呪術廻戦ーカースド・ガールズー   作:笛とホラ吹き

6 / 15
6:8月の魔物

 2011年8月1日

 東江家

 

「今年も台風の季節になったねぇ」

「何だかやけに直撃が多い気がするよね」

 

 小学校は夏休み。特に仕事の依頼も無いので暁と彩花はのんびりテレビを見て過ごしていた。

 

 8月の沖縄は台風シーズンの真っ只中。今年は一際頻度が高く、既に4度の直撃を食らっている。本土の方でも被害が大きく、山の崩落や町の浸水で遠くへ避難せざるを得なくなった人も多いらしい。

 台風の直撃自体は毎年の恒例行事だが、そうは言っても流石に頻度が高過ぎる。東北の方で起きた震災も含めて、天変地異の前触れか国家による人工災害の実験か──と、そんな全てを愚弄するような陰謀論まで出回る程。人間非日常が続くと不安が大きくなり、無理矢理にでもそうなった理由を作って心を落ち着かせようとするものだ。

 

 

 ──地震の呪霊とか、台風の呪霊とか、この調子だといつか出てきそうだなぁ……

 

 

『速報です。10時28分……東シナ海に超大型の台風31号が発生したとの事です』

 

「……マジ?」

「うっわ、直撃コースじゃん……」

 

 ワイドショーを見ていると、ニュースキャスターが入ってきた速報を読み上げる。何の前触れも無く新たに超大型台風が発生、しかも経路的に沖縄本島に明後日には直撃するという、県民全てが辟易するであろう情報を。

 しかしそんな事より2人が驚いたのは、台風の様子を撮影した写真に写っていたもの……風に揺られながら共に沖縄を目指して進む、巨大な卵のような姿をした呪霊の存在であった。

 

「明らかにあれ、呪胎だよね」

「……乗り込まれたら大変な事になるだろうね」

 

「……」

「……」

 

 

 ──テレビ見てる場合じゃない!

 

 

 すぐに総作にこの事を伝え、車を出して貰い本当南端の糸満市まで直行する。台風が来るまではまだ少し時間があるが、呪霊が一緒になっている以上は早まらないとも限らない。上陸される前に呪霊は祓除しただの台風に変える必要がある。

 道中聞いた話だが、台風の呪霊というのは例こそ少ないもののこれまでにも発生していたらしい。それらは高専術師と協力して対処に当たっていたそうだが、今回は発生が急過ぎる上に規模とそこから予想される呪霊の強さもこれまでの比ではない。高専に助力を求める時間は、無い。

 

「お父さんから連絡。あの台風が上陸しそうな港と話を付けて、当日戦場にできるようにしたって」

「仕事が早くて助かるね。これで格好がマトモだったら言う事無いのに……今は感謝だけしとくか」

 

 いつ頃上陸になるかは分からないが、少なくともニュースで言われていた予想よりは早いだろう。

 いつ来ても対応できるように、港近くで待機しておく必要があるが腹が減っては戦はできぬ。ちょうどお昼時という事もあり、2人は見つけたそば屋で腹ごしらえをする事にした。

 

「わたしはソーキそば、麺大盛りで!」

「僕は野菜そばとソーキそばどっちも麺大盛り、あとちゃんぽんもお願いします!」

 

 注文してから待つ事およそ5分、料理はすぐにテーブルに並ぶ。戦いに備えてしっかりと腹を満たし英気を養った。

 ちなみに、ちゃんぽんと言うと麺料理を思い浮かべると思うが沖縄のちゃんぽんは、ご飯の上に卵で閉じた野菜炒めを乗せたものである。簡単なのでぜひ試してみてほしい。スパム缶やコンビーフハッシュなどを使うと、より沖縄っぽい味になる。

 

「今までの台風の呪霊って、どんな感じのヤツらだったかって分かる?」

「台風そのものと戦ってるようなものだったって聞いてるよ。暴風を巻き起こし大雨を降らせ雷を落とす……規模の小さいヤツでも、特級認定以外はあり得ない強さなんだってさ。わたしは話を聞いただけだから実際のところは不明だけど、自然災害から発生した呪霊が弱いなんて事はまず無いだろうから、少なくとも大袈裟ではないね」

「どうやって祓ったかとかは?」

「どうにかして術式を対策して、反転術式使える人が頭に反転をぶち込んだってさ。暁なら火葬祈祷で同じ事できるよね」

 

 もの凄く大雑把な物言いだが、確かに反転術式と似た性質を持つ『火葬祈祷』はかつての対処法と同じ事ができるだろう。それに普通の反転術式も暁は問題なく使える……が、ここで問題になってくるのが戦場が海辺という点だ。

 蒼炎は呪いには滅法強いが、普通の炎と同じように燃え続けるには酸素が要る。多少なら問題ないが海のように大量の水がある環境では、それを利用されると蒼炎を活かせなくなってしまうのである。

 

「領域展開ならイケるんじゃない?生得領域の中なら海の影響も受けずに済むでしょ」

「僕の領域は結界を使わないから、相手を閉じ込めるとかはできないよ」

「は……?」

「だって、銀千里の領域がそうだったし」

 

 領域展開という技術は、術式を付与した生得領域を顕現させるというものだ。呪術戦の極致と呼ばれるだけあってその難易度は尋常ではなく、センスが無ければ一生完成には届かない。

 普通なら生得領域の展開を、『帳』のように結界に付与する事で行う。術式を付与した生得領域を付与した結界の展開という、色々とややこしい事になるのだが……『零下空真諦』そして『入滅灼拓』は結界を必要とせず生得領域を具現化する。これはキャンパスを用いず、空に直接絵を描くに等しいまさに神業と言える所業である。

 

 閉じない領域──これができるのは、長い呪術の歴史の中でもただ2人のみ。

 

 結界で閉じない神業の領域だが、今回はそれが不利の要因となり得るかも知れない。閉じない利点として通常の領域よりも広範囲に出力を損なわず広げる事ができるというのがあるが、それは結界による空間の分断が無い……逃げ道があるという事。

 写真を見て分かっている事だが、台風の呪霊は宙に浮かんでいる。その高度次第では領域展開しても必中範囲が届かない可能性ができてしまう。領域を無駄撃ちしてしまえば、待っているのは術式の焼き切れによる行動制限。あれ程の呪霊を前にそんな隙を晒すなど、致命的にも程がある。

 

「うーん……ゴリ押ししかないのかなぁ……」

「呪具に何か使えそうなのは無いの?飛んでる呪霊を叩き落とせるようなやつとかさ」

「そんなのあったら持ってきてるよ……」

「うーん……ん?」

 

 話し合い中も逐一確認していた台風情報が、新たな動きを見せた。ここまでゆっくり目のペースで動いていた台風が急激に足を速め、更にその勢力を拡大させていっている。

 上陸は明後日になる予定だったが、このペースだと今日の夜には本島にやって来るだろう。現在時刻は14時40分……そして台風31号の上陸予定時刻は22時ちょうど。上陸まで残された準備時間は約7時間という事になる。

 

「そろそろ港に行った方が良さそうだね」

「食べ終わったし行こうか」

 

 会計を済ませ店を出る。しっかりと英気を養った2人は張り切って戦場へ向かうのだった。

 

 

 ■■■■■■■■■■□□□□□

 

 

 同日 21時26分

 

「……見えてきたね」

「卵から中身出てきてるじゃん……呪胎じゃなくなってるや」

 

 早まった予定よりも更に早く、台風31号は沖縄本島に上陸した。中心に鎮座していた呪胎は既に変態しており、そこに在るのは卵ではなく黄金の毛を纏う東洋竜。角や牙・爪の先からは青紫の雷光が鳴り輝いており、その鱗はへばり付いた雨粒すら美しく見せる金。焦点の覚束ない双眸で暁と彩花をまじまじと見つめている。

 戦闘態勢に入っていなくても、強烈に肌に伝わる圧倒的な呪力量。千年氷をいくつ集めればこれ程のものになるのかと、暁は自然災害の恐ろしさを心の底から痛感した。

 

「お、おまえら、だれ?」

「……喋った!?」

「おれ、正繰(まさくる)。なんでおれのじゃま、する?」

「僕達は呪術師……お前を祓う者だ。死にたくないっていうのなら、このまま回れ右して海上で速やかに消えろ」

「お……おれ!こわす!ちじょうをはかいするのがおれのしごと!じゃま……す、するな!」

「ッ……!来るよ!」

 

 

 術式順転──『銀世界

 

 

 一級呪具『呪い断ち

 一級呪具『龍涎

 

 指向性を持つ雷が2人を襲う。それに対して暁は『銀世界』を展開、彩花は二振りの一級呪具を影から取り出した。『銀世界』によって熱を奪い雷撃の威力を低減し、『呪い断ち』『龍涎』で威力の弱まった攻撃を相殺する。

 彩花の自作呪具『呪い断ち』は、呪力を帯びた物を斬る時斬れ味を高める術式を持つ。『龍涎』は父東江総作の作品の一つ、刃から触れた物を腐らせる酸を吐く術式を持つ。どちらも癖が少なく汎用性に優れた刀、彩花は『龍涎』を暁に投げ渡すと自らの影を広げられるだけ広げた。

 

「この大荒れの天気の中、海に落ちたらその時点でお陀仏だからね。なるべく拾えるようにしとくよ」

「助かる。雷撃には絶対当たらないよう警戒しながら援護よろしくね」

「オッケー。メイン火力は任せた」

「任された。拡張術式──『空霜図』」

 

 正繰と名乗る呪霊への意趣返しも込めて、暁は氷の東洋竜を造形しそれに乗って空を飛ぶ。曇天の中対峙するは黄金と蒼白の飛竜、わざわざ己に似せた竜を造られた事が癪に障ったか、正繰は苛立ちをぶつけるように尻尾を振った。

 軽く一薙ぎしただけで、強烈なカマイタチが発生し暁に襲い来る。軍艦を真っ二つにできるだけの破壊力を誇るその一撃を、暁は右腕を突き出すとその掌で受け止めた。僅かに薄皮を裂かれるがそこは反転術式で治癒する。

 

 

 ──やっぱり凄い出力……雷撃も今のカマイタチも直撃したらひとたまりも無いね。

 

 

「『無生(むじょう)』」

 

「『鶴翼(かくよく)』」

 

「『蒼白(そうはく)(むす)()』」

 

 

 出力最大──『銀世界・載

 

 

 載で『銀世界』の範囲を広げ、弱化の無い状態で正繰の攻撃を受けるリスクを減らす。このレベルの出力の維持は呪力を多く食われるが、安全のための投資と思えばこの位は安いものだ。

 火葬祈祷も併用できたら良かったのだが。ここ2年の間に『霜天ノ式』と『火葬祈祷』は、相性があまり良くない事が分かっている。互いの術式効果を食い合ってしまうのだ。出力と操作性が向上する領域同時展開以外では、二つの術式の同時使用は今の暁にはできない。空中で戦う事になる今は、海水の影響を無視できる霜天ノ式だけでいく。

 

「隙を作って、頭に蒼炎をぶち当てる……!」

「ころすぅ、ころすうううぅぅ!」

 

 

 ──しっかし、『銀世界』の範囲内に入れたのに全然鈍る様子がないな。それだけ膨大な呪力を持っているって事か……!

 

 

 カマイタチ三連、暁はこれを氷竜を巧みに操作して回避する。避け切れなかった竜の尾が砕かれてしまうが本人にダメージは無し、構わず正繰に突撃し龍涎で頭を斬りつける──

 

「硬いな……呪い断ちだと折れてたかも、彩花良いチョイスしたね」

「いだいぃ……ッ!」

 

 ──が刃は鱗に弾かれて通らない。腐食液は付いたはずだが、煙を吐いてはいるものの鱗を溶かせた様子は見えない。本物の黄金のように酸に強い上に本物の黄金より格段に頑強、これをどうにかしない限りは『入滅灼拓』も今一つだっただろう。早まった事をしなくてよかったと暁は内心で自賛した。

 

 ダメージはほぼ0のはずだが、正繰は致命傷でも受けたかのように悲鳴を上げる。発生したての呪霊故に痛みに耐性が無いのだろう、慣れられる前に畳み掛ければ何もさせずに祓えるかもしれない。

 そうと決めれば早速動く。暁は氷竜を突進させて正繰の腹部にぶつけ、自身はその体毛を掴んで背部に飛び移った。氷竜は見た目の割に脆いため正繰にぶつかった衝撃で粉々になったが、『空霜図』を再発動すればまた作り直せる。

 

「うべぇ!」

「悪いね赤ちゃん、死んでくれ」

 

 

 術式順転──『銀世界

 

 

「あぎぎぎぎぎぃぃ!」

「うるせ」

「はなれろぉ、はなれろおおおおぉぉ!」

「うおっ……あっぶなあ……!」

 

 冷気を直接触れて流し込む事で、正繰の身体を構成する呪力を一気に奪う。体毛が電撃を帯び始めたのを見てすぐに離脱したが、それでもかなり被害を与えられたはず。内包する呪力の一割程度は削る事ができただろうか。

 正繰の背から飛び降りて、『空霜図』でもう一度氷竜を造形しそれの上に乗る。攻撃の威力は大きな脅威だがそれを操る知能はお粗末、これを繰り返せばその内呪力を保ち切れなくなり、正繰の身体は自壊を始めるだろう。特級呪霊相手という事で領域展開も警戒していたが、この分だとそこまでの警戒も必要無いかも知れない──慢心はいけない。

 

「流石暁、翻弄してるじゃん。これはわたしも負けてられないな──」

 

 上空で戦う暁を追いながら、その様子を見ていた彩花であったが。暁が墜落した時の回収係をするだけでは居る意味が薄いと、自身も海上から攻撃に参加する事を決めた。この場からでも援護射撃位はできるのだから、ヘイトを向けられない程度にやっていこう。

 影から弓の一級呪具『風雲線』を取り出し、腕に装着する。射た矢に消滅する縛りと、『何かに命中するまで真っ直ぐ飛び続ける』効果を与えるという呪具であるが、正繰の高密度の呪力が実現する防御力の前には正直効果が薄い。だがここに彩花の術式を加える事で威力の補強が可能となるのだ。

 

 

 拡張術式──『神纏(かみまとい)

 

 

「『貫牛』」

 

 風雲線に蜂比礼の紋様が刻まれ、彩花の式神の持つ力が付与される。

 術式『十種影法術』は、影と十種の式神を操る御三家『禪院家』の相伝術式。禪院からの嫁である母から受け継いだ血は、彼女にこの術式と本家との確執を与えた。

 

 拡張術式『神纏』は、本来そのまま使う式神の力を物に付与するというもの。縛りの影響で式神をマトモに扱えない彩花は、このような形でしか式神の力を引き出す事ができないのである。一応不完全になら使えるし、それはそれで通常の使い方には無い利点もあるが……

 式神『貫牛』の能力は、直線の移動距離が長くなる程威力を増す突進攻撃。直進しかできず小回りが効かない制約こそあるが、元より曲がらない弓矢にそんな制約は関係無い。

 

「当、た……れぇッ!」

「ぎぎいいいぃぃ!!!?」

 

 彩花の放った矢は、暴風を掻き分けて正繰の首を貫いた。堅牢な鱗の防御を超えてやって来た内部への痛みが相当堪えたのか、風雷を撒き散らしながらのたうち回る。

 しかしそんな攻撃ですらないヤケクソ、暁はそんなものにやられはしない。カマイタチを避け雷撃を受け止め傷口に直行し、その傷が回復する前に更なる一撃を叩き込んだ。

 

「──『火葬祈祷』」

「ああああああああああぁぁぁァァァ!!!!」

 

 絶叫が轟く。頭部までは届かなかったようで致命傷には至らなかったが、それでも胴体の大部分が焼失するダメージを与えられた。

 距離を取られたが、逃さず仕留める──今度こそ頭から燃やし尽くしてやると、暁は氷竜からただの氷塊に乗り換え突撃する。浅い所からの炎は弱点まで届かなかったが、今度はより深い所から炎を撃ち込めるのだからこの攻撃が失敗する道理は無い……そのはずだった。

 

「く、るぅ、なああああ」

「っぐ……海水を」

 

 正繰は迫り来る死を前に、竜巻を起こして海水を巻き上げる事で炎を防いだ。防がれる炎を出し続けては『銀世界』を焼いてしまうため、暁は炎を引っ込めざるを得なくなる。

 炎を防いだ大質量の海水を、正繰はそのまま攻撃に転用……暁がそれへの対応に一手使う手間を掛けさせその時間で距離を取る。そして暁と彩花という脅威を排除するべく、その姿を呪いとしてより洗練されたモノへと造り変えた。

 

 呪胎の変異──黄金の東洋竜の姿は言わば幼虫のようなもの。殻を破ったその姿はまさに竜人とでも言うべき異形へと変わっていた。

 

「貴様らはここで殺す……私の邪魔はさせん!」

「第二ラウンド開始……ってところかい」




【正繰】
台風への恐怖から生まれた呪霊。以前にも同じような呪霊が発生した事はあるが、正繰はこれまでの台風の呪霊とは一線を画す力がある。呪力総量は千年氷50個分くらい。

【東江彩花】
母が禪院家から嫁いできた女であり、その縁で禪院の相伝術式に目醒めた。縛りで式神の利用を制限する事で影の性能を強化している。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。