出来損ないは天秤を水平に保ちたい   作:雪柳ふぶき

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 九条(くじょう)(あきら)は幾つもの屍の上に立っている。

 

 彼は三歳の誕生日を迎えた時、自身の存在しない平行世界(パラレルワールド)の記録を見た。それ以後年齢にそぐわない言動が増え――一般的には()()()()()()と呼ばれるそれは常軌を逸していたが、覚の両親も九条家の者も当然のように受け止め疑問さえ抱かない。

 ――当然だった。九条の相伝術式を二つ継いだ者は(みな)そうであると残されていたからだ。

 

――――――――――――――――――――

 

「覚さま」

「うん」

 

 元服してもおかしくない年齢である、数え年ではなく現代の基準にて十二歳を迎えた年に覚は九条家の当主となった。御三家と呼ばれる家ほど呪術界への影響は大きくないが、それでも九条は五条の分家。当主業は多岐に渡る。

 男児の生まれにくい九条において待望の正式な跡継ぎである覚の言うことは絶対だ。そのうえ相伝の術式を二つも身に宿すとなれば(なお)のこと。彼の意思にてその中でも優先順位は明確に決められており、一に死者の出るおそれのある任務。二に家のこと。三に表社会――呪術界とは無縁に生きている家の者のこと。来年度高専に通うようになればまた増えるかもしれないが、現時点では以上が覚にしか出来ない、(ある)いは覚にとって後回しにしたくない当主業の根幹となる。

 そのためそれぞれ覚を補佐する者を九条家から見出だしており、そのうち一に含まれる、任務の補佐を務める者の襖越しの呼びかけに短く応えた。

 

「今日は?」

「現時点では緊急の任務はございません。予定通り高専に向かってよろしいかと」

「分かった。向こうには伝えてあるんだよね?」

「はい」

 

 覚は寝巻き代わりに着ていた浴衣を脱ぎ着替えようとしたが、どんな服装が相応しいのか暫く悩む。

 

「ねえ(みどり)、何着れば良いと思う?」

「……制服で良いのでは?」

「三年着てるはずなのにこんな新品と変わらない制服着てたらドン引かれそう」

「大丈夫です、九条家の嫡男な時点で時既に遅しなので」

「お前の名前(つらら)にでも変えるか?」

 

 なんでそんな大事な――かっこわらかっことじ――否、上司ともいえる自分にそんな冷たい言葉を投げかけられるんだよとぶつぶつ言いながら覚は中学の制服に袖を通した。

 月に一度行ければ良い方なレベルでしか通えていない小中エスカレーターな私立学校だが、表で生活している九条の者が経営しているため退学させられることはない。そして九条の名は呪術にまったく関係ないところでも有名なためにクラスメイトにすら不思議がられないという、時代を先取っていた祖の方針のせいで一族には随分と都合の良い世界が出来上がっていた。我が家のご先祖さまは先見の明があったのかもしれない。

 

 九条家は遡れば(まつりごと)でもまあまあ有名な家である。どちらにおいても栄華をそこそこ以上に誇ってきた。男児の生まれにくい家でなぜそんなことが出来たかと言うと、非術師に分類される術式にも呪力にも恵まれなかった者たちが――呪術界を裏として――表では大層優秀であったことに他ならない。ゆえに他家と同様に相伝術式至上主義ではあるが、それ以外はみな等しく同じ、ただ向き不向きの話である――という認識を時を重ねて根付かせた。

 富貴に恵まれる代わりに男児に恵まれぬという状況に陥ったが、それさえも藤原を倣い、他家からさほど必要とされていない男児を婿として招き入れ、しかして家は女が守ることで現代まで繋いだのが今の九条だ。他家から入れた者は当主へ就くことは出来ず、男児が生まれねば子を生んだ女が代理として継ぐ。その甲斐あって血統としては一切の疑いなく受け継がれ、男尊女卑も他家と比べればさほどない。

 真の実力主義とはならないのは、九条の血を受け継いだとして女児は二つの相伝を発現出来ないからである。逆に言えば稀に生まれる男児はほぼ確実に受け継ぐ、とも言えるのだが。

 

 着慣れないブレザーの制服。ネクタイを締めながら高専の制服は学ラン寄りだから楽で良いな、と覚は思う。来年度スカウト組がいなければ呪術家系出身で同い年はいないため覚ひとりとなる。京都校に行く予定だったのを取り止めて東京校へ来るというあり得ない奇跡を願うしかないかもしれない。

 九条の本家は京都にあるが、表社会で有名な九条グループは東京が主な活動拠点だ。それに覚の術式は国内の移動どころか世界の移動さえも可能とする。それこそ、違う世界の五条家の相伝術式継承者のように。

 

 着替え終えて襖を開くと座していた翠が立ち上がる。彼女もスーツを着ていたので二人並ぶと然程違和感がない。

 

「行くよ、翠」

「はい」

 

 (しろがね)の鍵を顕現する。何もない空中へ鍵を差し込み右側に半回転すると、辺りの景色が一変していた。山二つ分の知識と言われているのも納得な様子に辺りを眺めているとさっそく翠が確認している。約束通りの時間だったことで向こうにとっても問題はなかったのか、スムーズに応接室へと辿り着く。

 

「失礼のないようにね」

「覚さまへのお言葉ではなく?」

「冗談だよ」

 

 翠は仕事の出来る人なので覚が少し離れていたくらいでトラブルを起こしたりはしない。むしろ覚の起こしたものを上手く収めるのすら仕事のうちだ。数度ノックをしてから一室へ入ると、そこには黒い服で全身を包んだ一人の男性が待っていた。

 

――――――――――――――――――――

 

 来月入学予定なのが覚だけなのは残念だったが、先輩は何人かいるようだし京都校との交流会も楽しみだ。応接室から出てきた覚を見て翠は、

 

「嬉しそうですね」

「うん。()()先生が担任なんだって」

「特級の方ですか」

「二足の草鞋なんて大変だよね。でも優しそうな人だったよ、色眼鏡で人を見たりしないような感じ。……一緒に任務とか行けたらいいなあ」

「九条の者ではもう覚さまについて行けませんからね」

 

 九条家は呪術界での地位に固執していない。しかし呪霊による被害は待ってくれず、また待望の男児である覚を殺そうとする者も多かった。術式の特異性。分からないものは、怖い。成長する前に殺してしまえ。

 そんな覚を九条家の者は守った。三歳まで生きれば、七歳まで生きれば、十二歳まで生きれば、――そうして覚は今年で十六になる。

 

「夜蛾さんもいるみたい。挨拶してから帰ろっか」

「おや、てっきり探検でもしてから帰るのかと思っておりましたが」

「夜蛾さんが時間空いてるなら案内して貰ってもいいかもねえ」

「あなたがそう言ったら多少無理をしてでも空けてくださる方でしょうに」

「子どもに優しい人だよね。いつか人形くれないかな」

「ですからそれをご本人に――ああ、なるほど」

 

 

 翠の呆れたような物言いに覚はにっこりという効果音が付きそうなほど満面の笑みを浮かべて振り返った。

 

「夜蛾さん、お久しぶりです」

 

 




次話、担任視点
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