【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。 作:黒い床
「えー。そういうわけで、ようやく脚本が上がったんで、これから配りたいと思う。まぁ今後演出とか追加事項を書き込むことにはなるだろうけど、とりあえずはこれが完成原稿ってことで」
「おー! 友斗、まじおつかれー!」
「あぁ……ほんっっと疲れた。ありがたく受け取れ」
「うわっ、目が死んでる……」
と、いつも通りのくだらないやり取りをしつつ。
夏休みも残り一週間を切った今日、ついに完成した脚本が二年A組全員に配布されている。綾辻と手分けをして全員に配り終えると、クラスのみんなは配られた脚本に目を落とした。
そんなみんなの様子を眺めつつ、俺は疲れを少しでも取ろうと手近な椅子に腰を下ろす。
脚本を書き終えたのは今朝4時。生徒会の仕事と家事の分担の合間を縫い、全速力で駆け抜けるように作ったが、それでも五日ほどかかってしまった。
が、完成度にはそれなりに自信がある。
提出したプロットからは乖離せず、しかし先日決まったキャストをもとにキャラクターのイメージを改めて固め直し、よりよい脚本にすることができているんじゃないだろうか。
これならきっと綾辻にも……。
仄かな期待を抱えつつ、全員が読み終わるのを待つ。
10分ほど経ち、まず一番に顔を上げたのは――綾辻だった。
「……っ」
「……?」
周囲の目がないかを確認してから、綾辻はこちらをじぃと睨んでくる。
しかしそれ以上のことは分からない。視線で何かを伝えてくるわけでもなく、かといって手招きするでもなく。
どうしたもんかと迷った俺は、まだ他の奴が読み終えていないのをチェックしてからスマホを取り出した。
【ゆーと:綾辻、読み終わったのか?】
スマホが振動したのだろう、綾辻が眉間に皴を寄せる。
だがきちんと画面を見てくれた。そのことに安堵し、俺は続けてメッセージを送った。
【ゆーと:流石は国語の成績もいいだけのことはあるな】
【ゆーと:で、どうだった? 主演女優としての感想は?】
はぁ、と小さな溜息。
渋々といった感じで綾辻は返信をよこす。
【MIO:そんなの、後で聞けばいいじゃん】
【MIO:わざわざRINEで聞く必要ある?】
ごもっとも、なんて言ったりはしない。
チクチクと刺すような綾辻の視線には知らんぷりをし、メッセージを打ち込む。
【ゆーと:だって綾辻、みんなの前だと本音言わないじゃん】
【ゆーと:外行きモードだろ】
「……っっ!」
やや動揺した様子を見せる澪。ぎゅっと握った脚本の端っこに皴がついていた。
――けれども、それは僅か一瞬のこと。
すぅぅぅ、と霞が晴れていくように澪の表情は穏やかなものになった。きゅいっと優しく下がった目尻は、おかめさんの仮面のように映る。
【MIO:そ】
【MIO:私からは何の意見もないよ】
【ゆーと:面白いとかつまらないとか、そういうのも?】
【MIO:ん。どうせ演じるだけだし】
【MIO:普通だよ】
淡泊な返信がキンと冷たく見えた。
普通、ね。それならどうしてさっきみたいな顔をしたんだよ。全然普通じゃないからそういう顔をしたんじゃないのか?
そう言いたくて、口にするのは躊躇われてもRINEで送ってしまいたくて、指先がふるふると震えたところで、
【MIO:しいて言えば】
【MIO:こんな酷い皮肉があるんだな、とは思ったけど】
【MIO:百瀬のこと、大嫌い】
と、三連続の毒矢が放たれた。
それはともすれば本音に見えて。
けど別に痛くて毒々しいものが本音だとは限らなくて。
ただ今綾辻に告げられる言葉があるようには思えなかったから、俺は口を噤んで、スマホをしまった。
それからまた10分程が経過して。
無事、登校してきている全員が脚本を読み終えた。
「全員読み終えたところで感想を聞きたいんだけど……まぁ、とりあえずは伊藤と八雲に聞くか。まずは八雲、どうだった?」
俺がおずおずと尋ねると、八雲はやや興奮した感じで答える。
「おお、よかったと思うぜ! なんか衣装のアイディアとかもめっちゃ浮かんだし! これなら上手いことやれる気がする!」
「それならよかった……」
「まぁあえて言えば、綾辻さんの負担はやっぱめちゃくちゃ多いよなって思ったことくらいかな」
それなー、と八雲に同意する声がちらほらと。
そうだろうなとは思う。だって『百面相の白雪姫』脚本に於ける七割以上が白雪姫の台詞になっているのだ。他の役も含めるとだいたい八割強ほどを綾辻が担当することになる。
ウチも、と声を上げたのは伊藤だった。
「綾辻さんの負担は多いかなーとは思うけど、演出とかで上手いことやれる気もするから、これでいいと思う。プロットから変えてるわけでもないし」
「だから後は綾辻さん次第じゃね? 綾辻さんがこの量を演じ切れるなら俺もみんなも、この脚本でいいからさ」
伊藤が向けてくるこちらを見定めるような視線は、八雲が澪に声をかけたことで途切れた。代わりに全員に注目された綾辻は、えっと、と困ったようにはにかんだ。
さながら天使の如く、優しく、誰にも棘がないような仮面で。
「私は……うん、これくらいならやれると思う。出番が多いからむしろちょっと申し訳ないくらいかな。このままだと、ほら。私が押し出されすぎというか、なんというか」
「そこは安心していいよ、綾辻さん! このミュージカル自体、綾辻さん猛プッシュだから! 打倒・演劇部だし、打倒・生徒会長だから!」
「生徒会長って……霧崎先輩は特に何もやってないと思うけどなぁ」
ミスコンのことだと分かってはいるだろうけど、綾辻ははぐらかすようにほんわりと笑った。
申し訳なさそうな我らがヒロインの背中を押そう。
そんな空気になり、応援の言葉がちらほらと口にされる。
ともあれ、これで話は終わりだな。
「んじゃまぁ、脚本はこれでOKってことで。ここからの練習については……伊藤、任せていいか?」
「んー、いいよー! ウチも計画は立ててあるし、百瀬くんが用意してくれたスケジュールもあるしね。じゃあ――」
俺と場所を変わった伊藤は、今後の練習スケジュールについて役者陣と相談していく。
鏡役にしろ王子役にしろ基本一人で練習することになる俺は、そそくさと教室の隅に身を寄せた。
いやほら、脚本書いて疲れたしね?
◇
そうして無事、練習の目途が立ち。
脚本をもとに本格的に衣装作りや道具作りも始まったところで、ねぇ、と伊藤が声をかけてきた。
ちょっといい?と言って教室の外に出るので、俺は大人しくついていく。あんまり人前で話したくないことかもしれないしな。
人通りの少ないところまで歩いてきたところで、伊藤がこちらをくるりと振り向いた。
「えっと。まずは百瀬くん、脚本お疲れ様。急かしすぎたかなーとか思ってたんだけど、めっちゃ早くあげてくれて助かったよ」
「あー、まぁ。今月の初めとか色々と手伝ってもらったし、ここでサボってたらクラスの奴らにも迷惑かけちゃうからな。俺、しれっと総責任者にされてるし」
「ふふっ。だねー」
「だねもなにも、総責任者にしたのは伊藤だからな!?」
確かに、と伊藤はくすくす笑った。
窓からは夏の青い陽が差し込んでいる。
伊藤の笑みの色の変化に気付いたのは、今日が正しく晴れ空だったからだろうか。
「でさ。ウチから一つ質問があるんだよね」
どこかアンニュイな表情を見せると、伊藤は壁に寄り掛かった。
日光が眩しかったのか目を細めてから、あのさ、と聞いてくる。
「百瀬くんは――どうして綾辻さんに、そこまで期待するの?」
「えっ……?」
不意な問いに、間抜けな声が漏れ出る。
「綾辻さんができるって言うし、私もそうかもなって思ってるから否定はしなかったけど。あの脚本、どう考えても綾辻さんに頼りすぎじゃん?」
「……まぁ、それは否めないな。綾辻がちゃんと演じ分けられなきゃダメになるだろうし」
「でしょー? ならどーして、そこまで期待するの? ちょっと冷静になると綾辻さんが可哀想に見えてくるくらいだよ」
なるほど、と驚く――ことはなかった。
だってそう思われて当然だろう、と自覚しているから。
その上でなお、綾辻にどんどん期待を重ねているから。
どうしてと言われても、上手く理由を口にできない。
否、口にするのは恥ずかしいのだろう。
なんて、推量形でしか語れないから、口ごもってしまうのだけれど。
「……綾辻ならできると思うから、じゃダメか?」
「ダメじゃないけど、もう一押しほしい。そしたら、もっといい曲と詞を作れる気がするんだよねー」
「そっか……」
そう言われたら、テキトーに誤魔化すわけにもいかなくなる。
俺は一度目を瞑り、口の中に溜まった息をふぅと吐き出した。
「前に言っただろ。俺と綾辻は中学の頃の同級生だ、って」
「あー、うんうん。そんな話してたね」
「そんときの綾辻はさ、こういう文化祭とかでもそこまで活躍しないタイプというか、言われたことだけやってひっそり帰る、みたいなタイプだったんだよ」
「へぇ……なんか意外」
意外。そう思われてることの方が俺にとっては意外なんだよな。
だって――綾辻は今年の春まで、俺の中ではただのセフレだった。学年3位の可愛い子だなんてことは知らなくて、ただぼっち少女、というだけだったから。
……もちろん美緒の代わりって側面は除いて、の話だが。
「そんな綾辻が折角文化祭で本気になろうとしてる。なら……楽しんでほしいんだよ」
「だから期待するの?」
「そんなところ」
「へぇ~」
「なんだよ、その顔」
ニマニマと意地悪く笑う伊藤は、にへらっと続ける。
「ううん、なんでもなーい! なんかこうね、インスピレーションどばどば~ってなっただけ」
「言い方が危ないんだけど……まぁ、お気に召したならよかったよ」
「うんうん、ちょーお気に召した! この調子ならあれだね。帰ったら速攻で一曲作れそう。できたら送るよ」
「えっ、あ、ああ。了解」
それはもう楽しそうにくしゃっと笑うと、伊藤はマイペースに教室へ戻っていく。
「楽しんでほしい、か」
ついさっき自分の口からまろび出た言葉を反芻して、苦笑する。
綾辻が文化祭を楽しむなんて、想像もできない。
今の綾辻が楽しんでいるかと聞かれたら、それはきっと――。
チリチリと焼けるような口先を噛んで、俺は教室に戻った。
――ちなみに。
マジでその日のうちに一曲、いや二曲出来上がった。
伊藤だけクリエイター物語のキャラっぽすぎてやばい。