「初めまして、九条覚と申します」
部屋へ入ってすぐそう告げて綺麗な所作で頭を下げた彼の第一印象はまるで人形のようだ――だった。日本人離れした色を持つことや見目が整っているという理由だけでなく、感情の乗らない声色も年齢にそぐわない振る舞いもすべて作り物のようだったからだ。
「……あ。失礼しました、つけたままだと失礼ですよね」
そう言って慣れた仕草で薄く色のついたサングラスを取る。窓から漏れる日に照らされる金髪と同じくらい眩しく輝く
「いいや。どうぞ座って欲しい」
同級生や後輩から胡散臭いと言われがちな笑みをなんとか自然な風に装いつつ目の前のソファを勧める。ただの顔合わせであるというのにまるで面接のような状況は良い意味で誤算だった。
「ここは校則なんてないようなものだし――私は一般家庭出身だけれど、クラスの受け持ちとしてある程度事情は聞いている。気にせずつけていてくれて構わない。私は夏油傑、君の……というより、来年度入学予定の一年担任だよ」
彼が座ったのを確認してから先程の否定の詳細を述べると胸ポケットに入れようとした彼の手が止まった。細やかな造りのグラスコードからも窺える通りそれなりに金をかけて用意しているものなのだろう。ということは私たちが任務時呪力抵抗のある服を身に纏うように、日常生活において彼にとって必要なものなのだ。それに伝え聞いた話で想定していたよりもずっと彼は礼儀正しい子どもだった。御三家の分家――しかも既に当主を継いでいると聞いていたからもっと問題児らしい子どもなのだろうと勝手に思っていた、のだけれど。
「そうでしたか。夏油先生からも何か聞きたいことがあればどうぞ聞いてください。術式でも家のことでも構いません」
「おや。そういうのはあまり口にしないものだと思っていたのだけれど」
「五条含めた三家のことならともかく、九条のことであれば当主である僕の管轄です。たとえば――もし家の者が粗相をしたのであれば、その責も僕のものとなります。どうぞ遠慮なく教えてくださいね」
まだ頬のまろさの残る顔立ちでそんな内容を淡々と告げられると相対したこちらの笑みが歪んでいやしないか心配になる。
「……そうだね。まあ、必要であればその都度教えて貰おうかな。君は入学時点で特級らしいから、私の指導が必要かは分からないけれどね」
嫌味に聞こえないよう曖昧に笑いながらそう口にすると正面から笑い声が聞こえてきて、つい逸らした目をすぐに戻してしまう。陶器めいた肌に僅かな紅が走り、恥じるように手で隠された口元。やや女性的に見える仕草は彼の家が女系であるという情報を思い起こさせる。
「ふふ……、すみません。夏油先生は意外にも可愛らしい方なのだな、と思いまして。僕の等級は即ち強さではなく、術式の厄介さゆえです。九条の相伝を持つ者であるならば、国家転覆が出来る――と、総監部は思っているのでしょうね」
「実際君は出来るだろうに」
「……嘘は吐きたくないので否定はしませんが、していないのが今ですよ」
試す意味を込めてやや挑発気味に告げた言葉は、緩やかに躱された。その浮かべられた微笑みに先程までと違う、燻るような違和感をこちらへもたらす。
「そういえば、来年度の入学生は僕を含め何人ですか?」
「……君だけだよ、九条くん」
「そうですか。寂しいですね」
「上級生はいるから必ず時間を取って顔合わせをしよう。それに私がいるんだ、寂しくなんてさせないさ」
「ありがとうございます、夏油先生」
それから少しの間雑談を交わして、予めセットしていたタイマーが鳴る。三十分、彼との面談で事前に準備していた時間だ。これは私が時間を取れなかったのではなく、最高でも三十分しか話す気がなかったために用意していた。想定よりもずっと楽しい時間を過ごしてしまったわけだが。
「それじゃあ、これで面談を終わりにしようか。何か他に聞いておきたいことはあるかな?」
「いえ、特には。制服のことも聞けましたし……むしろご丁寧にありがとうございました」
来た時と同じように丁寧に頭を下げ礼を述べる彼。こちらとしても普通では知ることの出来ないことを教えて貰ったのでお互い様だ。
「あ、そうだ先生。僕の目とあなたの術式、相性良いと思いますよ――良ければ今度、任務に連れて行ってください」
サングラスを僅かにズラして片眼を瞑る仕草を見せてくれた彼に、最後までイメージと違うことをする子だな、と思った。
「で? どうだったんだ、新入生は」
「とても良い子だったよ」
「へえ、意外だな。てっきり生意気な坊っちゃんが来ると思ったが」
「付き人は女性だったけれど友達のように話していたのが聞こえてね」
「ふーん。それでは来年度担任の夏油、第一印象を簡潔に」
「そうだな……ああ、異星人みたいな子だったよ」