【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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5章#44 百面相の白雪姫

 ――『百面相の白雪姫』は踊るように進む。

 

 狩人は白雪姫を殺すように言われました。

 なんと惨い、と思います。あれほど美しくて若い娘を殺すなんて。

 けれども一介の狩人が王女に歯向かうわけにはいきません。白雪姫を森に連れ出すと、こっそりと彼女を射ようとしました。

 一方の白雪姫は……とても聡い子でした。王女の嫉妬にこそ気付くことができませんでしたが、狩人が自分を殺そうとすることは察します。そもそも従者なしに森に連れ出された時点でおかしいのです。

 

「ねぇ狩人さん。森って素晴らしいのね。けれどとても怖いわ……こんなところで狩人さんは仕事をしているのね」

 

 さて、どうすれば助かるだろう。

 そう考えた白雪姫は、狩人の懐に入ることを選びました。狩人にとって愛おしく、命を奪いたくない存在であればいい。愛は全てを救うと申します。おとぎ話を嗜んでいた彼女は、無垢で弱々しい女の子の仮面を着けました。

 

「……白雪姫様。私は母君にあなたを殺すように命じられています。しかし、私にはそのようなことはできません。どうかお逃げください。森に、小人たちが住む小屋があります。彼らはやや面倒な性格の持ち主ですが、きっと白雪姫様を守ってくれるはずです」

「狩人さん……ありがとう。教えてくれて、ありがとう。助けてくれて、ありがとう。あなたはとても立派な人よ。お母様が無理を言って、私にも無理をきかせてくれて、本当に感謝しているわ」

 

 ちゅっ、と狩人の頬にキスをして。

 白雪姫は森の奥に逃げていきました。

 

 森の奥に行くと、狩人が言う通り、小人の住んでいる小屋がありました。

 白雪姫は考えます。

 面倒な性格だ、と狩人は言っていた。そもそも自分は城で暮らしてきたから、無自覚に小人の鼻につく言動をしてしまうかもしれない。そうでなくとも、人一人を養うのはかなりの負担。小人たちに助けてもらえるかどうか……。

 考えた彼女が辿り着いた結論は一つ。

 愛されればよいのです。小人にとって、愛らしくてしょうがない存在であればいい。簡単なことです。だって――実の父にすら、情愛を抱かせることができたのですから。

 

 どんな女性像を求めているのかを分析し、その通りに演じればいい。

 ちょうど、七人の小人が小屋に入ろうとしていました。

 ふっと笑った彼女は、小人たちの前に倒れるようにして現れます。

 

「うわっ、急に人間の女の子が倒れてきたぞ」

 

 先頭の小人の言葉で、他の六人もめいめいに口を開きます。

 白雪姫は先頭の小人が一番立場が高いことを見抜くと、縋るような弱々しい声で言いました。

 

「私を、助けてくれませんか……? 行くあてがないんです。居場所がなくて……心細くて。どうかお願いします。なんでもしますから」

 

 その態度は、先頭の小人の琴線に触れました。

 見れば、体つきも悪くはありません。

 

「いいだろう。言ったとおりにするんだぞ」

 

 小人は、白雪姫を家に置くことを決めたのでした。

 

 

 ◇

 

 

 物語は中盤。

 小人の家で暮らすことになった白雪姫は、七人の小人それぞれから愛されようと、変幻自在にその在り様を変えていく。

 

 ある者に対しては強気でツンデレに。

 別の者に対してはクールで無口に。

 またある者には愛くるしい忠犬みたいに。

 

 その変化に伴って、彼女の衣装も少しずつ変わっていく。

 早着替えというほど大層なことではないが、白雪姫の衣装は、そういう自由が利くようなものにしている。上からローブを羽織ったり、スカートからズボンに見えるように変えたり、色々と工夫をしてもらった。

 

 衣装班は澪に衣装に、とんでもない時間と労力と費用をかけていた。

 

 だが、変わるのは衣装だけではない。

 音楽も変わる。

 ジャズ、K‐POP、ロックなどなど。

 王女の歌に比べれば短めの歌を、小人たちを魅了する白雪姫を表現するように澪は歌い上げていく。

 

 演技力はさることながら、歌唱力もまた圧倒的だ。

 とはいえ、演技と歌の塩梅は難しい。後者が多くなりすぎればミュージカルとして成り立たず、リサイタルのようになってしまうからだ。

 それはそれで、澪の歌唱力を活かすことができただろう。

 

 だが、それは真っ向勝負から逃げることになる。

 それは違うと思っていた。

 

「みおちー、すごいね」

 

 と、隣にいた伊藤が呟いた。

 

「だな。八雲たちの歌が滑ったのは、なんとか誤魔化せた」

「それねー。歌わせなきゃよかったかも」

「まぁ綾辻にだけ歌わせるのもアレだし、喉を休める時間も必要だから」

 

 二人でくすくすと微笑しているうちにも物語は進んでいく。

 姿も、歌も、声すらも変えて、白雪姫は小人たちの愛を享受する。

 

 愛を、愛を、愛を――。

 生きるために愛されなければならない、という以上に。

 彼女は愛を求めていた。

 もっと、もっと、もっと――。

 

 愛を求めれば求めるほどに、白雪姫は妖しくなる。

 それは雪に垂れた血のようだった。

 

 やがて、起承転結の『転』が訪れる。

 ステージに、ぶわっ、と大きな影が浮かび上がった。

 魔女と白雪姫を同時に出すことは難しい。序盤のように伊藤が姿だけ出てもよかったが、物語終盤に入ることもあり、伊藤は影によって魔女の姿を浮かび上がらせる演出を選んだのだ。

 

 原作の『白雪姫』に於いて魔女は何度か白雪姫の殺害に失敗する。

 しかし、この『百面相の白雪姫』ではそうはいかない。

 白雪姫は魔女にすら愛されることを望み、仮面を着けるのだ。

 

 序盤で歌った『鏡よ、鏡』と同じ曲。

 歌詞だけを変えた歌を歌いながら、白雪姫は魔女にも取り入って――。

 

「王子様、そろそろ出番じゃない?」

「おう。いつでも出れる」

「そっか。かっこよく決めてきなね。けど、あわよくばって感じでキスしちゃだめだよ?」

「しねぇよ!」

 

 キスなんて、するわけがない。

 白雪姫はもう目覚めてるんだから。

 

 

 ◇

 

 

 SIDE:澪

 

 この『百面相の白雪姫』は、皮肉なほどに私を描いていると思っていた。

 誰にでも愛されることを願って、自分を見失って、何枚もの仮面を着けていく。そうして自分以外の何者かになった末に、白雪姫は自ら毒林檎を齧る。

 

 全部の自分が嫌いだから、と。

 自分かどうかさえ分からなくなった自分も、姿を巧みに変えてしまえる自分も、醜くて仕方がない。だから全部を葬り去りたくて、白雪姫は魔女に毒林檎を作らせるのだ。

 

「こんな私は、要らない」

 

 言い終えて、私は毒林檎を齧った。

 ばたりとステージに倒れて、肘を打つ。ちゃんと受け身の練習をしておいてよかった。苦笑しながらそう思い、そっと目を瞑る。

 

 パン、と暗転。

 舞台上に棺桶が用意され、私はそこに入る。

 

 小人役の皆と魔女を扮した伊藤さんが棺桶を囲む。

 それぞれ心配しているようなことを言って、しくしくと泣く演技をする。

 あー、これ本当にお葬式みたい。

 本家の白雪姫もこんな気持ちだったのかな。

 

 だからね。この舞台をお葬式にしようって思うんだ。

 送られるのは自分を嫌おうとする私。

 喪主は世界で一番美しい私。

 参列者は全世界で、香典は拍手喝采だ。

 

 ねぇ私。

 死んだら神様になって、私を呪ってね。

 

「ああ、白雪姫……どうしてそんな風になってしまったのですか」

 

 パリン、と王女が持っていた鏡が割れて、そこから王子様が出てくる。

 何でも鏡の国の王子らしい。なんともまぁ、とんでも展開だ。百瀬らしいけど。

 

「どんなあなただとしても……あなたは美しいのに」

 

 一歩、一歩近づいてくる。

 小人も魔女も舞台袖にはけて、ここには白雪姫と王子様だけ。

 王子様は言う。

 昨晩の、彼みたいに。

 

「愛されたい。その想い一つで誰かを幸せにできるあなたは、やはり、世界一美しいのです。だから――どうか、私の愛があなたを救えますように」

 

 王子様が身を乗り出して、棺桶に顔を入れる。

 百瀬の顔がすぐそこに来た。

 ちょっと身を乗り出せば、すぐにでもキスができちゃう距離。

 いっそのこと、もう一度キスをしてしまってもいいけれど、次は彼からしてほしい気もする。そもそも、今キスをしたら、白雪姫なんて演っていられるとは思えないし。

 

 だから予定通り、百瀬がキスの振りをするのをすぐ近くで感じるだけ。

 少し緊張してるのかな。吐息がいつもとは違う。果てるギリギリのときみたいな、切迫した感じ。それに呼応するように跳ねる心臓が、自然と私の口を動かしていた。

 

「ねぇ百瀬。私、()()のこと好きだから」

「っ!?」

「顔に出さないの。変な声も上げないで。さもなくば、キスするよ?」

「……っ」

 

 ふふっ、変な顔。

 王子様姿の友斗はなんだかいつもと違って気障だったからね。いい気味だ。

 心の中でにこにこと笑いつつ、私はゆっくりと起き上がる。

 その瞬間、友斗の耳元で、こそこそっと囁いた。

 

「こんなたくさんの人の前で告白されて……顔に出したら、大変なことになるよ?」

「っ――せぇ」

 

 うっせぇ、と口の形だけは言うけれど、声にはほとんどなっていない。

 私は気にせず起き上がり、目元をこすって、目が覚めたような演技をする。

 

 後はもう、何の捻りもないハッピーエンド。

 プリンセスが愛されて、いつまでも幸せに暮らしましたとさ、と結ばれる。

 

 この恋がそうなるのかはまだ分からないけれど。

 もう間違えない。そう、胸の高鳴りが叫んでいた。

 

「王子様……とても濃厚なキス、ありがとうございます。あなたの愛が、伝わりました。だから今度は――私の愛を、受け取ってください」

 

 最後の曲が流れ始める。

 友斗が私に書いた、クサくて格好悪い歌で。

 でも世界でただ一人、私だけが歌うことが許されている、私だけの彼の歌。

 

 タイトルは――『Dear Myself』。

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