「……来たか。五条、そして銀千里」
「もう一人居るよ。仲間外れは良くないなぁ」
高専の敷地内に入った暁達は、五条の案内で上層部の面々が待つ沙汰の場にやって来た。
この老害共にどれだけ苛つかされても、決して衝動的に動いてはいけない。高専に登録されていない暁が呪力を解放すれば、未知の呪力を感知した事で警報が鳴り響く。そうなると高専に待機している全ての呪術師との戦闘になるからだ。
その場合、交渉は頓挫し最も近くに居るこの最強の男との戦闘が確定する。貰った千年氷の馴染みも完全でなく、連戦で正繰・又旅と特級呪霊と戦って肉体的な疲労も強い。今のコンディションでは五条をどうともできないと暁は分かっていた。
とは言え相手の心象が最悪である以上、こちらの神経を逆撫でする言動は多く予想される。忍耐を試されるが上手くやれるのだろうか。
「役者も揃った事だし、本題に入ろうか!」
「ええい、お前が仕切るな!」
仕切ろうとする五条から主導権を奪い、今回の本題に関する情報が読み上げられる。
事の発端は2年前。那覇市立てだこ小学校で起きた校舎崩壊・並びに関係者失踪事件。現場に残された残穢から容疑者『緋鏡暁』が導き出され、発見した五条悟がこれと交戦。戦闘の中で容疑者が特級呪物『千年氷』の受肉体である事が発覚し、五条はその場での死刑執行を選択するも、仕留め切れず逃亡を許してしまう。
逃走した容疑者は、県内の有力者である東江家に匿われそこでしばらく生活を送る。当主の娘の補佐として多くの任務に関与し、死刑対象の特級呪詛師でありながら多くの実績を上げた。
中でも特に大きいのが、『銀の洞窟』の無力化・特級呪霊『正繰』の祓除・特級呪霊『又旅』の祓除などの強力な呪霊の祓除。加えて又旅祓除の際には五条悟直々の依頼である事、強力な呪術師2名の引き入れという追加要素もある。
これまでの行動から、特級呪詛師『銀千里』もとい緋鏡暁に社会に仇成す意思は無いと、五条悟は判断を下した。既に受肉した銀千里の意識は完全に消失しており、これ以上の千年氷受肉による術師復活のリスクも無くなった。
以上の事から、『緋鏡暁の死刑命令の撤回』『緋鏡暁の特級呪詛師認定の解除』『呪術界が把握している千年氷回収命令の発令』『回収した千年氷を全て緋鏡暁に取り込ませる』事を要求する。
「って言うのが、僕らの主張であります」
「本当に、それ以上は無いのだな?」
「暁はどう?まだ言いたい事あるのなら、さっさと伝えといた方が良いよ」
「……いや、大丈夫」
主張を終え次の台詞を待つ。言っている事としては『受肉した術師じゃなくて本人なんだし、死刑にしなくてもいいじゃん』『ていうか受肉した事が呪詛師認定に繋がってるんだから、本人と分かった以上もう取り下げてもよくない?』『それに特級呪物なんて危ない存在、いつまでも放置しておくのは問題だよ。せっかく器が見つかったんだから有効活用していこ?』という感じだ。
内容は間違っていないと思う。問題はそれをどう受け取られるかだが、果たして……
「……緋鏡暁本人なのだな。銀千里ではなく」
「そうだよ。受肉はしたけど乗っ取られた事なんて一度も無いよ」
「貴様の中に、既に銀千里が不在であるという事を証明できるか?」
「無理だね。無いものの証明は不可能だ」
有るものなら出せば証明できるが、無いものを無いと証明する事は不可能である。悪魔の証明を吹っ掛けた男であったが、暁の答えを聞いてまぁそうだろうなと言わんばかりに息を吐いた。
いつか聞いた話を思い出す。受肉体が問答無用で死刑に処される理由は、呪術のレベルが高い過去の術師が復活する事によるパワーバランスの崩壊というよりは、生きた時代の違い故に全く違う価値観の存在によって、現在の社会が乱される恐れが大きい事であると。
ようは怖いのだ。価値観も考え方も何もかもが違うのなら、それはもうエイリアンなどと変わらない相容れない存在なのだから。
過去の記録にもロクに残っていない銀千里は、上層部からすればそれはもう恐ろしい存在だろう。分かっている事が殆ど無いのに、呪物の存在からその強さだけは理解できてしまう……絶対に認めたくないという思いは、暁にも少しは理解できた。
──知らない、分からないって怖いもんね。
「それで?結論はどうなるのさ」
「焦るでない。受肉体の死刑撤回などという前例の無い事をそう簡単に決められるか」
安易に結論は出せない、それは分かるがあまり議論が長引くのも面倒だし困る。ああだこうだと意見を言い合っても切り捨てるだけで次に進まない、そんな状況に辟易しかけていたが。ここで初めて環那が話の中に入ってきた。
「そういえばさ、暁ちゃんはどうして千年氷……だったっけ?を受肉しちゃったの?」
「あ、確かにそれ誰も聞いてなかったね」
確かにその通りだ、と五条は環那の抱いた疑問を肯定する。暁が千年氷を取り込んだという結果はこの場の全員承知の通りだが、「何故」そうなったのかという過程は暁以外誰も知らない。
そこにこの議論を進める鍵があるはず。五条もまたこの遅い展開に辟易しており、流れを一気に早める事を期待して暁に当時の事を話すよう告げた。
「……少し長くなるけど」
「このまま議論するよりはマシと思って」
暁は話した。千年氷を取り込む事となった当時の事をなるべく詳しく、覚えている限りの情報を全て提供する。
日曜参観の学校に現れた、額に縫い目のある呪詛師に自分以外の全員が殺された事。千年氷の器として付け狙われていた事。羂索と呼ばれていた呪詛師との戦いに、直接敵対できない縛りがありながらも協力してくれた事。暁が羂索を殺し復讐を果たした後そのまま消滅した事。
「そんでしばらく彷徨って、五条悟と交戦して……東江家に匿われたって感じだね」
「へー、結構話の通じる奴じゃん」
「た、大変だったんだね……!」
「……」
そこからまた長い議論が始まった。結局長ったらしいままじゃないかと思ったが、内容を聞いている限り今度はちゃんと進んでいる。
もう少し待ってみてようやく結論が出た。上層部が出した結論は……
「銀千里──もとい緋鏡暁の死刑に対し、無期限の執行猶予を与える」
「呪詛師認定の解除はしない……が、執行猶予期間中は呪術規定に悖る行為に走らない限り、処刑人の派遣は行わない」
「高専管理下の千年氷に関しては、これからの働き次第で報酬として与える。それ以外の千年氷は自力で回収せよ」
「以上だ。これ以上の譲歩はない」
死刑に執行猶予を付け、その間は他の呪術師と同じように扱い、今後の働き次第で千年氷の回収に積極的に介入はしないが邪魔もしない。これが上層部の出した結論であった。
「何だよ、死刑そのものを撤回してくれよ」
「主導権が完全に器にあるとは言え、緋鏡暁が受肉体である事は変わらん。それに初めての事例で特別な扱いをしては、今後同じような事があった時にどんな奴でも同じ対応をしなければならん。器の人格が呪物の人格より悪辣でないとは限らんのだから」
「しかし、ここまでの緋鏡暁の呪術界への貢献は確かである」
「『銀の洞窟』のように、千年氷を回収する事での被害の拡大抑制も期待できる」
「特別扱いはできないが、今後の利益を考え死刑は遅らせる。他に質問は?」
「無いよ。取り敢えずこれで平和になるってのならこれで良い。でも……」
五条から上層部の黒いあれこれは聞いている。自分達の気に入らない術師への嫌がらせや、任務の妨害の数々を。
銀千里を恐れるコイツらなら、どこかで唐突にこの結論を足蹴にする事も十分あり得る。ここで縛りを結ぶとしても、それを実質的に踏み倒すやり方なんていくらでもあるのだから。もちろん全員がそうではないのだろうが……ならばまともな奴らが妙な気を起こさないように、釘を刺しておこう。
「僕は約束を守るよ。だからこの約束が破られるとしたらお前らの方からだ。自分で言ったことすら守れない奴がどうなるか……理解しとけよ?」
「……貴様こそ、その言葉忘れるな!」
これで交渉は終わりである。もう東京に留まる理由も無いしさっさと帰りたいな、そう思っていた暁だったが帰るのはもう少し後になる。帰りの車に五条抜きで乗せられた時、彼からまだ色々とやっておきたい事があると告げられたからだ。
彩花の特別一級昇格、環那と未来の高専術師としての認定、呪詛師を匿っていた東江家の扱いをどうするかなど。数が多いので全てを終わらせるには数日はかかるとの事であった。
「沖縄じゃあ頑張ってるそうだしね。今回はたまのバカンスとでも思って、帰る日まで東京を楽しむと良いよ。宿はウチで用意しとくから」
「……だってさ。どうする?」
「良いんじゃないかな?せっかく東京に来たんだし観光の一つでもしないと勿体無いよ」
「なら、明日は彩花と未来も入れてどこか遊びに行ってみようか」
五条の言う通り、せっかくの機会なのだから息抜きに使ってみようと考える。初めての土地ではあるが4人もいれば予定の一つくらい立つだろう。明日以降のちょっとした楽しみに思いを馳せながら、2人は彩花達の待つ道場へ帰っていった。
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「手が塞がるのが嫌なら、こういう手甲形の呪具とか……腕以外に取り付けるのもあるよ」
「成る程……格闘技術の訓練は必須になるけど手が空くのは良いな」
「へー、呪具って色々あるんだね」
「そりゃあ呪力を持った道具ならそれが何でも呪具って言えるからね。未来も自分の戦闘スタイルに合った呪具を吟味しておくと良いよ。ウチなら大抵の呪具は用意できるからね」
暁が交渉に臨んでいたその頃、道場組は彩花の持ってきた呪具で和気藹々と盛り上がっていた。模擬戦では如意棒以外使わなかったので、それ以外の呪具を使い方の実演も含めて見せる事で、呪具の魅力と有用性をアピールする。戦力が増える事は大歓迎だし見てて面白いので、伏黒も未来も食いつくように呪具を見ていた。
呪具の存在は、生得術式を持つ術師にとってはあまり歓迎されるような事は少ない。この場に限ってはそんな事は無いが、『呪具に頼るのは己が弱者であると公言しているようなもの』という価値観は意外と多いのだ。親に付き合って色々な呪術師と関わる事もある彩花は、それをよく知っているが故にこの状況をとても楽しく思っていた。
「ただいまー」
「どうにか無事に帰ってこれたよー!」
交渉を終えた二人も戻ってきて、彼女らも交えて呪具の披露は更に盛り上がりを見せる。彩花の作った呪具に何度となく世話になっている暁と、特級呪具を所有する環那。この二人が加わる事で話題は尽きず更に加速していった。
ちなみに、『空断』は暁が又旅祓除の報酬として貰う予定だったが環那の物になった。初見の武器を自分の身体のように使いこなす様を見て、自分ではこれ以上に使いこなす事はできないと悟り、誰よりも上手く扱えるだろう環那に譲ったのだ。
「この『呪い断ち』は、同じ名前のモチーフ元になった呪具があってね。お父さんが整備依頼を受けて持って帰ってきたそれを見て、再現してみようって作ったんだ。本物は刀身が赫く光っててすっごい綺麗だったんだよ」
「赤い刃の刀か……そういえば、そんな刀を持ってる奴が知り合いにいたな」
「え、マジで!?持ち主!?」
「それが呪い断ちなのかは分からんけどな」
「この『龍涎』は自信作!刀身から物体を腐食させる酸を分泌するから、本来なら刃が立たないような強度の物でも斬れるようにできるんだ!特級呪霊もコイツでイチコロだよ!」
「イチコロとはならなかったけど、特級呪霊相手でも通用したのは確かだね」
「そこは話を合わせろ!」
「モニターとしては虚偽の報告はできませーん」
「そういやさ、『空断』って具体的にどんな事ができる呪具なの?」
「西表島だと、刃の通った空間そのものを斬ってるみたいな感じだったけど……」
「それで合ってると思うよ?そこにある物の硬度とかそういうのを無視して、斬撃の軌跡にあった全てを切断する。斬れぬ物などあんまりない!って感じの呪具だね!」
「世界を断つ、か……どんな風になるんだ?」
伏黒のその言葉で、空断を使うとどうなるのかを実演する事になった。一度その猛威を目の当たりにしている暁と彩花も、伏黒と同じく初見の未来も興味津々で、適当に巻藁を用意してそれを斬ってみせる事で普通の斬撃との違いを確かめる。
まずは普通の刀。彩花から『呪い断ち』を借りてそれで巻藁を一刀両断し、一切の乱れない斬撃で真っ二つにした。これだけでも環那の腕が良い事はよく分かるが、『空断』を使うとどうなるのか……もう一つの巻藁でその結果は分かる。
「おお!おお……?」
「藁を斬ったってより、藁の存在した空間そのものが斬られたって感じだな……」
「何を斬るかの解釈が普通の刃物と違うんだね」
「どうだったかな?ぶっちゃけ斬れ味の良いだけとしか私は思えないんだけ、ど……」
環那の台詞と同時に、切断された道場の一部が音を立てて崩壊した。空断に呪力を与えた事で斬撃の範囲が拡大し、知らぬ内に巻藁以外の物まで斬ってしまっていたのだ。
切断された空間は、元に戻ろうとする反応で周りの物を巻き込みながら修復されていく。傷口が壊死していくように破壊は広がり、5人が呆然としている間に道場は三割が崩壊するのだった。
「ど、どっどどど、どうしよ!?」
「は、早く報告しろ!五条に!」
「帳張っとけ!こんなの見られたら大騒ぎだぞ!」
「あわわ、あわわ……」
めちゃくちゃ怒られたのは、言うまでもない。