【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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4章#13 って、みー姉……?

 1泊2日分の荷物とちょっとした土産をリュックサックに詰め込んだら準備は完了。

 母方の実家までは東京から電車で約三時間。何度か乗り換えを繰り返すなか、綾辻は何度もうとうとと眠たそうな様子を見せている。

 

「澪ちゃんは、随分と朝に弱いんだな」

「朝が弱いっていうか、今日が早すぎるんだよ。なんで始発?」

 

 電車に揺られながら父さんに聞く。

 時刻は8時。ちょうど通勤ラッシュが始まった頃にはもう都会から離れており、座席にも簡単に座れるようになった。

 家の出発が6時だったため、今日の綾辻は4時からがっつり起きていたわけで。

 そりゃうとうとするよな、という話である。

 

「今回は……やることが多いから、かな」

 

 俺の問いに、父さんはぼそりと呟いた。

 電光掲示板を見上げ、次の駅名をぼんやりと眺める。何度目の帰省なのか分からないくらいにはこの電車に乗っているけれど、未だに駅名を覚えられてはいない。

 

「俺は今年、墓参りに行くよ」

「っ……そ、っか」

 

 決意と覚悟のこもった宣言だった。歯の奥を噛みながら絞り出せたのは、ほとんど中身のない相槌だけ。

 父さんの瞳には、哀しみと慈しみが浮かんでいる。

 

 あぁそうか、と悟った。

 父さんはもう、俺とは違うんだな。俺よりも先に前に進んだんだ。

 

「近いうちに仏壇も用意したい。美琴とも、そう話したよ」

「うん」

 

 母さんと美緒が死んで、もう何年になるだろうか。

 幾つもの夏を超えて、それでも我が家には仏壇は置かれていない。夏休みには必ず帰省するくせに墓参りには行けていないのも、きっと同じ理由だろう。

 

 俺も、父さんも。

 母さんと美緒の死を受け止め切れていない。気にしないように、幸せで心をいっぱいにして誤魔化しているだけだ。

 けれど――父さんはもう、大丈夫らしい。

 

「父さんは……それでいいの?」

 

 恐る恐る尋ねると、父さんは座席の背もたれに身を預けた。

 車窓を流れる景色を眺めながら父さんは言う。

 

「いつまでも過去に囚われていちゃいけない――なんて、言うつもりはない。俺だってまだ、忘れられないよ。二人は俺の大切な人で、愛しい人だ。そんな簡単に忘れられるなら、端からこの気持ちを愛だなんて呼ばない」

 

 けどな。

 そう、父さんは続けた。

 

「それと死を受け止めないことは別だ。今までは死を受け止めなければ離れなくて済むって思っていたけど、最近逆なんだなって気付いた」

「逆?」

「あぁ。死を受け止めなきゃ離れなくて済むんじゃない。死を受け止めないと、いつまでも離れ離れなんだよ」

 

 がたん、と揺れて。

 綾辻が俺に寄り掛かってきた。肩に感じる重みが気になってそちらを見れば、ぷるんと綺麗な唇がすぅ、すぅ、とほんの僅かだけ開いて寝息を立てている。

 父さんは綾辻のことを優しく見つめた。

 

「過去も、今も、未来だって全部大切で。だからこそ二人の死を受け止めて、生きている俺たちの今を見守ってください、って。幸せな今にいてください、って。そうお祈りしたいんだよ」

「……何だよそれ。幽霊になってくれって願うの?」

「まさか。それは困る。だって俺は、死んだら美琴と由夢さん(母さん)に囲まれて天国で楽しく過ごすんだ。ちゃんと成仏してもらわないとな」

 

 何それ、と口の端から零す。

 

「幽霊になんかなる必要はない。ただ見守ってもらうんだよ。天国からな」

「……だから墓参りと、仏壇?」

「そうだ。今までごめんって謝って、これからも一緒にいてくださいって告白しにいくんだよ」

 

 にっ、と父さんは口角を上げた。

 きっと色んな葛藤があるだろうに、それを俺のために言葉にするなんて……ほんと、そういうところは父親だよな。

 かっこいいな、と密かに思う。

 俺はまだ、父さんのようにはなれないから。

 

「でも…………ごめん。俺は今年も、行けそうにない」

「うん」

「仏壇も……」

「うん、分かったよ。大丈夫だ。ちゃんと待つから」

 

 父さんががしがしと頭を撫でてくる。

 その手は決してごつごつしているわけじゃなくて、むしろ少し柔すぎないかと心配になるくらいで。

 優しい手つきってほどでもない不器用さが、どうしようもなく笑えた。

 

 

 ◇

 

 

 電車を降りると、緑色の匂いがすぅぅぅと鼻に入り込んできた。

 ホームの時点で既に、文明から随分と遠ざかったな、と思えてしまうくらいにはここは寂れている。未だに切符じゃないと改札を通過できないのがそのいい証拠だ。

 

 父さんの方の実家は海に近く、夏には観光地としてそれなりに賑わっている。

 一方のこちらはそうではなく、言葉を選ばずに言えば紛れもなく『ド田舎』とカテゴライズされるであろう場所だ。

 

 改札を通ると、すぐそこにはバス停がある。

 数時間に一本しかバスが来ないため、誰も待ってはいないし、そもそも待つことを想定してバス停が作られていない。ぼろぼろの屋根はもはや雨を防ぐ気ゼロだし、ベンチは『座れると思ってんのかアアン?』とでも言っていそうなほどボロい。

 

 少し歩けばとっぷりと田んぼが見えて、どっどっどっとゆったりしたスクーターの駆動音が横を通る。

 時々ちゃりんちゃりんと景気のいい自転車が通っていくのを見ると、大抵は小中学生だったりする。この辺りで過ごすなら自転車はマストだ、と親戚から聞いたことを思い出す。

 

「綾辻、荷物持つぞ」

「ん……大丈夫。そんなに重くないし」

「重くはないけど、遠いんだよ。変にバテても困るだろ?」

「……確かに。じゃあよろしく」

「おう」

 

 そんな風に言葉を交わす俺たちを、父さんは微笑ましげに見ていた。

 生暖かい目を向けられるのは不服だが、あーだーこーだと文句を言うのも子供っぽくて気に食わない。

 結局綾辻の荷物を受け取るだけ受け取って、大人しく進んでいくだけだった。

 

 とことこ、とことこ。

 暫く歩き、とうとう黙っているのにも飽きてきて――

 

「なぁ綾辻」

「ん?」

「黙ってると余計に暑く感じるからなんかやろうぜ」

「……それは同感かも。じゃあ期末テストのリベンジでもする?」

「いいな。教科不問、範囲は一学期までにやったところってことで」

「了解。じゃあそっちからどうぞ」

 

 と、俺たちにしては珍しく、沈黙を埋めるためにくだらないゲームを始めることになった。父さんの目がある以上は美緒を演じることもないし、会話に困るのだ。

 

 第一問、俺は手始めに英文の和訳を出題し――綾辻、正解。

 第二問、綾辻が日本史のひっかけ問題を出題し――こちらも正解。

 第三問、俺が中世文学史に関しての問題を出し――やっぱり正解。

 第四問――と、いざ始めてみると俺も綾辻も、暇潰しではなく相手を負かすことに気合が入り始めた。

 

 そうなってしまうと、もうあとは泥仕合になってくる。

 口頭で数学の難問を出してきたり、英語のリスニング問題を出す――くらいならまだマシなもので。

 お互いに最近解いた大学入試の過去問や模試の難問まで出し合い始め、どんどん無駄な体力が削られていった。

 

「二人は何をやってるんだ……? もう俺には何を言ってるのかもよく分からないんだが」

「まぁ受験生だから」「受験生ですし」

「二人みたいのを受験生のスタンダートにするのはどうかと思うぞ? というか、二人は推薦で上がるつもりなんだろ……」

「「あ、あはは……」」

 

 ほんと、父さんの言う通りなんだけどね。

 けどほら、綾辻に負けるのもなんだか癪じゃん?

 この前の期末試験はなんだかんだマジで悔しかったからな。

 

 父さんが苦笑いして前を向き、俺たちはクイズを再開する。

 こういうのも楽しいな、と思った。綾辻じゃなくて美緒だけがいればいい、だなんて考えていたくせに。

 そうして30分ほど経ち、流石に計算のしすぎて頭がパンクしそうになっていたところで母さんの実家に到着した。

 

「……ここですか。大きいですね」

「この辺でもここまで大きいところはなかなかないそうだよ」

 

 母さんの実家は、ずっしりと大きな古民家だ。

 大河の家が近いかもしれない。立地の関係で、大河の家よりこちらの方が大きいし、古いのだけれど。

 庭を抜けて、俺たちは玄関に向かう。

 

 父さんがインターホンを押そうとしたところで――

 

「あー! ゆー兄だぁ!」

「やった、ゆー兄っ!」

「ゆー兄とおじさんと……あと、女の人もいる!?」

 

 やかましくて元気な三姉妹の声が後ろから聞こえた。

 但し、その元気さはあっさりと削がれてしまう。三人はまるで幽霊を見たような顔で、口を揃えて言った。

 

「「「って、みー姉……?」」」

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