「紹介するよ、こいつが伏黒恵。まだ高専生じゃないけど色々あって面倒見てるんだよね」
「男の子だったんだ」
「えっと、よろしくね?伏黒君?恵君?」
「……よろしく。呼び名はどっちでも構わない」
呪術師見習い『伏黒恵』
飛行機でフライトする事数時間、東京に着いた一行は五条の案内で『伏黒恵』と顔を合わせた。聞いた名前から抱いていたイメージとは違う、良い感じの男の子であった事には驚いたが、特にお互い人見知りする事もなく挨拶は終わる。ちなみに暁と環那は別の場所で待機しておりこの場には居ない。
「わたしは東江彩花。よろしくね恵君」
「湊未来です。よろしくね」
伏黒という名字ではあるが、禪院家の相伝術式を持っている以上は遠い親戚位にはなるだろう。きっと仲良くなれるはずだと、彩花が差し出した手を伏黒はしっかり握り返してくれた。無愛想なところはあるが、それでも彼なりに仲良くなろうとしてくれているのかも知れない。
同じ十種影法術を持ち、尚且つ禪院の姓を持たない者同士。伏黒としても彩花には何か感じるものがあったのだろう。
「それじゃあ僕らは上層部のトコ行くから、後の事は伊地知に任せるよ」
「はい。先輩もお気を付けて」
「別に話付けて来るだけだし、気を付ける事なんて何も無いよ」
「……緋鏡さんの事ですよ」
その台詞で五条の動きが一瞬止まる。確かに上層部の連中は五条の事を恐れており、彼の機嫌を損ねるような事は余程でない限りはしない。しかし暁に対しても同じように対応するとは限らず、むしろ死刑対象である事や女児である事を理由に、色々と嫌味や難癖を浴びせてくる可能性が高い。
暁も余程でない限りは我慢するだろうが、糞共がどこで彼女の逆鱗に触れるか分からない。そうなったら手に掛けてしまう前に止めるのが、同行させる上で五条がすべき事だ。
「ま、死刑回避の交渉に行くのにそこで確定させちまったら本末転倒だからね。連れて行くからにはしっかり引率するさ」
その言葉を最後に、五条は集合場所とした五条家の道場を出て高専へと向かった。
残された初対面の小学生達に、騒がしいのがいなくなった事で静寂が訪れる。いたたまれない空気を察知した伊地知は、任された責務を果たすべく己の言葉でこの空気を打ち破る。
「た……確か、五条さんは伏黒君の参考にすると言って東江さんを連れて来たんでしたよね?ならば互いに術式を使って模擬戦でもしてみては?湊さんも呪術師というのがどういうものなのか、模擬戦を通して改めて理解していくと良いでしょう」
「俺の参考……ですか?」
「わたしは別に構いませんけど、ここって五条さんの持ち物ですよね?戦って壊したりしても大丈夫なんですかね」
「良いんじゃない?わざわざ道場を集合場所にしたのはそういう意図があったからでしょ」
一応伊地知が五条に連絡し、しっかり許可を貰って模擬戦をできるようにする。戦うよう言われた二人はウォーミングアップを始め、残りの二人は巻き込まれないよう端に陣取った。
──俺と同い年、同じ術式……でも実績は圧倒的に向こうの方が上。せっかくの機会だし存分にアンタの強さを見せて貰おう。
身体をほぐしながら、伏黒はちらちらと彩花の方を観察していた。大量の呪具を影から取り出し点検しているところを見れば、式神よりも影の方を重視している事はよく分かる。呪具はサブ程度にしか使わない自分とは真逆のスタイルだ。
伝え聞いた実績位しか、伏黒は彩花の事を知らないため彼女の呪力量や調伏の進行度、呪具の用途などは分からない。しかし少なくとも東京から離れた沖縄の地にいながら、その実績が聞こえてくる程度の強さは確実にある。伏黒は自分の方が格下……挑む側として今回の模擬戦を捉えていた。
「そもそも、俺の参考にって名目だもんな」
参考にするという事は、彩花には伏黒に足りない物があると五条が考えているという事。
術式が同じである以上、使い方は違えどその力の差は結果に如実に現れる。多くの実績を残す才媛と己の差は如何程か……それを確かめるべく、伏黒は全力を出せるよう集中力を高めていった。
「恵君も影から沢山出した……アレは武器?」
「あれは重りですよ。東江さんは『縛り』で無視しているようですが、彼らの術式……十種影法術の影収納は本来、引き入れた物の重量が自身にそのまま伸し掛かってくるようになっています。伏黒君はその制約を活用し、普段重りを入れておく『縛り』を掛けているんです」
彩花の影は、『調伏した式神の完全顕現を不可能にする』という縛りで影収納の重量制限を取っ払っている。式神による幅広い対応力という一つの強みを大幅に制限する事で、もう一つの強みに更なる強化をもたらしていた。
それに対し伏黒は、『戦闘時以外では常に許容範囲限界の重量を影に課す』縛りを設けた。これにより日常の全てをトレーニングに変え、更に縛りによるプラス……戦闘時の呪力及び身体能力の向上という恩恵を受ける事ができる。
「成る程……一長一短という訳ですね」
「そういう事です。優れた呪術師程こういう取捨選択を効率的に行います」
だとしたら、『親水呪法』ではどのような取捨選択をするべきか……そういう事を考えている内に二人の模擬戦は始まった。物思いに耽っていた未来は慌ててそちらに意識を戻し、同年代の術師の戦闘の観戦と情報収集に集中する。
先手を取ったのは彩花。影を道場全体を覆うように広げて自身の縄張りを確保し、どこからでもいつでも呪具を取り出せる体制を作る。模擬戦のため殺傷力の高い呪具は使えないが、それでも十分な貯蔵が彼女の影にはある。更に影の中に引き摺り込まれるのを防ぐために、伏黒は呪力による足場の強化を常に強いられた。
──たった一手でこれか!
「『玉犬』」
「神纏──『玉犬』」
伏黒は犬の影絵を作り、黒と白の二匹の玉犬を顕現させる。術式の発現時から常に共に在る最初の式神である玉犬は、特殊な力こそ無いがバランス良く各方面に秀でた便利な駒。どんな時でも「まずはコイツで様子見」ができる優れものである。
主人に先んじて襲い来る二匹を、彩花は玉犬を纏わせた如意棒で迎撃する。玉犬の効果は呪具の基本性能の強化。神纏では完全顕現よりは出せる出力が落ちるため、元の出力が同程度なら伏黒の方に軍配が上がるのだが……
「成る程、出力はわたしの方が上みたいだね!」
「チィ……玉犬だけじゃダメか」
打ち勝ったのは彩花。どうやら呪力出力は彩花の方に軍配が上がるようである。白の開いた口は如意棒を突っ込んで動きを止め、そのまま振り切って突進する黒を白ごと弾き飛ばす。
同じ手を使っても敵わない事を知った伏黒は、玉犬を一旦戻し次の式神を出していく。一つ一つの要素では負けているのなら、それらを複合して上回れるようにすればいい。
「『鵺』、『蝦蟇』併せて──『不知井底』」
「……いいね、『渾』による式神の融合か」
「まだだ……『満象』!」
「へぇ……やるじゃん!」
式神同士を掛け合わせ新たな式神を創る『渾』で生み出した『不知井底』、強度も強さも通常より劣化するが、その代わり複数の顕現と何度破壊されても出し直せる継続性を持つ。
伏黒がこの式神を出したのは攻撃ではなく、彩花の動きを一瞬でも拘束するためであった。長く伸びる舌で動きを縛り、振り解くのに時間をかける隙に次の式神『満象』を呼び出す。そしてその能力である放水で道場を取り巻く影を一掃した。
「……これで、邪魔な影は無くなった」
「ダメだよ、油断しちゃ」
確かに彩花の影は一掃されたが、それでも相手有利の場を五分に戻したに過ぎない。伏黒にとって厳しい戦いである事は間違いないのだ。
伏黒は再び玉犬を出し、今度は自身も加えて三位一体で攻勢に出る。武器の性能では大きく水を開けられているだろうが、そこは縛りで強化された身体能力でカバー。式神使いのセオリーを無視した近接戦闘を押し付けていく。
「式神がいるのに、自分も前に出るんですね」
「確かに式神使いとしては邪道ですが、自分が強くて困る事はありませんからね」
自ら式神の利用を制限し、呪具を用いて自力で戦う彩花。式神を補助役として扱い自分が最前線で戦う伏黒。どちらもセオリー外の戦い方だが、伊地知としては良いものだと思っていた。ただ式神に任せるだけでない戦い方ができるのは、自分の身を自分で守れる手段を持つという事であるから。
生得術式は強力だが、最後にものを言うのはどれだけ万遍なく自分を伸ばす努力をしてきたか。総合力の低い術師の寿命は短く、その点術式頼りになり過ぎない二人は高く評価できる。
──くそ、三対一でも押し切れねぇ!
──数と力で押すだけじゃあ、いつまで経ってもわたしには届かないよ!
少しずつ伏黒に焦りが見えてくる。数と力で上回り連携を仕掛けているにも関わらず、中々有効打を与えるに至らない現状に歯噛みしていた。
術式の関わらない彩花の強みは、多くの呪具を使いこなす事のできる身軽さ。多少の頭数やパワーの差など気にもならない軽業が彼女にはある。これは呪術師として多くの実績を上げてきた、彩花の経験あってこそのもの……一朝一夕ではない積み重ねが成せる技である。
「『玉犬』」
「上に……ッ!」
伏黒の一撃を躱し、天井に着地した彩花は影絵を作り玉犬を呼び出す。神纏でも完全顕現でもない影に混じったままの不完全な顕現、出力は大したものではないがそうするだけのメリットもある。
まず一つ目に破壊されない事。十種影法術の式神は破壊されると二度と出せなくなるのだが、影に溶けたままならば流動体であるため壊されるという事が無い。壊れた式神の力は『渾』で他の式神にいずれ継承させられるが、使える手札が減るというデメリットを無視できるのは大きい。
そして二つ目に、本来出せる数を無視して複数体を使える事。完全顕現させた場合、増殖の効果を持つ『脱兎』を除けば、同じ式神を複数体出すという事はまずできない。しかし不完全な状態だと影に効果を混ぜ切り分ける事で、擬似的に同一の式神の複数展開を可能にできるのだ。
本来黒と白の二匹しかいない玉犬も、彩花のやり方なら何十匹だって出す事ができる。その分下げた質を補って余りある程に。
「さぁ、どうする?」
「玉犬、迎撃しろ!『大蛇』!」
襲い来る玉犬の大群を前に、伏黒は自身の玉犬に時間稼ぎを命じて新たな影絵を構築。巨体とそれを扱うパワーのある大蛇を呼び出して、有象無象の大群を蹴散らした。
玉犬を散らしたその先で伏黒が見たのは、如意棒を構え迫る彩花の姿。ビリヤードの球を打ち出すように突き出した棒の一撃を胸に受け、伏黒は大きく吹き飛び道場の壁に叩きつけられる。模擬戦が始まって初めてのクリーンヒットであった。
「おお、これは痛い!」
「東江さんが一枚上手でしたね」
如意棒には貫牛の効果が掛けられており、直線の突きは更に威力を増していた。壁に叩きつけられた伏黒は、肺の中の酸素を全て吐き出すように咳込み腰を丸める。
攻勢に出ていたのはこっちだったのに、カウンター一つで瞬く間に形勢を変えられてしまった。その事実を噛み締めると、悔しさが込み上げて胸の痛みを押し流してくれる。まだまだ諦める気の無い伏黒はすぐに体勢を立て直し、ファインディングポーズを取って続行の意思をアピールした。
「いい根性してるじゃん」
「……できる事がある内は倒れてる暇は無い。そう教わったからな」
「ますますいいね。恵君は強くなるよ」
「お墨付きか。ありがたいな」
この先の展開は分かり切っている。彩花の受け主体の立ち回りを崩すために攻め手を強め、しかし全て受け切られてカウンターで負ける。無傷だったならともかく負傷した今の自分では、彩花に届く立ち回りはできない事を伏黒は理解していた。
だが先が読めたところで、じゃあ諦めて降参しますなんて真似はできない。これは模擬戦……自分の現状を知り、相手の良いところを取り込むための戦いなのだ。自分は全てを出し切っていないし、彩花にも出させていない。こんなところで終わらせるなんてもったいないにも程がある。
『私達はまだ生きてるじゃないですか。諦めるのは死んでからで遅くない』
いつか聞いた言葉を思い出す。遥か格上の呪霊を相手に、ボロボロになりながら勝利を掴んだ少女の言葉。「死んで勝つ」の意識が根底にあった伏黒の意識を変えたその言葉の主は、今もどこかで休む間も無く呪いを祓い回っているのだろう。
諦めるのは死んでからで構わない。死ぬ可能性の無い模擬戦如きで諦めていては、生き方を変えてくれた彼女に示しがつかないのだ。
「よろしく頼むぜ、先輩」
「いいよ、最後まで付き合ってあげる」
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「着いたよ、ここが呪術高専東京校だ」
「わぁ……すっごい広い」
彩花と伏黒が模擬戦をしているその頃、五条達は上層部の連中が待つ高専に到着していた。学校と聞いてするイメージとはかけ離れた広大な敷地とレトロな雰囲気に、環那は圧倒されたように感嘆の声を漏らし暁も同意し頷く。
これから行われる交渉次第で、暁の今後がどうなるのかが決まる。果たして死刑の回避は上手くいくのだろうか……当事者である暁以上に、緊張していたのは環那の方であった。
「それじゃあ行こうか。くれぐれも何を言われても短気は起こさないようにね」
「分かってるよ。早く行こう」
【伏黒恵】
既に原作とだいぶ乖離している。どうやら何かしら良い出会いがあったらしい。現時点でも原作一話と同程度の実力はあるが、二級相当程度では特級呪霊とも戦える彩花には敵わなかった。