【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。 作:黒い床
翌日、文化祭準備開始3日目。
クラスの準備開始は2日目となる今日からは、どしどし作業を始めていく。脚本はまだ上がっていないためキャスト勢も衣装や道具制作のための話し合いを手伝う手筈なのだが。
「なぁ八雲。やっぱり俺と役、交代しないか?」
「……友斗ってさ、ちょいちょい決まった後に駄々をこねるよな」
「聞き分けのない子供みたいに言われるのは不服なんだが」
「事実聞き分けのない子供じゃん。もう決まったことなんだよ。友斗が鏡と王子の役をやる、ってことは!」
「うっ……」
と、いうわけで。
俺は昨日の役決めについて、些かの不満が残っているのだった。
良い王女と悪い王女が綾辻になった後のこと。
衣装と道具の方に負担がかかるということで代表の八雲に了承をとると、あいつはこんなことを言い出した。
『綾辻さんがそこまで頑張るなら、友斗もやらなくちゃだよなぁ?』
いや既にめちゃくちゃ頑張ってるだろ、という俺の言い分は通らず。
学級委員が忙しい、という極めて真っ当な理屈には、鏡も王子も誰かと合わせる必要はほとんどないから、と
斯くて俺は鏡と王子の一人二役をやることになったのである。
「あのなぁ……自分で書いた脚本を演じることの痛さと恥ずかしさをお前は分かってないんだよ! これじゃあ俺が中二病じゃねぇか」
「それは…………このストーリー書く時点でちょっと」
「おいこらその反応はやめろ! 俺は中二病じゃねぇ!」
うん、まぁ自覚はあるよ? ややアニメとかの影響受けてる感はあるしね? そこんところは百、いや千も承知なのだ。
それに、と八雲は付け加えて言う。
「下手すると友斗って二学期になってずっと教室にいない、とかもありうるわけじゃん?」
「まぁな。衣装とか道具は手伝えないし」
「だろー?」
正直、そこは歯痒い部分がある。
脚本は書いたし作業の大まかな指針は示したから、クラスへの貢献度で言えばそれなりだろう。しかしTHE文化祭準備って感じの作業はここからだ。幾らクラスに貢献しようと、二学期に入ってからずっと蚊帳の外ってのはちょっと寂しかったりする。
「そーゆう意味じゃちょうどいいんじゃね? 程よく重要な役柄だしいいとこ持ってってる感はあるけど、友斗がクラスのために頑張ってくれたっつーのはもうみんな分かってるはずだしさ」
「八雲……お前、いい奴だな」
「へへっ、だろだろ。抱き締めてくれてもいいぜ」
「……それを如月が聞いたらいよいよそっち系にも目覚めそうだからやめとく」
「あー……そだな」
一瞬にしてお通夜みたいな空気になった。
如月が腐女子になるのは流石に八雲も止めたいらしい。ただでさえ美少女に目がないんだし、これ以上属性を積むのは、なぁ……?
「ねぇ綾辻さーん。こっち、手伝ってもらってもいい?」
「うん、どうしたの? 私に手伝えることなら手伝うよ」
教室をぼんやり眺めれば、そんな風にクラスメイトから頼られる綾辻の姿が確認できる。
今日の綾辻は学級委員として、アドバイザーのような形で全体を回っている。予算申請とかその辺で処理しなきゃいけない資料も多いからな。
本当なら俺がその辺にタッチしてもいいんだが、あまり出しゃばりすぎるのもよくない。二学期が始まればクラスのことは綾辻に任せるようになるしな。
綾辻の様子を見ていると、くすっ、と八雲が笑った。
「ま、あれだよな」
「あれ?」
「友斗以外が綾辻姫の王子様になるのは色んな意味でキツくね、って話。まー、もしかしたらそれはそれでどーなん、って感じかもだけど」
「あー……」
笑いつつも、八雲の口調にはどこか憂いがあった。
八雲は断片的ではあるが、俺と雫と綾辻の関係を知っている。というか、つい先日知らせたばっかりだ。そんな八雲からすれば、浮気をしていた俺が綾辻の王子になっていいのか、微妙なところなのだろう。
至極もっともな懸念だ。何せ綾辻本人から拒絶されているんだから。
「この文化祭でさ、ちゃんと向き合いたいんだよ。綾辻澪って女の子と」
「……急にクサいこと言うじゃん」
「友達には伝えてもいいかと思ってな。俺一人じゃ、綾辻には届かないだろうからな」
今の俺はまだ最高の主人公になれていない。
足りないものが多すぎる。だからこそ、色んな人の助けが必要なのだ。
「そっか。なら、友斗は王子様役がぴったりだ、ってことで」
快活に口角を上げる八雲を見て、俺はほぅと安堵の息を漏らす。
俺の気持ちがちゃんと伝わってくれてることを願う。
「それはそれ、これはこれって言ってやりたい気分だけど……まぁいい。その代わり、衣装の方はマジで頼んだ」
「あー、それな。まぁ任せとけ。っていうか友斗はそれより脚本な」
「分かってる。絶賛執筆中だから」
とん、と八雲の背中を押すと、そのまま衣装係のメンバーたちと合流した。これからデザインを話し合うんだろう。手にファイルを持っていたし、既にぼんやりと案を考えてくれている気もする。
これなら結構余裕をもって進めることができるだろう。
トラブルだけは起きないよう、起きても何とかできるようにしとかなきゃって感じだが。
「百瀬くん。暇なら隅で脚本書いてて」
「伊藤……目と声が怖ぇよ」
こういうときいざ動き出し始めるとリーダーのやることがない、というのは割とよくある話で。
責任を取るか筆を取るかしかクラスでの仕事がない俺は、スマホのメモ帳アプリを使って台本を書くことにした。
ぐすん……美緒ぉ、辛いよぉ。
◇
物事に熱中しているときと原稿が進んでいないときの時間の流れは異様に早い。そんなわけで、気付けば外は夕日に丸焼けにされていた。
クラスメイトと別れを済ませ、後片付けをしてから玄関を出ると、下校路で綾辻の背中を見つける。
このまま後ろをついていくのはストーカーじみて通報される気もしたので、素直にとっとっと小走りで綾辻に追いつく。
「よっ、綾辻」
「ん……はぁ。百瀬か」
「相変わらず凄い反応だな。いよいよ泣くぞ」
「泣けば? それで雫に慰めてもらえばいいんじゃない。あの大きな胸で」
「でもそれをやったら俺の目を潰すだろ?」
「当然でしょ。雫を厭らしい目で見るとか許すわけがない」
「シスコンがすぎるんだよなぁ」
「別に。私は雫を守るために生きてるんだから。当たり前のことでしょ?」
「愛が重いんだよなぁ」
なんて、俺も綾辻のことを言えないんだけど。
くすくすと笑うと、綾辻は怪訝そうに横目で見てくる。
「で。どうして百瀬は一緒に歩いてるわけ?」
「後ろをついて歩いたらストーカーみたいだから」
「なら追い抜けばいいのに」
「追い抜いた後に赤信号で追いつかれたら恥ずいだろ」
ソースは俺。たまに楽しそうに駄弁りながら歩く集団に追いつかれるとムキーってなる。まぁここから家まで、信号は二、三機しかないんだけどな。
「それに、綾辻も分かってると思うけど……俺と綾辻は歩く速度が同じなんだよ」
「っ」
俺と綾辻がまだセフレだった頃。
ただ一度だけ、休日に一緒に出掛けたことがある。ゴムをつけるとはいえ万が一があるかもしれないからということで、性感染症の検査に行ったときのことだ。
お互いに一人で行くのは周囲の目が気になって、けど二人で行ったら微妙に恥ずかしくて。そもそもどちらもシたことがないんだから行く必要ないのでは、とか思ったりもして。
そんな風に出かけたときから気付いてた。俺たちはきっと、合わせるまでもなく歩く速度が同じなのだ、と。
歩く速度が同じなんて、本当にただそれだけでしかなくて。
雫や大河の速度に合わせるのだって嫌ではないし、そもそも人に合わせるのはさほど苦ではない。それでも、その些細でちっぽけな一致が心地よかった。
ただ歩いている。
それだけでいいと思える人だったんだ。
「歩幅は全然違うのに不思議だよな」
「うっさい。そういうこと言ってると嫌われるよ」
「既に綾辻は俺のこと嫌いなんだし、今更だ。それに……誰かに好かれたいって思って生きてないよ」
「……っ」
きゅっと唇を引き結んだ綾辻は、視線を迷子にし、やがて空へと向ける。
秋の終わりに買う少し早めの蜜柑みたいな空は、なかなかどうして、広くて綺麗で爽やかだった。
「よく言うよ。雫とか入江さんに好かれてるくせに」
「……そういうことを言うのは、ずるいよな。何も言い返せなくなる」
「そ。流石に『勝手に惚れただけ』とは言わないんだ?」
「惚れられるようなことはしてないけど、好きになってくれたことに対してそんな風な突っ返し方はしたくないからな。向き合うって決めたんだ」
変わったんだね、と綾辻は呟く。
そっちも変わった、と俺は思う。
すれ違い通信みたいに無為にすれ違う言葉は、夕暮れに溶けていく。
「そういえばさ」
「……話したくないんだけど」
「変わりようが甚だしいな」
違うか、と一人思う。
綾辻は変わったんじゃなくて、多分戻ったんだ。
俺が綾辻に美緒を重ねなくなったから、そういうのを全部除いた関係に戻った。最初から彼女に美緒を重ねていたせいで、他の人が経験するような今の状態を俺が通過していないだけなのだろう。
そもそも、綾辻はアンバランスな少女だった。
孤立しているけど人と関わるのが苦手なわけではないから、それなりに社交性はあって。
けど話しかけんなオーラは出してて、近寄りがたくて。
だから戻っただけ。
或いは、ゼロ地点にたどり着いたのかもしれない、とも思う。
「なぁ綾辻、王子役が俺でよかったのか?」
「さぁ。誰だっていい。私は皆が望んでるから演るだけ」
「じゃあ本当は、ミュージカルなんてやりたくないのか?」
「当たり前でしょ。私はもう美緒じゃない。だったら、こんなことを頑張るわけがない」
今すぐ逃げだしてしまいそうな弱さを、冷たい彼女の声色から感じた。
信号機。赤だったから、俺たちは止まる。ついでに会話も止まって、トラックが車道を通った。
ふと横を見遣る。
あっ、と声を漏らしたのはどちらだったか。
一瞬だけ綾辻と目が合って、彼女は視線を逃がしながら忌々しげな顔をする。
やがて青と名乗る緑が灯った。
横断歩道を渡ろうとする綾辻の背中に向けて、俺は気付くと言っていた。
「『百面相の白雪姫』は昔俺が美緒のために書いた話なんだよ」
「……え?」
「祖父ちゃんの家の書斎で見ただろ。あれが『百面相の白雪姫』の元ネタだ。もちろん、粗ばっかりだから大部分を直すはめになってるけどな」
俺が過去に唯一書いたことのある物語――それが『百面相の白雪姫』だ。
凹んだ美緒を元気づけるために、と拙い頭で書いたのだ。だって、美緒は読書が好きだったから。
百瀬美緒のために書いた物語。
俺はそれを、綾辻澪に捧げた。
だからこそ、
「『百面相の白雪姫』は綾辻のための話だ。脚本が出来たら、ちゃんと読んで、考えて演じてほしい。今度は綾辻が向き合ってくれ。迷子になったらちゃんと見つけ出してやるから」
この夏、俺は大河に見守ってもらった。傍にいて、何かあれば守ると言ってくれた。だから俺は時間をかけて美緒と向き合えた。
俺は綾辻にも、それに似た時間が必要なんじゃないかと思うのだ。
だって俺も彼女も、歩くペースは同じだから。
「あっそ。気持ち悪いね、百瀬って」
「そんなもんだろ、主人公なんて」
「そういうところが一番気持ち悪い」
一歩、二歩、と綾辻は進んでいく。
このままずっと、ちゃんと隣で見守れたらな、と思った。