【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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5章#35 祭りの始まり

 SIDE:友斗

 

「百瀬、遅い。早く歩いて」

「うっせぇ……ちょっとくらいゆっくり歩いてくれよ」

「はぁ。歩く速度が一緒だとか言ったのは誰?」

「誰かさんのせいで寝不足なうえに誰かさんのせいで荷物が多いんですけどねぇ?!」

 

 翌朝。

 早朝にホテルをチェックアウトした俺たちは、すぐに家に帰って制服に着替えた。昨日雨でぐしょぐしょになった制服は一日やそこらで乾いてくれるものではなかったらしく、ややブレザーとスラックスが湿っている。

 

 それでもえっちらおっちら体を動かし、色々な荷物をバッグに詰め込んで登校していると、隣のクソ性悪な白雪姫が急かしてくる。

 この人、昨晩からマジでめちゃくちゃだし遠慮がないのよね……。

 

「つーか綾辻、ちょっと元気すぎないか? 昨日だってあの後すぐに寝れたわけじゃないんだろ」

「……あの後とか、そういう厭らしいことを言うのはセクハラ」

「男とホテルに行き、しかも寝る前に一人でするとか言い出した奴がなんか言ってる」

 

 昨晩のことを思い出すのは精神衛生上あまりよろしくない。

 というか、昨日のことは全般思い出したくないな。我ながら恥ずかしいことを口走ったなーって反省してる。超絶黒歴史だ。

 

 まぁ、バスルームから漏れ聞こえてくる誰かさんの嬌声に比べたらマシだったけど。

 あんな場所に行って、あんな声を聞かされて、こっちは悶々としっぱなしだ。かといってあの状況で俺も自分で発散できるわけもない。そんなことすれば、雫や大河――いや、もっとたくさんの人を裏切ることになる。

 

 ……既に昨日帰ってない時点で裏切ってるよなってツッコミは却下の方向で。

 そのくせ、全ての元凶たる澪は燦々と晴れた空みたいにすっきりとした顔をしている。

 

「そうやってネチネチと過去のことを言うのはどうかと思うけど」

「理不尽だ……割とかなり理不尽だぁ……!」

「私は欲張りな方がいい。そう言ったのは百瀬じゃん」

「そこまでは言ってねぇよ!? 時と場合によるからなっ? 自粛せずにそんなことやってたらクラスの奴らに嫌われるぞ。ただでさえ、昨日ばっくれて相当な裏切り者になってるんだからな」

 

 俺が言うと、くすっ、と澪は笑った。

 たんぽぽみたいに、目尻がきゅっと優しく垂れる。

 美緒に似ていて、けど美緒よりも性悪で、だからこそ愛おしいと思える笑顔。

 俺も澪に倣って、くすっ、と笑い返す。

 

「ま、なんだかんだ差し入れを買っていくあたりは流石だよな。性格は最悪だけど、最低限の気配りはできるんだからさ」

「うっさい。別にいいでしょ」

 

 少しだけ恥じ入って、ぷいっとそっぽを向く澪。

 彼女の横顔を見ていたら、やっぱりあの歌がしっくりきた。

 やっぱり澪は、孤独なんかじゃない。孤高は似合うけど、不似合いでもある。

 

 カサカサとなるビニール袋のなかには、クラスメイト全員分のお菓子。

 アメ横で買ったキーホルダーは、伊藤と八雲に渡すものらしい。

 微笑ましくて、自然と頬が緩む。

 

 と、そう考えている間に校舎が見えてきた。入口のアーチや看板には雨避けのシートが被さったままだ。

 

「……百瀬、鬱陶しいからニヤニヤしないで。っていうか、もうすぐ着くよ。生徒会とか学級委員とか、やることなんて山ほどあるんでしょ?」

「うっ……まぁな」

 

 ブレザーの胸ポケットにしまっていた懐中時計を取り出す。

 指し示す時刻は6時。開会式が9時から始まるので、それまでに昨日の報告を受けたり、最終打ち合わせをしたり、雨避けシート云々の処理をしたりしなくちゃいけない。

 

 ぶっちゃけてしまえば、昨日、俺は行くべきではなかったのだ。それだけの責任を背負っていたし、期待だって受けていた。

 それでも澪のもとに行ったのは、俺がそうしたかったから、というだけで。

 

 そのことに嬉しさを覚えている俺は、多分どこかおかしい。

 そんな俺の胸中を見透かすように、澪は不敵に笑って言う。

 

「女に現を抜かしてた分、ちゃんと取り返してきな。クラスのみんなには私から言っとくから」

「綾辻に任せると俺の立場が不利になりかねなそうだけど……任せるよ。綾辻も男に現を抜かした分、しっかり謝れよ」

「っ。わ、私が現を抜かしたのは男じゃなくて狐だし! 勘違いしないでくんないっ!?」

「狐好きすぎるだろ、お前」

 

 けたけたと笑ってから、俺は持っていた荷物を澪に渡した。

 澪からの差し入れと、ついでに俺からの差し入れを入れた袋はそれなりに重い。だが澪は涼しい顔でそれを受け取り、かさかさと袋を揺らした。

 

「じゃあ頑張って、兄さん」

「……っ、美緒の真似をすんのはやめろ。俺を馬車馬の如く働かせたきゃ、綾辻自身の言葉で尻を蹴るんだな」

「………………そ」

 

 ばつが悪そうに顔をくしゃっと歪めると、澪の頬には仄かな朱が差した。

 その色を誤魔化すように傲慢に破顔し、じゃあ、と澪は続ける。

 

「私が二冠を取る文化祭なんだから、最高のものにしてよね」

「ふっ。任せとけ」

 

 グーを差し出すと、こつんとグーが返された。

 触れあった指の間接からジンジンと気合が伝わってくる。

 

 望むところだよ、最悪の白雪姫。

 お前にとって最高のステージになるように、この文化祭を最高のものにしてやる。その代わり、開会式が目立つと時雨さんがミスコンで有利になるんだってこと、ちゃんと覚えとけよ?

 

 澪は靴を履き替えると、そのままクラスに向かって行く。

 その背中を見送ってから、俺は会議室の方に向かった。

 

「さてと。やりますかね」

 

 きばってこうぜ。

 文化祭の始まりだ。

 

 

 ◇

 

 

「百瀬先輩、徐々に集まってきてます。既に七割ほど埋まっているようです」

「了解。立ち見でも全然いいけど、トラブルだけは避けたい。学級委員にはさっき、整理するよう頼んでおいた。問題が起こればインカムで連絡がくる手筈だ」

「分かりました。逐一、そちらには気を配っておきます」

「だな」

 

 8時半を超え、いよいよ開会式の準備が始まろうとしている。

 会議室に向かった俺は、あの後、誰かとゆっくり話すような余裕もなく、せこせこと働き続けていた。その甲斐もあり、準備は恙なく進んでいる。

 

 うちの学校では一日目、二日目、ともに一般客が入っても大丈夫ということになっている。例年開会式にまでわざわざくる客は少ないが、全校生徒だけでも十二分に体育館はいっぱいになる。

 少し早めに到着した奴らの声は、舞台袖にいる俺たちのもとにも届いていた。否が応でも鼓動が速まるけれど、ふぅ、と息を吐いてリラックスする。

 

「時雨さん、そっちは準備大丈夫?」

「んー? うん、問題ないよ。ボクの方はいつも通り。この程度の舞台で緊張するほどボクはナーバスじゃないからね」

「この程度ねぇ……ま、時雨さんだもんな」

 

 苦笑しつつも、納得する。

 体育祭でもあれだけ好き勝手やった時雨さんだ。文化祭でビビるタイプではないだろう。つくづくチート性能だよなぁと思いながらも、今は他のことに目を向ける。

 

 最優秀団体賞の他、各部門賞などの説明。予め生徒会の方から依頼した開会式用のオープニングパフォーマンス、照明や音楽のタイミングなど。

 諸々の最終確認が完了すると、体育館はもう満員になっていた。

 

「開始5分前か……ふぅ。とりあえずはなんとかなったな」

 

 舞台袖にて。真面目腐った顔で開会式の原稿を読み返している大河に小声で言うと、彼女は頬を綻ばせた。

 

「そう、ですね。それもこれも、百瀬先輩のおかげです」

「どう考えてもそれは言いすぎだ。少なくとも、昨日から今日にかけてのギリギリの準備が間に合ってるのは時雨さんと大河のおかげだよ」

 

 無論、他の生徒会メンバーの活躍も大きい。

 しかしそれでも、昨日俺が真っ先に頼ったのは大河だった。あのときは咄嗟の行動だったが、今考えてみると時雨さんより先に大河に連絡を取るのはどう考えても合理的じゃない。俺はまず最初に時雨さんに連絡すべきだったはずだ。

 

 それなのに大河に電話を掛けたのは――きっと、それだけ彼女が頼りになる存在だと思っているからだと思う。

 夏休み前から今日までにかけて、大河にはたくさん支えられてきた。

 

「ほんと、ありがとな」

 

 苦笑交じりにそう呟くと、大河はすぅと目を細めた。

 それはどこか嬉しそうにも、切なそうにも見えて。

 その表情の意図を探るよりも先に、大河は、でも、と言って続けた。

 

「昨日のことで言えば、活躍したのは私じゃなくて雫ちゃんですよ」

「え、雫?」

 

 思わぬ返答に情けない声を漏らす。

 こくと頷き、大河は優しげに言った。

 

「昨日、私のところに来たんです。『先輩がお姉ちゃんのところに行ったから、その分私にもできることをしたいの』って言って。クラスの皆を連れて、人手が必要な作業はすぐに終わらせてくれたんです」

「そうだったのか……」

 

 てっきり学級委員を指揮してやったのかと思ったが、そうではないらしい。だがよく考えてみれば、学級委員だって人数は限られているし、昨日は昨日でやらなくちゃいけないことがあった。

 上手く労働力を分散するくらいの現場指揮は大河にでもできるだろうが、それをすれば学級委員の負担が大きくなる。それを見越して雫がクラスメイトに声をかけてくれたのなら……まさにファインプレーだと言えよう。

 

「雫らしいな。そんなこと、一言も言ってなかった」

「そうですね、雫ちゃんらしいです。だからお礼もお褒めの言葉も、私ではなく雫ちゃんに言ってあげてください。私は大したことはやってないですから」

 

 閉幕されたステージのど真ん中に立つ時雨さん。

 そちらへと目を向けながら言う大河は、どこか弱々しくも思えて。

 俺は手に持っていたファイルで大河の頭をぽんと叩いて、

 

「アホか」

 

 と笑った。

 

「大河にも言うし雫にも言うに決まってんだろ。勝手に感謝する相手を限定すんなっての」

「でも、私は――」

「本番間近だってのにぐだぐだ言ってんなよ、大河らしくもない。お前はまだ生徒会じゃないのに、俺の補佐って形で馬車馬の如く働いてた。しかも昨日に関しちゃ、直属の上司の俺の分まで頑張ってくれた。それだけで充分お礼を言うし、めっちゃ褒める。文句あるか?」

 

 ないです、と大河が俯きながら漏らす。

 それに、と俺は言葉を続ける。

 

「昨日も、その前も、大河のおかげで見えたものだってあった。おかげで悔いなく、澪に言ってやりたいことを言えた。だから学級委員長とか、大河の上司とか、そういうの関係なしに……百瀬友斗として、入江大河にお礼が言いたいんだよ。マジでさんきゅーって」

 

 もっとも、それは雫に対しても同じだけれども。

 雫と大河がいなきゃ、澪には届かなかった。だから感謝をしたいと思うのだ。

 大河はそっぽを向いて、らしくなくしょぼしょぼと呟いた。

 

「百瀬先輩は時々卑怯です。悪辣です。詐欺師です」

「俺が詐欺師なら、大河もその一味ってことになるな」

「一緒にしないでください。というか、もう始まりますよ。私語はご遠慮願います」

 

 ぴしゃりと叱ってくる大河。

 暗い舞台袖。大河の髪は、よく映えて見える。

 

「そろそろ3分前だ。気を引き締めていこう」

 

 インカム越しにそう言うと、めいめいに反応が返ってくる。

 三大祭の中で最も規模が大きい祭りが、今始まる。

 

『みんな。今日までありがとう。ここからはまず、ボクに任せてね』

 

 1分前を切り、時雨さんの声がインカム越しに聞こえた。

 楽しそうな横顔を薄闇の中で確認するのも束の間、幕が上がり始める。

 

「みんな、お待たせ! いよいよ文化祭の始まりだよ!」

 

 今度は、マイクを通して。

 圧倒的な生徒会長の言葉と共に、体育館はどっと湧く。

 

 たらららとノリのいい音楽、そして依頼していたオープニングパフォーマンス。

 

 文化祭だ、と誰もが思うであろう眩い瞬間。

 俺は何故だか、今になって強く思った。

 

 普通の青春を、俺は今送れてるんだ。

 

「楽しいな」

 

 気付けば、そう零していて。

 勝手に恥ずかしくなって、俺は大河にも誰にも見られないようにそっぽを向いた。

 

 ああ、本当に楽しい。

 これが今を生きるってことなんだな。

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