【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。 作:黒い床
SIDE:澪
「好きな人はいますか?」
むか、むか、むか、とお腹の奥が疼く。
あぁどうしてこの子は、と激しく苛立つ。部外者のくせに、何も知らないくせに、どうしてこんな風に踏み込んでくるんだろう?
すぅぅぅぅ、と息を吐き出す。
大丈夫だいじょうぶ。夏の涼風が熱くなりそうな頭を冷やしてくれた。少し肌寒いな、と思う。そろそろ冬服を着て行こうか。文化祭までは移行期間だからどちらを着てもいいはずだ。
と、無関係なことを考えて自分を落ち着けた。
平静な自分になったところで私は口を開く。
「なんでそんなこと、答えなきゃいけないの?」
……え?
本当はいつもみたいに流すつもりだった。そうできるはずだった。
確かに詮索されるのは不快だが、別に答えて困るほどのことでもない。彼は今の私の好きな人じゃない。だから『いない』と一言答えてしまえば、それでいい。
入江さんの双眸に覚悟が現れる。
きゅっと唇を噛むと、彼女は一歩こちらに近づいてきた。
「ずっと考えていたんです。どうして綾辻先輩は美緒さんの代わりになったのか、って。雫ちゃんは分かります。美緒さんの代わりと言っても、あくまで雫ちゃんとして百瀬先輩と付き合っていましたから。でも、綾辻先輩は違います」
だから、と入江さんはもう一歩踏み込んでくる。
「百瀬先輩が好きだから、美緒さんになったんですか? それとも――他に、美緒さんでいたい理由があったんですか?」
なるほどな、と不服ながらも納得した。
この無鉄砲で真っ直ぐな様は、話に聞いていた美緒によく似ている。彼が入江さんに美緒を重ねことも頷けてしまう。
だから、やはり入江さんは私にとって不倶戴天の敵だ。
何もかもを掘り返して、終わったことすら言い出して、私が見たくないものを見せつけようとして。
ならばもう、終わりにしてしまおう。
黒狐の仮面を心の奥から取り出して、私は言った。
「私はね、もう百瀬のことが好きじゃないの。好きじゃないし、嫌い。ううん、きっと端から好きじゃなかった」
「っ。それは――」
「安心していいよ。雫の邪魔も、入江さんの邪魔もするつもりはないから」
そのヒロインレースに参加する気はもうない。
だから関わるな、と私は明確に拒絶した。
「これで話は終わりでいいよね。じゃあ鍵、渡しておくから。返してくれるなら、任せる」
「待ってください。まだ私は」
「質問は一つ。そう言ったのは入江さんだよ。最初の宣言を違えるような人のこと、誰が信じられると思う?」
「それ、は……っ」
入江さんは言葉を詰まらせる。
その間に彼女の手に鍵を握らせ、私は屋上を立ち去ることにした。別に彼女と一緒に屋上を出る必要はない。
「綾辻先輩は、逃げてばっかりじゃないですかっ。綾辻先輩は一体どこにいるんですかッ!? いつになったら、私と話してくれるんですかっっ!」
悲痛な声を背中に受けて。
「うる、さい、なぁ……っっ」
扉を閉めた後。
独りぼっちの踊り場で、私はそう呟いた。
◇
SIDE:友斗
「…………」
「…………」
取材を終え、他の今日中にやっておくべき仕事も処理し、俺は大河を家まで送っていた。
二学期に入ってからは、ちょくちょく大河を送るようになった。生徒会のことや雫とのこと、その他の雑談をするのが習慣になりつつある。
しかし今日の大河は、なかなか口を開こうとしない。
取材の後、大河は澪と話したいことがあると言って屋上に残った。生徒会室に戻ってきてからはずっと、大河は悔しそうな哀しそうな表情をしている。
「なぁ大河」
どうかしたのか?
そう聞くより先に大河は、
「不倶戴天の敵」
と呟いた。
急な一言の意味を計りかねていると、大河は不貞腐れるような口調で言った。
「夏休み、綾辻先輩にそう言われたんです。私は不倶戴天の敵だ、って」
「そうなのか」
「はい」
不倶戴天の敵、なんて。
そんな言葉、日常生活では絶対に使わない。綾辻はその言葉に強い意味を込めたのだろう。
「どうしてなのか、今までよく分かってませんでした。いえ、本当は何となく分かってはいたんですが、完全には理解できていなかったというか……」
「うん。それで?」
言いたいことは分かる。
分かるけど、分からない。そういうことはたくさんあるから。
「今日、ようやく分かりました。私と綾辻先輩は、真逆だけど似ていて、似ているけど対極にいるんです」
それもやっぱり、分かる。
さっきは時雨さんや入江先輩と綾辻を比べたけれど、本当に綾辻と対極にいるのはきっと大河だ。
誰よりも間違う彼女と、誰よりも正しく在ろうとする彼女。
だがその根っこにあるのは、きっと――。
「だから本当は、私は気付けるはずだったのに……見ないふりをして、見つけようともしないで、そのせいで綾辻先輩を傷つけてしまったのかもしれません」
その呟きは震えていた。
横をチラと見遣って、ずくん、と胸が苦しくなる。
「アホ。そんなこと、あるわけないだろ」
大河の方は見ないふりをして、俺は呟く。
「綾辻が大河のせいで傷つく? そんなことありえないって」
「そんなこと……だって、私は百瀬先輩に、色々言ってしまって。もちろんそのことは後悔していないんですけど――」
「でも、綾辻も綾辻で事情を抱えてる。そのことに気付いてなかった部外者が口を出したせいで綾辻を傷つけてしまったかもしれない、か?」
「――……っ」
沈黙が掠れたみたいに、大河は小さく声を漏らした。
はぁぁぁぁ、と深い溜息をつき、俺は笑う。
「ほんっっとクソ真面目だな、お前。でもって、やっぱりぼっちだ」
「なっ……今はそれ、関係ないじゃないですか!」
「あるよ、大いにある。すべからくぼっちって人種は、自分のことを一ミリも客観視できないんだ」
「百瀬先輩。『すべからく』は『全て』という意味ではないですよ」
「この流れで言葉の誤用を指摘できるクソ真面目さはすげぇな!?」
そういうとこも、大河のいいところなんだけどさ。
気を取り直して、俺は続けて言った。
「大河は自分のこと、客観視できてねぇんだよ。考えてみろ。お前が叱ったのは俺であって、大河じゃない。俺の行動の変化が綾辻に影響を与えたとして、それで大河が悪いってことにはならんだろ」
「私は……そうは思いません。自分の行動が及ぼす影響は自覚すべきです。私の場合は特に、部外者だったんですから」
「ったく、面倒な奴だな! なら俺らしくないけど一言言ってやる」
足を止めそうな大河の肩に手を置いて、はっきりと断じる。
「綾辻のことは俺に任せとけ。もし綾辻を歪めたんだとしたら、犯人は俺だ。その責任は他の誰にも譲ってやらない」
「……っ」
「だから、あれだ。あいつがちょっとは面倒じゃなくなって、それでもお前のことを『不倶戴天の敵』とか言ってくるなら、『望むところです』って相手してやってくれよ。あいつもお前も、ぼっちだけどぼっちじゃないんだからさ」
俺が言うと、大河はぱっと目を見開いた。
驚き? それとも他の感情?
何を考えているのかは分からないけれど、大河は、くすっ、と笑った。
「そういうことなら、お任せします。百瀬先輩のそんな顔、初めて見ましたし」
「そっか」
「ですが――なんだか、そんな風に言い切ってもらえる綾辻先輩が少しだけ羨ましくなりました。もしかしたら、百瀬先輩のせいで正真正銘『不倶戴天の敵』になってしまうかもしれませんね」
「えぇ……俺のせいで?」
「はい」
満面の笑みを返してくる大河。
俺はげんなりとした顔を見せつつ、それでも口の端でくすりと笑っていた。
大河と綾辻が仲良くしているところなんて、それこそ想像がつかない。だからきっと、二人は事あるごとに言い争うようになるんじゃないだろうか。そんな二人を雫と俺が呆れながら笑う――みたいな。そういう絵空事じみた青春を想像する。
たどり着きたいな、そこへ。
そのためにもどうか、綾辻が向き合えますように、と。
俺は茜に祈った。