「さて、どこから回ろうかな?」
「交通手段はタクシー使えばいいとして、それでも予め決めとかないとグダるもんね」
「私、皇居行ってみたい!」
「流石にいきなり行くような所じゃなくない?」
東京二日目。道場を破壊して五条家に死ぬ程怒られたばかりではあるが、気を取り直して4人は東京観光の準備をしていた。どこを回っていくべきかマップと睨み合いながら、各々の行ってみたい場所ややりたい事を挙げていく。
目的地がバラバラなら、別れてそれぞれ行きたい所へ行けばいいとも思うが……流石に土地勘の無い場所で小学生の一人旅は危ないだろうと、固まって動く事を命じられているのだ。実際皆で行動した方がいい思い出にもなりやすいだろう。
「わたしは築地に行きたいなー。美味しい海産物を食べてみたい」
「私は秋葉原行きたい!沖縄じゃ簡単に手に入らないようなグッズとか色々欲しい!」
「暁は?どこか行きたい所とかある?」
「僕は別に……いや、皇居には行ってみたいかも」
千年氷から引き継いだ銀千里の記憶。その中には浄界という特別な結界に関する情報があった。呪霊の発生抑制や、呪術師達の扱う結界術の精度を底上げする役割を持つ『天元』の結界。その内の一つに皇居を中心とする物があるらしい。
銀千里の生きた時代、京と言えば東京ではなく京都の事を指すが。遷都によって東京に皇居が移った今は浄界も共に移っているのだろう。優れた技術を目の当たりにする事は、新たなヒラメキや自身の技術の向上に繋がる。術師の端くれとしては見に行って損は無いだろう。
「んー、二対一だし皇居から行こうか。その後ご飯食べてから秋葉原行くでどう?」
「それでいいでしょ。早く準備しよ」
大まかにルートを決め、四人はさっさと出発するべく準備を始める。初めての東京観光という事で気分が高揚しているのか、タクシーに乗り込む彼女らの足取りはどこか軽やかなものであった。
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「着いたぜ、皇居!」
「こうしてみるとやっぱ、皇居!って感じだね」
「どういう感じよ」
「まぁ確かに、特別感みたいなのあるよね」
タクシーに揺られること数十分、四人は特に問題も無く目的地である皇居に辿り着いた。
流石は東京の中心とでも言うべき場所か、何だか壮大なモノを感じられる。沖縄にも色々と城跡はあるがあくまで城跡、現在に至るまで皇族が生活を続けている皇居のような雰囲気は出せない。普段は足を運ぶ事の無い特別感も相まって、何故だか悔しさのような思いすら湧き上がってくる。
「環那、未来、入ってから何か感じた事はある?」
「……そう言えば、何だか見えない膜をすり抜けたみたいな感覚があったかも」
「私は、何も感じなかったなー」
「皇居は浄界の中心点になってるけど、それとはまた別に結界を張ってあるみたいだね。皇族を呪術から護るためのものかな?何かの拍子に呪力を放ったらすぐ問題になるだろうから、くれぐれも暴発には気を付けてね。2人はまだまだ呪力の制御は発展途上だしそもそも教えてないからね」
桔梗門前で整理券を受け取り、中に入って参観コースを巡って行く。所用時間はだいたい一時間程度とされているが、写真を撮ったり内部に満ちる呪力を解析したりと時間を掛けて回っていた。撮影が許されている場所での個人的な撮影なら、許可は不要で行える。
感じる呪力は、皇居を護る結界から発されるものと皇居そのものが発するものがある。結界の呪力は環那でも辛うじて分かったが、皇居という空間そのものが呪力を発している事は分からなかった。一度結界を通り抜けて中に入った事で、外界と皇居内の空間の違いに、違和感を感じる事がなくなっていたからである。
「結界の存在を自覚できたなら、今自分がどれだけの呪力に曝されているかも分かるはずだよ。流石は浄界の中心地、呪霊の発生を防げるのも納得できる高度な結界だね」
「この結界を作ったのが、天元様って言う結界術の天才にして不死身の呪術師。浄界が無ければ日本の呪術被害は今の何倍にも増えていただろうと、そう言われる程の呪術界の偉人だ」
「へー……そんなに凄い事なんだ……」
「又旅の封印とはレベルが違うんだねぇ」
元非術師なりにある程度の知識はあるものの、実家に関わる範囲の事しか知らない双子には、皇居の結界の存在はスケールの大きいものであった。何せこれまで結界と呼ばれてイメージするのは、又旅を封印していたそれくらいしか無かったから。
使われている技術も、呪力量も、術師の力量も、得られる結果も何もかもが違う。緻密に練り上げられた技術の結晶に触れた今日の体験は、双子にとって大きな実となるだろう。『領域展開』に辿り着くまでもそう遠くはないのかも知れない。
暁と彩花にとっても、これ程高度な結界に触れる機会は少ない。実際にここまでの結界を自分で張るような機会はそう無いだろうが、『帳』以外の結界を身を以て知れた事は大きい。
これを習得し自力で張れるようになったら、沖縄の呪霊発生を大幅に抑制できる。マンパワーの不足に喘ぐ沖縄呪術界にとって、浄界の習得は何よりも嬉しい結果をもたらすはずだ。一周する間という短い時間ではあるけれど、その時間でなるべく多くの情報をこの身で受け取ろう。二人は同じ考えの元集中しながら歩を進めていた。
「浄界の展開、実際できると思う?」
「まぁ、わたし達には無理だと思う。そこまで結界術に長けてる訳じゃないし、天元様みたいに永遠の時間がある訳でも無いからね」
「でも、諦めちゃいけないんだ」
「ちょっとくらいは追いついてやろう」
二時間程掛けてコースを回り、四人は次の目的地へ向かうのだった。
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「さて、ちょうどお昼時な訳だけど」
「2時くらいで閉まる店が結構あるみたい。ちょっと急いだ方がいいかな?」
「別にいいんじゃない?取り敢えず眼についたお店に入って、気になった物を買うくらいで」
「そうだね。気楽に行こう、お腹も空いたし」
今度は築地にやって来た四人。お昼時という事で人の入りも多く、しかも皇居に長居したせいで着いた時間も遅くなり、そろそろ店仕舞いする店も出てくるような時間となってしまったが。それならまだ開いている店に行けばいいのだと、特に気にする事も無く散策を始めた。
やはり眼につくのは何と言っても海産物。市場で直接買えるので値段も安くなるし、スーパーでは滅多に見ないような珍しい物も売られている。そういった物を手に取るのは勇気が要るが、旅の土産話に色物はお誂え向きである。沖縄では熱帯魚などで慣れている事もあり、特に躊躇いも無く四人は興味を持った物に手を出していった。
「ほう、裂きイカの掴み取り」
「こんなのもやってるんだねぇ」
「お土産屋にも色々あるね」
「まぁ、ナマモノは持って帰れないし」
「寿司屋の卵焼きって何で美味しいんだろ」
「焼きたてなら尚更美味しいね」
「……ここで魚買ってったらさ、五条家の使用人さんに使って貰えないかな」
「聞いて確かめてみよう」
美味しい物を食べていると、自然と気分も良くなってくるというもの。財布の紐も緩み多少の高額など気にせず手を出すようになる。財布が受けるダメージは大きくなってしまうが、暁と彩花はこれまでの任務でだいぶ稼いでいるので問題は無い。
途中、呪術を使って商品を盗もうとしているセコい輩を見つけたりして、そいつを捕まえて連行して貰うという小さな事件もあったりしたが。それは特に記憶に残る事も無く、四人は家族・友人用のお土産を買って築地を後にした。タクシーに乗り込んだ時にはもう、呪詛師とも呼べない犯罪者の事などすっかり忘れていた。
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「着いたぜ、秋葉原!」
「こうして見るとさぁ、本当にどこに行っても人が多いよね」
今度の行き先は秋葉原。皇居も築地も沢山の人の入りがあったが、ここはそれ以上の人でまさしく溢れ返っている。四人のような観光客や外国から来た人間も多く、真っ直ぐ数m歩くのにさえ苦労するような有様であった。
秋葉原と言えばオタクの聖地。沖縄……それも離島の西表島では簡単に手に入らないグッズの数々に眼を輝かせながら、アニメなどのサブカルが大好きな未来は特に熱心に様々な店を回る。その他の興味が薄い三人は、その熱量の違いに圧倒されながら彼女の後を着いて回っていた。
「一部店舗限定のポストカード!」
「だいたいの都道府県対象にしてる癖に、沖縄だけハブいてくるキャンペーンの商品!」
「たまに本島に来た時にも、品薄だったりそもそも入荷されてなかったりで、これまで縁の無かったグッズがこんなに……!」
「ああもう、全部欲しいけどお金も手も全然足りないよー!」
「……よくあんなにはしゃげるよね」
「時折怨みが篭るのが恐ろしい」
「アニメが絡むとあんな感じになるんだよね……ウチだと離島だから、ネットで取り寄せようにも余計に送料掛かったりしていつも憤慨してるよ」
「……今日は存分に楽しんでくれ」
途中ゲームセンターに寄ったり、TCGの目ぼしいカードを買い集めたりしながら、先走る未来を追いかけて秋葉原を回る。夏の暑さと人の多さで熱が篭る中で歩き回るのはとても大変で、流石の暁達にも疲れが見えてきていた。
「暁……『霜天ノ式』って冷房代わりにできない?」
「死にたいのかお前……」
「未来ちゃーん!ちょっと休もうよー!」
暑さで頭が茹だったせいか、死にたがりのような発言が出てきたが。遥か前を行く未来は割と冷静さを保っており、姉の呼び掛けにもしっかり反応して足を止めた。
どこかで涼みたいという事になったが、座って休めるような場所はだいたい先客がおり、四人は休憩できる場所を求めてまた歩く事になる。何度か来た道を戻ったり、堂々と掲げられるRー18の広告の前を通ったりして、一応良さそうな場所を見つけたのだが……入るには少し勇気が要りそうだ。
「メイド喫茶、ってやつだよね……」
「ああ……何だったっけ、『おかえりくださいませー、ご主人様ー!』ってやつだったよね」
「お客さんを門前払いしちゃダメでしょ……」
「まぁまぁ、取り敢えず入ってみようよ!」
これまで縁の無かったものこそ、旅行の醍醐味というものである。未知のもの、気恥ずかしいものだと尻込みしていては経験値は得られないのだ。意を決して入店した四人、店前でしていた茶番のような接客を受けて、割とすんなり空いていた席に案内されるのだった。
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
「えっと、四人なんですけど」
「ありがとうございます!ご主人様のお席はこちらに空けてありますよ!どうぞごゆっくり、お寛ぎください!」
「……座ろっか!」
特有の接客には気恥ずかしさがあるが、それ以外は普通の喫茶店と大した違いは無い。メニュー表の一覧も普通だし、清掃も行き届いており空調も効いて快適な空間だし、他の客もインパクトの強い色物が何人か居るが普通に寛いでいる。
メイド以外は普通の喫茶店……そういう認識だったが、その普通以外の部分がやはり慣れないため落ち着けない。頼んだメニューに「美味しくなる魔法をかけてあげますね!」とあの有名なやつをやってくれた時、湧き上がってくる羞恥心がその違いをより顕著に認識させた。
「おいしくなーれ、萌え萌えキュン!」
「……マジでやってくれるんだね、あれ」
「生で見たの初めてだよ」
「あんな台詞を恥ずかしげも無く言えるなんて、これがプロ意識の高さってやつなのかな」
「心なしか、確かにいつもより美味しい気がする」
自分達なら、赤面してまともに声も出せなくなるような恥ずかしい台詞。それを臆面もなく堂々と口にできる一つのプロの姿勢には、ある種の尊敬すら浮かんでくる。
やってきた食事を一口食べてみたが、確かに味が良くなっているような錯覚がある事に驚く。初めて入った店で普段を知らないので、錯覚だという事は分かるがそれでもそう思い込めてしまう。まさに魔法だと感服する四人であった。
一休みしたところでまた店巡りを再開し、荷物が持ちきれなくなったところで戻る事を決める。楽しかったのはそうだが、仕事の時に負けないくらい疲れる一日でもあった。とは言え疲労の『質』は、仕事の時とは全く違うのだが。
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「おかえり。東京は楽しかった?」
「はい!」
「とってもね。いい経験してきたよ」
「地元じゃできない事色々、楽しかったです!」
五条邸に戻ると、用事を終えて戻ってきていた五条悟が出迎えてくれる。相変わらずのヘラヘラとした態度だが、皆が東京観光を楽しんできたという事が分かって嬉しそうであった。
確かに充実した一日だったが、たった一日では全てを回る事は不可能である。五条が戻ってきているという事は自分達を留めておく『用事』が終わったという事でもあるため、名残惜しい気持ちもあるが切り替えていかねばならない。
「今回は君らが回れたのは、東京のごく一部だけかも知れないけど。呪術師やってれば来る機会は何度でもあるし、今日行けなかった所はまた後日行くといいよ」
「それで、用事って結局何だったのさ」
「そうだね。環那、未来にはこれ」
二人に渡されたのは、学生証を模した高専の呪術師である事を示すライセンス。環那は準一級呪術師扱い、未来は二級扱いとなっている。元々そうなるよう申請されていたが、今回の機会に大急ぎで確定させてくれたのだ。
そして彩花には、特別一級術師に昇格した事を示す通知書を。これまでの実績に加えて正繰の祓除を決め手とし、五条がこの度の昇進を上層部に認めさせたのである。暁は元より特級呪詛師扱いであるため特に新しい事は無かった。
「よっしゃあ、遂に一級だ!」
「おめでとう。これからは彩花が沖縄の呪術師達のリーダー格になる訳だ。これからも階級に相応しい活躍を期待してるよ」
「もちろん!一層頑張ってやりますよ!」
──これくらいなら、確定した後で報告するだけでも十分だったんじゃ……ま、いいか。
思った事を口には出さない。せっかくの嬉しい気持ちに水を差すのは野暮なので、暁は喉元まで出掛かったその言葉を飲み込んだ。
楽しく遊んで、良い報告で嬉しい気持ちになって意気揚々と沖縄に帰る。激務の続く夏場においては本当に数少ない、存分に羽を伸ばせる貴重な一日が終わった。
「ああ、そうだ」
「どうかした?」
「沖縄、本部町の方で『夜な夜な知らない船がやってきては朝になると忽然と姿を消す』って噂が出てるらしい。十中八九呪霊絡みだし、沖縄に戻ったら調査をよろしくね」
「……沖縄に帰ったらすぐ仕事か。まぁ、望むところだよ」