夏の沖縄の湿度は潤沢な水分を刃に与え、固められた水はギチギチと軋むような音を立てている。今この水を解放したならば小さな津波位にはなるだろう。

 

「──『(さざなみ)』」

 

 水を纏わせた空断を、環那は思いっ切り又旅目掛けて振り切った。刃渡りを補完し射程を拡張した水の斬撃は、空断が持つ空を断つ術式が相乗りし又旅を存在する次元ごと斬り裂いた。

 

「……?……!?」

 

「ま……ウッソだろ、マジかよ……!?」

「世界を、斬り裂いた……!」

 

 両断された又旅の胴体が、同じく斬られた次元が元に戻ろうとする反応に巻き込まれて消滅する。何が起こったのかを理解できず、呆然としていた本体であったがすぐに正気を取り戻した。このまま着地した後は失った下半身を再生させ、大きなダメージを負って呪力が弱くなった事を利用し、気配を消してこの場から逃げる──

 

「──『火葬祈祷』」

「にゃッ……!?」

「空中なら、森を燃やさずに済む……年貢の納め時だって最初に言ったろ」

「無念。むね、んん……」

 

 なんて事を暁がさせる訳もなく。これまでの伝説から逃げ足には注意していた暁は、又旅が両断されたその瞬間に飛び出し逃さず焼き尽くした。最期の言葉と共に又旅が消滅し、辺りを覆っていた帳も消えてこれにて特級呪霊『又旅』祓除完了である。

 一応五条悟からの依頼は果たせたが、その活躍はほぼ乱入してきた環那によるものだ。あくまで祓除が本題なので契約に問題は無いはずだが、もしあの場面環那の乱入が無かったなら。自分は勝ち切る事ができていただろうかと考えてしまう。彩花の補助込みで互角だった自分と圧倒していた環那。神纏が切れたあの場面を思うと、どうしてもそんなIFを想像してしまうのだ。

 

 

 ──これからもっと頑張ればいいさ。今は終わった事を喜ぼう。

 

 

「お疲れ様、環那。助けてくれてありがと……」

「……」

「環那……ッ!?」

「あなたなら、あの猫畜生よりは楽しめるよね?」

 

 もう終わったのだから、反省してまた次に活かしていけば良い。五条から貰った千年氷も馴染むしこれからの自分はもっと強くなる、悪い想像をするのは止めて環那に礼を言う暁。

 しかし環那の様子がどこかおかしい。それに違和感を持つよりも先に、空断の柄で暁は打ち上げられ海にまで飛ばされる。これが野球なら記録級の特大ホームランである。

 

 抑圧されていたものと、脳構造の都合で本来開花するはずが無かったもの。それらがいっぺんに解放された事で、環那は強烈な開放感と高揚感を得てしまい暴走してしまっていたのだ。又旅だけでは満足できないと言わんばかりに、次の標的を又旅を焼き尽くす力を見せた暁に定めたのである。

 森の中では環境破壊を気にして、術式を使えない事は環那も知っている。だからこそ森から離れた所まで暁を吹き飛ばしてみせた。暴走している中にもある程度の理性が残っているのが厭らしい。

 

「今まで我慢した分、楽しま──」

「──せないよ?」

 

 吹き飛ばした暁の元へ向かおうとする環那。その歩みは彩花によって止められた。

 影を伸ばして足場を崩し、底無しの空間へ環那の身を呑み込んでいく。対抗する術を知らない環那は成す術無く影の中に取り込まれ、そしてすぐに吐き出された。酸素の存在しない空間の中で呼吸をしようとした事で、体内の酸素量が減り意識を失って倒れた状態で。

 

 今回は見に徹していて本当に良かった。彩花も戦闘に参加していたなら、十種影法術の性質も見られここで捕まえられなかったかも知れない。その場合確実に面倒な事になっただろう。

 環那が無知で助かった。彩花は目を回して倒れる彼女を見て大きくため息を吐くのだった。

 

「暁は殴られ損だけど、今度こそ一件落着だね」

「きゅう……」




【緋鏡暁】
戦いを掻っ攫われた。又旅には術式有りなら余裕で勝てていたが、体術だけではかなり苦戦する。もしも環那の乱入が無ければジリ貧になって負けていた可能性は高い。

【湊環那】
薙刀の呪具に触れたのが最後のトリガーとなり、呪術師として覚醒した。今回は今までの抑圧からの解放でテンションがおかしくなっている。普段ならもう少し理性的に振る舞えていたはず。

【東江彩花】
今回は見てただけの人になるはずだったが、環那が暴走した事で止める役が回ってきた。相性の問題で又旅に勝つのは難しいが、環那にはかなり余裕を持って勝てる。
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