【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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4章#02 私のお願い

「わぁ……凄いですね」

「あぁ。流石は看板女優って感じだよな」

 

 演目の題は『彦星と双琴』。

 七夕を題材にし、織姫がもしも双子だったら、というパラレルストーリーを描いたものだった。

 彦星の視点ではどこまでも純愛である恋は、しかし、織姫が双子であることを知っている観客からすると紛れもなく不純愛だ。そのアンバランスな感覚を見事に物語に落とし込み、ところどころでクスリと笑える要素も入れている。

 

 脚本の妙、演出の妙など様々な点で賞賛すべきだろうが、何よりも特筆すべきは主演を演じている入江恵海。

 なんと彼女は――二人の織姫を、一人で演じているのである。

 

 無論、入江恵海は分身などできない。

 だからどんなに演出で誤魔化しても、どこかで一人二役がゆえの問題点が生じてしまうはず。

 それなのに彼女は、そんな無粋な点に目がいかないほどに、観客の心を魅了していた。

 

 ふと、周囲を見渡してみる。

 ステージ上にくぎ付けになっているから、観客の誰も俺のことなんて気にしていない。そういうもんだよな、と当たり前のことに安堵した。

 

「あっ」

「……っ」

 

 ……はずだったのに。

 劇が終わって、移動しようとしていたときだった。

 今は絶対に目を合わせたくなかった相手と、視線がごっつんとぶつかってしまう。

 

「先輩? どこを見て……あ」

「何でもない。ここにいても邪魔になるし、移動しよう。どうせもうじき終わりだしな」

「…………いいんですか?」

「なにが?」

 

 触れてほしくない。

 そう目で伝えると、雫はどこか切なそうな表情になった。虚空を彷徨う視線は、やがて地面に落ちてしまう。

 

 顔を上げると、まだあいつは俺のことを見ていた。

 雑踏の中でもはっきりと分かる。俺と咎め、逃がさないようにする真っ直ぐな視線が伝わってくる。

 

 入江大河。

 俺の弱さと醜さを、あっさりと見抜いてしまった少女。いいや、それだけじゃない。見抜いた上で指摘し、あまつさえ間違いを正すために自身の想いすらカードとして切った女の子だ。

 

『好きだからですよ! 好きだから、無関係でなんていたくないんです! 好きな人が苦しそうな顔をしてるのを、これ以上見たくないんです!』

 

 思い出したら、辛くなる。

 あんなにも正しい子が、こんなにも間違った俺を好きになった事実に。

 気持ちを盾に話を逸らすのを咎めた彼女に、気持ちを盾にして話を進めさせてしまった情けない現実に。

 そして何より……あそこまで言われてもなお、突き返してしまったことに。

 

「もも――」

「ほら雫。あっちに短冊を飾れるところがあるらしいし、行こうぜ」

「……そう、ですね」

 

 はぁ、と雫が溜息をつく。

 呆れたように、或いは覚悟を決めたように、深い息を吐いてから言った。

 

「行きましょっか。私、短冊に世界平和って書きます!」

「嘘くせぇ……で、本当は?」

「スカイフォールドから新作出ないかなぁって」

「強欲すぎる上に、それは完全に制作スタッフ次第なんだよなぁ」

 

 わざとらしくテンションを上げる雫に、ごめんな、と心の中で呟いてから歩き始める。

 不意に見遣った横顔は、夏の夜みたいに儚くて綺麗だった。

 

 

 ――ちなみに。

 スカイフォールドとは雫が大好きなノベルゲームのブランドなので、さっきのはマジで本音である可能性が高い。

 

 

 ◇

 

 

 中央広場まで足を運ぶと、大きな笹が飾られている。

 いやこれは竹なのか……? どちらなのかはイマイチ分からん。笹と言えばパンダ、竹と言えばかぐや姫くらいしか印象がないし。

 

「お、君たちも書くのかい?」

「はいっ! 二人分、お願いします」

「お~、いいわねぇ。青春だわぁ。はい、どうぞ」

「ありがとうございますっ」

 

 雫と自治会のおばさんが話し、無事短冊を受け取った。

 俺たちを見て、『青春だわぁ』と思ってくれたのだとすれば、少しだけ安心する。雫と俺の関係は、周りに認められれば認められるほどいいのだから。

 

 雫に手を引かれて適当なベンチに座る。

 用意された台を利用して、俺たちは短冊を書き始めた。

 

 と、言ってもな……何を書けばいいんだろうか。

 そもそも俺は願っていいのか、とすら思えてしまう。ついさっき、彦星と織姫を分かつ天の川が輝いていることを嬉しく感じていたくらいなのだ。俺はあまりにも七夕不適合者である。

 

 ぼんやりと飾ってある短冊を眺めてみる。

 ふと見覚えのある名前を見かけた。体育祭のときに学級委員でお世話になった月瀬だ。書かれたお願いは……割とありきたり。

 

『運命の人に会えますように!』

 

 結構乙女チックなことを書くんだな、と思う。

 乙女といえば雫だ。いったい、どんなメルヘンなことを書いているのやら。俺は視線を雫へとスライドさせる。

 

「ふんふんふ~♪」

 

 雫は、きゅっきゅっとマジックペンで願い事を書き始めている。鼻歌混じりなところにあどけなさを感じた。

 ややいつもより化粧に力を入れているようだ。チークはやや濃いめで大人っぽい。なのに無邪気さも消えていないのは、雫自身の性格やしぐさのせいなんだろうな。

 

「ん……? 先輩、どーしたんですか。そんなにジロジロ見て」

「い、いや。ジロジロ見てたとかじゃなくてだな」

「いやいや、そこで嘘ついても無駄ですから。女の子って自分に向けられる視線には敏感な生き物なんですからね? 例えば――」

「あ、うん。例に出される過去の男子たちが可哀想だから聞くのはやめておく。というかやめさせてください」

 

 くすくすと雫が笑った。

 冗談ですよ、と言って、雫は短冊へ視線を移す。

 程なくして、じゃじゃーん、と書き終えた短冊を見せてきた。

 

『世界平和!』

 

 ぷっ、と俺は堪らず吹き出す。

 

「本気でそれ書いたのかよ……」

「えっへん。なにせ私は、世界平和を願っちゃうピュアで希望に満ちたJKですからね。アイアム清純!」

「本当に清純な奴に謝って来い」

 

 えっへんと胸を張る雫に言う。

 雫は確かにピュアというか初心だし、明るいところもあるが……清純とは違うだろう。っていうか、自分で小悪魔後輩って言ってたし。

 

「で、先輩はどんなお願いにしたんですか?」

「俺は……まだ考えてない。なかなか思いつかなくてな」

「ふぅん。つまり、レーティングがかかっちゃう内容ってことですね。……先輩のえっち」

「恥ずかしくなるなら下ネタに走ろうとするな」

 

 仄かに顔を桃色に染める雫。

 それは必ずしも演技というわけではないだろう。俺に気を遣ってはいても、七夕フェス自体はそれなりに楽しんでくれているはずだ。そうであると、俺は願いたい。

 

「えへへ……けど先輩。お願い事は真剣に考えた方がいいですよ。神様に嘘をついたら罰が当たっちゃいますから」

「お、おう。まぁ七夕は別に神様に願うわけじゃ――」

 

 ないだろ、と。

 そう言おうとして、雫の真剣な眼差しに遮られた。雫は自分が書いた短冊を俺に差し出しながら、そっと割れ物に触れるように呟く。

 

「このお願い事、ふざけて書いたわけじゃないんです。本当に世界が平和になってほしいなって思ってます。世界中は無理でもいいから、せめて私の周りのちっちゃな世界に生きてる人だけは平和に過ごしてほしいって」

「っ……そう、か」

「何があったのかは聞きませんけど……あの日、看病しにいったときに何かがあったことだけは分かってますから」

 

 言葉が詰まった。

 触れないでくれるんだろう、と思っていた。雫はさっき、俺の手を引いてくれたから。

 

 けれども雫はちゃんと触れてきた。

 誰かさんのように真っ直ぐ過ぎず、かと言って俺のように逃げることを許容することでもなく。

 その在り方は雫らしくて、眩しい。

 

 夏のお月様みたいに()って雫が言う。

 

「この短冊は彦星(先輩)に預けておくので……私のお願い、絶対に叶えてくださいね?」

「あぁ。善処、するよ」

「絶対、ですよ」

「……なるべくな」

 

 断言なんて、できるわけがない。

 間違いを直すことができない俺と、間違いを許容しないでくれる大河。

 二人が交わろうとすれば、どうしたって争いが生まれる。争いじゃなくて糾弾かもしれないけれど。

 

 平和? ご冗談を。

 そんなものは俺に許されていない。あるとすればそれは、弱っちい俺の一方的な逃避だけだ。

 

【大河:〈ブロック中〉】

 

 あの日以来、大河とは事務的な会話しか交わしていない。

 逃げ続ける俺に何かを願う資格なんて残されているはずがなかった。

 

「俺は願い事って柄じゃないし、短冊返してくるわ」

「そですか……まぁ先輩が短冊とか、メルヘンすぎて似合わないかもですね」

「自分の彼氏にその言い方はあんまりじゃない?」

「でも事実ですし」

「……事実なんだよなぁ」

 

 少なくとも。

 俺がおとぎ話に登場するとすれば、メルヘンからは程遠い悪役だろうから。

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